/5日目・interlude
黄金の髪、エメラルドの瞳、その幼さの残る顔立ち。
そんなものよりも少年はその尊さに全てをひかれた。
美しい、凛々しい、神々しい、色々と表現があるがどれも不十分で不適切。
ただその青い剣士は尊かった。
鉛色の巨人と剣を交える。その身長差は二倍近いと言うのに、青い剣士は全くひるまなかった。
その剣、その身のこなし、その膨大な魔力。全てに心奪われる。
その尊さを守りたかったから、青い剣士を守りたいと思うのは当然なわけで。
少年は青い剣士をかばうのだった。
少年にとっては当然の行為だけれども、青い剣士にとってはどうなのだろうか?
「……」
…はっきり言ってとてつもなく目覚めが悪い。
この前みた夢の続きだと思うんだけど、なんでこうも目覚めに違いがあるんだ?
「うー…」
頭がぼーっとする…。とにかく顔を洗うか。
俺はベッドから重たい体を起こす。
着替えようと部屋を見渡してその部屋が俺のじゃないことにようやく気づく。
「…そうだったな…」
そういえば昨日レイリーに呼び出されて遠坂邸にお邪魔しているんだった。
結局お邪魔したのはいいが、話は今日に持ち越しになってしまったし。
「その事すっかり忘れてたし…」
…まだ頭がよく回らないようで、少し反省する。
ふと外を見てみると、まだ雨が降っていて窓には水が流れている。
昨日よりはだいぶマシになったが…。
「キャスター、か…」
水の魔術を難なくこなす前回のキャスターだというあの少女。
この天気だと彼女に襲われたとき、また一方的にやられるばかりだな。
だからと言って晴れまで待つわけにも…。
「起きたか」
と、話しかけてきたのはアーチャーだった。
彼はそばのテーブルの椅子に腰かけていて、普段着ではなく赤い外套をまとったままと言う事は…。
「ん、見張りご苦労様。アーチャー」
昨日は一時休戦して共闘した俺とレイリーだけど、いつまでもそうしてる理由は全くない。
俺だって瑪瑙が引き止めなければとっとと帰ってたところだし。
だから俺はレイリーをあまり信用してないのでこうしてアーチャーは夜を徹して見張っていたのか。
「…すまないが俺の着替えは?」
「ああ、それなら…」
と、彼はふろしきをテーブルの上に置く。
…このふろしき、なんか見覚えがあるんですけど。
「これは?」
「瑪瑙が用意した服らしいけど」
広げてみる。
いやな予感が外れる事を願いつつ…。
「やっぱり」
ダメでした。当たっちまったよ。
うあー、いきなりがくっとくるぞこういう事されると!
「…着物?」
「ああ。しかも思いっきり祖母のだし」
そう、ふろしきの中に入っているのは西洋服。しかも祖母が若い頃着ていたものだし!
瑪瑙の奴いやみか?
「何でこんなもんを…?」
「…俺ってさ、こういう顔してる上に未だに声変わりもしてないだろ。だからよく女と間違われるんだよ」
そう、だからこそこんな荒っぽい口調にしているし、格好だってラフな日本服にしているんだ。
何しろ未だに女性の着物を着てしまうと女性に間違われるぐらいだからな。
「背もあまり高くないし…英国でもこの事で馬鹿にされてたしな…」
今思えば苦くてなつかしい思い出だ。
そして日本の子供時代でもそれはよく馬鹿にされる原因にもなったっけ。
「あいつ一体どういうつもりだ? 父さんのだってあるはずなのに…」
「…」
アーチャーはノーコメントのようで外を見ている。
雨脚が強くなるばかりだ。
「と、そう言えば…」
俺はペンと紙を取り出し、ディートとキャスターへの手紙を書く事にした。
結局彼女たちとあのまま会えなかったから、彼女たちは前キャスターの存在を知らないはずだ。
それを知らせないと。
「…ドイツ語か」
「ああ」
あの道場の人たちがドイツ語を読めるはずがない。あの一成さんだって多分知らないだろう。
こうしておけばディートだけが読めるしくみだ。
「アーチャー。悪いがひとっ走りしてきてこれ屋敷までとどけてくれないか?」
「…それはいいが、ライダーたちはどうする気だ?」
「そんな事をする連中じゃあない。瑪瑙は遠坂の魔術師だ。他の魔術師とは違う」
その可能性もしっかり考えた上で俺はアーチャーに言っている。
そう、マキリと違って遠坂の魔術師はそんな寝首をかくような真似はしない。
「だから頼む。ディートたちが襲われた後じゃ遅いんだ」
「…分かった。すぐに戻ってくるからそれまではここにいてくれよ」
「分かってる。昨日のアレで危険だって事は分かってるからな」
アーチャーの気配が部屋からなくなる。
俺は着物の着付けをすまし、黙って部屋から出る事にした。
「憐お兄様、お早い起床ですね」
「…それいやみか?」
居間に入ってくるなり瑪瑙はそんな事を言ってきた。
隣ではレイリーが黙って座っている。
「瑪瑙、なんでおばあさんの着物を俺に渡したんだ。父さんのでもよかっただろ」
「あいにくそれ以外は奥のほうにしまいこんでしまったので、お兄様の着物が乾くまではそれで我慢なさってください」
…ごもっともらしいいいわけだが、それの真偽を確かめるすべは俺にはない。
何しろ俺がこの屋敷を出てから10年は経っているのだ。
「だからって男の俺に女性の着物を…」
「あら、よくお似合いですよ」
そういうことを言われるから着たくなかったのだが。
レイリーがこっちの方を見ようとしないのはありがたい事なんだが…。
「今日の朝食はハムエッグです。冷めないうちに召し上がってください」
テーブルには既に朝食が用意されていて、紅茶とトースト、ハムエッグとウィンナー、それからサラダがある。
朝の洋食では王道メニューだ。
「これどっちが作ったんだ?」
「わたくしです。それが何か?」
「瑪瑙が!?」
それにはものすごく驚く。
あのお嬢様な瑪瑙が朝食を自分で…。
「使用人を雇ってないのか。せめて一人でも身の回りの世話をさせる人を…」
「それこそ余計なお世話です。わたくしは自分の事は自分でいたします」
気丈に彼女はそう断言した。
それが彼女だとばかりに。
「…それでは時間も貴重かと思いますので、説明したいと思います」
「説明って…前キャスターの事か?」
「いえ」
瑪瑙の顔はさえない。
と言う事はとてつもなく深刻な事なのだろう。
「第一次の事を全て」
そうして瑪瑙の話は始まった。
interlude out
Fate/the midnight saga(仮)
第18話
/
「「…」」
ゼンマイで動く時計の音が雨音よりもよく聞こえてくる。
僕とお嬢様はただ一成さんの話を聞いていた。
ご先祖様であるユスティーツァ様、アイシス様、ヴァルトラウト、ラインヒルデ。
そしてアーチャー、一成さん。
セイバーを、ランサーを、キャスターを相手にして生き残っていたのか…。
「だいぶ私たちが聞いていた事柄と違いますね…」
「そうね…」
僕とお嬢様は思わずそうつぶやく。
そう、一成さんが話した事は僕らが(最低でも僕ら侍女たちが)聞いていた事とは全く違う。
前回は英霊召喚直後には失敗していたと言う。
一成さんの話ではそれも事実だが、英霊自体は生き残っていたと言う。
そして、今までその時に召喚されたセイバーが生き残っているだろうと言う。
「…いくつか質問があるんだけど、いいかしら?」
「かまわない」
お嬢様の言葉に一成さんはあっさりと言い放った。
本当に全部答える気か?
