/7日目
時計を確認してみる。
時刻は午前0時を回っているからもう日付が変わってしまったか。
俺は今柳洞寺でセイバーのマスター、クリスと相対していた。
クリスの従えるセイバーは屈強の戦士、シグルズ。
円卓の騎士のように馬を駆って活躍した戦士ではないけれど、その構えには風格だけでなく威厳がある。
俺が戦ったら間違いなく数発でミンチにされてしまうだろう。
それでも、俺はいつかは彼女たちを越えなければならないんだ。
なぜなら、それしかディートを救う方法がないんだから。
「随分といさぎがいいわね。遠坂の意地?」
「違う。これは俺のけじめだ」
アーチャーには悪いけど俺にはもう少し付き合ってもらおう。
確かにクリスは少しずれているかもしれないが、れっきとした魔術師なのだ。
今の状態は正に満身創痍。敵を倒せるチャンスが目の前にあるのだ。
それを見逃す手がどこに存在するだろうか?
「分かりました。ご随意に」
そうつぶやくと瑪瑙は建物の中に入っていく。
それは確実に「我関せず」との意思表示にも取れる。
「それでは」
「おつかれさまー」
セイバーの真横を通り過ぎる瑪瑙に対してクリスはてをひらひらとさせるだけだった。
聖杯戦争に直接かかわっていない瑪瑙を攻撃するほどあせってもいないし、自分たちの邪魔をする事もないだろうからな。
「ディート、君も先に百目木の家に帰っててくれないか?」
「…!」
俺はディートにそううながしをするけど、彼女はそれに驚く。
だが、すぐに表情を戻し、こちらに真剣な顔を見せてくる。
「レン、それとお嬢様。どうかご無事で」
「…その発言矛盾してると思うけどまあいいか。分かったよ」
彼女は一礼するとキャスターの方を見る。
そのキャスターもこくりとうなづいた。
「キャスター、先に行きましょう。私たちが残っていても邪魔になるだけですから」
「…ディート、随分と冷たくない? あんたを思ってくれる2人の勝負を見ないで1人で帰るなんてさ」
「…」
キャスターの発言に曇るディートの顔。
…今それを言う必要はないんじゃないのか?
「いいんだってキャスター。俺がそう簡単にやられるわけないだろ。それに…」
「そうよ。あなた私がアーチャーたちに殺されると思ってるのかしら?」
う、俺とクリスの台詞が見事に一致する。
互いを見つめる俺たちだけどすぐにディートに視線を戻した。
「大丈夫。俺は必ず帰る場所に帰ってくる。約束する」
「レン…」
「あら、なら私だってアーチャーたちを倒してまたディートをこき使ってやるんだから」
「お嬢様…」
ディートは一礼をして駆け出した。
というのにキャスターは彼女を視線で追いかけるだけでそのままだ。
「…はあ。ディートもまだ選択ができてないようねー。そのうちどっちかを選ばなきゃいけない時が絶対にくるって言うのに」
「まあ、今はその時じゃないんじゃないか?」
キャスターはため息を漏らすけど、俺はそうあっさりと言い放つ。
「まあ、レンが今やりたい事は分かってるけどさ」
「…ていうかそれ以外の選択肢があったら教えてくれって」
このセイバーを相手に他の選択肢があるなら。
今魔力を結構使った俺とアーチャーが万全のクリスとセイバーを倒す事は不可能…でもない。
アーチャーにセイバーを任せて俺がクリスを殺せばいいのだが、そんな事は絶対にしたくない。
だとしたらセイバーを倒すしかなくなるんだけど、あの強力な前セイバーすら倒したセイバーに今の状態で勝てるはずがない。
なら、やる事はこれしかない。
すなわち、敵前逃亡あるのみ!
