Fate/the midnight saga(仮)

第21話


   /

Panzer der Kette des Lichtes光 輪 の 鎧 よ!」

ディートリッヒは自分とレイリーの周りに雷で編まれた壁を張り巡らす。
彼女自身も原理はよく分かっていないが、この魔術は電磁障壁だった。

つまり、電磁力によって範囲に入るものを全て中心からそらすような力が働くようにしているわけだ。
これによって理論的には金属など電気を通すものをそらす事を可能としている。
生身であってもその電気で敵をひるませる効果もあるわけだ。

セイバーの剣はそれで威力が弱まる程度だが、アサシンのダガーなら軌道を変えるところまで可能とできる。
これならアサシン相手にレイリーが善戦できるはずだ。

「ふっ!」
息をはきながらレイリーは己の刀をふるう。
アサシンはそれをダガーではじき、距離をとろうとする。
それをつめようとするレイリーだったが、アサシンの速さにはさすがに追いついていない。

レイリーはその宝具に適するようになるために生まれたときから訓練をうけていた。
よってもはやその宝具はレイリーにとっては手足同然。20に満たっていないが大陸にいるどんな武芸者にもひけをとるまい。
その剣の流れは正に舞っているかのように。

対するアサシンはあくまでダガーを投げつつレイリーとの間合いを離していく。
そしてそのタイミングを見計らっていた。
己の切り札を使う絶好の機会を。

ディートはマキリ相手に魔術で応戦をしていた。
マキリはその姿、気配、魔力を蟲で隠していてなかなか把握できない。
魔力を探知して対処する事になれたディートにとって問題だった。

「…まずいですね…」
マキリは柱の影に隠れながらもそれを見て顔をしかめる。
アサシン本来の手段はマスター殺害だ。気配を遮断し、暗殺する。それこそがアサシン。
だが今回は敵マスターそのものが達人。レイリーはきようにディートに被害が及ばないように動いているし…。

実力から言うとまだレイリーよりアサシンの方がダントツで上だろう。
が、ディートの補助はアサシンにとっては致命的だ。
刃物を使う以上、あの雷の鎧を突破する必要があるのだが、それは全て当たらずに軌道がそれてしまう。
…こんな事だったら他の飛び道具を用意してやれたのにと若干悔やむ。

マキリは自身の左手を見つめる。
これだけはまだ使うわけにはいかなかった。
なぜなら…。

「…しかし…」
マキリは敵を探しているディートの方を眺める。

なぜかは分からないが、聖杯戦争を始める前よりも彼女の魔力量は明らかに増えている。
これだけの魔力量を持つ彼女に自分が通用するのか?

「いえ…」
通用するも何も、ディートを殺さないと自分の目的は達成されない。
ディートだけじゃない。アーチャーも、レイリーも、ライダーも。聖杯戦争に関係するものは全員彼女にとっては邪魔だった。
全てはあの人のためだけに。

 今までの事を整理すると、マキリが用いる蟲は臓硯のとはまた違ったものだ。
直接攻撃用のはほとんどない。
匂いなどの分泌物で敵を混乱させたり異常を起こさせたりするもの。音で敵を幻惑するもの。中には魔術要素を用いるものもある。
だがそれはことごとく無駄に終わっていた。

「アインツベルン…」
おそらくあそこでマキリの魔術がどういったものかを聞いていたのだろう。
聖杯戦争にのぞむだけのためにこの地にやってくるのだから、万全の対策をもって望んだとしても不思議ではないが…。
それでもここまで無効化されると腹も立ってくる。

足止め用はことごとく焼き殺され、幻惑用は効く気配がない。

「こんなことなら大型のも連れてくればよかったですね…」
自分が持つサーヴァントがアサシンである以上、何もここで殺す必要はない。
それに自身が手を汚さなくてもアサシンたちがいるのだから、時間稼ぎでも十分だった。
そう思って持ってこなかったし、持って来る気もなかった。

さて、ディートの魔術は主に雷を用いたものだ。その動きもなかなかのもので身体能力自体は高い。
マキリ自身の魔力はサーヴァントに回すもの以外の使用はしていなく、極限までおさえられているから探知されにくい。
だがかくれんぼはいつか見つかってしまうだろう。

どうやって彼女を殺す?

「が…!」
その時、レイリーが剪定ばさみを床に落とし、片方の手をもう片方の手で押さえて膝をついている。
その表情は苦悶にゆがんでいる。

「レイリー?」
アサシンの放ってくるダガーを雷の壁ではじきながらディートはレイリーの方を見る。

「あらあら…」
事情を察したマキリはくすくす、と笑った。
そのレイリーの隙を狙おうともせず、彼女の方を眺める。

「どうかなさったんですか?」
マキリはレイリーに起こった事をわかっていながらそうやさしく問いかける。
その笑みは自然と黒くなる。

「レイリー!」
ディートはレイリーがおさえている手を手に取り、それを見る。
そして、ディートは青ざめた。

レイリーが本来持っているはずのライダーの令呪。
それがなかった。

「そ…んな…」
レイリーはその手をただ呆然と見つめる。
ついさっきまであった令呪、ライダーとのつながり。
それが今や感じることができない。

そこにあるのはただ空虚だけ。

「…っ!」
レイリーは令呪のあった手を握り締める。
そして、それを抱え込んだ。

「残念ですね。実に残念ですよ。脱落者第一号はライダーですか…」
くすくす、とマキリはまた笑う。
ディートはマキリの声がする方向を睨みつけた。

「あなたは…!」
「あら、何か不満でも? それが聖杯戦争なのでしょう? ならいつか脱落者が出るのは当然の事でしょう?」
ディートは黙る。
マキリの言っている事は事実そのものなのだから。

そう、前セイバーにライダーが敗北したのもまた事実。
覆しようなんてないのだから。


「…親友であるあなたにこういうのは何ですが、どうか遠坂の代理人として聖杯戦争に参加してはいただけない?」
一ヶ月前、瑪瑙はこう言ってレイリーを聖杯戦争に誘った。

聖杯戦争の事はレイリーも知っていたが、所詮数十年前に失敗した儀式をまたやり直そうと言うのだ。
しかも、手に入れる事ができるのは7人中1人。見返りは大きくても、自分はまだ未熟だ。