「キャスターはアーチャーに倒されたって言ってるけど、実際はまだいるじゃないの。話自体が信用できるの?」
「俺がアイシスを裏切るはずないだろ。俺が知ってるのは、生き残った4人のうちキャスターはアーチャーに倒され、
アーチャーは終結後アイシスの死と同時に帰っていったし、ランサーは終結直後に帰り、セイバーは残った事だけだ。
別に俺自身は魔術師じゃないからキャスターが残った原因までは知らない」
確かに。一成さんは魔力はなく、その点で言えば一般人だ。
アイシス様に協力していても知らされていない事はあるだろうし、その前キャスターのマスターは多分マキリの者。
なら今まで隠匿していた可能性だってある。
「何でセイバーだけ残ったのよ。ランサーとアーチャーだって…」
「ランサーは戦いによってマスターを導く事にあったらしい。アーチャーはマスターと運命を共にする事を選んだ。
セイバーだけが聖杯に固執した結果だろう」
…つまりランサーとアーチャーは聖杯そのものには興味がなく、セイバーの願いは聖杯だけでしかかなえられないのか。
それにしても前セイバーはこの60年以上をどんな思いですごしてきたんだろうか。
聖杯をあと一歩で逃し、長い年月をただ新たな聖杯をたよりに生き延びたなんて…。
「…ならそのセイバーはどこよ」
「知らない。一時的にセイバーのマスターになった俺の元友人も随分前に死んだし、今どうしているかまでは分からない」
行方をくらましたって事か。
僕らよりはるかに早くにスタートをしたのだから、この戦いのために前セイバーは準備を整えたんだろう。
「…ま、おおよその見当はついてるからいいけど」
「え?」
お嬢様の言葉に疑問を持つ僕。
見当はついてるって…昨日の戦いでもう目星をつけたのですか?
「アサシンって昨日前セイバーは名乗ってたじゃない」
「はい、そうですね」
それは前セイバーがクラスをセイバーだと思わせたくないためのかく乱策だろう。
クラスが不明なら何かとやりやすいし。
「じゃあなんでアサシンって名乗ったのかしら」
「それは…アサシンがまだ活動をいていないからで…」
「なぜそう確信して言えるの?」
それは僕らはアーチャーたちと行動を共にしていて、かつこちらのサーヴァントはキャスターだからアサシンが動いていない事が分かって…。
それでもあくまで『僕らが見た中ではアサシンは出てきていない』のレベルだ。情報交換した時に謝った情報をもらっているかもしれない。
「…っ!」
まさか…!
「気づいたようね。つまり前セイバーはそれを確信して偽れる立場にいる」
「…前セイバーはゾウケンのサーヴァントに戻ったと…?」
「さあ? でもマキリと組んでる事に違いはなさそうね」
だとしたらそれはとんでもない事だ。
アサシンは多分マキリのサーヴァント。ならアサシン、前キャスター、前セイバー、それからバーサーカーも加わってるかもしれない。
過半数近くの4体ものサーヴァントが手を組んでるだなんて…。
「今の所はあいつらは各個撃破を作戦にしてるみたいだからそれをたたいてくのが一番でしょうけど…」
「もし前キャスターが何かをすれば…」
僕のキャスターは今霊地にいないからこそ自ら出向く戦法を取っているのであって、キャスターのクラスを持つ英霊が
霊地に行ってとどまればおそらくほとんどのサーヴァントを返り討ちにできる。
なら前キャスターが同じ事をやれば…。
「今後の事、考え直さなきゃね…」
「そうですね…」
前キャスターたちが何かをする前に何とかしないと手遅れになってしまう。
敵マスターの僕らは殺され、かてにされるだろう。町のみんなは犠牲になるかもしれない。そして聖杯はゾウケンの手に…。
「…必ずや阻止しなければ…!」
僕自身はそのゾウケンという人物に会った事はない。
アインツベルンで聞いた話は嘘も混じっているかもしれないけれど(そんな事はないだろうけど)、危険なことに変わりはない。
「…まあいいわ。とにかく私は一回城に帰るね」
用意されたお茶と菓子は既に空。
お嬢様はざぶとんから立ち上がった。
「分かりました。お気をつけて」
城までお送りしようとも思ったけれど、お嬢様にはセイバーがいる。
彼ならお嬢様を無事に城までお送りしてくださるだろう。
「セイバー様」
だから僕は彼に声をかける。
姿は現していないけれど、お嬢様のそばにいるのだから。
「どうかお嬢様をよろしくお願いいたします」
そして心をこめて頭を下げた。
もう、昨日みたいなことはごめんだ。
お嬢様には傷ついてほしくないから、いつまでも笑っていてほしいから。
「思ったより楽しかったわよ。じゃあねー」
手を振りながら彼女は屋敷を去っていった。
そのもう片方の手にふろしきを持ちながら。
この時間は師範代たちは道場に行っているので、屋敷にいるのは僕と一成さんだけだ。
「…」「…」
…時間だけがすぎていく。
僕と一成さんは相向かったままだ。
雨はずっとそのままで、時計もそのまま。それだけが時間がすぎていく事を感じさせた。
「…あの」
「どうした?」
思い切って僕は思っている事を言うことにした。
「お嬢様の着てらっしゃる服、アイシス様のものだったのですね」
「ああ。最初あったときは彼女にとても似ていて驚いたな」
それはアインツベルンではお嬢様とアイシス様の目的は同じだから。
アイシス様が言ってらっしゃるかは分からないけど、僕の口からはとても言えそうにない。
「…でしたら他のものも…」
「家具のたぐいはさすがにアインツベルンの屋敷に返したが、アイシスやヴァルトラウト、ラインヒルデ個人のものは倉庫の中だ」
「…」
彼女たちの所持品がこの屋敷にある。
つまりアインツベルンの城には帰らなかったという事。
聖杯戦争の後であの方たちが選んだのは、こうした日常だったのか。
「…さすがに人生80年近くを生きていても、あれほど楽しかった時期はないな…」
「そう、ですか…」
一成さんの笑みを見ればそれがどれほど楽しかったかが分かる。
それがたとえホムンクルスゆえに短い時間だったとしても…。
「だから実はアインツベルンのメイド服も倉庫に閉まってある。この前は嘘を言って悪かったな」
「…え?」
この前。
それはつまり僕が来た初日の事で…。
「…そうですよ! なぜアイシス様の服を私に見せて、侍女の服を私に見せてくれなかったのですか!」
