/5日目

 きっかけなんて些細な事だ。
誰かと出会う、誰かと別れる。誰かと親しくなる、誰かと敵対する。
全てのきっかけはほんの些細な事。それでもそのほんの些細なきっかけがその後を決定付ける事だってある。

例えば僕の名前。
ディートリッヒは明らかに男性につけられる名前。
これは僕の時点で完成まで後一歩だったはずなのに失敗した事への失望を表しているらしい。
…僕はもうこの名前が気に入っているからいいのだけれども。

例えばお嬢様への忠誠。
クリスティーナ・フォン・アインツベルン。
今でも思い出せる彼女との出会い。

失敗作だった僕は誰もが凍死してしまうだろう極寒の山林で彼女と出会った。
第一印象は、たった一言だった。

「なんで、綺麗なのでしょうか…」
まるで妖精がおりたったような印象を僕に与えた。
そして彼女は、僕の手にそっと触れて、こう言ってくれた。

「…あなたは大丈夫よ」
凍てつくその時に、自分の体ではなく彼女の手だけが暖かかった。

失敗作が次々と処分される中、僕は必死にがんばり、彼女のためになろうとした。
だって、それまで僕にとってお嬢様が全てなんだから。

「ディート、ちょっとあなたの言葉遣い堅苦しすぎないかしら?」
と言われれば私の言葉遣いは僕になるし、

「ディート、一緒にいきましょう」
と言われれば僕はお嬢様にどこまでもついていくだろう。

お嬢様のおかげで今の自分があるし、これからの自分もあるだろう。
僕は確かにアインツベルンに仕える従者だけど、僕が進んでしたがっているのはクリスお嬢様ただ一人だ。
彼女が悲願を目指すから僕は全力で彼女の手伝いをする。
多分これはヨハンやジェイナにも当てはまることだと思うけど。

…今はお互いにサーヴァントを持ち、敵対している事になっているけれど、僕自身は彼女と争う事はしないと思う。
こう言うとレンには悪いけど、彼とお嬢様が戦ったとしても手助けはできない。
だって、今でも僕は僕自身よりお嬢様の方が大切なのだから。

「本っ当にこれでよかったのディート?」
だから僕はキャスターの言葉に力強く答えられる。
だってこれは僕がディートな限り覆りようがないんだから。

「よかったのですよ、キャスター。貴女にはご迷惑をおかけいたしますけど、どうかよろしくお願いいたします」
「またそうやってすぐ他人行儀になる…」
ぶつぶつ不満を言うキャスターだけれども、僕に従ってくれるのはとても嬉しかった。
だって僕がしている事はキャスターにとっては裏切りに近いのだから。

「でも本格的な事は…これからだよ」
僕らは百目木邸にたどり着く。
大雨は続いているけれど、雨具はレインコートぐらいしかしていないので随分と濡れている。
でも今はそんな事は気にしていられない。
だって…

「さ、セイバー。あたしの工房に彼女を運んで。一刻を争うんだからできる限り早くね」
今そのお嬢様が死んでしまうかもしれない瀬戸際なんだから。




Fate/the midnight saga(仮)

第17話


   /

これのきっかけは日付が変わる前にあった。
少し思い出してみる。


僕はダーヴェルにおんぶされて、キャスターと共に元来た道を引き返していた。
おとといに引き続きレンは戦闘に入っていて、それをキャスターの作った魔術用具で感知したからだ。

大雨は更に強くなっていて、しかも追い風。
急ぐには非常に向いていない状況だった。
それでも僕らは急がなくてはならない。

何しろ、また何も知らない一般の人たちが犠牲になるかもしれないからだ。

「…キャスター。空間転移は…」
「できない。あたしができるのはせいぜい自分ひとりだけを移動させる事で、他人を送る事はできないんだ。逆にディートは?」
「あれは僕がロアに覚醒寸前だったからできた事で、本当はそんな事できないんだ」
と言う事で結局僕らの移動手段は足となる。

「…!?」
川にかかる橋を渡りきった所で、キャスターは急停止する。
ダーヴェルも思わずそれにつられて急停止した。

「どうしたの?」
僕はおそるおそる聞いてみた。
キャスターの表情はとても厳しく引き締まっていた。

「…サーヴァント戦が近くである」
「え? レンたち以外の?」
「ああ、多分ね」
レンは多分またバーサーカーとライダーと関わっているだろうし、アサシンは多分まだ静観をしているだろうから、お嬢様と遠坂双魔の戦いだろう。

「どうする? 午前に言ったけど、ランサーぐらいならアレで殺せるけど?」
アレ、キャスターの使う攻撃魔術でも最高のものか。

「ダメ。あれ広範囲攻撃なんでしょう? だとしたらお嬢様まで巻きこむじゃないか」
「…その方がランサーもセイバーも倒せてあたしには都合がいいんだけど…」
そんなのレンが許したって僕が許しはしない。
許せるのは最悪セイバーを倒す所までで、お嬢様は絶対に傷つけさせはしない。

「まあランサーの正体も気になるし、見るだけ見てみる?」
「賛成。今のままだと真名もはっきりしないしね」
ランサーの使う宝具には神しか所有したことのないものもあった。
でも神が聖杯戦争に参加する事はない。せいぜい半神が限度で、それ以上の存在を呼び出す事はユスティーツァ様たちでも不可能だった。
だからランサーの真名は不明。

「本当にあいつ誰なんだろう。悪いけどあたしには心当たりが…」
「僕にもないよ。ルーの宝具を所有した事のある英雄なんて…」
だからこそもっとランサーを知ることが必要だ。
今度あったときに不覚を取らないように。

「…あの辺ね」
僕らはキャスターが探知した位置から数百メートル離れた所に隠れ、状況を確認する。
僕らが移動している間にもサーヴァントは高速で移動していて、位置を決めるのに手間を取ったけど。

「あちゃー…もう終わってたか…」
キャスターは手を顔に当てて天を仰ぐ。
どうやらあそこにいるのはセイバーとお嬢様のようだ。
全く傷を受けてない所を見ると、勝ったのか敵が逃げたのか。とにかく決着がついたようだ。

「あのセイバーも問題なんだよね…。剣士として北欧神話最高のシグルズでしょう? ランサーにクー・フーリンを持ってくるようなものだって。
 しかも対魔力はアーチャーやランサー以上みたいだし…、あたしが呼び出せる最強の円卓の騎士って言ったらガウェインだけど
 …勝てそうにないし」
「ガウェインが?」
ガウェインって言ったら最後の方まで残ったけど、最後の決戦を待たずして死を遂げた円卓でもランスロットに並ぶほどの騎士だ。