「…いえ、何も聖杯を取る必要はないのです」
だが瑪瑙はこう言った。

1つ、自分の兄双魔と憐の私闘を止める事。その手段は彼らの命を奪う事以外は問わない。
1つ、冬木の地に災いをもたらすマスターとサーヴァントを倒す事。手段は問わず。
1つ、マキリの前キャスターを倒す事。手段は問わず。

「あなた、過去の英雄に会いたいと思わない?」
宝具を持つ武芸者であるレイリーに、瑪瑙はこう述べた。

英雄。人類の歴史の中で一際輝く存在。
人々はその存在に憧れ、敬い、そして頼りにした。
その実力は決して人外の者に負けず、人々を導くだろう。

レイリーはそれだけでその要請を承諾した。
ただし、英雄の召喚をすると言う瑪瑙のすすめを跳ね除け、自分で召還する事として。

「サーヴァントライダー、召喚に応じて参上した」
そして現れた過去の英雄。
レイリーは彼を見た瞬間に思った。

必ず彼と共に勝とう、と。


「…!」
「あら?」
レイリーは己の武器を取り、立ち上がった。
その顔にはもはや迷いなどは見られなかった。

「意外と切り替えが早いんですね。もっと深刻に悩むかと思いましたけど」
とマキリは言うが、実際はレイリーの心は渦を巻いている。
それを必死に隠し、目の前の事実を受け入れなければ生き残れないのだから。
悔やむ事は後でもできる。

「…驚きました。案外あの双魔って人より魔術師をしているのでは?」
ただ、レイリーは己のサーヴァントに失望されたくはなかった。
それは、彼がいなくなっても同じ事だ。

「…これ以上の戯言は不要!」
レイリーは飛び出した。
狙うはマキリの声が発せられた場所だ。

「な…!」
速い。
マキリは蟲で気配も魔力も、姿すら隠してその場から逃げる。

自身は魔術師であっても戦闘者ではない。
一対一で戦えばレイリーに勝てるとは思えない。

が、

「逃さん!」
レイリーは気配でも魔力でも姿ですらなく、呼吸音と足音だけでマキリの居場所を大雑把だが割り出していた。
すぐに方向を修正してマキリに襲いかかる。
その事に驚愕するマキリ。

「く…!」
こうなったらとマキリは飛行型の蟲を一点集中させてレイリーに襲わせた。
いくら鎧が強固でも一点集中ならそれを打ち破る事ができるはずだから。

激しい火花が散り、蟲が雷で焼き殺されていく。
それでも蟲の突撃は止もうとしない。
そしてレイリーの突撃も。

「いけない…!」
それを見ていたディートはあせった。
球状に展開された壁はレイリーを中心に構成されている。
そのレイリーが動いてしまうと蟲の突撃に結界が耐えられない…!

「Eisern Invasion !」

ディートは電撃をマキリの方にはなった。
レイリーの向かった方向、そちらにマキリがいるのだから。

「!?」
が、アサシンがマキリをかかえてそれを避けてしまった。
そしてそのついでにアサシンはレイリーの方に何かを投げつける。
それは高速でレイリーの方に向かい、

レイリーの防御もむなしく突き刺さっていく。

「な…っ!」
ディートの方にもまたその物体が飛んでくる。
反射的に避けようとしたが、避けきれずに脚に突き刺さっていく。

「あ…!」
レイリーとディートは共に倒れこんだ。
ディートはその突き刺さったものを眺める。

「こ…これは…!?」
「どうやらその雷の壁、金属は軌道を変えて他は焼くみたいですね。ですからそれを突破しちゃいました」
そう言いながらマキリは哂う。

そう、ディートに突き刺さっていたのははしだった。

「長くて細くて丈夫でどこにでもあるもの。それっておはしですよね。ですからそれをわたしの蟲でガードしてアサシンに使わせたんです。どうです?」
「く…!」
レイリーとディートは突き刺さったはしを思いっきり引き抜く。
そして、

「Verheilen !」

「治療、再戦、実行」

ディートは治療魔術を、レイリーは直接魔力を流し込む事で治療を行う。

「させるものですか…! アサシン!」
マキリは己の僕に厳しい口調で命令する。
アサシンはそれに答えてはしを投げつけた。

「Eisern Invasion !」

いち早く治療を終えたディートは雷を放ち、それらを焼きつくす。
そしてレイリーも遅れてそれの治療を終えた。

「ふ…!」
魔力を流し込んで治療をしたレイリーはやはり魔力の消費が多かったが、それでも戦いに支障はない。
再び彼女は飛び出した。

「…そう、あくまで戦うのですね」
マキリは2人の行動にため息をつく。
だが、次に向けた視線はとても冷たいものだった。

「でしたらあなた方には死んでいただきます」
そして、断言をした。

「あのひとはわたしのもあのひとはわたしのものあのひとはわたしのもの…」
同じ事を何度も繰り返しながら…。

「やりなさい! セイバー!」

「分かりました」

「「!?」」
障子に線が走り、分割される。
そして外廊下が見えてくる。

雨脚はまだ止む気配がなく、音をたてて地面に落ちる。
だというのにまるで満月のように外は明るい。
そして、外に立っていたのは…。

「セ…セイバー…!」
黒きローブからは水がぼたぼたと落ち、漆黒の剣からは膨大な魔力が感じられている。
そしてその濁った黄金の目は、何の感情もなくただディートとレイリーを見つめていた。
漆黒の剣士は2人に剣を向ける。

状況は最悪だった。
こちらはいくら魔術師だとは言え、人間が2人。
相手はサーヴァント2人と魔術師が1人。

いくら前セイバーが片腕が使えないとはいえ、1人で対処できる相手ではない。
その間にアサシンによって殺されてしまう。

「覚悟」
セイバーのクラスを与えられた剣士はレイリーの方に飛び出した。

「くっ!」
レイリーは何とか二つの剣でそれを抑えようとする。

右に左に、上から、時に下から。
全ては敵を一撃で殺すため、または一撃で敵の戦力を大幅に低下させるために。
小手、頭、首、内臓を的確に狙う前セイバーの剣に、

「あ…っ!」
レイリーは全くついていく事ができない。
徐々にかわしきれない切り傷が増えていく。

前セイバーは片手で振るっているが、その覆う魔力は膨大で能力を補っている。
一方のレイリーは技能型だ。あくまで力で受けようとせずぎりぎりでかわし、反撃の隙をうかがう戦い方。
だが、ここで2人の経験の差が一気に出てしまった。