セイバーをクリスのそばに釘付けにできればその間に逃げる事ができるはずだ。
いくらセイバーでも逃げに徹した弓兵に追いつけるとは思えないし。
…情けない戦法だけど、これなら俺とクリスのどちらも死なずにすむ。
「…まあ、今のあんたの顔さ」
「俺の顔?」
「まだ女っぽいけどさ…いい顔だ。あたしたちの時代にいたら騎士にもなれただろうに」
そう言うとキャスターは出口の方へとかけていった。
皮肉も混じっていたけど、最大限の賞賛だと思うことにしよう。
だって、その『騎士』は円卓の騎士と比較して出た言葉だろうから。
自然と笑みがこぼれるけどそうしてばかりもいられない。
この場に残るのは5人。
「…で、レイリー。おまえはどうするんだ?」
問題は彼女。
俺みたいに参加者だけでも瑪瑙みたいに中立だけでもない。
彼女はその両方なのだから。
「火の粉は払うが、それ以外は無干渉」
模範的な回答ありがとうよ。
それだといつか応用を迫られたときに真っ先に殺される気もしないでもないけど…。
数日間続いた雨は前キャスターの敗北と合わせるかのように晴れていた。
そして雲も少しずつなくなってきていて、星空が見え始めていた。
息遣いまでも騒音に聞こえるほどの静寂。
俺はアーチャーの方を見る。
アーチャーもこちらの方を見て、うなづいた。
「さあ、やっちゃってセイバー!」
クリスの命令で戦いが再び始まった。
Fate/the midnight saga(仮)
第22話
/
「アーチャー! 俺の考えてる事分かるよな!」
「ああ! 一応分かってるつもりだ!」
アーチャーはセイバーのふるう剣に合わせて夫婦剣でそれをうまく受け流す。
あんな攻撃を受けていたら間違いなく数撃であの剣は破壊されそうだからな。
真上からの攻撃を受け流されたセイバーはその勢いを地面につく前に弧を描くようにして逆転させ、下から斜め方向に切り上げる。
縦方向と違って横方向の攻撃は受け流しにくい。なぜならそっちの方が人間は表面積があるからだ。
でもアーチャーはそれを洞察力で見抜いたのか、一撃目を受け流した時点でバックステップを開始していて、すれすれでかわしている。
「…」
「…」
俺とクリスは戦おうとはしない。
お互いがお互いのサーヴァントを眺めたままだ。
正直あのセイバーの目を盗んでクリスを狙おうとしてもそれには無理があると思うし。
「風よ!」
セイバーは指で何かの文字を書く。
確かあれはルーン魔術…?
「我に力をーっ!」
今度は剣を高々と掲げてそう叫んだ。
ってこのセイバー、自分で自分を強化できるのか…!
「アーチャー! これまずいって…!」
「ああ! 分かってる!」
まずいと分かっていてもこの状態から逃げようと思ったら後ろからばっさりやられるのが目に見えている。
ある程度セイバーを戦闘にくぎづけにしないと…!
「うおおっ!」
セイバーは先ほどよりも速い動きでアーチャーに剣を振るう。
大剣だからその攻撃は払う、突くの単純な攻撃に限られるけど、どれもが一撃必殺。
何しろあれは幻想種最高の存在、竜を殺すために作り出されたものなんだから。
当たらなくても一撃さえ当たればそれで勝負は決まる。
対するアーチャーの剣は小太刀に間合いが近い。
あれは必殺の武器なんかではなく、あくまで使用者の技術力がものを言う武器だ。
ゆえにその強さもアーチャー次第。
「く…っ!」
その速さはアーチャーと同じぐらいだからまだ攻撃は当たらない。
それでも、アーチャーは間違いなくセイバーの剣を受け流しきれなくなってきている。
セイバーの太刀筋も全部一撃必殺ではなく、フェイントと思われる攻撃が混ざってきていて、切り替えしが速い攻撃がいくつも出てきた。
セイバーもアーチャーも自らの得意とする間合いにしようとしている。
セイバーはあくまで大剣が最大限に当たる打突部分に攻撃をしぼっている。
それより近い間合いは離れようとするか体術を使おうとする。
それより遠い間合いは突きを繰り出しつつ詰めようとする。
アーチャーはそのセイバーの動きに対応するように刀を振るっているので間合いが千差万別だ。
ただ、大剣の間合いが異様に広いのでセイバーの手首すら夫婦剣の間合いになかなか入らない。
アーチャーはただセイバーの攻撃に対応するだけだ。
「ぐ…!」
「はああっ!」
セイバーの気合一閃での横払い。
と同時にアーチャーの持つ夫婦剣が一瞬で砕け、その勢いのまま吹っ飛ぶ。
「アーチャー!」
俺はそれと同時にセイバーの手にかからないようにアーチャーを追いかける。
アーチャーが耐えているのに俺がセイバーに殺される間合いに入ってたら何の意味もないから。
「覚悟!」
セイバーはそのまま担ぐようにして剣先をアーチャーの方に向けて構える。
この体勢からだとせいぜい突きぐらいしかできないけれど…。
「ん? 待てよ…?」
この批評、確か以前にも…。
これはもしかして…!
「アーチャー逃げろ!」
「遅い!」
セイバーの周りを膨大な魔力が覆った。
「
そして高速でセイバーはアーチャーの方に突進していった。
正にそれは竜巻の行進。行く手にあるものを全て破壊しつくすかのようだ。
いけない。ここは令呪を使ってでもアーチャーを…。
…いや、ここはまだそれを使う時ではない。
アーチャーの目はまだ死んでない。
「
ロー・アイアス。ギリシア神話に出てくるもので英雄アイアスの宝具だ。
それは英雄へクトールが放った投槍すら防いだ7重の盾。
あの技はセイバーが己自身を飛び道具をしてする攻撃。
なら飛び道具に対して絶大な防御力を誇るあれならセイバーの攻撃を防げるはず…!