「いや、そうしたら俺がアインツベルンとかかわりを持っていた事が分かるだろ」
いや、確かに言ってる事は真実だけど…こっちとしては用意していただきたかったです。
と、一成さんはため息をもらした。
「ヴァルトラウトたちもそうだったが、なぜこうもあの服にこだわるんだ? あれ以外にも着るものはあるだろうに」
疑問に感じてもおかしくない部分を的確に聞いてきますね。
これがアインツベルンの人と過ごした人物の疑問か。
「…それにはいくつかの理由があります。一つは私たちがアインツベルンに従うものであり、それ以上でもそれ以下でもない事です。
したがって忠誠を誓っている以上他の服を率先して着る事はありません。もちろんご命令であるなら従いますが。
もう一つは外敵対策にあります」
「外敵対策? そのヒラヒラした服が?」
「はい。こう見えてこれは魔術要素が組み込まれておりまして、ある程度の物理攻撃、魔術攻撃を軽減する役割を担っています。
奇襲をかけられた時にも対応できるよう、この服でも戦える状態にしているのです」
最も奇襲を受けてたつのは最終的な話で、そのまえに結界か何かで敵を探知するのが普通だ。
その万が一になった場合、自らが従う主を己の体で守るようにするのだ。
かつ僕らが毎時同じ服を着ていれば、『アインツベルンの従者は常時この服を着ている』と先入観を与え、いざという時に主を逃がす意味合いもある。
「…ヴァルトラウトは教えてくれなかったし、ラインヒルデは必要な事以外はしゃべらなかったしな。今ようやく分かった」
「そうですか…」
もしかして、その2人ってヨハンとジェイナみたいなんじゃないかな、と内心思ってしまう。
「よければ聖杯戦争以外の事も話そうか?」
「…!」
以前のアインツベルンの様子を?
多分聖杯戦争には全く関係のないことだろう。
それでも、僕の意見は決まっていた。
「はい。よろしくお願いいたします」
「分かった」
一成さんも久しぶりに話せるからなのか、とても嬉しそうだった。
「まず俺とアイシスの出会いから…」
/interlude
「…昨日よりはだいぶマシだな」
「そうだな」
俺は坂を駆け下り、また駆け上っていた。
雨具はしっかりと着ているし、風も弱いから昨日よりは断然に走りやすい。
「…アーチャー」
「どうした憐」
アーチャーは霊体化していて肉眼では確認できないけど、間違いなくそっぽ向いている。
絶対にな。
「何か俺に言いたい事があるんじゃないのか?」
「いや別に」
嘘だ。絶対に言いたいことあるだろ。
「言ってもいいんだぞ。見てる事が事実なんだから」
「…なら遠慮なく言わせてもらうけど…」
言うのかよ。
だが今の状態を否定しようがない。
「本当に女の子を見てるようだぞ」
そう、見事なまでにさっきまでと同じ格好をしているのだ。
しかも前戦争の話が終わったらレイリーと瑪瑙の2人がかりで俺を遊びのおもちゃにしたわけだ。
「髪もおさげじゃなくてツインテール。化粧は控えめに。誰がどう見たって女性に見えるぞ」
「だよな。こんなんで英ねえの所行ったら…」
この雨の中俺達はまた柳洞寺に向かっている。
目的は英ねえの稽古を受けるため。
いくら聖杯戦争中だからと言ってこれをさぼるわけにはいかない。
と言うよりそうだからこそさぼるわけにはいかない。
あの人もあまり外見は気にしないほうなんだよな。
いくら人妻だからって素体が美人なんだからもう少し気を使ってもいいと思うのだけれども、それ言ったら次の瞬間気絶してました。
以来一言もその事に関して口にできなくなった。
だから多分俺がこんな格好をしている事も深く問われないだろう。
でも寺にいる他の坊さんたちに見られたら…嗚呼。
「しかもこの化粧、雨の中でも取れる気配がないんだけど、どうなってるんだ? 魔術要素でもあるのか?」
「さあ? 単に落ちにくいだけじゃないか?」
俺もそうだと思うのだけれども、これだけ落ちにくいとそうかんぐりたくもなる。
「アーチャーも。なんで止めてくれなかったんだ」
「…関わるとこっちもろくな目にあいそうになかったから」
立派な答えをありがとうアーチャー。
でもアーチャーの顔に妙に哀愁を感じるんだけど、生前はどうだったんだ?
「…さて、あと少しで階段か」
距離から言うと階段部分は短いけど、正直一番疲れる部分だ。
走りながら息を整え、階段に供える。
「よし、行くぞ…」
「あ…あ?」
俺たちの会話はそこで途切れた。
そして、本来ならやってはいけないし、ばれたら昏倒コースの事をやる。つまり立ち止まった。
そして、寺からもれてくる異様な雰囲気にぞっとした。
「何だよ、これ」
「…分からない」
はっきり言うとこの雰囲気は絶対に近寄りたくないものだ。
でもそれが柳洞寺から発せられている。
どう言う事なんだ?
「…行こうアーチャー。霊体から戻っていざという時にそなえてくれ」
「分かった」
アーチャーは戦闘態勢で実体化し、俺の後ろにつく。
そして俺達は一気に階段を駆け上り始めた。
両方に広がる林は、大雨で暗かった昨日よりも更に不気味に感じる。
木々のざわめきが怪物のささやきに聞こえるし、階段を上がる音だけが不気味に体に響く。
そして、昇るたびに俺が感じる異様な雰囲気は増していった。
甘ったるい。だが絶対に行ってはいけない。そんな感じだ。
直結するものは、死だろうか。
「一体どうなってるんだ!」
「!?」
と、アーチャーは俺を追い越して俺の前に出た。
俺の昇るペースは変わっていないから、アーチャーが速度を増したんだろう。
「憐、止まってくれ」
「え?」
「敵だ」
「何!?」
敵だと?
こんな場所で一体どこに…。
「…てっきり最初はセイバーかライダーだと思っていたが…」
その人物は、山門の前で立っていた。
本来なら英ねえが俺への不意打ちで待っている場所。そこにその人物は立っていた。
全身を黒いフードで覆い、漆黒の布で覆われた何かを背負い、唯一かろうじて見える目は気高い。
だが漆黒のその人物はむしろ不気味な雰囲気を圧倒していた。
「アーチャーのサーヴァントと見る」
その黒づくめの人物は俺たちにそう言い放ってきた。
「さあ? この身は魔術師かも暗殺者かもしれないぞ」
「…まあいい。ここから立ち去るがいい」
アーチャーの冗談か挑発か、それにも動じずに黒づくめはそんな事を言ってきた。
こいつは何を言ってるんだ?