「彼まではぎりぎりで呼び出せる。でもシグルズに比べたらね…。て言うかアーサーでも勝てないだろうし」
「え? アーサー王でも?」
「ええ。彼には竜の因子があるから竜殺しの英雄シグルズとの相性は最悪ね。剣が互角でもアーサーはシグルズには普通なら絶対に勝てないわ」
竜の因子。幻想種最高の存在ドラゴン。その因子を持つと言うことはドラゴンなみの魔力を持っている事になる。
…アーサー王ってとてつもなく強かったんだろうな。

「だから同じく最高の幻想種にのってるライダーもあいつの餌食になってもおかしくないし、あとはアーチャーとランサーが不確定要素ってぐらいで…
 はあ」
キャスターはため息をつきながら彼らを眺める。
どうやら会話の中でお嬢様とセイバーは笑っているようだ。

「だからこその不意打ちなんだけれども、ね」
「だからそれはダメだって…」

その時、空気が揺れた。

セイバーはお嬢様を襲う何かにセイバーは剣をふるい、防いでいる。
魔力と魔力が激しくぶつかり合っている。

「一体何が…!?」
「…何かまでは分からないけど、槍の宝具をセイバーが防いでるみたいだ」
「槍の宝具!?」
って事はどこかにランサーが…!?

「キャスター、ランサーは?」
でもあの状態ならセイバーはすぐにでも槍の宝具を無効化できるだろう。
そうなればセイバーがランサーを倒すのも時間の問題だけれど、逃げられたら別だ。

「セイバーより更に遠く。でも一直線上じゃないね」
キャスターは目を細めながらセイバーのやや右を指差す。
本当に小さいけれど、確かに2人の人物がいる。
誰かまでは特定できない。

「え…?」
でも、次の瞬間に起こったことでそんな事はどこかに消えてしまった。


だって、お嬢様が槍に串刺しにされているんだから。


「うあああああっ!!」
セイバーの慟哭が聞こえる。
でも僕には何の意味も成さない。
ここからだって確認できる。

お嬢様は血まみれになって、
倒れた。

「あ…あああ…」
お嬢様が…お嬢様が…。
血を…血を流して…。

「ああ…!!」
「黙りなさい!」

それはとてつもなく痛い一撃だった。
キャスターは叫ぼうとしていた僕に平手打ちを与えたんだ。

叫び声もどこかにふきとんでしまい、僕は頬を押さえて呆然とキャスターを見る。

「狼狽していたら何もできやしないよ。ディートは魔術師なんでしょう?」
まだ頭が真っ白な僕をよそに、キャスターはその場に立つ。
そして胸に手を当てた。

「ほら、命令を」
「命…令…?」
真っ白なままの頭がだんだんとはっきりとしてきた。
今の状況、今の状態、今の戦局。

 まず今この場にいるサーヴァントはセイバー、ランサー、キャスター。
セイバーのマスターのお嬢様はランサーの攻撃、多分槍投げで、で倒された。
セイバーが必死になってどうかしようとしている、多分ルーン魔術で、けれどランサーがそれを放っておくはずがない。
だとしたらランサーはとどめをさしに来るだろう。
セイバーが防げば治療が中断してしまい、お嬢様は死ぬ。逃げようとしてもランサーの方が速い。

ならそのランサーをどうすればいいんだろうか?
そう、今この場でランサーをどうかできるのは僕らだけだ。
そしてお嬢様を救うこともキャスターなら可能だ。少なくともセイバーよりははるかにマシだ。

だけど、ランサーは、遠坂双魔はお嬢様を槍で串刺しにした。
そう、串刺しに…!

「ちょっと。だからって怒り心頭になって令呪使わないでよ。多分今からだとランサー殺せないし」
「え…!?」
「だからさ、もし使うんだとしても…」
と、僕は今になって気づいた。
今まで気づかないほど僕は周りが見えてなかったのか。

「あいつを確実にぶっ殺す時にね」

キャスターの表情は怒りそのものだった。

「さ、とっととあいつを追い払ってお嬢さんを救うわよ。命令を」
「分かりました」
僕はうなづいた。
もう迷いはない。だけどキャスターの進言どおり、令呪を使わないように僕は言った。

「キャスター、ランサーを始末し、セイバーのマスターを救ってください」
「了解、私のご主人様」
にや、と笑いながらも強い瞳でランサーを睨みつけるキャスター。
幸いにもランサーはとどめの体勢には入っているけどこちらにはまだ気づいていない。

「はああ…」
キャスターに詠唱はない。
魔術はようは自己暗示。西洋の魔術はそれを詠唱の形であらわしているけれど、ニムエはそれを動作であらわしている。
胸に当てていた両手を大きく広げていく。
その間に見えるのは光の帯のようなものだった。

そして、その光に集められた魔力はとてつもないほどの量だった。

それはキャスターが左の甲を持ってくることで、腕と垂直になる。
左腕を前につきだすとそれは直線から甲を頂点としてVの字になる。

「…黄金の剣…」
思わず僕はそうつぶやいた。
そう、それはとてつもなく尊い剣のようだった。

弓矢と言わないのはまるで腕が矢で、剣の部分が弓に見えるからだ。
その剣からはニムエの方に光の帯がもれている。
それを思わず綺麗だと思った。

「あくまでこれは失敗作さ。本物はこんなもんじゃない」
キャスターは自虐的に笑うとランサーに狙いを定める。

「それでもこれにはこう名前をつけてあるんだ。いつかあたしの願いがかなうように」
そう、多分これはうわさに聞くアレを模してニムエが創ったものだ。
剣の中でも最も尊いと言われる…聖剣を。


約束された勝利の矢カ レ ド ヴ ル フ!」


聖剣を模した剣…キャスターは矢と言っていたから矢と言うか…矢はそのままランサーに向かって進む。
彼が何をしようと、その尊いものを止める事などできるものか。

そのままそれはランサーを襲った。


   /interlude

「む!?」
異変に気づいたのはランサーが先だった。
数百メートルも離れていてもなおランサーの身であるにもかかわらず感じられるほどの魔力を感じたからだ。

「あれは…!?」
セイバーから左に視線を移す。

そこには、黄金の矢を構えたキャスターがいた。

「“破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグ”」


持っていた宝具を別のものと取り替え、真名を唱えてそれをキャスターに投げつける。
それと同時にキャスターは矢を放ってきた。

ゲイ・ジャルグ。やはりディルムッド・オディナが所有していたもう一本の槍。
槍のはずなのに宝具が2つ、これがディルムッドの証ではあるのだが、この際割愛しよう。
ただ言えるのは、魔力の流れを遮断、無効化するものだ。