衝突のエネルギーで激しく輝く。
セイバーの剣はアーチャーの盾を破壊しようと突き進み、アーチャーの盾はそれを阻もうと展開される。
今回はセイバーの剣はグラム用のはったりではなかったようだ。
「ぐぐ…」
「ぬ…!」
一枚、また一枚、アーチャーが創った盾の花びらが落ちる。
三枚、四枚。それでもまだセイバーの攻撃はやまない。
「ぬ…おおおっ!」
アーチャーはこれでもかとばかりに盾に魔力を注ぎ込んでいる。
その腕を見てみると、赤い外套は既にずたずたに破けていて、腕にも負傷が出始めている。
あれじゃあ明らかに魔力の使いすぎだ。
「おおおおおっ!」
セイバーの動きがゆるくなる。
五枚、六枚…。
「ぐ…!」
七枚目がとうとう落ちてしまった。
これでアーチャーを守る盾はもうない。
「…っ!」
と同時にセイバーも剣を地面の方に刺す。
そして互いに間合いを離した。
「やっぱ剣技を飛び道具用の盾で防ごうって考えが甘かったな…」
「まさかこれが正面から受け止められるとは…!」
アーチャーとセイバーはお互いにこう言い合う。
だけれども、相殺でもその意味は全く違う。
なぜなら、セイバーは無傷でアーチャーは腕に負傷をおってしまったからだ。
セイバーの攻撃を全力で受け止めたおかげでその無理が腕にふりかかったんだろう。
ただでさえ魔力が少なくなってるのに…!
「…だが、その状態ではもはや満身創痍。先ほどのようには戦えやしないだろう」
セイバーは剣をまた構えた。そしてそのまま大きく振りかぶる。
この体勢は、まずい。実にまずい。
あれは、幻想種最高の竜すら一撃の下に殺し、円卓の騎士の上位にいるダーヴェルも一撃で倒した、
竜破壊の剣…!
「だが全力で行かさせてもらうぞ!」
「悪いが全力でお断りだ…!」
アーチャーは負傷している手に弓を、健在の手で矢をつげて弦を引く。
そしてあの矢となっている剣は…なんだろ?
カラドボルグってやつでもヴァジュラってやつでもないけれど…。
「
「フ…フルンディング…?」
知らない。一体なんだそれは?
フルンディングと呼ばれた剣はアーチャーの弓から射出され、セイバーの方に向かっていく。
これはセイバーは剣を振り切る直前。
「こんなもので!」
セイバーはスタンスを広くし、足を踏み出した。
…これは振り切る…!
「アーチャー!」
俺とアーチャーはセイバーとフルンディングの直線上から外れ、退避にかかった。
セイバーの宝具はたった一人を一刀両断するための宝具。に限定されているせいか数発撃つことすら可能だ。
そんな直線上にいたらあの矢になった剣ごと一刀両断されかねないし。
「…?」
いや、違う?
剣はセイバーからわずかにずれてる。これでは剣には当たる間合いだけどセイバーに当たりそうもない。
「はああっ!」
気合一閃。
セイバーの剣がフルンディングとやらを勢いよくはじきとばした。
このぐらいなら宝具を使うまでもないって事か?
「ってアーチャー、ちょっと…!」
だがアーチャーの退避はとまらない。って言うかこの状態だと退避と言うより逃亡だろ。
間違いなくアーチャーは出口の方向に向かってる。
「あんな無傷のセイバー相手に逃げられるのかよ!」
「ああ。十分だ」
断言かつ即答。アーチャーは既に弓も消失させていて空手だ。
その自身はどっから来る?
