Fate/the midnight saga(仮)
第23話
/7日目
「んー! 久しぶりだー!」
俺は道場に入ると、伸びをする。
10年前に来たっきりほとんどこの道場に入ることはなかったからとても懐かしい。
昔稽古に参加していた人の中にはもういなくなっている人もいるし、逆に新たに入ってきた人もいる。
俺と同じぐらいの年の子は見違えるほどにもなっているし、町でよく見る子供もいる。
「ほんっとうに久しぶりだぜ」
バンと俺の背中を叩くのはかつて剣を共にした同級の門下生、田中悟司。
街ではよく会うんだけど道場では正に10年ぶりだ。
ちなみにこの道場、昔から武士階級以外のもの、それに女性にも剣を握らせている。
それを止めるようはじめの数年間は役人が何度も来たらしいが、その度に皆返り討ちにあったとか。
(そりゃそうだよなぁ…)
そうなったのは60年以上前。ちょうど第一次の直後。
返り討ちと言っても一対一の試合で全て返り討ちにしたとか。殿様直属の武士も次々と。
…相手がギリシアの大英雄、ケイローンなんだからかなうはずもないが。
と言うわけでケイローンの強さに感動した殿様によって特別に剣を教えていいことになった。
ただし、女性は木刀はおろか竹刀すら自分のものを持つ事は禁じられて借り物も道場から出す事はだめとの制約付きだが。
と言うわけで英ねえもたまに稽古に来たらしく、今もこうして姐さんが稽古に参加できているわけだ。
「おまえ今までどこ行ってたんだ?」
「柳洞寺で稽古つけてもらってたって師範から聞いてないのか?」
「いや、あの英って美人の人だろ。沙耶師範代とかは強い強いって言っているけどオレ見た事ないんだよなぁ…」
なら今度稽古つけてもらえ。間違いなく一撃で空が見えるぞ。
他にも師範代たちや門下生が次々と入ってくる。
今は昼過ぎ。今日は午後からで本当に助かった。何しろ午前は長距離走してたからな。
息があがって稽古どころじゃないし。
「ところで憐。おまえ衛宮士郎って人と知り合い?」
「え?」
士郎と俺が知り合いか?
「ああ、そう言えば士郎がこの稽古場に姿を見せてるんだっけ」
すっかり忘れてた。
この数日は俺の護衛…というか俺の生活に合わせて動いてもらっているけど俺がマスターなのを隠していた時は彼は俺と別行動をとっていたん
だっけ。
俺は一週間に何回かは働いている。さすがに居候の身で生活費を払わんのはどうかと思ったので。
それにあわせて葵の茶店に姿を見せたり英ねえに稽古をつけてもらったりした。
そして屋敷の雑用もたまに。
対する士郎は屋敷の雑用をやったら道場で体を動かしている。
師範はあまり稽古に参加しなくなっていたので敵なしの姐さんの相手を主にしている。
道場内でもどうやら士郎の事は話題になっているらしかった。
「なんでもおまえの知り合いらしいじゃないか。あんな達人オレ知らないぞ」
「俺も知らなかったから安心しろ」
つーか英雄クラスの現代人って何人いるんだって。
「うむ…、憐よ。戻ったか…」
と、話に盛り上がる俺たちに声をかけてくる人物が一人。
後ろを振り返ると…。
「ありゃ、玄さん。まともに稽古に来る時もあったんだな」
「失敬な。わしはいつも稽古には出ておるわ」
そこには茶店の常連、玄さんがいた。
いつものようなだらしない格好ではなく、武道着をきていて礼儀正しい。
…はっきり言ってこんな玄さん2年間見た事ないぞ。
「いつも飲んだくれてるくせによく言う…」
「じゃからあれはわしの喝入れじゃよ。何度そう言うたら分かるんじゃ?」
「ぎっくり腰を起こさなくなるまで」
うあ、悟司のやつ怖いもの知らずー。
だけど玄さんは茶店の時のように怒ろうとはしなかった。
「あの衛宮士郎とかいう若造…、あやつを見ておるとあの人を思い出すわ…」
「あの人?」
悟司が疑問をぶつける。
士郎は英雄。それと対比させるぐらいだから悟司が疑問に持って当然だ。
「そう、あのけいろん殿をな…」
けいろん、つまりケイローン。
そうか。この人も今や数少ないケイローンに稽古をつけてもらった人か。
もう60年以上も経っているし、その時剣を握れて生きていれば70は過ぎているはずだ。
今の時代ではまだ生きている方が不思議な年齢だしな…。
「英殿も女子でありながら強き剣士であるが…あの人は強かった。短い間にいなくなってしまわれたが、あの人には誰もかなわんかった…」
「玄さん…」
「じゃからおまえたち2人も今のうちに彼に稽古をつけてもらうがよい。時がめぐるは早いからな…」
鋭い。ずっと前からこの人のこと知ってるけど、今はじめて関心した。
長年生きるとここまで鋭くなるものなのか。
だいぶ人が集まってきた。
そして皆素振りをしたり簡単な手合わせを開始している。
「あれ? そう言えば悟司」
俺は辺りを見渡してふと気づいた。
「満彦のやつはどこだ? あいつが剣を捨てるだなんて考えられないんだけど」
町でもたまに見かけたけど、この頃見てないからな。
「…あいつはこの前の銭湯の事件で行方不明に…」
「あ…」
バーサーカー、スキュラが起こした事件。
大量の犠牲者がでてしまったものだ。
「…」
この町は多かれ少なかれ、誰もが英霊たちの影響を受けている、と言うことか。
それがいい方向か悪い方向かは問わずに。
そして俺もまたその参加者の1人。
それを知ったら悟司は俺をどう思うんだろうか…。
やっぱり罵倒するのか…?