「何が立ち去れだ。ここは柳洞寺。参拝者は誰だろうと歓迎する聖域だぞ。それを関係ないおまえに言う権利はない!」
口調が荒くなる。
だけど、この黒づくめは聖杯戦争関係者。こいつがここにいるって事は…!
「…遠坂に関係するものか? アーチャーと行動をする理由は分からないが、知る権利はあるな」
アーチャーは知ってて俺を知らないのか?
あ、違う。俺を憐だと認識できてないのか。
遠坂のものと認識するのは瑪瑙と似ているからか? それとも…。
「この寺はワタシたちがいただかせてもらった。よって現段階ではお前たちの方が侵入者だ」
今、こいつは何と言った?
いただいた、いただいただと…?
「ど…どういうことだそれは!」
俺は黒づくめに対して怒鳴った。
これが怒鳴らずにいられるか!
「言葉の通りだ。この寺はこの地の霊脈の中でも特に優れた箇所。なら放っておく手はないだろう」
ぐ、確かにその通りだ。むしろニムエみたいに霊脈に神殿を形成しないキャスターの方がおかしいだけだ。
だが、それは魔術的観点から見た場合だ。
「境内にいた僧侶たちはどうした…!」
「しれた事を…」
しれた事…しれた事だと…!?
「霊脈に大勢の人がいる。そうなれば自ずと答えが出てくるだろ。おまえだって気づいているはずだぞ」
「い…言うな…」
認めたくない。認めてはならない。
そんな事絶対にあってはいけないんだ。
昨日まであんなに元気にしていたんだ。それなのに…。
絶対に俺は認めない…!
「彼らは贄となった。もはや境内にはワタシたちしかいない」
「嘘だぁっ!!」
俺は何のためらいもなく宝石で魔術を相手に放つ。
ここまで聞かされた我慢なんかできるか…!
宝石を使って放たれた魔術はキャスターの攻撃にだって劣ってないはずだ。
敵が魔術師なら反撃の隙もないし、サーヴァントでもアサシン程度なら倒せるぐらいの威力を持っている。
それが相手に襲いかかって、
何もなかったかのように敵に当たって四散した。
「な…っ!」
そんな莫迦な…! あの威力の魔術が四散しただけだって…!?
一体どんな手を使ったっていうんだ!
「…この時代の魔術師としては素晴らしいほどの技術だ。その年でそれほどなのだから、よほどの師と才能があったんだろう」
黒づくめは何事もなかったかのように淡々と話す。
そんなそいつを覆っているのは…純粋な魔力だ。
「あいにくだがそれではワタシは倒せない」
「対…魔力…!」
間違いない。敵には対魔力が備わっている。
しかもあれは今まで見てきたアーチャー、ライダー、セイバーよりも高い。
…これじゃあ宝具クラスの大魔術でもない限りあいつに傷はつけられないんじゃないか?
「ここを通す事はできない。どうしてもと言うのなら…」
黒づくめはそう言うと肩に背負っていたものから布を取る。
そして、抜刀した。
「ワタシと戦え」
それはまるで黒真珠のような漆黒の剣。
まるで底なしの闇を見ているかのようなのに、恐れを一切感じない。
むしろ…。
「剣、その対魔力…。あんたは…」
「そうだな。ワタシのクラスはセイバー。今は所詮はここを守る門番にすぎんさ」
ここを守る門番、か。
ワタシたちと言っている点からも、こいつらはグループでこの寺に来ているのか。
だとしたら…中にいるのは…。
「驚かないか。では前回の事は聞いていたか。なら遠慮はいらないな」
セイバー、つまり前回のセイバー、第一次の生き残りか。
この際こいつがどうやって現界していたられたかはどうだっていい。
事実は、こいつが柳洞寺を本拠にしている事だ。
「いくぞアーチャー!」
「さがっててくれ!」
前セイバーが飛び出した瞬間にアーチャーは俺の前に立ち、いつもの夫婦剣を取り出す。
すさまじい金属音が響き、二人の体が流れた。
前セイバーの剣は俺の見立てでは90センチ前後。打ち合っていないから目測に過ぎないが。
背はあまり高くないようだからそれでも十分な長さなんだろうけど、アーチャーは言うなら小太刀で戦ってるようなものだ。
「はああっ!」
前セイバーの剣技はセイバーのと比べても随分と違うように見える。
セイバーは竜をも斬ったほどの腕力と2メートル近い剣で敵を叩ききる印象が強い。
それでもセイバーはその剣を難なく使いこなしていて、スピードもあった。
だが目の前のセイバーはその膨大な魔力で能力を向上させて全体的な実力を上げている。
もし前セイバーとセイバーが戦えば時の運がかかってくるに違いない。
それだけ前セイバーとセイバーの実力は拮抗していた。
「ぐ…!」
アーチャーは確実に前セイバーに押されていた。
俺も英ねえの修行で分かったんだが、この階段での戦いは下の方は確実に不利だ。
敵の背が階段分加算されているし、足場も悪い。
「う」
前セイバーの剣を受けた白の剣が音をたてて崩れ去った。
それから数撃で黒の剣も同じように崩れる。
「!?」
だが次の瞬間にはまたアーチャーの手には白黒両方の剣がある。
前セイバーはさぞかし手品で騙された観衆のような気持ちだろうな。
また打ち合いが始まる。
前セイバーの剣は確実にアーチャーを追いつめてはいるけれど、アーチャーはそれをギリギリで対応していた。
…こうして見ていると2人の剣技の違いがよく分かる。
前セイバーの剣技は正に騎士。戦場でも人をひきつける何かがあり、その直感とタイミングのはかりはとてもうまい。
アーチャーの剣技は戦争でつちかわれたやつのようだ。ダメージを最小限に抑える事もその立ち振る舞いも。
なんでこうまで違いが現れるんだ?
「シロウの剣は決して才能の賜物ではないはず、なら実戦を経てその域に至ったのだろう」
と英ねえは言っていた。
今になってそれが少し分かったような気がした。
「ふっ!」
前セイバーの剣がアーチャーを払い、アーチャーはセイバーと間合いを離す。
…おかしい。前セイバーは何かがおかしい。
よくは分からないけど、どこかが…。
「…剣を使う弓兵か。実際いくつかのクラスに該当する英雄も存在するらしいが…それが本分ではないはずだ」
前セイバーはそう言いながら剣を脇に持っていき構えをとった。
立ち位置はさっきまでと全く変わりがない。山門の前だ。
「…」
アーチャーは何も言わずに夫婦剣を手に前セイバーの前に立っている。
俺には背中しか見えないから、彼がどんな表情をしているかまではわからない。
…互いに動こうとしない。
お互いに構えの姿勢から一歩たりとも。
時間だけが刻一刻と過ぎていく。
「…なら…」
と、前セイバーは構えをとき、剣をこちらの方に向けてくる。
これは…?