「逃がさん!」
そのセイバーは俺たちを追おうと剣をかつぐ。
やば、ルーン魔術で脚を強化してたんじゃすぐに追いつかれるぞ。
「あっとセイバー、後ろ見てみたら!?」
アーチャーはそっちに顔を向けてそう大声で叫んだ。
いくら何でもそんな手は効かないだろ…と思って俺も後ろを確認してみると、
その理由が分かってしまった。
「きゃ…!」
「な…!」
セイバーが驚愕の声をあげて振り返る。
まあ、それは当然だろうな。
「…アーチャー…」
「なんだ?」
「随分と卑怯な戦法を…」
「セイバーは一度ランサーにマスターを殺されかけてるからな。過敏に反応してくれるかと思って。それにあれぐらいならセイバーでも
対処できるだろ」
頭を抱える俺。
…アーチャー、どっちかって言うと騎士と言うより戦争屋のたぐいなのかもしれないな。
「ぐ…!」
セイバーは180度回転して己のマスターの方向に全速で走る。
そしてまた彼は剣でクリスに襲ってきたものをはじいた。
「…あのセイバーさ、そのうちアサシンあたりにクリス殺される気がするんだけど…」
「んー、どうだろうな」
俺の言葉にアーチャーはうなる。
だってあのセイバー、人を守ることにめっぽう向いてないと俺は思うんだが…。
「まあ、そのおかげで俺たちはこうして逃げられたんだからよしとしようか」
「だな」
山門にたどり着いた俺はもう一度セイバーたちを確認する。
セイバーはその剣を振るい、剣を叩き落した。その剣からはさっきとはまた違う何かを感じる。
それを確認すると俺たちは階段を降り始める。
「あの剣一体なんだ?」
「ああ、あの剣か」
あの剣は絶対にすごい。
何しろ、あれははじかれても敵に当たるまで追い続けようとする剣なのだから。
それがセイバー相手ならともかく、アーチャーが狙ったのはそのマスターであるクリス。
いくらクリスが優秀な魔術師でも高速での移動には不向きだろう。ならセイバーが移動してそれを阻むしかない。
…と言っても多分さっきの剣はルーン魔術か何かで付加効果をつけていると思う。なら追跡能力はあれで終わりかと。
「英雄ベーオウルフが使う剣」
「ベーオウルフ…」
聞いたことぐらいしかない。英雄だって事は覚えているんだけど…。
後でディートに聞いてみるか。
階段を下りて全速力で走る。追撃戦をやられてはたまらないから。
「…まあ、とにかくこれで一歩進んだな…」
「ああ、そうだな」
ライダーとバーサーカーが倒れた。残る倒すべき相手は前キャスターを除けば4人。
一週間でこれだけかとも思いたくなってくるけど、これから先はより熾烈な戦いが待っているだろう。
まだ戦いは半ばをようやくすぎただけなんだから。
「…勝とうな。絶対に」
「分かってるさ」
結局あの後セイバーからの追撃はなかった。
俺たちは無事に百目木の屋敷に戻る事ができ、ディートやキャスターとも再会できたのだった。
柳洞寺での戦いは俺たちの半分の勝利に終わった。
/interlude
剣をふるっている。
大勢の中で剣をふるっている。
幾度の戦場を駆け抜け、幾度となく敵を切り伏せた。
勝利をおさめ、剣をふった仲間と共に戦場の惨劇を見渡す。
子供が無邪気に笑いながら走り、父親は汗を流しながら働き、母親は2人を笑みを浮かべながら見守る。
そんな平穏であふれていた町は既に敵によってじゅうりんされていた。
それでも、前に進まなければならない。
また剣をふるう。
心を閉ざし、幾度と耳に入る悲痛な叫び、懇願、罵声。それを必死になって聞くまいとした。
己の心を全て捨ててでも、成し遂げたい事があった。
体が犯されようとも、心が裂かれようとも、誇りが踏みにじられようとも。
この思いだけは本物なのだから。
だから…。
だから…。
どうか私を見てください。
お願いですから、あなただけでいいですから。
どうか私をその目で見てほしい…。
「…」
目が覚める。
まだ頭がよくまわっていないらしく、ぼーっとする。
今のは何だったのでしょうか…。
「…夢?」
いえ、夢にしては現実感がありすぎた。
まるで過去に体験してきたものがまた頭に浮かんだように。
「…もしかして…」
これってサーヴァントの記憶なんじゃないでしょうか。
そうだとしたら納得がいく。
「…おはよう」
わたしは誰もいない方向に声をかけた。
するとその誰もいない方向からわずかに気配が感じられる。
「…今日モハヤイナ」
「いえ、毎日これぐらいで目が覚めますからどうって事ないですよ」
わたしはそうその気配を発する方にそう言って寝巻きから着替えることにする。
姿は見えないけれど、彼はいつもわたしのそばにいてくれている。
「あなたは怪我はありませんよね?」
「…アア」
「それはよかったです」
わたしのサーヴァント、わたし自身が呼び出した英雄。
昨日の戦いではライダーのマスターとディートリッヒを相手にした。
思ったよりも手ごわくて殺しきれなかったけど…。
「頼りにしてますからね。アサシン」
にこ、とわたしは笑って会話を終わらせる。
アサシンは大丈夫でしょう。気配遮断がある限りキャスターにすら見つけだす事はできないでしょうし。
問題はセイバーさん。あの傷はひどい…。
「…セイバー、おはようございます」
「おはよう。今日も早起きだな」
わたしは壁に寄りかかっているセイバーさんに向けて朝の挨拶を述べた。
セイバーさんはいつものように返事をしてくれるけれど、その腕はただ胴体にくっついているだけみたいだ。
「…その腕、治りますか?」
「数日はまず無理だ。グラムで傷をつけられてしまったから、もしかしたらこのまま聖杯戦争終了まで…」
声のトーンが落ちていく。
セイバー相手に二度も不覚をとったのがやっぱり自分のふがいなさを感じる要因になっているみたいだ。
「仕方がありませんよ。セイバーはシグルズとは相性が悪すぎます。そんなお気になさらずに」
「だが…ワタシは60年以上も待ったんだ! 気が狂いそうなほどこの戦争を待ち望んだと言うのに、結果がこれだ…!」
…セイバーさんはとても強い。だけれどもこうして悲観的になることがちょっと多いと思う。
感情的になりやすいのは良いことだけれども、もっと自分に自信を持てばいいのに。
「それでしたらご安心なさい。わたしに考えがありますから」
「え?」
セイバーさんはわたしの方に視線を移した。
もう表情はいつものように気品がもどり、聡明さが際立っている。
「それはどういうことだ?」
「それはお楽しみです。今日中には何とかなると思いますから」
くす、とまたわたしは笑う。
わたしの考えどおりにいったらあの人はなんて思うでしょうか?