「こんにちはー諸君!」
「こんにちは、皆様」
遅れてやってきたのは姐さん、じゃなかった。この道場では沙耶師範代と呼ぶべきか。そしてディートだった。
ディートは桶やら手ふきやら、そして治療道具を持ってきている。
そして、
「待たせたな。それでは始めようか」
師範の登場で道場内の空気が一変した。
英国を見てきて一番以外だったのは剣術の形式だ。
そもそも日本において個人が使う盾は存在せず、両手持ちの剣だし、叩き切るのではなく斬る事に特化している。
つまり力任せじゃなくてより技術を要するってやつか。
そして竹刀は普通の刀より長い。
大人にもなれば3尺7寸から8寸を使うし、師範は背が高いせいか4尺のを使っている。
ちなみに俺は背が低いおかげで8寸、つまり115センチです。
これが長いと言うのは、たとえば前セイバーの西洋剣はたぶん3尺余、せいぜい90センチと比較すればいいかと。
といっても間合いが広ければいいってもんじゃないんだけどね…。
一度4尺ので英ねえに挑んだらあっさりと返り討ちに。
そんで一言。
「馬鹿だろ」
あの時の冷たい目と言ったら…はあ。
当然竜をぶった切る事を前提にしたセイバーの剣は論外だ。
あれはセイバーの腕力があってこそ可能にする武器だし。
ちなみに昔ケイローンとともに師範が聞いた殿様の話では冬木にかつてとてつもない凄腕の侍がいたけど仕官を断り続けたとか何とか。
仕えるほうが間違いなくいい生活ができるというのに…なんでだろうか?
百目木の道場での主な稽古は竹刀を使い、防具をつける。
これは稽古をしても町民が痛まないように、らしいが師範代かそれに準ずるもの、それから実力があるものは防具をはずす。
稽古は簡単な素振りをすませたら即稽古。
打突するのは面(頭)、突き(喉元)、胴…ようは防具がついてる所! ああなんてやさしいんだ。
実力のあるものは前に出て元立ちになる。そしてその前に並んで稽古をつけてもらうわけだ。
元立ちはたいてい師範代。師範はそれを上座から見ているだけだし士郎は子供たちに教えている。
んで俺は久しぶりだから列に並ぶ事にして師範代と相対した。
「憐か。おまえとの稽古も久しぶりだな」
「そうですね」
竹刀を合わせてそんきょ。
立ち上がって…。
すぱーん。
「へ?」
驚いた。本当に驚いた。
師範代ってこんな弱かったっけ?
「何…!?」
面越しでも師範代の驚きがよく分かる。俺自身も驚いているし。
だって師範代に反応される前に見事に面が入ったんだから。
「師範代。油断しすぎですよ」
「あ…ああ…」
気を取り直して再び竹刀を合わせる。
お互いに間合いをはかって…。
すぱーん。
「ありゃ?」
「な…!」
また命中。どういう事だこれは?
「あー駄目駄目! 憐は元立ちね!」
「へ?」
いきなり沙耶師範代にひっぱられる俺。
…何でだ?
「それと憐、あなた実戦を想定した剣を使ってるけどここは道場よ」
「う」
沙耶師範代は真剣な顔をして俺の方を見つめる。
面越しでもそれに気おされる俺。
「英さんもそうだけど、あなたの剣はまさに戦うための剣。それは町のみんなが望む剣じゃない。それちゃんと考えてね」
「…」
俺の剣が、戦うための剣、か…。
そう言えば剣を戦い以外の事を考えてふるなんて事この10年ではなかったかもしれないな…。
英国では剣を使う事があってもそれは先生と共に戦いに行く時だけだった。
日本に帰ってきても稽古をつんでもらったのは英ねえ相手だし、ここ数日は死闘をしてきた。
でも10年前までは、確かに違った思いで剣をふっていたかもしれない。
「…相変わらず厳しいな姐さん。さすがこの年齢、しかも女性で師範代筆頭にまでなった事はある」
「もちろん」
剣をふるうとは何か、か…。
「分かった。できるかぎり努力する」
「よろしーい」
せっかく道場と言う場で稽古を積んでいるのだから、英ねえと同じような気持ちで稽古を積んでも何も意味がない。
道場では道場でしかできない気持ちで稽古を積むか。
/
と言うわけで2時間ぐらい過ぎたか。
子供たちや門下生の半分以上が帰っていく。
そして、道場に残ったのは皆実力者ばかりだ。
これからは防具なしの稽古が行われる。
10年前には遠くの世界だったここが今目の前に…。
「ふう…」
面を取った沙耶師範代の顔からは湯気がたっている。
面したで面と顔を拭いて、顔を両手ではたいた。
「さあ士郎くん、今日こそ勝たせてもらうわよ」
「言ったな沙耶ねえ。今日も返り討ちだぞ」
そして真っ先に立ち上がる2人。
…ん? 沙耶ねえ?
「ちょっと士郎、その言い方なんだ?」
「んー、さん付けは気に入らないらしくてな。こう呼ぶ事にした」
そうか。沙耶師範代は一応士郎より年上って事になってるからそう呼んでもおかしくない。
おかしくないけど…。
「へん」
「なんでさ。それに英さんを英ねえって呼んでる憐に言われたくないぞ」
うぐ、これはまた言い訳に苦しいところを…。
竹刀を構える沙耶師範代。構えは扱いが難しい右上段。
対する士郎は左右両方に小太刀ほどの長さの竹刀を持つ無形の構え。
「憐」
「え? は、はい」
その対戦に緊張が走る中、声をかけてきたのは師範だった。
本当に驚いたー…。
「やるぞ」
「わ…分かりました」
沙耶師範代と士郎の戦いも見てみたかったけど自分の稽古を積みたいし、妥協。
俺たちは互いに剣を合わせる。
構えは互いに中段。英ねえとはまた違った緊張感が走る。
「行きます」
そして俺は飛び出した。
まずはいつものとおりに瞬時に振りかぶり、頭部めがけて振り下ろす。
小手先を狙ったり胴を狙うよりも安定しているし、有効な攻撃だから。
それを師範は後ろに下がる事でかわした。めいいっぱい腕をまっすぐにしてもとどかない。
ならばと俺はそのまま突きを放つ事にした。鼻先でのぎりぎりのよけ方だからもう一歩前に出れば当たるはず…。
「!?」
その前に俺は飛びのいた。
同時に元俺がいた位置にくりだされたのは師範の突きだ。みぞおちへの綺麗な一撃。
う、これはかわせない…!
そのまま追撃の払いを何とかつかを使って受け止め、間合いを離す。
再び中段の構えをとる俺。師範も追撃はせずに中段の構えに戻る。
「…」
「…」
一歩では踏み込めない間合いに互いがいる。
だがいつまでもこうしてはいられない。
「ふっ!」
息を吐きながら俺は間合いを詰める。
狙うはまた同じく頭部…と見せかけて右の小手だ。
振りかぶっておろす。一挙動の動作にまでなったそれに対応すべく師範の竹刀が動く。
師範は多分この剣を払って返し打ちをするはず。その払う動作で動く小手に当てる。
どうか…?