「剣につどうは敵の剣、盾につどうは敵の盾。ならば魔につどうは同じく魔」
「…?」
一体どこの言葉だ? 欧州のどこかだとは思うけど俺には分からない言葉だ。
だがこれは間違いなく魔術詠唱…!
「その闇をもって敵を裂き、その黒をもって敵を斬ろう」
「くっ!業火を消し、その煉獄を解き放て。人々の思いは無になる事はなく、永久に生きるものの心に刻まれよう」
こっちは英語で詠唱を開始する。
かなり行程を飛ばしているけど、そんな事を考慮してる暇はない。
「影の牙よ!」
「以下略! 天使の翼は人々を覆う!」
セイバーの剣からななめに四つ、闇の牙が俺たちに襲いかかった。
俺はそれと同時に前方に魔力での障壁を創りあげる。
「ぐ…!」
無理して構成したせいか、創りが甘い上に疲れる…!
闇の牙は俺のシールドにぶつかり、それを突破しようとする。
俺の魔力をどんどんと削ってはいくけどそれは俺の創りが甘いせい。それでもこれなら何とか阻めるだろう。
「――
それを好機と見たのか、アーチャーが手に持っているのは弓と矢…なのか?
剣にも見えなくもないんだけど、矢にしか見えない気もする。
「
そして矢を敵に対して解き放った。
「!?」
いや、それは敵が一瞬前までいた位置に対してだ。
恐るべきは前セイバーだ。
前セイバーはアーチャーが矢を放つ直前に魔術をやめ、飛び上がったのだ。
洞察力というよりは鋭い直感が物を言った結果だろう。
アーチャーの放った矢はそのまま山門に深く突き刺さる。
前セイバーは体を躍らせて俺たちの後ろの方に着地しようとしている。
「ぐ…なれない魔術は使うべきではないか」
前セイバーは階段の下の方に着地した。
アーチャーが追い討ちをかけたのだがそれは全部払われてしまう。
このまま前セイバーを無視して寺に入ることもできるんだけど、それは挟み撃ちにあう可能性が高くなる。
ここで前セイバーを倒してしまわないと…。
アーチャーは距離が離れたのを見て剣ではなく弓で攻撃をし始めた。
まるであられ、いや、流星のような連発は下にいる前セイバーにとっては不利なことこの上ない。
…はずなんだけど。
「はああっ!」
前セイバーは俺なんかより高い魔力を放出し、突進してきた。
その速度は…今までのどのサーヴァントより速い!?
このセイバーは戦場でも矢の雨の中を突進していったのだろうか、と思うほどそれは勇ましい。
随分と距離があったのにすぐに縮んでいく。
その矢の中を突き進む前セイバーを見ていてある点に気がつく。
「…左に振り切れてない…?」
違和感の原因はそれか。
今の前セイバーは左腕に負傷を負ったかのように若干のズレが見られる。
今まで気づかなかったけど、この矢の雨の中の対処でようやくそれが見て取れるぞ。
何があったかは分からないけど、おそらくサーヴァント戦で負傷したのかもしれない。
これはもしかして…。
「く…!」
間合いがつめられているのを見たアーチャーはまた夫婦剣を取り出す。
今度は前セイバーが下、アーチャーが上の形だ。
だけど前セイバーはそれを全く苦としている感じが見られない。
むしろそれでもアーチャーの方が押されていた。
このままだとアーチャーがやられるのは時間の問題だぞ。
「何かいい手は…!」
英霊の接近戦に俺が参加できるはずがない。だからって魔術は全く効かない。
魔術が相手にも効く方法はないのか…?
「……」
ふと思いついたので俺は狙いを定めた。
狙いは、前セイバーが踏み込む足元!
「雇うのは魔弾の射手!」
前セイバーに効果はなくても足場を崩す事はできるはずだ。
体勢が崩れればアーチャーが勝つ!
「え…!?」
だが前セイバーはそれをまるで予知していたかのように体をずらしていた。
吹っ飛んだのは前セイバーのわずか右だ。
「はああっ!」
前セイバーのなぎ払いでアーチャーの剣は両方消滅し、山門に激突する。
「アーチャー!」
前セイバーはそれでも油断する事なくほとんど時間をおかずにアーチャーの方へと突進する。
ぐ、剣もダメ。魔術もダメ。一体俺はどうすれば…!
と、金属音が控えめに鳴る。
ふと見ると、それは山門に深く刺さっていたはずのアーチャーの矢(?)じゃないか。
きっとアーチャーが激突した瞬間に抜けたんだろう。
「…これは…?」
改めてみるとそれの異様さがよく分かる。
それは矢と言うより捻じれた剣だ。これ突くぐらいしかできそうにないぞ。
「ぐ…!」
「はあっ!」
やばい。アーチャーは確実に押されている。
山門近くにいるせいで地面は階段を抜けて平坦。
いくら前セイバーに負傷があるからってこの状態は非常にまずい。
この剣を投げる→さっきまでの様子だとまずかわされるかはじかれる。
この剣で斬りかかる→無理。俺の実力だと絶対に対処される。
「…ならその実力以上の事をするまでだ…!」
アーチャーがピンチなんだ。俺はやるぞ。
詠唱を開始。
単なる魔力放出と強化だと間に合わない。
ここは後の事は置いといて爆発的に上昇させるしかない…!
「
これをやってしまえば一分近くで俺の魔力が底をつきるってほどの出力をもつ魔力爆発と超強化とでも言うべきものだ。
反動で当分満足に動けなくなるからやりたくはなかったが、そんな事は言ってられない…!
「やああっ!」
そして俺は前セイバーにその捻じれた剣で突きを放った。
突きを突きで対処するのは難しい。なら払いで対処するか体勢を崩して避けるはずだ。
突きと払いならこっちが勝っているはず…!
「速い…!?」
前セイバーはそれでも驚異的なスピードで対処し、俺の突きを受け止める。
前セイバーは体のばね全てを使い、渾身の一撃を見事なまでに殺してしまった。
「――――
そしてその一瞬できた隙をつき、アーチャーが槍で前セイバーの心臓を狙った。
「が…あ…!」
前セイバーは自分の腕を押さえながら間合いを離す。
これまた驚異的な反応を見せて槍をかわしたけど、かわしきれずに腕に刺さったという所か。
「う…っ!」
まずい、頭が真っ白になる。
自分に周る魔力を全部カット! 早くしないと…!