今から考えるだけでもわくわくしてきますよ。
「…この傷もキャスターが元のままなら一日で治療できるものなんだがな」
「仕方がありませんよ。今のキャスターはあれが本質なんですから」
キャスターさんはもちろんキャスター=ニムエの事じゃない。
彼女の真名はヴィヴィアンという偽名からセイバーさんが判断したもの。
円卓の騎士を呼び出していたし、十中八九間違いない。
わたしたちのキャスターさんはおじいさまの手で別の存在になってしまった。
あれを使ってアインツベルンや遠坂を出し抜こうとしている事は分かるし、あれがどういった存在かも分かる。
でも、キャスターさんが元のままならセイバーさんの傷も治療できていただろうに…。
「ない物をねだっても仕方がありませんよ。今日の方針をお伝えします」
わたしは寝巻きをきれいにたたんでタンスにしまった。
現在時点で脱落したサーヴァントは2人。ライダーとバーサーカー。
残るサーヴァントはわたしたちのサーヴァントを除けば4人。
その中でも一番厄介だとわたしが思うのは…アーチャー&キャスターだ。
セイバーはどうにかなると思う。セイバーさんがセイバーを苦手にしていても、アサシンならあのお嬢さんを殺すことができる。
だからセイバーさんが万全になったらご退場願いましょう。
ランサーはまだ不確定要素が多くてどう転ぶか分からない。
遠坂双魔は優れた魔術師だしランサーも強いことは分かるんだけれども、正面きった戦いが少ないから…。
当分は静観の形でいいと思います。
キャスターは正直な話とても手ごわい。
彼女だけならセイバーさんの対魔力があるから安心だけど、彼女にはセイバーさんに似たものが使える。それだけは要注意だ。
それに、彼女には円卓の騎士のほとんどが味方していると言ってもいい。
さすがに軍を相手にして必ず勝てるとはいいきれない。
そしてアーチャー。ランサー同様に様々な宝具を使用する弓騎士。
今のところアーチャーは一番多く戦っているけれど、その全てに生還してかつバーサーカーを倒している。
どんな英雄かはまだ分からないけれど、最大の障害と考えてよさそうだ。
…やっぱり動く必要がありそうですね。
「まずセイバーは今日はじっとしてもらいます。出歩かないでくださいね」
「しかし…」
「両腕を負傷していたんでは逆に疑われてしまいます。それは貴女が一番よく分かっていると思いますが?」
「…分かった」
自分でもそれは分かっているようで、わたしの言うことをすんなり聞いてくれた。
さて、問題はこれから。
「アサシン、すみませんがあなたには今日は別行動をとってもらいますね」
「「えっ!?」」
その言葉にセイバーさんもアサシンも驚く。
「普段の生活を送るのなら最低一人の護衛をつけるべきだ。でなければ出歩くべきではない」
「…ますたーガ疑ワレテイルノハ知ッテイルハズダ」
「今日一日だけですから大丈夫ですよ。いざとなれば令呪を使いますし」
そう、これだけは譲れない。
この機会を逃してしまうともうチャンスは訪れなくなってしまう。
「今回だけは異議がおありのようでしたら令呪を使ってでもしたがっていただきます」
だからわたしは毅然とした態度でそう言い放った。
まだわたしは令呪を一個も使っていないから、数は十分にある。
「…分カッタ。従オウ」
「ワタシはその理由を聞くまで賛成はできない。聞かせてもらおうか」
「そういうだろうと思いました」
またわたしは思わず笑ってしまう。
「…具体的にはアサシンには今日宝具を使っていただきます」
「…それはまた直線的な」
セイバーさんは目を見開いて驚いている。
あまりに唐突すぎたかしら?