「え…!?」
しまった…!
師範は俺の竹刀をはじかずに真正面から受け止めている。これでは小手も面も関係ない。
そしてそれは竹刀をレールに右の方にそれてしまった。
そしてそのまま振り下ろされる師範の竹刀。
受ける、払う、いなすは不可能。俺の竹刀が追いつかない。
ここは…。
俺は師範の竹刀をかわすために右方向にとんだ。
うあ、かすった。
そして師範の払いでの追撃を何とか元に戻した竹刀で防御し、今度は胴に攻撃を行う。
「む?」
「ぐ…!」
したから上にやろうと思っていたけど、師範の竹刀が俺の竹刀から離れない…!
力任せにやろうとしたってこっちが負けるのは必至。
俺は仕方なく間合いを離そうと後ろに下が…。
「!?」
れない。
後ろに下がる俺と前に出る師範の速度が同じで広がらない。
そのまま突きを放つ師範。
それをかわしたところで追撃が待っているだけだろ。
ここは…。
俺はそのままかがみこんで懐に入る。
当然剣はそのままだから反撃などできるはずもない体勢。
それを…。
「む…!?」
腕と相手の勢いをそのまま利用、投げ飛ばす!
柔術みたいな形になったけど、それなら…!
「ぐ…!」
と思ったが、それは浅はかだった。
師範はなんと俺の背中をけってそのまま着地したのだった。
当然俺はその勢いで下に叩きつけられそうになる。
「まず…!」
そのまま飛んで体勢を立て直す。幸いにも追撃を受けずにすんだ。
「ちゃんと体は密着させてたし、俺の背中を蹴る余裕があるとは思えない…!」
「以前英が同じ戦法を使ってきた、で満足か?」
…そうですか。とても満足がいきました。
やっぱりまだ師範の方が実力は上か。
英ねえと違って体力では差がない、むしろ俺の方が上だろう。技術と経験の差が圧倒的なのだ。
だが悩んでいれば剣に迷いができる。ここは攻めるまで…!
「ふっ!」
気合一閃。
また激しい攻防が始まる。
互いに攻撃によってできた隙を狙い続け、時にフェイントを、時には剣以外での攻撃を行う。
攻めているのはこっちだけど、それを師範はうまく対応して受けないようにしている。
俺は師範の攻撃を全力でかわしたり防御しているので、多分俺の方が動かされていると思う。
それでも息があがらないのはとてもうれしい。
動かされているのに息があがらないのはとてもいい事だけど…正直それだと決着がつきそうにないな。
再度俺たちは間合いを離し、中段になる。
「…なるほど、体力が俺以上にあるようだな。いい剣をもったな憐」
「それはどうも」
すると師範は中段の構えをとく。
そして、右手だけで持ち、剣を後ろの方に退いた。
これは…?
「不出来な俺でも長年生きてればほんのいったんだけでもつかむ事のできるもんが存在するらしくてね」
…まずい。
何がまずいか分からないけど、とにかくまずい。
考えるまでもない。あの体勢からの攻撃は俺の攻撃の対処には不向きだ。
なら正面突破あるのみ…!
俺はそう思うと間合いを縮めるべく走り出す。
振りかぶる、師範は動かない。
振り下ろす、まだ動かない。
もらった…!
「
「うそ…!」
俺よりも早く強い斬撃が俺を襲い、
見事なまでに俺は昏倒された。
/
「…はっ!」
「気がついた?」
起き上がる。
どうやら気絶させられたらしい。
道場を見渡すとまだ稽古は続いていた。
沙耶師範代は相変わらず士郎との激しい戦いを行っている。
沙耶師範代って俺より感がするどいからその分戦いに向いているような気がする。
師範は既に他の師範代との戦いを行っていた。…師範代は叩きのめされているけど。
てゆうかあの人本当に80近いじいさんなのか?
起き上がった俺のひたいからぬれた手ぬぐいが落ちる。
俺のそばにいたのはディートとニムエ。ディートはこちらの方を向いていて、ニムエは退屈そうに稽古を眺めている。
「俺どれぐらい気絶してた?」
「まだそんなに経ってないけれど…」
「そうか」
ならこんなところでいつまでもいられない。
体を起こして稽古を続行しないと…。
「と、その前に聞く事があったんだった」
俺はニムエの肩を叩く。
「ん? どうしたんだい?」
「なあ、ギリシア神話でヒュドラ倒したのってヘラクレスだろ?」
「ああ、さっきカズナリが使ったやつだっけ。不死のヒュドラを殺す弓での技を剣で再現したってあれ」
そう、それだ。
そう言えば士郎…アーチャーがバーサーカーを倒す時にも使っていた気もするけれど…。
「ケイローンはヘラクレス以上の弓の使い手。その弟子のカズナリにその剣技が使えてもおかしくないと思うけど?」
…だよなあ。まさか英雄の技も未完成ながら使う事ができるだなんて…恐ろしい。
いや、これほどまでの剣技にするのにどれぐらいの歳月と努力が必要だったのだろうか。
それを思うと…。
「ほぼ同時に放つ攻撃…か。ただ高速で斬りつけるダーヴェルの技よりすごいね」
「…あまり驚いてないな」
「まあね」
笑みを浮かべるニムエ。
「あの技はヘラクレスみたいに力があって一撃が必殺の威力を持っているからこそ最高の技になるのよ。
ケイローンはその技を使う時には威力を数で埋めていたはずよ。でも使い手のカズナリはあんたより体力も筋力ももうないでしょうね」
「…つまり技を使いこなす事はできない…と?」
「腕の筋肉を無傷ですまそうとする場合はね。アーチャーの腕見たけど一方は盾の宝具、もう一方はその技を使った反動って言ってたわ。
本来使えないぐらいの技を使ったんだから、その代償って事ね」
だからこその『未完成』、か。
その技を完成させようとしていたんだから、やはり師範はケイローンを…。
「まあ、それ以外にも理由があるのよ」
「え?」
それ以外の理由?