「はああっ!」
大きく振り上げられて下ろされた前セイバーの剣は正に首を刈ろうとしている死神の鎌。
それをレイリーは両方の剣をクロスさせて受け止めようとするが、

「が…!」

無慈悲にも、剣こそ破壊しなかったものの、剣はレイリーの手を離れ、前セイバーの剣がレイリーを斬る。

「レイリー…!」
レイリーの方に向かいつつ、ディートは魔術の詠唱を開始する。
対魔力に優れた前セイバー相手に生半可な魔術は通用しない。
大魔術、しかも極大のものを放たなければ。

Goldener Drachen黄金色の竜よ !」


ディートは過程を大幅に省略し、回路をフル回転させて前セイバーに解き放った。
だが、

「でええいっ!」
前セイバーは魔力を剣に集め、大きくなぎ払った。

前セイバーの剣とディートの大魔術が激しくぶつかる。
が、前セイバーの剣ではその大魔術を切断できなかった。が、対魔力で防げるぐらいには弱める。
そして、

大魔術は全て消え去った。
ものの見事に無効化されたのだ。

「な…!」
「王手だ」
ぴた、と前セイバーはディートの喉元に剣を突きつけた。
うっすらと刺さったせいか、血がにじみ出している。

「う…」
自分がどんな行動を起こしても間違いなく前セイバーの方が早く行動に移るだろう。
反撃に出ても、撤退に出ても、前セイバーの剣はディートの首を間違いなく切り落とす。

生き残る手段は二つ。
キャスターに隠されたアノ存在に身を任せるか、そのキャスターを令呪で呼び出すか。
だがディートにとってはどちらも考える必要すらなかった。

そのどちらを選んでも憐たちに迷惑をかけてしまうから。

「レン、僕は…」
ディートは静かに目をつむる。
いろいろな思いが巡るが、結果的には2人しか思い浮かばなかった。

自分の従う少女と、自分を連れた青年を…。

「…すまない。だがこれで終わりだ、キャスターのマスター」
前セイバーはその剣を振り上げ、

鮮血が辺りを舞った。


   /

「■■■■■ーー!!」
相変わらず迫るバーサーカー、それを受けて立つアーチャー。

バーサーカーの突進を飛ぶことでかわし、再び首の上に乗ることに成功する。
だが再びバーサーカーの犬の首は大きく振るわれ、アーチャーを投げ飛ばす。

アーチャーは空中ですばやく弓矢を投影。射る。
バーサーカーは本能でアーチャーが狙った箇所から少し外しながらも突進をやめようとしない。
再び衝撃に備えるアーチャー。

「ぐ…!」
それと同時に衝撃が走る。
何とか喰われる事を回避したがその代償に彼の身体は大きく飛ばされる。
その間に開いた距離を利用してまた宝具を創りだす。

「――I am the bone of my sword我が骨子は捻じれ狂う.」
偽・螺旋剣カラド・ボルグ――!」


そしてそれを再び放つ。
それをまたバーサーカーは受け、

また大爆発を起こす。

そしてそれでもなお襲ってくるバーサーカー。
学習能力がないのは有利だが、あの驚異的な再生能力がある限り『壊れた幻想』ではもはやバーサーカーは倒しきれない。
今は何とかしのいでいるが、ちょっとした隙が命取りになる状況には全く変わりがない。

「なら…!」
アーチャーは再び夫婦剣を取り出した。
雨でその剣がきらめく。

「ふっ!」
そしてそれを今度は同時にバーサーカーに向けて投げつける。
弧をえがきながら左右から迫るその2つの剣を、

「■■■■■ーー!!」
咆哮をあげてバーサーカーははじき飛ばす。

が、眼前には既にもう一振りの夫婦剣があった。

それをかろうじてバーサーカーははじき、アーチャーに迫る。
だが、そのアーチャーは手をかざしたままだった。

鶴翼しんぎ欠落ヲ不ラズむけつにしてばんじゃく

バーサーカーは足全てを使って自分の突進していたスピードを殺す。
彼女の周りにはいつのまにか夫婦剣があった。
六つの首で確認すると、はじいたはずの4つの剣が旋回しているではないか。

心技ちから泰山ニ至リやまをぬき

白の剣と黒の剣は互いが引き寄せられるかのように旋回半径を縮めていき、
終いにはバーサーカーに突き刺さっていく。
脚に2つ、首に2つ。

壊れた幻想ブロークンファンタズム

そしてその4つの剣は大爆発を起こした。
声にもならない悲鳴をあげるバーサーカー。

心技つるぎ黄河ヲ渡ルみずをわかつ

煙があがる中、アーチャーは更に夫婦剣を取り出した。
バーサーカーが驚異的な再生能力を持っていても、瞬時に重傷を治せるほどではまだない。

  
唯名せいめい別天ニ納メりきゅうにとどき

ならば、再生をさせぬ間に倒してしまうだけの話…!

   
両雄われら共ニ命ヲ別ツともにてんをいだかず……!」


 アーチャーの夫婦剣がその言葉に応じて変化を遂げる。
それはもはや短刀などではない。一振りでも大剣の域。
それが、二本。

「うおおおっ!」
アーチャーは全体重をその剣に乗せ、思いっきりバーサーカーに斬りかかった。
よけようとするバーサーカーだが、もはや間に合わない。

バーサーカーはその2つの剣を受ける事になった。

「■■■!!」
6つの首と少女が声にもならない悲鳴を発する。
6つの首のうち4つと脚の半分を斬りおとされてしまったからだ。

「ぐ…!」
だが、脚の半分と言っても数ではなく、全部を半分斬っただけで全部を斬れてはいなかった。
そう、2つの剣はバーサーカーにも食い込んだままだった。
しかも肝心の少女にはよけられてしまった。2つの剣はその間を攻撃してしまったのだ。

平行ではなくクロス状に斬れば切断できたかもしれないが、全体重をかけて振り切るには並行の方がよかった事は否めない。
退く事も攻める事ももはやこの剣ではできそうになかった。
だが今の状態なら、後一回の攻撃でバーサーカーは倒せる…!