「では誰を殺すんだ?」
…セイバーさんには説明していないけれど、わたしのアサシンの宝具は人を殺すためのものじゃない。
暗殺者としてはどうかとも思うけれど、それでも暗殺者らしいと言えばらしい宝具でもある。
「違います。殺すんじゃありません。拝借するんですよ。その相手は…」
わたしは口の動きだけでその相手をアサシンに知らせた。
何しろ相手は…。
アサシンは無言でうなづく。セイバーさんは視線をそらす。
これでわたしが何をしようとしているのかが分かったはずだ。
では早速行動に移ってもらいましょう。
「発動の機会は貴方にお任せいたします。終わればわたしの護衛、よろしくお願いしますね」
「…了解」
アサシンはその気配を消し、姿も消す。
残ったのはわたしとセイバーさんの2人だけ。
あの夢がサーヴァントの過去だとしたら、多分アサシンではなくてセイバーさんのもの。
だとしたら、セイバーさんは…。
「…わたしと同じなんですね」
「え?」
「誰かの思われたい。その気持ちは変わりませんから」
思わず出る本音。だけど言わなきゃいられない。
だって、この思いは同じなんだから。
「…! 見たのか、ワタシの記憶を」
「はい。申し訳ありませんけど」
「…そうか…」
セイバーさんは視線をそらしてとても悲しそうな顔をする。
セイバーさんの真名を聞かされ、聖杯を得たい動機を聞いたときにわたしは思ったんだ。
この英雄に、聖杯を受け取ってほしいと。
わたし自身は聖杯を必要としていない。
必要なのはこの日常というひと時。
これさえ守れるならば、わたしはどんな事だってする。
もちろんその日常が壊れない範囲で…。
「がんばりましょうね」
「ああ、そうだな」
お互いに笑みを浮かべながら部屋をあとにした。
interlude out
/
「これは奇跡としか言いようがないな!」
手早く身支度を済ませ、俺は意気揚々と台所に向かっている。
もちろん朝食を作るためだ。
「と言うか神とやらが俺に「メシを作れ」って言ってくれてるのかも…!」
そんな神いたらやだなとも思うけど気のせいって事で。
昨日の壮絶な戦いの後、俺はすぐに寝てしまった。
今回はアーチャーの方が魔力がきれるちょっと手前まで来ていたらしいから、今日はとにかく休養に当てる必要がでてきてしまった。
…マキリに攻め込むならなるべく早い方がいいんだけれども…。
それとも不十分な事を承知でキャスターたちと突入するか?
その後に弱ったところをランサーやセイバーと戦闘する可能性を考えると頭が痛い。
弱った相手から片付けるのは戦争では当然の事なんだから。
「まあ、今は誰もいないこの時間を大切にしようか!」
そう、今日はあのディートすら寝たままというぐらい早起きできた。
自分としてはそれはもはや奇跡。
何しろこの頃朝はアーチャーか葵に独占されてたしな。
これだけ早ければアーチャーでも作り始めてないに違いない。
「てなわけでささやかなクッキングタイムを楽しもう…」
「あら、おはようございます」
時が停止した。
とりあえず目をこする。
「準備は始めちゃいましたからおとなしくしていてくださいね」
やっぱ目の前の現実は変わりません。
葵が朝食を作っている現実は。
時計を確認してみる。
午前6時ちょっと前。
「…朝日が昇る前にはもう起きてたのか?」
「まさか。そんなわけじゃないないですか」
わけならあるから言ってるんだけど。
…まあいいか。今日も駄目だったって事で。
とりあえず俺は居間に座り、キッチンで料理を作る葵を眺める。
着物にエプロンをつけた彼女はなんだかとても俺より年齢が下とは思えないほどにしっくりしていた。
…彼女もいつかはこの百目木の屋敷を離れて誰か1人のために食事を作る時が来るんだろう。
この日常はいつまでも日常じゃないんだから。
だから、いつまでも大切にしようじゃないか。
「…!」
味噌汁の味を確かめる葵。
そのしぐさに思わずどきっとしてしまった。
何気ないしぐさの一つ一つが妙に女らしさを感じてしまい、正直困っている。
…俺はこんな顔と声してるけど男なんだし。
ちなみに目の前の台所、キッチンと呼ぶ方が絶対に合っている。
ディートの話だと第一次の時に滞在してたアインツベルンの人たちが改装したらしい。
手入れも行き届いていて正直俺は驚いてしまったが。
だからこそ料理がよりおいしくいただけるんだろうけど、俺が来る前に使ってた師範代たちからは不満が続出だったらしいが。
…まあ、それはそうだろうなーと納得しつつ。
「おはよう、って今日は葵が一番か」
「士郎さん、おはようございます」
「士郎おはよう」
ふすまを開けて中に入ってきたのはアーチャー、いや、士郎だった。
久々の日常なんだしこう呼ばせてもらうか。
「すぐにしたくをすませるのでそこでくつろいでいてください」
「分かった。まかせるよ」
士郎は俺の隣に座った。
「れんー、ごはんまだー?」
「おはようございます、レン」
「レン、おはよー」
次々と現れる百目木で食を取る皆さん。
師範代やディートたち、それに姐さんも座ったし、
「おはよう。今日はもうできてるのか」
師範も来た所で今日の朝食を…。
「あれ?」
そこで気づいた。
この場にいるはずの1人が来ていない事に。
「葵、英ねえはどこに?」
そう、葵の家に滞在しているはずの英ねえが来ていないんだ。
「あ、そう言えば英さんは用事があるからとどこかにお出かけになられましたよ」
「おでかけ? また珍しいな。あの人柳洞寺にいた時はほとんど寺から出ようとしてなかったのに」
「あの人なりの考えがあったんじゃないですか?」
「んー…」
英ねえなりの考え、か…。
あの人が行くような用事って何なんだ…?