「…実は円卓の騎士には『ほぼ同時』ではなくて『全く同時』に攻撃を放つ事ができたやつがいてね。文句なしに円卓最強で最高の騎士だった」
「『全く同時』? それは絶対にありえないだろ」
いや、武器を多く持つとかなら可能だけど、ひとつの武器だけで『全く同時』の攻撃をやる事は不可能だ。
魔術でもそれは無理だろう。
「だからこそ最強なのさ。ダーヴェルはおろか、ランスロットすら手も足もでなかった」
「…ランスロットが?」
あの剣ではアーサー王よりも上だろうとも言われている、円卓最高の騎士より?
「誰だよ。そんな奴がいたら国が滅ぶなんて事は…」
「そいつはキリスト教の神に選ばれたのさ。そのためだけにいたと言ってもいい」
キリスト教の神に選ばれた騎士…。
ってもしかして…。
「察しのとおり、ギャラハッド・アプ・ランスロット。聖杯のギャラハッドさ」
ギャラハッド、聖杯をつかんだ騎士。ランスロットの息子。
サクソン人との戦いに区切りをつけたアーサー王は聖杯探求を行った。
ランスロットやガウェインすらリタイアするなか、パーシヴァルとボールズとともに探し当て、神の元へと行ったとか。
「あいつは剣士でありながら魔法使いでもあった。神の化身と言ってもいいぐらいにね」
「信じられない…」
「信じる信じないは勝手。あたしはこの目で見たから信じる。悔しいけどね」
そりゃそうだ。
ドルイドでも魔術師には変わりない。「」を目指す事に何ら変わりはないはずだから。
それを「」にたどり着いている『騎士』が現れたんじゃあたまったもんじゃないだろ。
「…すごいな」
「何言ってんだって。あんたはこれから同じ事をしようとしているんじゃないか」
「へ?」
俺がギャラハッドと同じ事を?
…そうか。
「聖杯の入手」
「そうさ。神に選ばれてないあんたが奇跡を得ようとしてるんだ。大変だよ」
「分かってるさ」
ならなおさらこんなところで立ち止まるわけにはいかない。
俺は全力で進むまでだ。
立ち上がり、再び稽古に戻る事にした。
/
一日が終わる。
昨日と違って夜空には満面の星。
とにかく昨日はいろいろな事があった。
前セイバー、前キャスター、アサシン、バーサーカー、セイバー…。
誰も彼もが俺の手の届かない位置にいて、それぞれの思いで聖杯を手に入れようとしている。
そんな中を俺は彼らを倒し、聖杯を手に入れようとしているんだ。
「…ふう」
残った敵は誰もが強敵。
もしかしたら明日には倒されているかもしれないし、逆に勝っているかもしれないし。
とにかく、今日はこれでおしまいだ。
明日のために体力と魔力を回復させて、そなえなければ。
ディートのためにも、俺自身のためにも…。
/interlude
一日が終わる。
昨日と違って夜空には満面の星。
とにかく昨日はいろいろな事がありました。
アーチャー、キャスター、ライダー、セイバー…。
誰も彼もがわたしの手の届かない位置にいて、それぞれの思いで聖杯を手に入れようとしている。
ご苦労様です。
「…ふう」
残った敵は誰もが強敵。
それでも最後まで勝つのはわたしです。
そして、今日はこれからですよ…。
手はずどおりにわたしはおじいさまには少し遅れますと言ってマキリの屋敷から離れている。
そして、わたしの手元のサーヴァントはアサシンのみ。セイバーさんはおじいさまのところだ。
これでいいのです…。
「アサシン、やっておきましたか?」
「…ヤッテオイタ」
思わず笑みがこぼれる。
「で、気づかれましたか? あなたの宝具の真相…」
「…イヤ。発動ハマダダカラ気ヅカレテナイカト」
それならかまいません。
さあ、素敵な夜をはじめましょう。
interlude out
/interlude 2
深夜、とある場所の屋敷にその3人がいた。
1人は遅い食事に悪戦苦闘し、1人はただ立っていて、1人は書物を読んでいる。
その雰囲気は一般の家庭が持つようなものではなく、とてつもなく暗いものだった。
それもそのはず、一般の家庭はおろか、家族ですらないのだから。
「く…!」
食器に音を立てて、またスプーンを落とす人物が1人。
前聖杯戦争の生き残り、セイバーだった。
「…!」
震える手で何とかスプーンを取り、食事を口に運ぶ。
悪戦苦闘する事既に1時間、ようやく半分が食べ終わったと言うところだった。
セイバーのグラムでやられた傷は治りが非常に遅く、グラムだけ夕方とても軽いものをようやく持てるまでに回復したぐらいだ。
これでは剣など持てるはずもない。
「…スプーンが重く感じるとは、な」
もはや前セイバーは自虐的に笑うしかなかった。
それを見ていた書物を読む老人はうなる。
「ふむ、おぬしはサーヴァントなのだから食事は必要なかろう。なぜとろうとする?」
「ワタシが生前にいた頃の食の事情があってね。マスターの食事はとてもおいしい」
と言ってもその食事は既に冷めたものになっていておいしさはあまり感じられないが。
また前セイバーはスプーンを落とす。
「…まあよい」
スプーンが落ちた事でスープがテーブルの上に広がる。
それでも前セイバーはなおスプーンをとろうとした。
「さて、ゾォルケン。どうする気だ?」
「どうする気、とは?」
前セイバーは元マスターたる臓硯に問いただした。
マキリ邸、マキリの当主とアサシンは不在で、ここには第一次に参加したものしか残っていない。
ならば本音を聞くのにちょうどいいというものだ。
「柳洞寺は攻略された。またあそこに神殿を創るか?」