体から力が途端に消え、思わずひざをついてしまう。
「そんな魔力を暴走させるなんて無茶するなよ!」
「俺の事はいいから早くセイバーを…!」
と言わなくてもアーチャーは敵のほうに注意を注いでいる。
前セイバーの片腕はだらんとしていて、手には力が入っていない。
今ならあの前セイバーを倒せるはずだ。
自分は戦闘はできないけど、アーチャーにまわす魔力はかろうじて残ってる。
なら今がチャンスだ。
「ぐ…見事だ」
前セイバーはもう片方の手で剣を持ち、構えをとった。
対するアーチャーもさっきの夫婦剣をまた取り出す。
俺らはもう山門を突破し、境内に入っていた。
もはや敵の地と化したこの場だけれども、有利なのはこっちだ。
これなら勝てるぞ。
「危ない!」
金属音と衝撃音が鳴り響く。
気づいた時にはアーチャーが俺の前に立ち、双剣を振るっていた。
そして俺の周りの地面には幾つものダガーが突き刺さる。
「これは…!?」
ダガーは前セイバーとはあさっての方向から飛んでくるものだ。
前セイバーの技じゃあない。
となれば…!
「…ナルホド。正面カラノ不意打チハ効カヌカ」
その声は寺の中から聞こえてくるものだった。
その声の主がゆらりとした感じになって姿を現す。
…何だあいつは?
黒い体に白い仮面。闇の中をただ白い仮面が浮いているようだ。目を凝らさないと体の部分は見えてこない。
そして恐ろしい事に、あいつの気配は全く存在していないようだった。
こいつは、間違いない。
「アサシン…!」
七人目のサーヴァント…!
/
「…すまない。不覚を取った」
前セイバーは視線と表情だけでアサシンに対して謝罪の意を表す。
それに対してアサシンは答えようとしない。
本来アサシンはマスターを不意をついて殺すのに一番長けている。
だというのにこうして姿を現したり正面から打って出たりとらしくない行動を取るのは…。
「…前セイバーを助けに来たのか…!」
まずい。これは非常にまずい。
こんな状況では間違いなく倒されるのはこっちだ。
「…憐、ここは撤退しよう。こんな状況じゃあどうしようもない」
「…くっ!」
前セイバーのさっきいった言葉が脳にこびりついている。
前セイバーはここにはもう自分たちしかいないと言った。
それは俺に正常な判断をさせないための言葉だったかもしれないし、真実かもしれない。
英ねえたちの生死を確認せずにこの場をさる…。
駄目だ。そんな無謀な事はもはやできない。
今の状態でこの2人のサーヴァントを倒す事は不可能に近い。
なら…。
「…分かった。一時退却だ」
俺はアーチャーの意見に同意した。ここで無駄死になんてできない。
…でも敵は前セイバーとアサシン。多分こっちよりも動く速度が速い。
逃げ切れるか?
「…なあ。お互いに満身創痍。ここは痛み分けって事で落ち着かないか?」
まずはきっかけを作ってみる。
ここで相手の同意が得られれば棄権を犯さなくても帰れる事になるが…。
前セイバーは黙ってこっちを見たままだ。
…考えているのか、それともマスターと相談しているのか。
「断る」
「ぐ…っ!」
だろうな。こっちより有利なのは相手側。ならその機会を逃がすはずが…。
「…とワタシは言いたいのだが、マスターはそれを望まぬようだ。決着は後日に預けよう」
そう言うとセイバーは片手で帯刀する。
前セイバーのマスターが俺たちへの追撃を望まない理由は分からないけど、どうやら見逃してもらえるらしい。
だが、その前に確認する事がある。
「…セイバー、聞きたい事がある」
「話せる範囲で話そう」
「この寺にいた人たちはどうしたんだ。真実を話してくれ」
声を絞り出すように俺は言い放つ。
今にも理性を吹っ飛ばしてこいつらを殴りたい衝動を必死に抑えて。
「貴様にとっては残念だろうが、この寺にいた者たちはすでにこの世にはいない」
「そう…か…」
では前セイバーは真実をそのまま語っただけだったか…。
無意識に俺は敵を睨む。
「…覚えてろよ。俺は貴様らがこの寺の人たちにした事を決して忘れないぞ」
「…やったのはワタシたちではない。だがその旨は伝えておこう」
俺はそのままこの寺を去った。
前セイバーもアサシンも不意打ちをする様子もなく、階段を下りることもできた。
この胸にあるのは、ただ無力感だけだった。
「…」
「…」
雨はなおも降り続き、俺たちにふりかかる。
俺はふと立ち止まり、空を見上げた。
「憐…」
「…」
そして俺は思い出したようにまた歩き出した。
百目木の屋敷が見える。
正直魔力も枯渇寸前で脚もふらつく。どうやらさっきの魔術は俺の身体にも影響を及ぼしているようだ。
そんな身体をアーチャーに支えてもらいながら、何とか百目木の屋敷に入った。
「おかえりなさい、レ…ン…?」
出迎えてくれたディートの顔が青ざめる。
そして俺の方にかけよった。
「どうしたんですか! こんな衰弱しきって…!」
「…」
俺には何もいえない。言う資格がない。
取ろうと思っていたものがまるで手から零れ落ちる砂のようで、
気づいた時はもう全てが遅くて、
必死にがんばったけど間に合わなくて。
だって…俺はこんなにも無力なのだから。
「ディート…」
「レン! 早く寝室に行って横に…!」
「すまないけど…少し無様な事していいか…?」
「…」
結局俺は何も変わっちゃいないんだ。十年前から。
大切な人を失って、その人のために何もできなくて、その人の心も受けきれない。
その後の事も何もできずに、また同じ事を繰り返す。
一体俺は何のために戦ってきたんだ…。
「…分かりました」
ディートは笑みを浮かべながらこう言ってくれた。
でもそれはどこかが悲しそうで。
「きゃっ…!」
俺はディートに両手を回し、そのままひざをついて崩れた。
「う…あああ…ああああああああああああああああっ!!」
俺は泣いた。
ただただその悲しさと憤りに泣いた。
結局俺は何もできなかった。
あの笑顔、あの剣、あの心。
そのままにしておきたかったものが崩れ落ち、俺の前からなくなった。
俺は英ねえたちを失ったんだ。
interlude out
/
「柳洞寺に敵…ね…」
キャスターがそうつぶやきながら表情を厳しくする。
「気づかなかったあたしの落ち度でもあるわね」
「…キャスターのせいじゃない。俺がもっと警戒していれば…」