「投影、開……」

新たな宝具を出現させようとしたアーチャーだったが、

「!?」
危険を感じ取り、一瞬早くバーサーカーから飛びのく事に成功する。
それと同時にバーサーカーの周りを水がつつみ始めた。

「これは…!」
バーサーカーの方に集まっているのは数多の水滴。
それは天からふりそそぐ雨や、地面に広がる水溜りがまるで生きているかのようにバーサーカーの方に向かっている。
そして、バーサーカーをついに覆う。

間違いない。これは前キャスターの魔術だ。
アーチャーは思わず前キャスターの方を見る。

その彼女はゾンビの群れを従いながら、片方の手をバーサーカーの方に向けている。
そして、その手に見えるのは、バーサーカーのマスターが持っていた令呪だった。

「あの驚異的な再生能力はあいつのせいか!」
と言う事は数日前に前キャスターがバーサーカーとそのマスターを助けた後にマスターを殺し、バーサーカーを奪ったのか。
前キャスターの魔力と魔術ならバーサーカーの強化も納得いく。

だとしたらまずい。
いくら属性が反転していても、臓硯の命令であるならバーサーカーの自己再生を促進させる魔術を使う事もあるかもしれないのだ。
それだとまたふりだしからやりなおしだ。

「そんな事させるか!」
ヴァジュラならあの水を貫通してバーサーカーにダメージを与えられるはずだ。
そして、今ならバーサーカーのとどめをさせる。
アーチャーは意識を集中させ…。

その時、天に昇る光を見た。

「……!?」
その光は、まるで星の輝きのようなものだった。
天に昇るその柱は夜の街を明るく照らし、収束していく。
あれはまるで…。

「…」
アーチャーは自分の手を見つめる。
そして、はるかな昔の事のようにある事を思い出した。

その技、その剣、その姿。その存在はどこまでも尊く、神秘的で…。
英霊となった今でもなお思い出せるあの笑顔。

あの剣の騎士を…。

アーチャーはその光が見えたのは山門の方である事は分かっていたし、それを放ったのがライダーではなく前セイバーだろう事も推測できていた。
だが、それでもその考えはすぐ後には頭から消えていた。
そして、アーチャーは拳を握り締める。

「そう、だったな…」
そして、バーサーカーの方を見た。
既にバーサーカーは再生をほぼ終えており、今にも動き出しそうだ。

「俺は…」
アーチャーはバーサーカーの方に構えをとる。
徒手空拳のはずなのに、そこには何かを持っているかのような感じがする。

「立ち止まらない…!」
そしてアーチャーはバーサーカーの方にはじけるように走り出した。
と同時に水がはじけ、バーサーカーが活動を再開する。

「■■■■■ーー!!」
「――――投影トレース開始オン

アーチャーの生き方を決めた出来事があった。

その出来事の中で出会った人は全てアーチャーの胸に刻まれている。

出会いもあった。別れもあった。

そんな彼女らを追いかけ、走り続けた。

そして、その中の1人が使った『技』がある。
「――――投影トリガー装填オフ


バーサーカーが襲いかかってくる。

脅威の再生能力を持つ神代の怪物を、それはほうむった。

それを再現のレベルで模した技。

   
全工程投影完了セ ッ ト ――いくぞバーサーカー!」

「■■■■■!」


あの大英雄、ヘラクレスの技!


「是、 射殺す百頭ナインライブズブレードワークス!」


脅威の再生能力を持つヒュドラの首9つを落としたその剣技は、

バーサーカーの6つの首と脚、そして怪物と少女との境目である胴体を斬ったのだった。


「……!」
バーサーカーの体が地面に落ちる。
いくつも、いくつも。

「…が!」
剣を消滅させ、腕をだらんとさせるアーチャー。
本来ならヘラクレスのように力があるものが使う技を使ったのだ。その分の反動は大きかった。
それでも、アーチャーにはまだやる事が残っていた。

「……!」
苦悶の表情をうかべているバーサーカー、いや、少女のところへ足を進める。
そして彼女の目の前に立つ。

「■……」
少女はアーチャーの方を見ないで、自らの下半身の方へと顔を向けた。
そこはアーチャーに切断されたあとがある。もう怪物などいない。

バーサーカーの怪物の部分はバラバラにされてもなおも動き、再生しようとしていた。
そして、肉片になってもその本体である少女にまた同化しようとしている。

「……」
アーチャーは無言で夫婦剣を取り出して振りあげる。
少女はそこでアーチャーへと顔を向けた。

その表情は、とてもおだやかだった。

「……ごめんな」
アーチャーには少女を元に戻す事はできない。
これからもスキュラという存在は神代の怪物のままだろう。
それでも、

「ありがとう……」
スキュラという名の少女は確かにそう言ってほほ笑んだ。
バーサーカーとして召喚されたのだから、それは気のせいなのか、それとも今起こった事実なのか…。

アーチャーは剣を振り下ろした。
そしてそれはスキュラへと吸い込まれていく。


神代で怪物にされ、バーサーカーのクラスを与えられた、運命を翻弄された少女スキュラはここに消え去った…。


   /

「……っ!」
前キャスターはその手を押さえた。
手にあった紋章が熱く光り、そしてそれは幻のごとくはかなく消え去った。

「……!」
キャスターもそれに遠目で気づく。
そして、思わずにやっと笑った。

「そう…! ついにバーサーカーは倒れたのね」
これはキャスターにとっても嬉しいことだった。

何しろ、ディートを救うには自分では役不足。
でも他のサーヴァントには自分以上どころか自分の半分すらできないだろう。
可能性は、奇跡である聖杯だけ。
ドルイドでありキリスト教を憎んだ自分がキリスト教の象徴の聖杯を手に入れようとしているのは何とも皮肉な話だが、手段を問うつもりはない。

 ようやく、2人が脱落してくれた。
前セイバーの出現もあり、倒すサーヴァントは依然6体必要だけど、自分とアーチャーがどちらか遠慮する必要はない。
何しろ、2人が生き残れば聖杯は完成するのだから。

「残りは…4!」
問題はこのサーヴァントもどきな前キャスター。
倒してもメリットが少ないのに手ごわいとくる。
だがこんなやつ残していても百害あって一理なしだ。

「さあ騎士たち! これでおしまいにしようか!」
前キャスターはもはや手詰まりの感がある。
その水の魔術は確かに普通の魔術よりは恐ろしいかもしれないが、対処できないほどではない。

「うおおっ!」
ついにダーヴェルはゾンビの群れを突破し、前キャスターに切りかかる。
前キャスターは魔術を展開し、水の壁でその剣撃を防ぐ。

「まだまだ!」
ダーヴェルは剣を高速で振るう事で敵に魔術の構成をさせまいとしている。
全ては前キャスターの作り出した水の壁で防がれているが、それでも前キャスターはそれの維持に努めている。

「ならば…!」
続いてギャラハッドが、ゾンビの群れを突破する。

理性も何もない、ただ本能のままに動くゾンビなど所詮高き志を持つ騎士たちにとっては敵ではなかった。

ある騎士は弓で前キャスターを攻撃。
ある騎士は槍で攻撃を仕掛けるし、ある騎士は斧で攻撃をしかける。
その騎士全てがキャスターの加護を受けていて、若干ながら魔術要素を含めている。
よって前キャスターはもはや防御を固めるしかできなくなっていた。

「…!」
大魔術で騎士たちを蹴散らそうとしても、

「させないよ!」
キャスターがそれを許しはしない。

キャスターは前キャスターの方をじっと見つめた。
その雰囲気は確かに死そのものだ。
しかし、その本当の姿はどうだったのだろうか?