「…ふむ。おそらくは無理じゃろうな。何せわしらの手元にあるサーヴァントはどれも不甲斐無い」
前セイバーは否定できなかった。
セイバーを入れても4対4。数の上では互角だったにもかかわらず、しかも地理では圧倒的有利だったにもかかわらず、負けた。
前セイバーは両腕を負傷していてかろうじてスプーンを持てる程度だし、前キャスターの魔力も半分しか回復してない。
残っている敵は4。数の上ではマキリの有利に動きはないのだが…。
「お主とセイバーの相性が悪すぎる。あやつがアサシンでマスターを殺さぬかぎり勝ち目はあるまい」
それも否定できない。
前セイバーの真名があれな限り、シグルズなどに勝てる確率は少ないのだから。
「…それはワタシが回復ししだいやると言っていたがな」
ようやくスープを口に運ぶことに成功した。
表情が少し緩む。
「後はランサーを総力でたたみかける、か…。もはやあそこに神殿を作る利益もあるまい」
沈黙が訪れる。
「…」
ちらっと前セイバーは前キャスターの方を見る。
はじめであった時、前セイバーは全てのサーヴァントを目撃した。
遠坂はヴァルキュリー、サタナ、チンギス・ハーン。
アインツベルンはハサン、ケイローン。
そしてマキリは自分とオリオン。
生き残ったケイローンの他に前セイバーはキャスター、サタナにひかれた。
まさに湖の貴婦人にふさわしい威厳があり、神秘さ、神々しさがあった。
その水の舞はとても美しく、可憐だった。
「…それが今や…」
その威厳は全てを呪う呪詛の塊になり、神秘さは不気味に、神々しさは禍々しさに変わった。
その水の舞は全てに死をもたらす、見苦しいものになっている。
いくら味方だからといっても今の彼女を前セイバーは好きになれなかった。
それに、サタナの魔術ならばこの宝具で受けた傷も回復できるだろうに…。
もしもはないが、前セイバーははがゆかった。
「それにしても…」
またスプーンを落とす。
それでもスプーンをとろうとする前セイバー。
アサシンは一体誰に宝具を使ったかは分かった。
だが、宝具を用いても結局対象に変化は訪れなかった。即死どころか傷ひとつも負わなかったのだ。
悪性の精霊、シャイターンの腕。人を呪い殺すとはよく言ったものだ。
「それとも…」
それはもしかして暗殺そのものではなく、暗殺をするための手段なのかもしれない。
自分はともかく当主は既にアサシンの宝具の本質を知っているだろうから、意味もなく宝具を使わせるはずがないし…。
「ん…!」
ようやく口にスープを運ぼうとしたその時、
衝撃音が走った。
「これは…!?」
「…きおったか」
前セイバーは一瞬で武装し、それを漆黒のローブで隠す。
前キャスターもそれに過敏に反応し、首を不気味に傾けた。
「ゾォルケン、あなたはお逃げを。私が何とか時間を稼ぐ」
「はて、セイバー。それは冗談かね?」
ここはマキリの屋敷。今の衝撃音は侵入者が入り結界を破壊した証だ。
だと言うのにマキリの老人はいかにも余裕と言った感じに笑みを浮かべた。
「さて、冗談かもしれないし真剣かもしれんぞ」
「サーヴァントを連れた者がきたのなら好都合。キャスターもおなかをすかせておるのでな」
前セイバーも笑みをこぼして玄関へと向かおうとする。
「まあセイバー、急ぐな」
「え?」
「おぬしは剣すら持てないのだろう」
「…まあ、そうだが」
体術も使えない前セイバーでは敵には対処などできるはずもない。
だからよける事ぐらいしかできないが、足止めにはなる。
「なら…」
前セイバーは外にでる。
そこにいたのは、
「こんばんは、今日はいい天気で何よりだ」
「ああ。たしかにいい天気だ。雨なんて兆候すらないほどに」
遠坂双魔とランサーのサーヴァントだった。
「こんばんは。呼び鈴も鳴らさずに屋敷に入るとはな」
「なに、その呼び鈴とやらが壊れていただけの事。オレたちの訪問を予想していたのだろう?」
前セイバーは動くほうの腕で自分の腰に手をかける。
双魔は大げさに腕を広げてそう言い放った。
「先日はご苦労様だ。シグルズにやられた傷は癒えたかな?」
「さてね」
挑発にも応じず、前セイバーは淡々と答える。
「さて、前回のセイバー。オレは君のマスターと話をつけたいのだがね」
「残念だがワタシのマスターは不在だ。用件はワタシが聞こう」
「そう、か。ならば…」
双魔は手をあげる。
不意に歪む空間。そこからランサーは槍を取り出し、構えをとった。
「セイバー、キャスター、アサシン。3体のサーヴァントはオレが倒しましたとでも伝えておいてくれ」
「分かった。ランサーとそのマスターは倒されましたと伝えておこう」
嘲笑する前セイバー。
ランサーは無言で飛び出した。
前セイバーはもはや剣を持てる状態にはないはず。
よける程度しかできないのなら、この一撃で十分だ。
「!?」
だが、驚いたのは双魔の方だった。
武器と武器が軋む音がする。
ランサーは槍を引き、また突いた。
また前セイバーに対処された。
そう、前セイバーの持っている剣でそらされたのだ。
「どうしたランサーのマスター。セイバーが剣を持ってはおかしいか?」
ランサーはその前セイバーの言葉に黙して語らず、槍で攻撃を繰り返す。
それを両手でしっかりと剣を持った前セイバーに対処されていた。
「…前セイバーは腕を負傷して動かせないはずだが…」
だが事実、前セイバーは両腕で剣を振るっている。
これは一体…?