ならば、大魔術であろうともその効果は一瞬消え、大魔術は軌道をそらし、槍はキャスターに突き刺さるはずだ。

 だが宝具と大魔術の戦いは、宝具の消滅であっさりと幕を閉じた。

「何っ!?」
何の抵抗もなしに破壊された事にランサーは驚く。

それも当然。いかな宝具であろうとも、借り物で尊い光を砕けるはずがない。

選択は誤っていなかった。ただ大魔術が予想以上だっただけだ。
だが次の槍を真名を唱えて解き放つには時間がなさすぎる。

「く…っ!」
だからランサーは盾の宝具を取り出した。

ランサーというクラスは関係なく、生前でも使用できなかっただろうがそれでも黄金の矢をある程度阻むぐらいにはなるはず。
あれはセイバーの対魔力ですら突破されるようなものだとランサーは一瞬で確信した。

「出し惜しみはできぬ…!」
黄金の矢と宝具の盾がぶつかる。
結果、真の力を発揮できない宝具の盾は破壊された。

「ふ…!」
だが一瞬の間はあった。
その間に別の宝具の盾を取り出し、また黄金の矢にぶつける。

これだけの事をやるのだから真名が知られる可能性も高いが、そんな事を言っていられる余裕はなかった。

壊されては取り替え、壊されては取り替え。
その動作が続く。

「……!」
そうして、ランサーは黄金の矢を何とかしのぎきった。
それでも連続して宝具の盾を取り出し、黄金の矢を防いだ事はランサーにとってはとてつもなく大きな痛手となっていた。

「ぐ…。ランサー、セイバー達にとどめは?」
双魔は苦虫を噛み潰した表情でランサーに問いかける。
当然彼にもそれがランサーに及ぼした影響はわかっている。だがあと一発でセイバーがしとめられるのだ。

「…無理だ。この状態ではキャスターに阻まれるだけだろう。令呪を使えば…」
「駄目だ。それはできない」
遠坂の者である双魔には前キャスターの存在も分かっているし、セイバーと戦っていた黒づくめも分かっている。
他の者はともかく、その2人は前回の聖杯戦争を勝ち抜いた者達だ。そのためにも一回ずつは令呪を残しておきたかった。

「…やむをえん。撤退するぞランサー」
「心得た」
ランサーと双魔はそのまま撤退を選んだ。

 苦渋の選択とは言え、双魔にはそれが屈辱だった。
それでも彼には目的があり、そのためには勝ち残らなくてはならなかった。

interlude out


   /

「…逃げられたか」
無表情でキャスターはつぶやく。
黄金の矢を防がれた事への憤りがないはずはないけれど、それを表に見せている様子はない。
これが一流の魔術師か。

「まあ相手の戦法がまた分かっただけでも良しとしましょうか。盾の宝具は接近戦に優れたやつにはあまり有効じゃないし」
僕からでも見えた。
ランサーはあの黄金の矢に対抗するために盾をいくつも使っていた。
宝具をそれこそ無数に持っているランサー、あいつの正体は一体…。

「まあこれでルーじゃあない事だけは分かったわね。あれが能力なのか、本当に持っていたかはこの際どうだっていいさ」
「ええ、今はどうだっていい」
僕もキャスターの意見に同意する。

そう、今重要なのはランサーなんかじゃなくて、お嬢様なんだ。
クリスお嬢様はランサーの攻撃で貫かれたんだ。
宝具での攻撃は普通の攻撃じゃあない。

「どうにかしないと…!」
僕はそのままクリスお嬢様の方に走る。
大雨の事や、キャスターの事、セイバーの事ですら頭には入っていなかった。

「だから何でそうお嬢さんの事になると暴走するのよ。もっと落ち着きなさいって」
キャスターはそんな僕にしがみついてくるけど、僕の速度にゆるぎはない。
セイバーもさっきの攻撃でこっちの存在には気づいているようで、殺意をこめたまなざしでこちらを睨みつけてくる。

「おっとセイバー。あんたが今戦えばマスターに大きな負担になるんじゃないかしら?」
「!?」
それは動揺していたセイバーには十分の言葉の攻撃だった。
と言ってもセイバーは英雄。一瞬で立ち直る。

だけど、その一瞬だけでも同じ英雄には十分だった。

「嘆きの牢獄」
以前戦った時に使った土の牢獄でセイバーを拘束する。
だけど前回と違うのは、ダーヴェルとのタイミングがバッチリだった事。

「はああっ!」
いくら英雄だろうとも、狼狽していて動きを拘束されたんでは全く意味がない。

 セイバーの剣はダーヴェルの一撃で彼の手を離れた。

「いくらルーン魔術に長けていても剣がなければその牢は時間をかけないと破壊はできないでしょうね。しばらくおとなしくしてなさい」
「ぐ…おおおっ!」
セイバーはある力全てを使って土の牢からの脱出を図るけど、体はしっかりと固定されたままだ。
おそらくセイバーの力が入りにくい体勢に固定しているんだろう。

「お嬢様!」
僕はその間にお嬢様の傷を見る。

思わず目を覆いたくなるような悲惨さ。
キャスター戦に使ったブリュナークを投げ飛ばしてお嬢様に突き刺したのか…!
ぎり、と歯ぎしりして口の中に血の味を感じる。

「ブリューナグか。それなら呪いのたぐいはゲイボルグとかよりはるかにマシだね」
キャスターも杖をセイバーに向けたまま患部を確認してそう述べる。
よかった。これなら治療魔術を使えば助かるかもしれない。

「槍は抜かないようにしてね。出血多量で死ぬかもしれないから」
「分かっています。それからキャスター、治療はここではダメですから一旦帰りましょう」
「そうね、あたしもそう思う」
こんな大雨の中じゃあ傷は直せてもお嬢様の体力が持たない。
屋根のある所でちゃんとした治療を行わないと。
アインツベルン城じゃあ間に合わない。百目木邸のキャスターの工房に運ぶしかない。

「セイバー」
くるりとキャスターはセイバーの方に体を向ける。
その目つきはセイバーと同じぐらい厳しい。

「同じアインツベルンのマスターに出会えて奇跡だとでも思うのね。それもこれもあんたが間抜けだったからよ」
「ぐ…! 言われずともそれぐらい…!」
とてつもなく悔しそうにセイバー、シグルズは顔を背ける。
それはそうだろうな。もしこの場にいたのがレンだったら、セイバーとお嬢様を見殺しにしていたかもしれない。ライダー組なら確実に。