あのキャスターは憐、双魔、瑪瑙の先祖が召喚したサーヴァントだという。
だとしたら、さぞかし立派な英雄だったのだろう。
できればそんな彼女と出会いたかったものだが…。

「…やっぱ魔術師から理性を取ったらこんなものか…」
前キャスターの戦法は事務的で、かつ本能的なもの。
戦術も戦略もゾウケンのものばかりで彼女自身のものは何一つない。
これでは魔術師同士の戦いではない。

「まあいい。キャスターの始末は、このキャスターがつける」
手のひらの上を舞うのは数多の星屑。
それをゆっくりと舞い上げる。

「これで終わりよ」
数多の星屑はキャスターの上を舞った。
そして、

「大いなる星の輝き!」

その数多の星屑が光り輝き、それぞれが前キャスターの方に向かっていく。

「カ…かすムはキりノゴトく」

前キャスターはそれを阻もうと、雨を霧状にしてその星屑を吸収していく。
だが、全ての星屑を吸収できるほどではない。

「ア"…」
前キャスターは魔術では間に合わないと、ただ魔力を放出して壁を作り出す。
数多の星屑と魔力の壁が激しくぶつかる。

「甘い!」
キャスターはそれでもなお攻撃を緩めようとしない。
次々と魔術を繰り出していく。

「ア"…ア"ア"…」
音を立てて結界がひび割れていく。
前キャスターが魔力をいくらそそぎこんでもその決壊は防げない。

「終わりよ、キャスター」
「ア"ア"ア"ーーーーーッ!!」
ついに結界のひびが全てに伝わり、それは音を立てて崩れ去る。
そして、数多の星々が前キャスターに襲いかかり…、

「な…っ!」
空をかすめた。
そう、当たる直前で前キャスターは虚空に消えたのだった。

「しまった! 令呪による強制転移…!」
キャスターは急いで憐たちの方に顔を向ける。


 そのだいぶ前、憐と瑪瑙は襲いかかってくる蟲相手に全力で応戦していた。

「――Vier四番……!」

騎士ならば立ち上がれ! その不義にはその剣をもって答えよう! そしてその思いは消える事無く心に刻め!

瑪瑙が宝石魔術を使い、憐が英語で詠唱を開始する。
襲ってきた蟲は宝石魔術によって吹き飛ばされた

「走って燃やして吹っ飛ぶ!」

誓いは此処にあり、制約は其処にある。全ては定められた場所に、定められた時を刻む

憐が詠唱を完成させ、魔術を解き放つ。その間に瑪瑙はドイツ語で詠唱を開始した。
襲ってくる蟲は炎によって焼き尽くされる。

そして今度は瑪瑙が詠唱を完成させ、魔術を放つ間に憐が詠唱をしつつ刀を振るう。

確かに今度の蟲たちも魔術で倒せるものではあった。
が、問題はその数と種類。空を飛ぶものから地面を這うもの、一発では倒れないものなど多種多様になっているのだ。

「ここまで三次元でやられるのが苦労するとは思わなかった…!」
「同感です…!」
憐と瑪瑙を囲むその隊形は円ではなく球。
一瞬でも油断すれば殺されるほどのものだ。

これでは臓硯の蟲が尽きるより早くこちらの魔力のほうが尽きてしまう…!

かといってここを飛び込んでいく手段は自殺行為だ。
特攻はその攻撃で敵を倒せる確証があってこそやる行為。臓硯相手にその確証はまったくない。
しかもこっちは1人ではなく2人。その2人で蟲の大群をかろうじてしのいでるほどだ。

なら…、

「…信じよう。アーチャーとキャスターを」
「ええ」
悔しいが一歩も動けない以上、ここで耐えしのぐしかない。
自分たちの英霊の勝利を信じて。

臓硯は思考していた。
さっきの輝きは間違いなくセイバーがライダーを倒したものだ。
そのセイバーがこちらに来ないのはアサシンたちの方に向かったからだろう。

前キャスターはキャスターにおされ気味。アーチャーのマスターは目の前にいるが、後一歩が出せない。
セイバーがキャスターのマスターを倒してしまえばキャスターも消え、前キャスターが手元に戻るのだが…。

 そのとき、数多くの矢が蟲の群れに降り注いだ。
それぞれが小規模ながらの爆発を起こし、蟲が吹き飛んでいく。

「ぬ…!?」
「お…!」
「あ…!」
その場の3人がそれぞれ違う反応を見せた。

その攻撃をしたもの、それはアーチャーだったのだ。
彼は再度弓に矢を持ってくる。

「バーサーカー、敗れたか…」
前キャスターが強化をしてもなおバーサーカー相手に勝利をしたアーチャー。
その攻撃方法は宝具を多く使い、時には近距離で、時には遠距離から射、宝具自体を爆発させる時もあった。
そんな英雄は臓硯も知らない。