「それと伝言です」
「伝言?」
「「町を五週回ってからカズナリやシロウに稽古をつけてもらえ」だそうです」
その一言に味噌汁を噴き出しそうになった。
何とか押しとどめる。
「英ねえ…なに考えてんだよ…」
あの人の考えが俺に分かるはずもなく、結局そのまま朝食は始まった。
「そう言えば柳洞寺、役人の立ち入りがあるようだな」
「そうみたいですね。これで一体何があったのか分かればいいのですが」
…随分と殺伐とした会話からスタートしたな。
もう柳洞寺は瑪瑙がきれいさっぱりと後片付けをしているはずだから、役人には何が起こったのかわからないはずだ。
「なぞの集団、柳洞寺を襲う、か…。一体何の目的であの寺を襲ったんでしょうかね」
「旧幕府側の生き残りが何らかを訴えたくて起こしたとか?」
「それなら役所をまず襲わないか? なんでまたあの寺を」
「実は重役をかくまってたとか」
いくら話したところで誰が一体何のためにあの寺を襲ったのかを分かるはずもない。
昨日もその話題になったけど、町で知られている事でこの事件に関して要約するとこんな感じだ。
おととい、何者かが柳洞寺を襲撃。生き残ったのはたった2人。英ねえと修行僧の1人でその修行僧はたまたま外に出ていたから。
きのう、役人が数名その寺に入ろうとするも、なぜか入ることができなかった(これは瑪瑙が人払いをしてこれ以上の犠牲者を出さ
ないようにしたらしい。でなければ前セイバーの刀のさびになっていたか前キャスターの餌になっていただろう)
そして今日、新たに部隊が組織されて調査、場合によっては討伐が行われるとか。
「不幸中の幸いだったのは住職の柳洞殿をはじめとして多くが修行に出ていた事ですな。彼らまで犠牲になっていたかもしれないと思いますと…」
「あ、それ俺も思いました」
師範代の言葉に俺は同意する。
寺、つまり僧侶たちは時に修行に行くときがある。今回たまたまそれにぶつかったらしく、おとといまでにいたのは英ねえをはじめとした数名。
住職の柳洞さんもいなかったのは随分と気になったけど、数年に一回はそんな事があると英ねえは言っていた。
これこそ正に不幸中の幸いだろう。
「…でも英さんまでが倒されたんでしょう? 普通の役人だけで大丈夫かしら」
「最新鋭の銃、場合によっては大砲も用意するらしいですけど…」
銃や大砲で英雄が殺せたら苦労はしません。
確かにここ最近の技術の進歩は激しい。銃は引き金を引くだけで相手を殺すことができるのだから。
もちろん今までの火縄銃のような鉄砲は弓のように一撃を重んじるから狙うことが必要だ。
が、今はガトリングガンとか言う連射銃が出てきている。そのうち技術もない数打てば当たるみたいな兵器が大量に出てくるだろう。
兵器は武器を越える存在になり、英雄は出てきにくくなるだろうな。
まあ問題はその兵器を扱うのも人間だって事だ。
当たれば殺せる。でも当たらねば意味がない。
たとえ1メートル以内でガトリングガンぶっ放しても、引き金の動作だけで英雄は回避行動が取れるに違いない。
いや、1メートルもあれば引く前に殺せるって意見はなしで。
なのでもし最新鋭の武器を装備した軍が柳洞寺に出向いても、前キャスターやバーサーカーなしでも前セイバーだけで対処できたに違いない。
そうならないようしくんでくれた瑪瑙には感謝しなければならない。
「まあ、何にしても無事事件が解決してくれればいいのですが…」
「そうですね…」
う、暗い…。
事件が解決したと知っているのは俺たちだけだ。当然他のみんなは知らない。
事件が解決したと言っても完全に終了したわけではない。
何しろ臓硯も前キャスターも生き残っている。
バーサーカーは倒せたけどライダーがやられてしまったから結局敵が3、こちらが2の状態のままだ。
前キャスターが本調子でなく、前セイバーは負傷している今こそがチャンスなんだが…。
(負傷してないと言ってもこっちのサーヴァントもな…)
アーチャーは魔力切れで夜まで待っても完全には戻らないだろう。キャスターは俺には分からないし…。