「…まあ、あんたはだからこそこの戦争に参加したんだろうけどね」
「え?」
ぼそ、とキャスター言った言葉はセイバーにも聞き取れないぐらいわずかなものだ。
僕にだって聞き取れなかった。口から多分そんな事だろうと思っただけだし。

「ほらセイバー。術は解くし剣は返すからとっととそのお嬢さんをかかえる!」
「…!」
セイバーはあくまでセイバー。お嬢様を助けられはしないだろう。
傲慢だけど、今僕らはセイバーを下にしているんだから。
自らの不甲斐なさを恥じ、彼はお嬢様を抱える。

「じゃあ急ごう!」


と、これで回想は終了。
キャスターは部屋にお嬢様を連れて行き、治療を行った。
キャスターの工房ははっきり言うと魔女と言われても仕方がないぐらいに乱雑していた。
レンの工房を覗いた事はないけれど、彼ならもっと整理整頓ができてるのではないかと思うぐらいに。

「あ、その机に埋もれてる黄色のラベルが張ってあるビン取って」
それでも全ての位置を把握しているから凄い。

治療はほぼ順調に進み、何とか無事に終わらせる事ができた。
僕はお嬢様を与えられた僕の部屋のベッドに寝かし、丁寧に布団をかける。
彼女の警護はセイバーに任せれば大丈夫だろう。

「いやー、助かったよディート。普通の人間とは随分違ってたから戸惑っちゃったよ」
とキャスターは言う。
ホムンクルスの僕たちは確かに普通の人間とは少し異なった存在だ。でもキャスターが戸惑うほどではないはず。
彼女がいいたいのは一分一秒を争う大事な時に僕がいたことだろう。

「これが本来の私の務めですから」
そう、僕はお嬢様の治療もするために魔術を学んだし、学ばされた。
時に敵を撃退もするし、仲間の治療を行わなければならない。
それが僕の義務であり存在理由だった。

「…まあいいさ。明日になったら彼女も目覚めるでしょう」
「ありがとう、キャスター」
僕は頭を下げてキャスターに礼を述べる。

「アインツベルンに従う者を代表して貴女に感謝を」
「冗談。君があたしのマスターだからしてるだけ。君を気に入ってるって事もあるけど」
既に日付は変わっていて、屋敷の人たちは眠りについている。
レンと共に夜中に出かける事は事前に言っておいてあるのでその点夜中に何かをしても怪しまれる心配は少ない。
いざとなれば暗示を使うしかないけど。

レンはまだ帰ってきていない。
キャスターによればもう戦いは終わったから帰ってきてもいいはずらしいが。
…多分彼がやられたなんて事はないはずだけど…。

「それでディート、明日彼女たちが襲ってきたらどうするのさ?」
「お嬢様をお助けしても僕は聖杯戦争を放棄したわけじゃあないです。その時はちゃんと戦いますよ」
それが参加者としての最低限の守るべきものだろう。
お嬢様をお助けしてもセイバーまで助ける事はしたくない。

「ふ…ああ…」
ああ、安心したらあくびが出てきた。
僕は徹夜はできないから、少しでも寝ておかないと。

「それじゃあおやすみキャスター」
「君の部屋使われてるんじゃなかったの?」
「あ」
そうか、今僕の部屋はお嬢様が使ってらっしゃるのか。
だとしたら僕が寝る場所がない…?

「廊下で寝るよ」
「ちょーっと待っててね」
キャスターは自分の部屋兼工房に入ると、何の音もさせない。
工房だから防音は完璧なんだろうけど、一体何をしているのかが疑問だ。

「はい、今日はこの中を使うといい」
「え? キャスターの工房を?」
ちらっと外から覗いてみる。

…別世界?
さっきまでの乱雑な部屋はどこへやら、最低でも床の部分にはふとんがしかれている。

「じゃあゆっくり休むといい。あたしも今日は休むよ」
「ではおやすみなさい」
「おやすみ」
今日も色々な事があった。
レンの事、ニムエの事、お嬢様の事。

色々と複雑だけれども、それでも明日は来るのだから、がんばらないと。
明かりを消して、僕はゆっくりと休んだ。


   /

「…」
あれだけ疲れていたのに早朝には目が覚めてしまった。
外を見れば日はまだ昇っていないようだ。雲のせいで空は暗いけど。
雨は昨日よりはひどくないけど、まだ降っていた。

見上げるとキャスターがハンモックのようなもので寝ていた。
昨日のようにちらばった状態だと床まで物があるから、空中で寝る以外ないからだろうけど…。

僕はジェイナが持ってきてくれた代えの服に袖を通す。
昨日のはびしょぬれになってしまって乾かしている最中だ。
お嬢様がいるいないに関わらず、僕自身の身だしなみは整えなければ。

「おはよう。よく眠れたか?」
「おはようございます。とてもよく眠れました」
水場には既に一成さんがいた。
僕は一成さんに会釈をして手を水に浸す。

「しかし一成様。なぜこのように早くの起きになられるのです? おとといの言葉ではありませんけどレンたちが家事一般をやっておられるなら…」
「昔その家事一般をやってたからその名残さ」
昔からの習慣か。なるほど。それなら納得がいく。

「ところで一成様。お話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「話?」
「はい、実は…」


 一成さんと若干の話を進ませ、僕は懐中時計を持ちながら僕の部屋の前に待機する。
これは本来はヨハンのする事なのだがこの場には僕しかいない。
なら僕がするのは義務だ。

「失礼致します」
扉をノックして部屋に入る。
部屋の内装はそのままだけれども雰囲気が全然違う。

「お嬢様、起床のお時間です。お目覚めください」
隅で待機するセイバーをよそに僕はお嬢様の横に立ち、そう述べた。
ほどなくして甘い声をもらしながらお嬢様は目をこする。

「ん…」
「お嬢様、お目覚めください。朝になりました」
「ん…」
困った。お嬢様は起きようとなさらない。
セイバーの方に顔を向けるけど、彼は僕の視線を感じてか窓の方に顔を向けている。
ヨハン、貴女はどうしているのですか。

と、それは杞憂に終わった。
お嬢様はやがてゆっくりと体を起こす。
どうやらお体にさわりはないようで安心する。

「…ディート?」
「おはようございますお嬢様。お着替えはこちらでご用意させていただきました。詳しい話は朝食の後で致しましょう」
その着替えはおととい一成さんに見せてもらったものだ。
普段着はおろか寝巻きまであって随分おどろいてしまったけど、あえて考えない事にしておく。

「…分かったわ。それでは着替えるから出て行ってちょうだい」
「かしこまりました」
僕は軽く会釈をして部屋を後にする。
簡単ないきさつはセイバーが話してくれるだろうから混乱する事はないだろう。


「あ、おはようございます」
「おはようございます、葵さん」
台所に行くと既に葵が朝食を作っている所だった。
メニューは…洋食?