「予想以上か」
そも、英雄ならば幻想種や神代の怪物を倒してこそ、だ。
いくら補助を受けていてもバーサーカーは神代の怪物。英雄にかなうはずもないか…。

アーチャーの矢は憐と瑪瑙を覆っていた蟲の群れを次々と倒していく。
矢を射ながらアーチャーは走り、そして臓硯の前に立ちふさがった。

「バーサーカーを倒したのか」
憐は安堵するようにそうつぶやいた。
バーサーカーとは何度も戦ったが、今日でようやく終わりなのかとの思いが強かった。

「ああ。後は…」
目の前のマキリの魔術師を倒せば終わる。

アーチャーは夫婦剣を構えた。
臓硯は蟲を自分の周りに集め、何もしようとしない。

ちょうどその頃キャスターが前キャスターに止めをさそうとしていた。

「戻れキャスターよ」
臓硯はそれを見て令呪で前キャスターを呼びもどす。
彼の背後に現れた前キャスターはひざと手をつき、四つんばいの形になった。

魔力は枯渇しようとしていて、もはや大魔術は使えまい。
この状況から、臓硯の負けは決まったようなものだった。

「ア"…」
「たわけが」
「!」
前キャスターが何かをしようと動作を起こすが、臓硯の一喝で止まってしまう。

「もはやおぬしが何をやろうとこやつらにはかなわぬわ。それが分からないおぬしでもあるまい」
前キャスターは黙っておとなしくなってしまう。
長年を生きる魔術師の威圧はかつての英雄に劣りはしなかった。
そも、その英雄だろうともかつては人間だったものもおり、臓硯より短い生だったものがほとんどなのだから。

「…あんたもこれでおしまいね」
キャスターは騎士たちを撤収させ、アーチャーたちの方へ歩み寄る。
そして隣まで来ると、杖を臓硯の方に向けた。

「マキリ臓硯。遠坂のキャスターにした事、そしてこの町にしようとした事。遠坂の当主として許すわけにはいきません」
「そうだな」
瑪瑙は宝石を持ち、憐は刀を臓硯の喉に向ける。

「あんたを倒せば前セイバーも消えるでしょうし、アサシンだけならあっさりと倒せるわね」
そう言ってキャスターは臓硯を睨みつける。
それらに全く動じない臓硯はふむ、とうなった。

「侮っておったわ。キャスターとバーサーカーさえおればセイバーは不必要かと思っておったが…」
「セイバーは不必要?」
カカ、と笑いながら臓硯はつぶやくのを憐が首をかしげる。

「うむ。セイバーは今はあやつに譲り渡したのでな。セイバーはわし自らが召喚したサーヴァント。
 4体のサーヴァントの中でも特に優秀なのだが激動に走りがちなのでな」
「ちょっと待ってよ…」
キャスターはそこで顔をしかめた。

つまり、臓硯が持っているサーヴァントは前キャスターとバーサーカーだけで、前セイバーはアサシンと同じマスターだと言う事か。
60年以上も前に召喚されたのだから臓硯のサーヴァントだとばかり思っていたが…。

 そう、憐や瑪瑙たち全員が勘違いをしていた。臓硯が前キャスターと前セイバーのマスターだと。
それは当然だ。第一次から魔術師をやっていてサーヴァントを維持できると言ったらごく限られている。
先代遠坂の当主もそうだったが、マキリではおそらく臓硯以外いなかったはずだ。
加えてセイバーは臓硯が元々呼び出したサーヴァントで、キャスターは臓硯が利用した元は遠坂のサーヴァント。
ならば引き続き2人のマスターは彼がやっている。誰もがそう思っていた。

最強のサーヴァントであるセイバーを譲ろうと考えるマスターがいるだろうか?
だが、もし血縁という同盟で結ばれているなら?
その結果が、目の前の現実だった。

「本当なら元々わしのサーヴァントだったセイバーを使い、キャスターをあやつにくれてやろうと思ったのだが、セイバーの方が良いと言うのでな。
 まあ優秀だからよいが…」
「まずい…!」
キャスターは青ざめる。もはや臓硯の言葉は耳には入っていない。

前セイバーが太陽の剣を使ってから随分と経つ。
それでもこっちに来ないと言う事は、別の方に行ったということだ。

どこへ?
もちろん、己のマスターの方へ。

あっちにはアサシンとマキリのマスターと戦うディートとレイリーがいる。
そんな所に前セイバーが入ってくれば…。
臓硯を殺しても前セイバーがいなくならないのなら、

マスターのディートが間違いなく危ない。

「もはやアインツベルンのメイドと遠坂の代理人はセイバーとアサシンに殺されている頃じゃろうて」
「…っ!」
キャスターはこぶしを握り締めると、駆け出した。
向かうは寺院の方。

「ディート、今あたしが…!」
正直キャスターには前セイバーに勝てる自信がなかった。

アインツベルンの少女は対魔力がセイバー以上だと断言した。そしてその剣はセイバー並だと。
魔力をかなり使った状態では円卓の騎士をベストの状態で召喚することは不可能だろう。
だとしたら、前セイバーにかなうすべがない。

それでも、この身が大丈夫な限りマスターは生きている。
ならば、勝算がなくても自分は彼女を守りに行く。
そうディートとシャルロット。2人のマスターに誓ったのだから。

が、

「え…?」
不意に、障子が破れ何かが廊下に体を激突、その勢いのまま地面をころがった。
その勢いはとまらず、キャスターを通り過ぎて彼女とアーチャーの間でようやくとまる。

そしてその何かを見た一同は唖然とした。

「あ…ぐ…」

その人物は両腕から鮮血をしたたらせ、その腕はだらんとしている。
腹部にも大きく斬られた跡があり、内臓も傷ついているかもしれない。
痙攣を起こし、目はうつろだ。

「う…うう…」
そう、地面に横たわっているのは前セイバーだったからだ。

その姿からは山門で見たような雄雄しさはもはや感じられない。
魔力もだいぶ少なくなっていて、体を覆う黒ローブは切られた跡だらけだ。
口を覆う部分は既になく、血を流している。

「憐、マキリのマスターの見張り頼む!」
アーチャーはそう言うと、ほうける時間を一瞬で切り上げて弓矢を取り出し、前セイバーを攻撃する。
もはや肉眼では確認せず、ただ直感だけでその矢を転がる事でかわし、何とか起きあがる前セイバー。

その前セイバーは、動かなかった腕には穴が開いていて、動いていた腕には大きく引き裂かれ骨まで斬れようとしていた。
まさにそれは皮一枚と言った感じだ。
その剣を起き上がりざまに足で起用に拾い、口にくわえる事でかろうじて持っている。
もはや前セイバーは両腕とも使えなくなっていた。