(…まるで腕自体が道具みたいだな)
前セイバーはそう思いながらも元マスターに感謝した。
前セイバーが剣を持てる理由、それは臓硯の蟲にあった。
魔力に反応し、取り付いた者の神経を侵食して意のままに操る。
そんな蟲を前セイバーは負傷した位置の奥に取り付かせる事で己の魔力そのもので蟲を動かし、間接的に腕を動かしているのだ。
当然魔術師ではない前セイバーがそう簡単に蟲を扱えるはずもないし、負傷が無いように動かす事もできない。
傷はそのままなのだから動かすたびに治るのが遅くなるのも事実。
それでも前セイバーは剣をふるえる事に感謝した。
(宝具は使えないがな…)
宝具クラスの魔力を使うとさすがに蟲が耐えきれずに死んでしまう。
だが今回前セイバー自身がランサーを倒す必要はないのだから。
(…やはりか)
ランサーは多少落胆する。
何しろ彼はクリスを攻撃する前にセイバーと前セイバーの戦いを見ている。
今の前セイバーの剣は万全の状態からは程遠い。
「ぐ…!?」
ランサーのスピードが増していく。
その槍の動きはもはや残像を残すぐらいにまで速くなっている。
手の動きがぶれて見えなくなってしまいそうだ。
前セイバーは己の直感を頼りにその槍をかわしているが、全く反撃ができない。
腕の反応が自分の考えているよりはるかに遅いからだ。
所詮蟲には英雄の動きを伝える事などできやしないのだから。
「まずい、このままでは…!」
じきに剣が手から離れ、槍で串刺しにされてしまう。
それを確信する前セイバーだったが、
ランサーは前セイバーから離脱する事でそれは免れた。
「…」
ランサーが元いた位置には煙がたち、大きく穴が開いている。
前セイバーは振り向いてそれを行ったものの確認はしない。分かりきっているから。
「前…キャスターか」
マキリ邸の屋根には前キャスターがいて、不気味な笑みを浮かべていた。
周りには蟲がたくさんうごめいている。
その中にはまるで干からびたようになっているものもいくつかある。
「蟲の体液を使った水の魔術か…」
「いかにも」
双魔のつぶやきに、別の誰かが反応を示す。
いぶかしげにまゆをひそめる双魔。
「遠坂の若き魔術師よ。よくぞわが屋敷にまいった」
そして、屋敷の暗闇からうごめく蟲と共に現れる人物が1人。
その老人は笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかる。わしがマキリ臓硯だ」
「そうか。オレが遠坂双魔だ」
互いにひるみの言葉も知らずに自己紹介をしあう。
互いに笑みは崩さず、あくまでも自分がここにいるかのように。
「さて、マキリのご老人。オレが来た理由は聞いているだろう」
「おお、先ほどセイバーの話しておった事か…。確かに」
闇がうごめく。
「お主たちがわしらの手助けをしてくれる…だったかのぅ?」
闇がまたうごめく。
いや、それは闇なんかではない。
「そのランサー、いただかせてもらおう」
闇と思われていたのは全て蟲だ。
数多の蟲が庭を覆いつくし、更に双魔とランサーの方に向かってきているのだ。
数多の蟲ごときに英霊はひるみもしないだろう。
だがこの場にいるのは何も蟲だけでなく、セイバーとキャスターもいる。
しかもランサー側は攻めてきた方。地の利は確実に臓硯たちの方にあった。
「…ふん」
左右を確認する双魔は鼻を鳴らした。
「まあもとよりこの屋敷に攻め入った時に覚悟していた事だ」
「ほう…」
それでもなお双魔は己の態度を崩さない。
あくまで笑みを浮かべて臓硯を真っ向から見ている。
…静寂が訪れる。
辺りを支配するのは不愉快になる蟲の鳴き声だけだ。
その間にも蟲が双魔たちを取り囲む輪が狭くなっていく。
「これももとより覚悟していた事だが…」
双魔は片腕をあげた。
本当に何気ない動作で魔力も一切なかったので、前セイバーすら気にかけなかったほどに自然だった。
「命ずる。その宝具を全力をもって用い、敵を殲滅せよ」
彼の腕にあった令呪が光る。
その令呪の効果はランサーに影響を与え、
クラスを超える攻撃が一時的に可能となった。
「――――」
その瞬間、周りが次々と爆発を起こした。
「な…!」
「なん…じゃと…!?」
その光景に前セイバーはおろか、臓硯すら驚愕した。
蟲が虐殺されている。
それは戦いと言うより殲滅。敵を一掃するだけの行為だった。
次々と放たれる何かによって蟲は大量に殺されているのだ。
確かにそれだけならキャスターにもできる事だろうから驚きに値しない。
問題は、その攻撃手段が全て宝具だと言う事だ。
さまざまな宝具を矢として用いたアーチャーに関する情報をもらった時も驚いたが、これの前にはただの森の中の木の葉に過ぎない。
その一つ一つの宝具(主に槍)がまるであられのごとくふりかかり、蟲を殲滅しているのだ。
「さて臓硯。遠坂のキャスターを汚した報い、今こそ受けてもらおうか」
双魔がそう宣言すると、今度は軍が放つ矢の束のごとくそれらが前キャスターに襲いかかる。
「く…っ!」
そしてランサーを止めようとする前セイバーにもその宝具の群れは襲いかかった。
剣で向かうものをはじきながら何とか進もうとするが、腕が思うように動かない。
自分が無事になるだけで精一杯だった。
「みタスハあミのようニ」
前キャスターは蟲を多数犠牲にして水のカーテンを作り出す。
ただの水ではない。強力な酸性であり、ただの鉄なら一瞬で腐食してしまうほどになっている。
更に魔力で強化しているからただの矢ごときではそれはびくともしないだろう。
だが、宝具の前ではそのカーテンは無意味だった。
次々と襲う宝具をいくつか受けた段階ではじけ、宝具の嵐が前キャスターを襲う。
「ガ…!」
なおも詠唱をしようとする前キャスターに容赦なく宝具がふりそそぐ。
前キャスターを構成する数多の魂が悲痛な叫びを発する。
痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ
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死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ
死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ーーッ!!」
それでも攻撃はとまらない。
前キャスターの右腕も、左腕も、右脚も、左脚も、尻も、腰も、胸も、肩も、首も、頭も。
全てに攻撃は降り注ぎ、
前キャスターは完全に粉々にされた。
その消滅の直前、前キャスターが見せた表情は、
サタナとしての表情ではなく、
戦争の犠牲者一人一人の悲痛そのものだった…。
「キャス…ター」
ぎり、と歯をこする前セイバーだが、もはや腕の蟲が悲鳴を上げ続けている。
明らかに過負荷を与えている。
「それとセイバー。おまえの真名は大方予想がついた。その剣の腕、宝具、戦法、今までの戦いからな」
勢いを増す攻撃。
前セイバーがこんしんの力を込めようとして、
蟲は死んだ。
屋敷の壁に激突し、倒れる前セイバー。自身を覆う偽りの衣は完全になくなって。
それでもなお立とうとする前セイバーを、
「これに弱いはずだな」
容赦なく串刺しにしていく。
刺さっているのはギリシア神話でカドモス王が用いた槍、ベーオウルフが用いた剣フルンディング。
他、いずれも竜殺しのものばかりだ。
「あ…」
もはや前セイバーの目はかすんでほとんど見えていない。
剣はかろうじてもっているが、それをほんの少しでも動かす事はできない。
セイバーのクラスを持った剣士は、もはや戦えない。
そして、虚空に停滞するのはシグムンドの太陽剣、グラム。
剣先が前セイバーの方に向けられる。
「さらばだ、騎士…」
その時、光が前セイバーを包んだ。
それが令呪による強制移動と分かった時には既に遅く、
前セイバーはその場から姿を消した。
「…まあいい。あのダメージではどんな処置を施したところで生きてはいまい」
そうして双魔の目の前にいる人物はもはやただ1人だけになった。
その最後の1人、臓硯は黙って彼の方を見る。
「これで終わりだ」
ランサーは手を上げ、振り下ろした。
その日、マキリの屋敷は陥落した。
interlude out
/interlude
「ひ…酷い…!」
わたしは目の前の光景に口を覆った。
これはなんでもひどすぎる…!