「洋食が出るとは珍しいですね」
「はい。今日は大奮発しちゃいますよ」
大奮発、多分それは材料がそろいにくいから出る言葉だろう。
よく見てみると貴重な香辛料まであるし。

「…これどこで手に入れたんですか?」
かつて欧州は布教と香辛料のために海を出て行った。
それほど香辛料は貴重なものだった。

「憐さんが持ち帰ってきてくれたものがまだ残っているようですけど?」
「レンが?」
ああ、彼は英国帰りか。
この屋敷のメニューは主に和食だから香辛料を使う必要がほぼない。
なら残っていても何ら不思議ではない。

 でもパンとかは自分で焼くか仕入れてくるしかない。
そう考えるとちょっとレンが凄いと感じてくるな。

見れば葵が用意してくれているメニューは洋食のみ。
これならお嬢様も食べる事ができるだろう。
安心した。

「では僕も…」
「ディートさん」
む、として葵がこっちを睨んでくる。
う、ちょっと怖い。

「あなたもレンさんや士郎さんと同じでわたしから台所を奪うんですか?」
「え? いや…別にそんな事は…」
「なら黙って見ていてください」
「…はい」
彼女の強い口調に僕は同意するしかなかったわけで。

「おはよう」
「おっはよー」
次々と居間にやってくる屋敷の人たち。
その朝食は普段どおり…、

「あれ?」
疑問が浮かぶ。
今いるのは一成さん、師範代のみなさん、葵、それから僕だ。キャスターはいらない事は事前に言っておいたから食事は用意されていない。
まだだれも席についていない食事は2つ。

「後は憐さんだけですよね」
にこ、と笑って葵はこう言った。
そう、結局レンはどうなったんだろうか?
いつもならこの時間にはもう起きてくるはずなんだけれども…。


「憐ならまだ帰ってきてないぞ」


一成さんはただ事実を述べるようにつぶやいた。

「憐さんが…」
「帰ってきていない…?」
そして葵と僕は同時につぶやく。

レンガ帰ってきていない。
つまりそれが意味するものは…。意味するものは…!

「遠坂から連絡があってな。彼は今そこにいるんだそうだ」
「「え?」」
また葵と僕は同時に返事をした。
レンは今遠坂邸にいる? とりあえずバーサーカーに倒されたんでなくて安心したけれど、なぜ?

「そう…ですか…」
残念そうに葵はつぶやく。

「ではこの食事は無駄になっちゃいましたね」
「あー、あたしが食べるからいーよー葵ちゃん」
と沙耶さんが申し出る。
ここ数日の生活で分かった事だけど、この人は見かけによらず多く食事を取るみたいだ。
多く、といえば可愛いけど大食らいなんだよね…。

「いや、それは客人のために用意をさせておいた」
『客人?』
葵と師範代の声がかぶる。
と、軽やかな足取りで誰かが近づいてきた。
そして居間のふすまの前でそれは止まる。

そして入ってきたのは、一成さんが僕に用意してくれた服を着たお嬢様だった。
数十年前の服とは思えないほどにお嬢様に似合っている事に思わずおどろいてしまった。

「初めまして皆さん。私の名はクリスティーナ・フォン・アインツベルンともうします。日ごろからディートリッヒがお世話になっております」
スカートを両手でつまみ、礼儀正しく会釈をするお嬢様。
師範代たちから思わず声がもれる。僕だって声をもらしたい。
この中で僕たちと違う反応を見せているのは…、

「師範?」
師範代の一人が一成さんに声をかける。
そう、彼はただクリスお嬢様を眺めていた。

「師範?」
「あ、ああ。そんな堅苦しい言葉で話さないでくれ。こちらの方が恐縮してしまう」
「そう、ならお言葉に甘えさせてもらうわ」
そう言うと空いた席にお嬢様は座った。
2つのうち僕の隣に。
…なぜか一成さんの様子がおかしい。お嬢様を見てから何かが。

「じゃあいっただっきまーす」
両手を合わせて頭を一回下げ、沙耶さんは料理にはしをつけた。
…西洋食にはしなのもどうかと思うけど…。

 食事はつつがなく終わった…といいたいけれど、実際はとてもにぎやかだった。
このテーブルはそのために大きな一つのものとなっていて、日常の会話を楽しむものだった。
そこには身分や立場は関係なく、大いにもりあがった。
ただ、葵は若干不満そうで、一成さんがとても嬉しそうなのは違ったけれど。


食事も終わり、僕とお嬢様は僕の部屋に来ていた。
あの食事ではセイバーが霊体化して後ろで待機していたらしく、姿を現す。
キャスターが目をこすりながら現れたのを見て僕らは話を始める事にした。

「まずはキャスターのマスター、セイバーのマスターとして私の命を救ってくださった事に感謝いたします」
「貴女の命が失われずに何よりです」
僕らはお互いに頭を下げた。
お互いにとにかく昨日の事にけりをつけなければ。

「でもアインツベルンの者としては当然の事をしたまでよね」
「はい、その通りですね」
くす、と僕は笑ってしまう。
むー、と腕組みをするお嬢様が愛らしい。

「…まあ、ディートがこんな生活を送ってるって分かったからまあよかったかな」
「いかにも庶民的でしょう?」
「まーね。ところで…」
ところで、とつなげるからには昨日の事か、ランサーの事か、それとも…。


「なんで彼女がここにいるの?」

「レンが気づいていないようなので私も進んで口に出したりはしていません」


やっぱりあの人の事だったか。
僕はほとんど即答の形で答えた。

「なあんだ。あなたはあいつの事を放っておくんだ。だってあいつは…」
「…やはりあの人は…」
キャスターに言われた時にもしかしたらとは思ったけれど、やっぱりあの人は…。
だとしたらレンはどう思うだろうか?
僕から何かを言う事は避けたいのだけれども…。