「ぐ…!」
前セイバーははじけるように飛び出す。
アーチャーにでもキャスターにでも、ましてや飛んできた方向でもなく、出口の方向に。

その駆ける足も以前のような切れはなく、戦術も戦略もない、ただ敵を目の前にする逃走だった。
必死で駆けるその表情はほとんど悔しさと悲しみで満ちていた。

「アーチャー! 逃がさないでください!」
「分かってる!」
瑪瑙が言う事もなくアーチャーはその逃げる前セイバーめがけて矢を射る。
脚や急所などを的確に狙う。
その十数本の前セイバーを狙った矢は、

同じ数のダガーによって軌道を変えられた。

その矢とダガーが落ちると同時に黒づくめの2人組が建物の中から外に飛び出してくる。
黒一色の装束に白い仮面をかぶった者と、黒いローブとフードで身を包んだ者だった。

「あれは…!」
「アサシン…」
キャスターとアーチャーがが口々につぶやく。
表情こそ見えないが、2人とも恐怖に包まれているようだった。
まるで地獄からの死者から必死に逃げてきたように。

「おじいさま。すみませんがわたしは撤退させていただきます」
そしてその黒ローブの者、マキリは臓硯の姿を確認するとそう言い放つ。

「何…?」
「これ以上戦っても敗北は必至ですから…!」
マキリの言葉が終わらぬうちにアサシンは動き出す。
暗殺者のサーヴァント、アサシンは闇夜に溶けるようにしてその場を退却した。

その場に残ったものは今起こった事に疑問しか浮かばない。

「…何があったのかしら?」
キャスターは首をかしげた。

お世辞でもディートとレイリーが前セイバーとアサシンを撃退したなどと言えたもんじゃない。
前セイバーの対魔力は高い上に最高のサーヴァントだ。勝てる方がおかしい。
ならなぜ彼らは退却したんだ…?


「あら、随分とぼろぼろじゃない」


その場に似つかわしくないほどの明るく気品のある声が聞こえてきた。
そして声の主たちは暗い建物の中から姿を現す。
それは…、

「セ…セイバー?」
一同騒然。
彼女たちはアインツベルンの少女クリスとそのサーヴァント、セイバーだった。


   /

 柳洞寺。池の前。
その場にいる誰よりもその2人は存在感を放っていた。

銀の長い髪を持ち、あどけなくとてもかわいい姿を持つアインツベルンのマスター、クリス。
その魔力は今この場にいるどの魔術師よりも高い。いや、万全の状態であっても彼女にはかなわないだろう。

白いフルアーマーを装備し、大剣をその手に持つ最高のサーヴァント、セイバー。
その表情はどこまでも凛々しく、硬い。まさに英雄をそのまま絵にしたような存在だった。

そのセイバー、先ほどの状況から見ると間違いなくマキリチームを完膚なきまでに退けたようだった。
ライダーを倒した前セイバーすら全く寄せつけずに。

もはやアーチャーは宝具の使いすぎであと数回が限度。
前キャスターは魔力が切れかかりで限界。
キャスターはまだましだがセイバーにかなう存在はもう召喚できない。

つまり、後はクリスの行動次第になってしまった。

「セイバーのマスター。ディートはどうしたんだい?」
短い沈黙を破ってまず口を開いたのはキャスターだった。
全くひるみもせずに彼女をにらむ。
その表情は、返答しだいでは戦闘をも辞さない厳しさだ。たとえ今の状態ではかなわない事が分かっていても。

「あら、随分と主人思いなのね。でも…」
そんな真剣な顔つきのキャスターに対してクリスはあくまで少女らしい表情で返答を返した。
もっとも、この少女はその少女らしい表情で魔術師としての行動をするのだが。

そしてクリスは軽くため息をつき、後ろの方を見る。
そして手を差し伸べた。

「ほら、早くしなさいよ。あなたのせいで私が誤解されちゃう」
「でしたらセイバーに彼女を背負わせてくだされば…」
「何でそんな事までしなきゃいけないのよ」
むー、としてクリスは腕を組む。

そして、暗闇から現れる人影。
それは次第に明るくなっていく。

「お騒がせして申し訳ございませんでした」

そして、その人物はそう言って申し訳なさそうに頭を下げる。

「無事で…いてくれたのか…!」
真っ先に憐がその彼女に反応し、駆け寄る。

「よかった…! 無事でいてくれて本当によかった…!」
「そちらこそご無事で何よりです…」
お互いが笑みを浮かべる。

ディートリッヒはレイリーの肩を持って無事でいた。

「アサシンだけじゃなくて前セイバーも相手してたんだろ? 本当に無事な姿を見れて良かった…」
「いえ…ですが結局こちらは貴方方の足を引っ張る事になってしまいましたし…」
「気にするなよ。こっちだって結局時間稼ぎしかできなかったしな」
「レン…」
ディートと憐の2人はただ見つめあう。
憐は本当にディートが生きて戻った事を心底から喜んでいて、ディートは憐のやさしさがうれしかった。

「なーんだ。レンの甲斐性なし。抱きつけばよかったのにさ」
「憐お兄様。情緒事よりも先にやらねばならない事があるでしょう」
茶化すキャスターと真実を述べる瑪瑙だがその顔は安堵に満ちていた。

「ほら、アーチャーも何か言ってやんなよ」
「なんでさ。俺も瑪瑙の意見に賛成なんだけどな」
アーチャーはそう言いつつも弓矢を手にしたまま臓硯の方をにらんでいた。
そう、まだなごむわけにはいかない。

倒すべき相手がまだ残っているのだから。

「…ふむ、わしのセイバーを倒すほどのセイバーがシグルズとはな。道理でわしのセイバーがかなわんわけだ。相性が悪すぎるわ」
「あら、負け惜しみはそれだけ?」
クリスは臓硯の言葉をうけて笑みを浮かべて腰に手をやる。
といっても無邪気な笑みなんかではなく、勝利を確信した顔だ。

「何、もはや潮時なのは明らか。ここは退かせてもらうとするかのぅ」
「…馬鹿じゃないの?」
臓硯の体が動き出す。
否、それは動き出すのではなかった。

文字通り、崩れていくのだ。

「な…っ!」
それを目の当たりにして驚愕するのは憐とレイリー。
瑪瑙とキャスターは嫌悪感をあらわにしているだけで、他はただそれを事実として受け止めている。

「…吐き気がするよ」
キャスターは正に吐き捨てるように言い放った。
その言い方には侮蔑や怒りなどさまざまな思いが含まっている。

崩れた臓硯の体は蟲でできていた。

「さて、とっととその醜悪なやつらを殺しなさい、セイバー」
「分かった」
大剣を後ろに振るい、飛び出すセイバー。

「アーチャー! 蟲と前キャスターを逃さないでくれ!」
「分かってるさ!」
正に早業で弓矢を放つアーチャー。

「キャスター! このままこの戦いに終結を!」
「了解ー!」
キャスターはすばやく動作を行い、魔術を解き放った。


その後に行われたものはもはや戦闘ではなかった。
それは一方的な殲滅でしかなかった。
それは当然のことだろう。なぜなら普通ならありえない、英雄が3人も共闘しているのだから。