「こんな事なら令呪をもっと早く使っていれば…!」
後悔先に立たずとは言うけれど、それを今ほど実感した事はない。
目の前に広がるのは正に惨劇なんだから。
令呪を使って呼び戻したセイバーさんは、もう瀕死だった。
体には無数の刺し傷…いえ、穴が開いていて、大量の血が流れ出ていた。
腕の傷も酷くなっていて、腕にも脚にも胴にも怪我を負っている。
セイバーさんを覆っていた美しい鎧は無残に砕け、見る影もない。
無事なのは顔だけだ。
「セイバーさん…」
わたしはきゅっと唇をしめた。
この状態では令呪を使ってもセイバーさんは生き残れない。
アーチャーのマスターが使う宝石をもし持っていて使ってもセイバーさんを救えはしないでしょう。
それほどセイバーさんはひどかった。
「…宝具をお願いします」
でも今のわたしならセイバーさんを救える。
わたしはこの人を救いたい。
祖母であり、母であり、姉であり、友達。そんな彼女を…。
わたしのサーヴァントが宝具を使う。
視界にはその光景を入れていないけれど、これでセイバーさんは大丈夫だと思います。
後は…。
「聞いておられるのでしょう? おじいさま」
わたしは誰に対してでもない。虚空に向かって話をする。
といっても本当に虚空に向けてではない。
「…うむ、聞いておるぞ」
「屋敷をおとされちゃいましたね。それとキャスターさんもリタイアですか」
「…ランサーがあそこまで強かったのは予想外よ」
そうですね。セイバーさんがあそこまでやられるぐらいですから、とてつもなく強かったのでしょう。
わたしは笑みをこぼす。
「それでおじいさま。これからどうなさるおつもりで?」
「…キャスターも倒され、わし自身に手駒はない。とはいえおぬしは勝ち残る気であろう?」
「もちろんです。バーサーカーとキャスターさんが倒された時点でおじいさまの脱落は必然ですから」
そう、おじいさまのサーヴァントはもういない。
セイバーさんと共にわたしの生活の中にいたキャスターさん。彼女はもういない。
「…だが、セイバーまで失うとは…な。もう少しおぬしが早く令呪を使っておれば…」
「あら、その点でしたらご心配なく」
「…なんじゃと?」
そう、セイバーさんは大丈夫だ。
なぜなら…。
「ではわたしの目を通して見たらどうです?」
わたしは振り返り、その光景を見る事に。
そこには水につつまれたセイバーさんがいた。
出血は止まり、魔力もわずかだけど回復している。これならセイバーさんは間違いなく助かるだろう。
「へえ、始めて見ました。本当はこんな宝具だったんですか」
「…ありえぬ。ありえぬ…! ありえぬわ!」
おじいさまはそう叫ぶ。いえ、叫ぶしかないでしょうね。
「おぬしは何者だ…!」
そしておじいさまはその人物に対して叫んだ。
その人物、いえ、少女は流れるようにして視線をこちらに向ける。
そして、
「あなたは…誰…?」
とだけ述べる。
その声はどこまでも透き通っていて、そして美しいものだった。
「…まるで精霊の声ですね。本来はこんなに尊い声だったんですか」
「おぬしは黙っておれ!」
「あら、状況が把握できないからとやつあたりですか」
「わしはマキリ臓硯よ! お主は何者ぞ!」
おじいさまは完全に混乱しきっている。まあ、それも当然の事だと思いますけど。
少女はその小さくかわいい口を開く。
「わたしは…キャスター、サタナ」
とだけ、彼女はそういった。
「ありえぬわ! キャスターは既にランサーによって始末されてしまっておるはず! この場におるはずが…!」
と、そこでおじいさまの言葉がとまる。
若干の間。
「待て…。そういえばなぜこのキャスターはかつての姿になっておるのだ」
「やはりおじいさま。キャスターの体の変化は魂に準じていたようですね」
しかたがありませんね。説明してあげますか。
「おじいさま。今朝変わった事はありませんでしたか?」
「変わった事…じゃと?」
でも少しぐらいは自分で考えていただきますか。
いつものようにわたしは早起きして、いつものようにわたしは出かける。
でもいつもと違うのはアサシンもセイバーさんも置いていった事。
「…アサシン。そうだ。アサシンはどうした?」
「よくお分かりになられました。これが真実です」
そう、これこそわたしの狙っていた事だ。
「アサシンに宝具をキャスターさんに対して使わさせていただきました」
「宝具…だと?」
わたしはうなづく。
「『
その腕を持って相手の身体が持っている情報を残らず引き出し、自分のものとする。対象が死ねばその存在と入れ替わり、暗殺を行いやすくする。
そんな宝具なんですよ」
「で…では…」
「お察しのとおり、彼女はアサシンです」
アサシンには真名は存在しない。仮の名前としてハサン・サッバーハがあるだけだ。
だからハサン・サッバーハがサタナに変わったぐらいの事ですよ。
「魂を入れ替えても身体の持つサタナとしての情報はそのままですから、その部分のみを生かしました。
今のアサシンの能力は遠坂のサーヴァントとして召喚されたキャスターと何ら変わりません」
そして魂の略奪を行う宝具、それの元だった魂を癒す宝具も手に入れることができ、セイバーさんを救えたわけです。
「アサシンとしての名残は真名をほしがる事と記憶の受け継ぎぐらいですかね。性格もキャスターさんになってますよ」
「…はじめからこうなる事を分かっておったのか」
こうなる事。ああ、マキリの攻略ですか。
「当然です。おじいさまもそれだからこそ外出を許してくださったのでは?」
「…まあよい」
とりあえずセイバーさんは危機を脱したはずです。
それではこれから真の行動に移りますか。
「しかしおじいさま。わたしは今セイバーさんもキャスターさんになったアサシンも持っていて、おじいさまには何もないんですよね」
そう、自身の分身である蟲ですら…。
「…何が言いたいのだ?」
「分かっているでしょう? すでに」
アサシンはセイバーさんに対して宝具を使うのをやめる。
水はそのままに、セイバーさんがそこから出て地面に静かに横になる。