「ええそうよ。分かっててそのままにしてるのね。ディートってやさしー」
「アーチャー達と行動を共にしている以上、彼らに深い影響を与える事は極力さけたいですから。今だあの人の方針は分かっていませんし。
 ですがお嬢様が何かをする分には止めはいたしません」
きょとんとしているのはセイバーとキャスターの両サーヴァント。
やっぱり話が見えてきてないか。

「ちょっと、あたしにも分かるように説明してよ」
「…僕の口からはなるべく説明したくないのだけれども…」

とりあえず僕は推論を述べた。
この事実はなるべくレンには言わないで、そして知られないでいてほしい。
もしそうなったら…。

「…そうだったのか。それはまた複雑ね」
「ええ」
うなづくキャスター。複雑だと言うのもうなづける。
レンが関係ないなら直接に行くんだけれども、ね。

「それに私はあの人ではなく、もう一人の方が関係しているかと思ったのですが」
「…まあいいわ。小細工したければしておきなさい、って言ったところね」
お嬢様は自身たっぷりにこう言い放ち、脚を前に出す。

「お嬢様、ヨハンがいたらその行為は…」
「レディーらしくないって言うんでしょう。ここには私とあなたしかいないんだから大丈夫よ」
セイバーとキャスターは人数外ですか。
…でもアインツベルンの侍女の中でも僕は礼儀がなってない方だからなんとも言えないのだけれども。

「さて、このまま城に帰るのも何だし、少し話す?」
「話? 世間話でしたらいつでもお相手になります」
「違うわよ。聖杯戦争の事よ」
ばっさりですか。少し残念。
レンや沙耶さんの事で二時間ぐらいは一方的にしゃべれるのだけれども。

「そっちはどれだけ確認できたの?」
「そうですね…」
僕が確認したのはランサー、セイバーだけだ。
アーチャーとライダー、それからバーサーカーは実際に戦闘したわけではないからレンの話頼みだ。
情報交換はどちらかが言い出さなければ始まらないし、分かった事を素直に伝えよう。

「アサシン以外の5体全てを。実際に私たちが戦闘したのは3体のみですし、実力を見れたのは2体だけです」
「ふーん、私たちよりずっと戦ってるのね」
いえ、戦っているのは主にレンです。
その努力のかいもなく未だに誰もリタイアはしていないけれど。

「私たちはそっちのキャスターとランサー。それから…」
「それから?」
「…これは確信がないから後回しね」
確信がない? 今までであったサーヴァントはアーチャーを除けば全てクラスに適した者たちばかりだ。
そのアーチャーは自分の事を器用貧乏だと言っていたけれど…そうは思えないんだけどな…。

「じゃあライダーとバーサーカーについて教えてよ」
「ちょっと、あたしたちはもう全部のサーヴァントを知ってるのに何で話す必要があるのよ」
と、会話に割り込んできたのはキャスターだ。
それはそうだろうな。戦争においては実力以外にも情報がものを言うから。
キャスターはお嬢様と話す事そのものが不愉快らしい。

「…しょうがないわね。ならこっちもとっておきの情報をあげるわよ」
「ランサーの真名以外はダメよ」
またキャスター、挑発するような事はやめてくれよ。


「…八体目のサーヴァントについて、でどう?」


「「は…八体目…?」」
僕とキャスターは同時に声をあげた。
セイバーは黙って腕組みをしているし、お嬢様も厳しい顔をしている。

「ええ。自分ではアサシンって名乗ってたけど、あの魔力と対魔力は絶対にセイバーよ」
「セイバーって、セイバーはお嬢様がシグルズで…」
「ジークフリート」
「…で召喚なさったじゃないですか」
お嬢様。あくまでシグルズをジークフリートって呼ぶのですか。
竜破壊の剣だってバルムングではなくグラムって言っていたのに。

ってそれじゃない。
セイバーがかぶって召喚される事なんて絶対にない。今だ見ぬアサシンの代わりに召還されたと言うのか?

「さあ、それはこれから考えるわ。とにかくそいつとセイバーが昨日戦って、ほとんど互角だった」
「ほとんど互角!」
セイバーと接近戦で互角に戦える相手。
それは接近戦に長けるランサーか同じセイバーぐらいしかありえない。

「…それで、どんな剣技で…」
「その前にバーサーカーとライダーについて教えなさいよ」
先にこちらがしゃべらないとその謎のサーヴァントについては話さないつもりか。

「分かりました。では分かっている範囲で」
僕は今までで分かっている事を話す事にした。

バーサーカーの真名、マスター、戦法。
ライダーの真名、マスター、戦法。
さすがにこちらのキャスターとアーチャーについては言えないし、アサシンは未確認だ。

「ふぅん、遠坂の代理がライダーね…」
レンが遠坂邸にいるということは、ライダー組やメノウと相談事があるんだろう。
それがバーサーカーの事かアサシンの事かは分からない。

「なら両方セイバー単独で倒せそうね。後は…」
「その謎のサーヴァント、ですか…」
「いえ、その前にランサーよ」
ああ、ランサーか。

メノウやレンは確かに魔術師ではあるが義理や心情を重視している気がする。それは日本の文化のせいだろうか。
僕やお嬢様も確かに魔術師だが、言うならこの戦いをして悲願を達成するためにいるようなものだ。
そういう意味ではソウマが一番魔術師らしいかもしれない。

「あいつの真名分かった? 私分かんないんだけど」
「…私も分かりませんよ」
あのランサーは槍だけじゃなくて盾の宝具も所有していた。
それによってあの黄金の矢も防がれてしまったし。
つまり全く分からないのだ。

「あのランサーは槍だけでなく盾の宝具も所有していました。使いこなす事はできていないようですが、持っている事は確かです」
「それって使用者じゃなくて所有者って事? 余計わかんないわよ」
「ですが全ての神話はそれぞれの民族があがめる神を元にして生まれてくるものであって、
 ルーツが全く違う宝具を所有しているのはおかしいですよ」
だからこそランサーの正体は分からない。
ただ思うのは、今のランサーはランサーだからこそ槍を使うのではないかという事。
令呪でクラス以上の事をするように命令されたらどんな戦法を取ってくるのか分からない。

「…可能性として考えられるのは三つなんだけど」
と、キャスターが口を開いた。
こんな時にキャスターがいてくれると本当に助かる。

「一つはあの宝具は全部創り出したもの」
「創り出したもの…空想具現化?」
なるほど、そんな考えもあったか。

零から物を作れば必ず世界の修正がかかってしまう。
だからその修正を逃れる手段は2つ。世界の味方になるか、自分の世界を創るか。
真祖たちは世界を味方にし、空想具現化を使っていたらしい。一番最初の真祖は月まで創ったとか。
自分の世界を創る。これは固有結界を使うことで可能だ。ただし世界が修正しようとするから維持はとてつもなく大変とか。

ちなみにアーチャーがどちらかは分からない。
キャスターの話では偽物作りに長けるらしいけど、それをキャスターが看破したのは聖剣の複製を作ろうとしていたからか?