「2人とも、今はそんな事を言っている場合じゃありませんよ」
キャスターはこの地のほとんどに糸を張り巡らせていたのに気づかなかった自分が悪いといい、
アーチャーは警戒を怠った自分が悪いという。
実際はキャスターは昨日宝具並みの大魔術を使った後にお嬢様の治療まで行った。そんな余裕はなかったはず。
それにアーチャー一人はおろか、2人がかりでも前セイバーとアサシンたちを止める事ができたかどうか…。
「今の事実は、アサシンと前セイバーが柳洞寺に本拠を構えたという事。だとしたら…」
「マキリがからんでる可能性が高いし、前キャスターがそこで何かをするために移動したと考えるのが妥当っぽいわね」
前セイバーとアサシンが柳洞寺に本拠を移す理由は少ない。
マスターがその霊脈を用いて何かをするなら話は別だけれども。
だとしたら今いるサーヴァントの中で、最も霊脈を必要としているのは、間違いなくキャスターのクラスを持つ者だ。
今まで分かってる事を総合すれば、前キャスターは間違いなくマキリのサーヴァント。
外部の魔術師はもういないから、アサシンと前セイバーもマキリのサーヴァントのはず。
「バーサーカーもあれだけコテンパンにされてるし、次は誰かと組む可能性が高いわね。なら計4人のサーヴァントがあそこにいる事になる。
…どう考えても単独で攻略できる相手じゃないわね」
キャスターはそう言いながらため息をつく。
そうだろうな…。そんな英雄を4人も一度に相手できる大英雄は間違いなく限られてくるだろうし。
でも…。
「何かをされる前にこっちから打って出た方がいいわね。何かをされた後じゃあ話にならないし」
「そうだね。僕も賛成」
「ただ…問題はあたしとアーチャーだけで相手が倒せるかどうかなんだけど…」
そう、そこがまず問題だ。
「なるべく早くに仕掛けた方がよさそうなんだけど…」
「そう…ですよね」
僕もキャスターにつられてため息をもらす。
最強と言われているセイバーのクラスを持つ前セイバーは片方の腕に負傷を負っていたと言う。
多分それは昨日セイバーがつけた傷だろうし、その上にアーチャーが傷を負わせたからこの数日は前セイバーは実力は出し切れないはず。
バーサーカーも前キャスターもアーチャーがダメージを負わせてくれたらしい。
だから4人と言っても3人が負傷した状態だ。
「でも…」
こちらもひどい。
キャスターは魔力が少なくなっているし、あの包丁も十分にたまっていない。アーチャーは大丈夫だけれども、逆にレンの魔力が少ない。
「…今日はやめにしようか。どっちにしても戦える状態じゃないし」
「そうね。あたしももう少し休むわ」
このまま攻めていっても間違いなくこっちが倒される。
なら今日は十分に休んで明日に備えるべきだ。
あくびをしながらキャスターは自分の部屋に戻っていった。
レンは自室に引きこもったままだから、残ったのは僕とアーチャーだけだ。
屋敷で手伝う事ももう済ませたから何もする事がない。
…沈黙が苦しい。
何か話さないと…。
「レンにとっては…英さんはとても大切な人だったんだな」
「え?」
唐突なまでのアーチャーの言葉に僕は驚く。
「俺も彼女とは一回だけ会ったんだけど、とても凛々しい人だったな」
「そうだったんですか…僕は会った事がないから分かりませんけれど、とても素敵な方だったんですね」
この数年間彼はずっとその英さんに師事していた。
彼の剣はその人の剣に追いつこうとしていたものだっただろうし、おそらくはその心も…。
だからこそ、その人を失った悲しみは大きかったのだろう。
「あの人の剣、研ぎ澄まされててまるで騎士を相手してるみたいだったな。俺みたいに必死の努力でつちかったものじゃなくて」
「研ぎ澄まされてる、ですか…」
「ああ」
と、アーチャーは何かを思い出したかのようにあさっての方を見つめた。
そして手を高く掲げる。
「彼にとって…彼女は俺にとってのあいつだったんだな…」
「あいつ?」
「あ、こっちの話だ」
…気になる。
アーチャーは一体どんな人生を歩み、英雄になったんだろうか。
そして何を目指していたんだろうか…。
…少し聞いてみたい衝動にかられる。
…でも彼の事は未来の話だし、聞いてしまったら未来が変わってしまうかもしれないし…。
「む、悪いけどそろそろ俺夕食の準備をしなきゃ。手伝ってくれるか?」
「え? ええ」
…確かにもう夕食を作り始める時間だ。
アーチャーが食事当番の時は僕が手伝う事もできるんだけど、葵とレンが食事当番の時は互いが互いを手伝ってしまうので僕の出る幕がない。
結局僕はアーチャーについて聞く事はできなかった。
うん、後は盛り付けをアーチャーに言われたとおりにすれば完成だ。
アーチャーの話ではこれは大陸の料理、チュウカというものらしい。
なので少量だが皿が多くある。作るのが少し大変だったけど、これもアーチャーなりのレンへの気づかいだろうか…?
「それでは盛り付けは私がやっておきますので、そろそろレンたちを呼んできてくれませんか」
「いや、それはディートがしてくれ。俺が盛り付けをしておくからさ」
「え? ですが…」
「頼むよ。俺が話すよりディートが話した方が彼だってわかるだろうからさ」
…僕はアーチャーが話した方が彼だってわかると思うのだけれども、そのアーチャーが言うのであれば僕が行こう。
でも僕なんかでレンは立ち直ってくれるのだろうか…?
「…どう言おうか…」
僕もお嬢様があのような大怪我をしたときは胸が締め付けられる思いをした。
なら、大切で尊敬する人が死んだのだから、レンはどれほどの心の傷を負ったのだろうか。
本当に僕がいえるのだろうか…。
「…レン、入るよ」
「いや、俺の方から出る」
「え…?」
僕がレンの部屋をノックしようとすると、逆にレンの方が部屋から出てきた。
その目は赤く、ほおは涙が流れた後ができている。
それでも彼の顔は決意で満ちていた。
「すまなかったな。あんな事までして」
「え? あ、それは大丈夫だよ」
「…」
若干レンは視線を下に向ける。
「あれからずっと考えたんだ。自分の力量とか、人生とか色々さ」
「レン…」
「俺、10年前にも自分の祖母が死んでるんだ。しかも自然死じゃない形で」
10年前、それって遠坂の人たちが双魔に殺されてレンが魔術師の道を進み始めた年だ。
…と言う事はレンは遠坂の人間…?