そして辺りに散らばるのは万を超えているだろう蟲の死骸のみだった。
つまり、

「サタナ、また逃がしてしまいましたか…!」
悔しそうに瑪瑙はうつむく。

あの殲滅戦で臓硯と前キャスターは己の生存のみに重点を置いた。
臓硯は自らの使い魔の蟲のほとんどを用い、それをおとりと目くらましにつかったのだ。
そして境内からの脱出をした前キャスターを追うことはできなかった。
敵にはアサシンもいて、不意打ちをしてくる可能性もあったからだ。

「はあ、この分じゃあゾウケンも生きてそうだし、脱落したサーヴァントは2人だけかー…」
クリスはやれやれ、と肩をすくめる。

「臓硯が生きてる?」
「臓硯はマキリの中でも特殊で、体を蟲で構成させています。ですからあのような事ができても不思議ではないかと」
憐の疑問に瑪瑙があっさりと答えた。

「…て事は前セイバーもアサシンも前キャスターも健在なのか?」
「とも限りません。あの様子では前セイバーは当分活動できないでしょう。前キャスターも数日以内に行動を起こす前に叩けば…」
「…結局数日が勝負か…」
腕を組んでうなる憐。
と、気づいたように憐はクリスの方に顔を向けた。

「ところでクリス。助けに来てくれて感謝してる」
「え?」
あまりに突然だったので話をふられたクリスも驚く。

「ディートが助かったのはクリスのおかげだ。ありがとうな」
「勘違いしないで。私はディートを救ってその結果ライダーのマスターまで助かっただけにすぎないんだから」
クリスはさも当然のように断言する。

聖杯戦争が遠坂、アインツベルン、マキリ以外のものが介入するようになってもはやないはずだった3対4の戦い。
参加していないセイバーとランサーは、定石で言うならその戦いに決着がついてから介入した方が敵を倒しやすい事は間違いない。
クリスがそれをやらなかった理由はただひとつ。

「私がいなかったらディートは黒セイバーにやられてたんだし、これでかりは返したわよ」
「いえ! 私は借りだなんてそんなつもりで…!」
ディートがランサーから受けた一撃から救ってくれたからだ。

クリスにとってディートは互いにサーヴァントを持つマスター、つまり対等の関係だ。
だがディートにとってクリスはかけがえのない存在であり、従うべき相手なのだ。
当然彼女は借りだなんて事は全く思い浮かばなかった。

「私は…ただお嬢様には無事でいてほしかっただけですから…」
「…まあ、とにかく返したからね」
素直な気持ちを述べるディートからぷい、と視線をそらすクリス。
憐はその表情を見て若干てれがはいっている気がした。

「さて…」
瑪瑙は車椅子に手をかけ、方向転換をしてあたりを見渡す。

「…これは事後処理が大変そうですね…」
そしてそう言いながらため息を漏らす。
周りはサーヴァント戦での破壊の跡、蟲の死骸で騒然としていた。
いくら寺が無人になったからと言って立ち入り禁止のまま放置するわけにもいかない。

「レイリー、早く事後処理を致しましょう。夜明け前までにすましましょう」
「承知」
事後処理は参加していない遠坂の者の勤めとばかりにまずは蟲の死骸の撤去にかかる事にする。
本来第三者である瑪瑙が戦いに参加したのは前キャスターがいたからで、他では中立なのだから。

「ふーん、事後処理か。大変ね」
指をあごに当てながらつぶやくクリス。
その後ろではセイバーがまだ実体化したままで、剣を鞘に収めていない。

「でもまだやらないで。手間が増えるだけよ」
「え?」
瑪瑙がクリスの発言に首をかしげる。
そのクリスは不適に笑みを浮かべていた。


「だってこれから掃討戦始めるんだし」

「「!」」


それと全く同時にセイバーの剣がふるわれる。
全てを叩ききるだろうその一撃を憐はかろうじてかわし、アーチャーと共にセイバーから距離を離した。

「あら、よけるんだ。てっきりこの一撃で終わりかと思ってたのに」
「いや、正直心構えができてなかったら真っ二つだった」
「ふーん。ちゃんと考えてたんだ。かんしーん」
セイバーは構えをとる。
スタンスを広く取り、剣は下段。向かうものがいるならば一撃を持って粉砕せんとする雰囲気だ。

「お嬢様! これはどういった事ですか…!」
いったい何が起こっているのかわからないディートは厳しい口調でクリスに問い詰める。

「ディートとキャスターは私を助けてくれたし、今日はそのお礼って事で助けてあげる」
でもね、と続けるクリスの表情は幼い少女のままだ。
だが、その表情だからこそ考えている事との矛盾が激しかった。

「でもアーチャーとレン、それからライダーのマスターを見逃すほど甘くはないの」

このクリスの言葉がこの場の全てを物語っていた。
戦いはまだ終わっていないと。



to the next stage…


第22話に続く

戻る



 バーサーカー脱落。残るサーヴァントは7体。
ではバーサーカーにまつわる裏話でも。

バーサーカーは始めからギリシア神話の人物にしようと決めていました。
その中でもスキュラに決めたのは…自分の趣味です。
決めた時点では前キャスを決めていませんでしたので、女性が少ない。よって、です。
問題はどのように召喚したかですが、ジョルジュが必死になって触媒を用意して裏道を探した、で何とぞ。
マスターは始めから小物っぽくと決めていました。
マスターはともかくバーサーカーのここでのリタイアは最初からの想定どおりで納得いっています。
バーサーカー自身の宝具はありません。考えつ(以下強制終了)。

さて、次で対マキリ戦はとりあえず終了。物語も後半に突入していきます。
いまだ明らかでないランサーと前セイバーの正体、マキリと双魔の目的などもこの後半で明らかにしたいと思います。
それでは決戦の間幕で。
  2006年11月23日


2style.net