「でもキャスター。あれ偽物?」
「あたしが見たところ本物だけど、偽物でも複製でも解析の達人じゃないと見分けられない域もあるし」
アーチャーがそうなようにね、とキャスターは念話で付け加えた。

「空想具現化が使える真祖以外もいるようだし、可能性が零ではないんだけど…その人物が活躍する神話ってある?」
いや、多分ないと思う。
そんな零から物を作り出してそれを使う英雄も、神も。

「二つは今存在しているものを持ってきている場合」
「…?」
ごめんなさい、キャスターの言っている事はよく分からない。

「ほら、今失われた宝具の中でも地中の中に埋まっていたり、海に沈んでいたりする宝具もあるはずよ。
 それを発掘し使うのがあのランサーの宝具と考えるといちいち取り出してくるのも納得いくんだけど」
ああ、つまり宝具だけを空間転移させて手元に持ってくる。そんな宝具をランサーが持っていたら確かに宝具は無数だ。
本来なら自分のものじゃないから使いこなせないのも納得がいく。

 でもこれもまたそんな英雄がいたかと言われればいないと答えるしかない。
未来の英雄かもしれないけれど、雰囲気からすると過去の英雄のようだ。

「…最後、これは一番考えたくないんだけど…」
はあ、とため息をつくキャスター。
誰もが真っ先に考えるけど絶対に否定するから前の2つの案が出てきたんだ。
そう、つまり…。

「あの宝具は全部あいつが所有していた事がある」

これだ。
もしこんな事があったらはっきり言ってとんでもない事だ。

「…そんな事がありえるのかしら」
「うーん。あたしも断言はできないけどさ…」
お嬢様の言葉にうなるキャスター。
彼女もやっぱ自分で言ってておかしいと思っているわけだ。

「例えばキリスト教に象徴される天使。あれは元は人間のようだったけれどキューピットと合わさって羽がついた。逆に悪魔が持ってる三叉の鉾は
 元はポセイドンの所有と言われてる。ある民族にとっての神が別民族にとっての怪物や下位神になるのはよくある事さ」
とキャスターは一瞬あさっての方を見る。
それは自分たちが信じていた神もまた淘汰された事を考えたからだろうか?

「今の所ランサーが使った宝具は欧州や中東のものに限られてる。物語や神話の歴史をさかのぼればそれがランサー。てな説はどう?」
「…それがもし事実なら…」
「ああ。もし事実なら…」
キャスターが次に発した言葉は、聖杯戦争において決定的な敗北宣言と同じようなものだった。


「どんな英雄でもあいつには勝てないね」


もしはじめの歴史にランサーがいたとしたら、その全宝具を持っている可能性もあるわけだ。
アーサーなら竜殺しのグラムが、クー・フーリンならカラドボルグが。
英雄だって完璧ではなく、弱点だってある。だからこそ真名は隠すものなんだから。
…つまりランサーはその元英雄であるサーヴァントの弱点を使う可能性が高いわけだ。

問題はその全ての神話に影響を与える歴史や神話があったかって事なんだけど。

「…まあ、今の所その三つともありそうだけど、どうかしら?」
「結局分からずじまいってやつね。あーあ」
ぽーんと脚を放って寝転がるお嬢様。
いくら僕達4人しかいないんでもはしたなさすぎます。

「最後に謎の八人目ってやつだけど、どんな感じなの?」
キャスターはお嬢様でなくセイバーの方に聞く。
ライダーやバーサーカーの事を教えたのだから、義理堅い彼なら何かしらの手がかりを言ってくれると思うけど。

「…そうだな…」
セイバーは重い口調で話し出した。

セイバーはキャスター並みの膨大な魔力で能力を大幅にあげていた。
背丈は150代。対魔力はセイバーより多分高い。黒いローブで全身を覆っていた。
漆黒の剣を使い、魔術を使用。ただしその技術力は低い。
剣は確かにセイバーの方が上だけど、能力面を考えると総合的に実力はセイバーと互角。

「そして…」
宝具を使う前にはその黒いローブもはぎとられ、漆黒の剣も正体を現した。
そして、その時にその存在はセイバーのサーヴァントだと分かった。

「その時まではサーヴァントなのかすら分からなかったが、姿も宝具もはっきりした」
「…どのような感じでしたか?」
「そうだな、か…むぐ」
セイバーがしゃべろうとしていた所をお嬢様が彼の口を塞いでしまう。

「一度見たほうが早いわ。あいつは口では言い表せないんだから」
「…そうですか」
お嬢様は謎のセイバーの正体を隠しておきたいのか、それとも本当にまだ整理ができていないのか。

「でもあいつが使ってきた宝具は…そうね…」
うーん、とうなるお嬢様。
腕を組んで閉口してしまう。

「キャスターがランサーに使ったようなものだったかな」
代わりに答えたのはセイバーだった。

「キャスターがランサーに使ったようなもの?」
つまりカレドヴルフ。
あれは聖剣を模して編み出した大魔術で、聖剣に近づこうとした証だ。
つまり…セイバーの正体は…。

「アーサーとは限らないさ」
と僕の考えを先取りするかのようにキャスターは言い放つ。

「アーサーの持つ剣のルーツは幾つも説があって、その内の一つかもしれないしね」
ああ、そういえばそうかも。
シェラザードも言っていたけど王を選定する剣のルーツはシグムンド(セイバーの父親)が持っていた太陽剣グラムだ。
他にもナルトの英雄バトラズやフェルグスって説もあって千差万別。
その内の一つかもしれない。

「それにアーサーなら聖剣を闇で隠したりはしないさ」
「あ」
確かに。あのアーサーが漆黒の闇で覆われてかつ聖剣を闇で覆うなんて考えられない。
でも…。

「聖剣はあまりに知られすぎているし、隠す事はすると思うけど…」
「隠すのはこれの役目」
そう言って彼女が取り出したのは数日前にも見た姿隠しのマント。
風の精霊に働きかけるやつだったっけ。