「その時、俺は何もできなかったんだ。祖母の事は尊敬してて、一番ほめてもらいたかった相手だったから…」
「…」
「だから俺はこの道を進んだんだ。自分のためじゃなくて、祖母のためにさ…」
この道…魔術師の道か。
あくまで自分のためじゃなくて、人のために…。
「いつまでもこうして後悔ばかりしてられないよな。英ねえが見てたら俺のこと絶対笑ってただろうし」
「そう…だよね」
「だから俺はあの人の事もこの心に刻んで進む。そしてあの人に追いついてみせる」
レンは力強くそう言って拳を握った。
それは今まで見たレンよりも決意にあふれていた。
「こんな俺だけど、一緒に来てくれるか?」
「もちろんだよ、レン」
今僕のそばにはお嬢様でもキャスターでもない。あなたがいるのだから。
「さ、もうご飯だよな。急いでいかないと姐さんに殺されるし」
「そうだね」
思わず僕は笑ってしまう。
レンの足取りは魔力と体力がまだ回復していないせいか、若干ふらついている。
「おじゃまします」
と、僕達が居間へと向かっている途中でその声が前方から聞こえてくる。
この声は葵か。そう言えば夕飯がアーチャーだったのは僕にとっては今日が初めてだから、葵がここまで遅くに来るのもめずらしい。
「葵、ちょうどよかったな。今食事の用意ができた所だ」
「憐…さん?」
廊下で合流したのでレンは葵にそう言う。
だけどその葵の表情は心配で覆いつくされていた。
「大丈夫ですか!? どこかお怪我は…!」
「大丈夫だって。そんなに俺顔色悪いか?」
…十分悪いです。
もしレンがお嬢様なら絶対にヨハン、ジェイナ、セイバーと協力してでも強制的にベッドに入っていただきます。
「ですがあの柳洞寺に毎日行くそうじゃないですか! 何かあったらわたし…」
「いやだいじょう…ぶ…?」
そこでレンは葵の言葉の違和感に気づく。
僕もレンの顔を見てやっと気づいた。
「葵、何で柳洞寺の事知ってるんだ?」
「あ、それはですね…」
葵は来た方向に手をむける。
そしてレンは固まった。
「あの人に聞いたんです」
その女性は瞳は宝石のような黄金、脱色された金髪を頭でまとめ、肌は真っ白と言っていいほどで、服は黒で統一されていた。
年齢は10代後半ぐらいに見える外見。どこか気品が物腰にはある。
この人は…?
「迷惑をかけたようだな、レン」
「…いえ…」
レンの声は正にしぼりとるようなものだった。
そして今にも泣き出してしまいそうな…。
「俺には貴女が生きていてくれただけでも嬉しいです」
だがレンは彼女の顔を正面から見て、笑みを浮かべた。
と言う事はこの人が…。
「英ねえさん」
レンの師匠…。
「それにしても、柳洞寺に行って無事だったとは…ワタシとは大違いだ」
「…それどう言う事ですか?」
ため息をつきながら英さんは肩から服を脱ぐ。
と、彼女の左肩から腕にかけておびただしいまでの包帯が巻きつけられている。
「あそこでの戦いでワタシはこんなざまだ。全く、自分がどれほど未熟だったのか改めて思い知らされたよ」
「そんな事はない! …こうして生きて帰っただけでももうけものだ」
英さんの言葉にあわててレンは反論する。
…と言うより英雄に勝てる一般人がいたら本当に見てみたい。
「…そうか? 神話に出てくるような怪物が本当にいたものとしてそいつに負けたならまだしも、同じ人間にやられたんだぞ。なら…」
「それでも…俺は…」
英さんは再び服を着替えなおして、レンを見つめる。
そして腰に手を当てた。
「所でレン…」
「…なんだ?」
「おまえその格好はどうしたんだ?」
「え?」
レンは自分の格好をよく見てみる。
彼の格好は帰った時から全く変わっていない。
雨にぬれているから着替えるべきだとは言える状態じゃなかったし、言う機会を逸したというか…。
そう、レンはどこから見ても女の子だ。
「憐さん。このままでいましょうよ!」
「似合ってるじゃないか。そのままでいたらどうだ?」
「レン、その…」
葵と英さんと僕がそれぞれ反応を見せる。
葵は目を輝かせて力説してるし、英さんはからかい半分だし、僕は言う言葉に窮している。
「…着替えてくる」
レンは顔を真っ赤にしながら早足で自分の部屋へと戻っていってしまった。
後には僕らだけが残る。
「…だが結局ワタシ以外がどうなったかは分からない。結局ワタシは彼らを見捨てただけなのかもな…」
「そ…そんな事ないですよ!」
自らを悔いるような英さんの言葉に葵がこう言って彼女の肩を掴む。
「わたしが見た時の英さんの傷はひどいものでした。…わたしも英さんには死んでほしくないんです」
「アオイ…」
葵はとても悲しそうな顔をしてうつむく。
そうか、葵にとっても英さんは大切な…。
「…2人はどこで知り合ったんですか?」
ちょっと気になったので聞いてみる。
「あ、わたしたちは憐さんより早くに知り合ったんですよ。わたしがたまたま柳洞寺に行った時に」
「あそこには墓場があるからな。あまり出歩かないワタシでも知り合いがよくできる」
あ、なるほどね…。
寺なのだから墓場があるのは当然か。教会の近くに墓地ができやすいのと同じように。
「…さて、あいつの事は放っておいて、食事にするとしようか」
英さんはそんな事を言いながら先に進んでいく。
とにかく僕はほっとしていた。
こう言ってしまうのは何だけど、やっぱり尊敬する人が死んでしまったらとても悲しい事だ。
だから、レンの尊敬する人が生きていた事はとても嬉しかった。
…僕って最低ですね。英さんに直接ではなくて、レンを介して間接なんて。
「さーて、ごはんだごはんだ」
そんな事を考えている僕の耳に入ってくるのはこんな陽気な声だったりする。
…見るとそこにいたのは沙耶さんとキャスターだった。
「ねえねえ、ヴィヴィアンちゃん何で将棋あんな強いの? どう考えたっておかしくない?」
「…さあ? 自分のあずかり知るところでは…」
ってキャスター、ボードゲームで沙耶さんをぼこぼこにしてたのか。
はあ。
「あ、英さん! お久しぶりです!」
「サヤ、相変わらず元気そうだな」
む、沙耶さんも英さんと知人か。
思っていたよりも英さんは知人関係が広そうだな。
「もしかしてレンにご飯をたかりに来たんですか? 英さん、体のわりに大食らいですし」
「サヤと一緒にしないでくれ。ワタシは節度を持って食べているつもりだ」
「またまたー」
そんな日常的な会話もしだす。
…だけど、そんな中浮かない顔をしている人物が一人。
「…ヴィヴィアン、どうしたの?」
僕はキャスターに声をかけた。
彼女の視線はするどく英さんに向けられている。
「…似てるよ。て言うか本人だって言われても驚きもしないぐらいだ。若い頃のあいつに」
…ごめん。何の事を言ってるのかさっぱりだ。
「ほら、この前言っただろう。ダーヴェルと一緒に」
「あ」
そういえば言っていたっけ。2人で一緒に。
「…そうなの?」
「ああ。でもあいつからはサーヴァントの気配はしない。だからこそ驚いてるんだよ」
ため息をつきながらキャスターは居間へと歩みだす。
「モルガンを若くしたらあいつそのままだって」
こんな事を言いながら。
to the next stage…
ようやく全サーヴァントを出現させました。あとは減らすだけ。
残った真名が発覚していないのはランサーと前セイバーだけ。2人の真名はこの物語と深く関わっているのでしばらくは伏せたままです。
色々とヒントはありますので、お楽しみいただければ幸いです。
さて、次の中間戦を境に戦闘回数がかなり減るかと思います。そこから先は少し日常に戻るかと思います。
ただし、それはとてな歪で脆いものとしてですが…。何とかそこまで年内には書き終えたいです。
それでは。
2006年11月11日