「キャスターさんの真の宝具は魂を癒す事で身体を間接的に回復させるもの。魂であるサーヴァントには絶大な効果を及ぼす…」
「…まさか…」
「それってまるで洗礼詠唱みたいですよね」
「まさか…!」
「つまり…」
もう笑みがとまらない。
「おじいさまも殺せるって事ですよね」
くす、と。わたしは笑ってみせた。
「待て待て! なぜそうなるのだ! わしを殺して何になるというのだ!」
「では殺さないで何になるのです? 必要ないのでしたら片付けなきゃ」
「おぬしもマキリの魔術師なのじゃろう!」
「それに対しては解釈の違い、としか言いようがありませんね」
アサシンはゆっくりとこっちに近づいていく。
「確かにわたしはマキリの魔術師。それについては否定するつもりはありません」
「ならば…!」
「ですがね」
ここから先は今まで誰にも言った事がない。
でも、これは以前から心の中で決めていた事だ。
「わたしは日常の中での幸福こそ欲しいものなんです」
全てはあの人に会ってから…。
「マキリの魔術師であることも、過去に何があったかも、全部話したいと思います。でもそうなるとおじいさま、あなたは邪魔になりますよね?」
「おぬし…!」
「それではごきげんよう。長い間お世話になりました。そしておつかれさまでした」
「やっやめろやめてくれ! 今後一切おぬしに関わらんと誓おう! じゃから…!」
くす、もう遅いですよ。
アサシンはわたしの身体に手を触れて、その宝具を…。
「宝具を発動させれば例えあなたでも私は容赦はしない」
使えなかった。
「…セイバーさん。どういう事ですか?」
「見たままの意味だ。他に意味はない」
目の前にいるのは本当に最低限の治療しか行っていないセイバーさん。
この人がわたしの喉元に剣を向けていた。
…こんな状態では身体を倒してようやくわたしの喉を突けるぐらいですか。
ならアサシンでも簡単にセイバーさんを足止めできるのですが…。
「…セイバーさんはわたしよりおじいさまを取るのですか?」
「確かにあなたは大事だ。だが私は彼にひかれて召喚された。彼を救おうと思うのは当然の事だ」
セイバーさんの瞳を見つめる。
その目はとてもまっすぐで、純粋だった。
「駄目です。わたしがあの人と幸せに生きるにはおじいさまはどうしても邪魔になるんです」
そう、おじいさまは邪魔だ。
だって、おじいさまは今わたしの身体の中にいるのだから。
「ならゾォルケンをあなたの身体から出せばいいのだな?」
「ええそうです」
おじいさまの存在自体を邪魔だとは思っていませんからね。
小さい頃親をすぐになくしてしまったし、セイバーさんとキャスターさん、そしておじいさまはわたしの家族なんですから。
「…聞いてのとおりですゾォルケン。今回もあきらめた方がよさそうですよ」
「…いたし方あるまい」
わたしの身体の中を何かが動く。
…あ、もちろんその何かもわたしは分かっていますけど。
「う…」
それをわたしは口から吐き出した。
そしてそれをわたしはセイバーさんに渡す。
それは一匹の小さな蟲。手を握ればすぐに握りつぶせそうなぐらいに小さな存在。
これが今のおじいさまの姿…。
「…やはりゾォルケン。あなたは勝ち残りたいのであれば私を選ぶべきだったのです」
「いや、これが最善の策だと思っておったのだがな…」
セイバーさんとおじいさまの会話が始まる。
…なんだか主従関係というより親子に見えてこないでもないんですけれども、ね…。
実際セイバーさんはとても残念な顔をしているし。
「すみません。今回の聖杯は私がいただきます。また60年以上経ってしまいますが…大丈夫ですか?」
「60年か…それぐらいならばまだ生きられようぞ」
「…貴方の願いはとても尊い。ぜひ実現していただきたい」
願いが尊い?
わたしが知っている限り、おじいさまの願いは生きる事だけのはずですが…。
「ほう、わしの願いを知っていてそのような事を述べるとはの。堕落したかセイバー」
「いえ、貴方の方が忘れているだけです。ですがいつかはきっと思い出し、かなえられるはずです」
セイバーは笑みを浮かべる。
ごくたまにしか見た事のない、心からの笑みだ。
「それではマスター」
「おじいさまに新しい肉体を与えるために立ち去る許可が欲しい、ですか? 許しません。セイバーさんだって危ないんですから。
おじいさまはしばらくは大丈夫ですよ」
そう言ってわたしはアサシンに合図を送る。
アサシンの唱えた魔術によってセイバーさんは再び水がやさしくつつみこんだ。
その間、わたしがおじいさまを手に持つ。
ああ、今日はとても星が綺麗です。
これをいつかわたしたち以外と見てみたいものです…。
ああ、今日はとてもよく眠れそうです…。
interlude out
to the next stage…
前キャスターリタイア。残るサーヴァントは6体。
では前キャスターの裏話を。
実は前キャスターを登場させようと思ったのは13話を書いている時でした。
サタナにいたるまでには試行錯誤の繰り返しで、非常に悩みました。
結果、サタナになりましたが、思った以上にしっくりきたのはよかったです。
ただ問題はサーヴァントを9体にすると3体生き残った状態でも聖杯ができてしまう事があり、前セイバーは既に決めていたので前キャスターをサーヴァントだけどサーヴァントではない存在にしました。
前キャスターが出てきた事でアサシンの宝具もきちんと決めました。これでアサシンが真キャスター同然に行動する事になります。
次に今回の話について。マキリ臓硯はこの話でリタイアです。これは始めから決めていた事なので、予定通りにできてほっとしています。
なおギャラハッドに関しては完全に自分の想像です。Fateでのギャラハッドはどれほど強かったんでしょうかね…? 気になります。
さて、これで前半戦が終了しました。日数は残り半分ですが、戦闘回数は激減すると思います。その分日常を丁寧に書きたいものです。
そしてラストまで走る…前に他の中途半端な長編を終わらせなければ…。先は長そうです。
それでは次の舞台、日常の中に潜む崩壊の場で。
2006年11月27日