「あたしの持つ宝でもこれだけは異色でね。これはあたしが持っていた年月よりあいつが持っていた年月の方がはるかに長いんだよ」
「アーサー王の持っていた年月の方が長い…」
アーサーが使っていたのだから確かにそうかもしれない。

「もし聖杯戦争にあいつが参加したらこれで剣を隠すと思う。わざわざ闇で武装する必要がないのさ」
「なるほど…」
確かに言っている事は最もだと思う。
あのアーサー王が漆黒で覆われているだなんて想像もできない。風で隠す方がまだ理にかなっている。

「…まあ、こんなもんかしらね。八人目がどんなのだろうとセイバーは負けないし」
お嬢様はそう断言なさる。
そう言えばセイバーとお嬢様がその場にとどまっていたのなら、逃げたのはその八人目だろう。
と言う事は八人目はセイバーに負けた事になる。

「もう帰るわ。またいつかの夜に会いましょうねディート」
「分かりました」
まだ雨は降っているけれど、これ以上お嬢様をとどめておいたらヨハンやジェイナに何て言われるか…。

玄関まで僕とキャスターは出迎えをする。
セイバーは屋敷の人に見つかると説明が面倒だとの僕の意見を受けてくれた結果、霊体化している。
服はふろしきにつつんでおいたから大丈夫だし、傘もレインコートもある。

「お嬢様。本当に城までお送りしなくてよろしいのですか?」
「大丈夫よ。セイバーがいるんだから」
でも僕らも昼間しかけたんです。セイバーも気をつけてほしいです。
とは言わなかった。
セイバーの強さは戦った僕らも分かっているのだから。

「じゃあねディート。ばいばい」
「それではいってらっしゃいませ」
おじぎをする僕。手を振りながら戸に手をかけるお嬢様。
こんな天気であろうとも、僕はお嬢様には…、

「出かけない方がいいぞ」

が、そう述べた一成さんの一言で僕とお嬢様の動きが止まる。

「…なんでよ」
不機嫌な顔をしてお嬢様は一成さんの方を睨む。
それはそうだ。出ようとしていたところの出鼻をくじかれたんだから。

「…」
一成さんは返答をする代わりに紙を放った。
…どうやら手紙のようだけど…。

「…これドイツ語ですよ」
「ドイツ語?」
わざわざドイツ語で手紙を書いてくるのだから、何かしらの意味があるんだろう。
だから僕はとりあえずは読んでみた。

「『ディートへ。今日は外に出ないほうがいい。なぜなら…』」
その先で我が目を疑う。
言葉が止まった事にお嬢様は首をかしげる。

「ちょっとディート。何してるのよ」
「待ってくださいよ」
署名はレンのものだからこれはレンが書いたもの。
だからこそ次の文章は疑問しか浮かばない。

「『前キャスターは水の魔術のエキスパートで、こんな雨の日に仕掛けてくる可能性が高い』」

「前キャスター?」
「はい。そう書いてあります」
手紙をお嬢様に渡す。
それには昨日バーサーカー戦で前キャスターが強襲をかけてきたことやその戦法が詳細に記してあった。

『…というわけで前キャスターはかなり危険なので、もし外に出るようなことがあっても十分に注意してくれ。レン』
で最後を締めくくり、文章は終わっていた。
唖然とする僕。

「…もしレンの言っている事が本当なら…」
「九体目のサーヴァントがいる事になるわね」
一成さんに聞かれないよう声のトーンを落としてこう言いあう。
キャスターが生き残っている? もしかしたらお嬢様のであったサーヴァントも前回のセイバー?

「…前回の戦争はルールを定めなかったのがきっかけで失敗に終わったんではないんですか?」
「知らないわよ。私だってそう聞いてるんだから」
前回のサーヴァントが2体も生き残っていてそのサーヴァントたちもまた聖杯を狙っているのなら、計9体もいる事になるじゃないか。
なんてイレギュラー。

「…まあいいわ。そんな事より気になる事があるのよね」
「気になる事?」
「そうよ」
髪を書き上げてお嬢様は一点を睨みつける。

「何でこの文章で危険だと判断できたのか、ぜひ聞かせてよ」

一成さんの方を。

「…固有名詞ばかりですけど、外に出てはいけない事ぐらいは分かる文章ですが?」
「莫迦ね。それドイツ語で書いてあるのよ。何でこの国の人が読めるのよ」
あ。
確かに一成さんが外に出てはいけないと分かったのは手紙を読んだからだろう。
最低でもドイツ語を読解した事になる。

「返答次第じゃ関係者とみなして対処させてもらうわ」
さっきまでの雰囲気はなくなり、お嬢様の顔は魔術師のそれとなる。
手を前に突き出し、いつでも魔術が放てるようになっている。
…返答したいでは一成さんを殺す気か。

「…まあ、いつかは話そうと思っていたからな」
僕がどうしようか迷っていると一成さんはため息をついてそうつぶやく。

「ああそうだ。俺はドイツ語やオランダ語、英語などは読める。昔学んでいたからな。それに…」
「「それに?」」
僕とお嬢様の言葉が重なるけどその意味は全然違うと思う。
お嬢様は確実に彼を疑っていて、僕は純粋な疑問からだ。


「前回アインツベルンを手伝ったしな」


…え?

「ちょうどいい機会だ。俺の知っている限りの事を話そう」
そう言いながら彼はその場を後にする。
僕やお嬢様は彼に対して声をかけることも攻撃する事もできなかった。

「手伝った…?」
「前回アインツベルンを…?」
どういう事なんだ?

数十年前一体何があったって言うんだ?



to the next stage…


第18話に続く

戻る



 まずランサーはギルガメッシュではありません。
もし第2次にギルガメッシュが出てきても、ギルガメッシュ叙事詩は1872年に聖書の箱舟部分を発見し、その後の解析で英雄ギルガメッシュの存在を明らかにしています。
明治6年ですのでちょうど第2次と期間がかぶっているんですよね…。
なので『最低でもディートとキャスターは知らない』と言う事にし、ギルガメッシュの名は出てきていません。
…それでも前セイバーとランサーの正体はある程度明らかになったのではないかと思います。真名発覚は終盤ですけど。

さて、これで5日目は次で終了。そうすればようやく折り返し地点になる事になります。…会話シーンが長くて話数がかさんでいますけど。
それでは雨の降り続ける舞台でまた。
  2006年11月8日

 ゲイ・ボウをFate/Zeroで使われた……。と言うわけでついでに変更させました。
  2007年1月21日 ランサーの宝具を変更


2style.net