「ねえ、それで憐」
「ん? なんだ姐さん?」
急に話しかけられたので思わず驚く俺。
「英さんが「師範に稽古をつけてもらえ」って言ってるんだから、当然うちの稽古に出るって事よね」
「む」
そう言えばそうなんだよな…。
英ねえの命令だとこの後の稽古に参加しろって事なんだろうけど…。
「本当に悪いけど今日はゆっくり休むつもりなんだ。だから明日な」
「えー? 英さんが言ってもー?」
残念そうな声をあげる姐さん。本当に悪いと思ってる。
「ああ、悪いけどー…?」
不意にキャ…ニムエが立ち上がり、俺のそでを引っ張る。
その顔が真剣なものだから思わず俺も立ち上がり、居間をとりあえず離れる。
「何だよヴィヴィアン。食事中に立ち上がらせるなんて」
「レン、あたしから言える事はひとつだけね」
居間の方には聞こえないようにひそひそとニムエは話す。
それでも十分にはっきりと分かる。
「今日一日は様子を見ておきたい」
「え?」
様子を見ておきたい?
つまりニムエは俺の考えてる事が分かるのか?
「あんたは今日中にマキリ邸に攻め込んで前キャスターたちを倒そうとしている。違う?」
「あ、ああ…そうだけど」
そう、俺はマキリに今日攻め込む事を選んだ。
だからこそ今日一日は何もせずに休養を取り、夜に備えるんだ。
前キャスターたちの危険性を考えるなら今日中に攻め込んだ方がいいと俺は思ったからだ。
これ以上あいつらを放っておいたら何をしでかすか…。
「何もこっちが動かなくたって、アインツベルンのクリスやソウマにだってあいつらは邪魔な存在だ。ならあんたと同じ事を考えてるかもしれないだろ」
「確かにそうだけど…」
「動くとしたら間違いなく今日だろうさ。だから今日は様子を見ておきたいんだ」
ニムエは指をつきつけて断言した。
…確かにサーヴァントを依然3人もかかえているマキリは強敵だ。
なら弱っている今こそが叩く機会に違いはない。
双魔もクリスも一流の魔術師、それを考えないはずもない。
問題は横槍のことを考えて誰も行動に出なかった場合の事なんだけど…。
「あいつらの危険性が増す可能性も否定できない。でもあたしはこっちの生存率の方を選ぶね」
「…」
何も言い返せない。勝ち残る事を考えるとニムエの意見の方がすじが通っているから。
しばしの沈黙。
返答に困る俺を見てニムエはため息をついた。
「とにかくあたしはディートにそう主張する。あんたも『勝つ』事と『生き残る』事のどっちを優先するか考えといてね」
そして彼女は食卓に戻っていった。
「…」
前キャスター、前セイバー、アサシン、セイバー、ランサー、キャスター、そしてアーチャー。
それぞれ状況、思い。
それをよく考えてみる。
ここは…。
「よし」
決まった。
ふすまを開けて俺も食卓に戻った。
「やっぱ考えが変わった。今日は俺も稽古に参加したい」
「んー! これでまた憐相手に戦えるのねー!」
じーんと感動しながらうなる姐さん。
ごはんつぶつけながら言うのはやめてくれ。
結局俺は『生き残る』方をとった。
マキリは今日は動く事は『多分』ないだろう。戦うなら十分に準備を整えてからの方が…。
「って…」
唖然。
俺の目がおかしいんだろうか?
俺のおかずの魚がないんだけど。
「…誰だよ俺の魚食ったの」
辺りを見渡す。
一成さんと姐さんは自分の食事を進めているし、にやけているのはニムエ。ディートと士郎は俺から視線をそらすし師範代はマイペース。
ここは…。
「おい沙耶。あんただろ」
「えっ!? 違うわよ!」
大声で自分の無実を主張する姐さん。
語るに落ちるっていうか、この時点で犯人がばればれなんだが…。
「師範の皿に骨が二つあるって事はあんたが俺の魚食ったって事だろ!」
「よくぞ分かったな遠坂くん。ご褒美はなしだ」
「ざけんなー!」
結局朝はこんな感じに終わったわけで。
to the next stage…
1話で済ますはずがまた2話に…。
次の話でようやく前半が終了。後半に突入します。
それでは。
2006年11月26日