/3日目・interlude
何もかもが暗きその空間。
本来ならば生物が虫の一匹たりともいるはずのない空間で、その者たちはいた。
「……」「……」「……」
その場にいる人の形をした者たちは誰一人としてしゃべろうとはしていない。
まるでその静寂が当たり前のように…いや、その表現は不適切だろう。
なぜなら、その空間にはその者たち以外にも無数の生命体がいるのだから。
それらが動く音でもはやそこは静寂ではない。
だが
「…解せんのぅ…」
そのうちの1人がそうつぶやく。
あくまで痺れをきらした、などというわけではなく、単純にその疑問がふと思い浮かんだからに過ぎない。
その1人、小柄で和服の老人。だがその雰囲気は無視できないほどに大きい。色んな意味で。
彼はただ目の前にいる女性を眺めていた。
老人が話しかけているのは目の前の女性ではなく、隣で正座をしている黒づくめの者だった。
そのものの周りのみその生命体が存在していない。
そんな生命体が無数に存在し、硬く冷たい床で座っていても全く動じもしない。
ただその黒づくめは心を波1つない海のようにしていた。
「…何がだ?」
そんな黒づくめは全く顔を動かさずにそう答える。
双方が視線を相手に向けない。だが老人と黒づくめにはそれで十分だった。
視線を合わせての会話は、2人には全く意味を成さないのだから。
「お主がここにおる理由が、じゃな」
「貴様が呼んだからに過ぎない。それ以上でもそれ以下でもない」
2人が見ているのは無数の生命体にたかられる女性だった。
一般のものがそれを見てしまえば数分で発狂する事は間違いないだろうその光景、2人はそれを日常のようにして見ているに過ぎない。
ただ、黒づくめは視線がそちらの方に向いているから見ているだけであって、実際は全く興味がない。
老人にとっても目の前で行われているものの結果はとうに分かっているので見る必要もない。
「だからそれが解せんというた。なんせお主は…」
「利用できるものは全て利用する。貴様と同じなだけだ」
言葉をさえぎるようにして黒づくめは会話を強制的に終わらせる。
だが老人にとってはそれで十分だったようで、笑い声を上げる。
その異界の空間にその声はよく響き渡った。
「逆に貴様に聞くが、なぜワタシを呼んだりしたんだ?」
「呼んだり、とは?」
あくまでとぼけたように述べる老人の方に、今日始めて黒づくめは視線を向けた。
いや、睨みつけたの表現の方が正しいか。
「既に貴様は目の前のコイツを含めて2つの手駒があるはずだ。…いや、正確には3つか。ならワタシは必要ないではないか」
「ふむ、それも一理あるのぅ」
たかられている女性の姿は全く見えない。
その生命体に覆い尽くされ、もはやいるかどうかすら分からない。
ただ、生命体がそこだけうず高くなっている事だけが何かがそこにある証拠でしかなかった。
「もはや『手駒』以外の全員が動いている。ならあえて貴様らが出て行かずとも、いずれは奴らで片付けあう。余計にでしゃばる必要性など皆無だ」
「…それがあるからこそ部外者どもがこの戦争に参加し、アインツベルンのものもただの参加者に成り果てる事に同意したのじゃろう」
「…っ!」
急に黒づくめの顔が厳しくなる。
黒きローブに黒きスカーフで肌は目元以外全く露出していないのにも関わらず、それがあっさりと見て取れるほど黒づくめは歪んでいた。
「最も、その部外者どもはもはや数少ないがのぅ」
「と言っても脱落したマスターはまだたった1人、サーヴァントにいたっては全員健在だがな」
戦いは幾度もあったのに、まだそれだけしか犠牲がないのでは、と言いながらいらだたしげに述べた。
そういえば、と黒づくめは区切る。
「『手駒』から情報ぐらい得ているんじゃないのか? 呼んだからには情報の共有ぐらいはして欲しいものだがな」
「そうだったな。ほれ」
セイバー:ジークフリート、クリス=アインツベルン
アーチャー:エミヤシロウ(おそらく未来の英雄)、真木 憐
ランサー:真名不明(ルーの宝具を所有)、遠坂 双魔
キャスター:ニムエ、執行者(死亡)→ディートリッヒ=アインツベルン
ライダー:真名不明(麒麟に乗り、鞭を武器とす)、大陸人(宝具を所有)
バーサーカー:おそらくスキュラ、時計塔の魔術師
アサシン:ハサン、不明
「…さすがだな。これを気づかれずに調べ上げたんだろう?」
アサシン以外の全員が既に1回は戦闘を行っている。
ならば、その戦闘中に気配を隠しながら、不意打ちを行わないのであれば気づかれる心配も少なくなり、偵察を行ったのだった。
「アインツベルンはさすがだな。セイバーでジークフリートとは…」
「お主にとってはそれよりも気になる者がいるのではないのかえ?」
「ハッ」
あざ笑うかのようにして大げさにしぐさを取る黒づくめ。
当然老人もそんな事はこの黒づくめにとってはもはやなんら関係がない事ぐらい分かっていて発言したものだ。
「話を戻そう。ライダーとランサーに関してはどうなんだ? 双方宝具という手の内をさらしたんだ。真名ぐらいもう分かっているだろう」
「いや、残念ながらランサーに関しては未だに分かっておらぬ」
「は?」
宝具、それは英雄を象徴するものだ。
通常の装備では発揮できない実力をいかんなく発揮するための、いわばもう1つの己だ。
複数の者が使う宝具こそあれ、宝具を使ったものが分からない事などまずあるまい。
「今最も近き可能性は太陽神ルー。じゃがそれはまずあるまい」
「…神が呼び出せるはずもないからな。宝具から判断されるのがルーなら、確かに分からないだろう」
ゲイ・ボルグならまだしも、ランサーは宝具を幾つも使ったと言う。
しかも本来の使い方ではないやり方で。
「マスターは遠坂の子倅、油断はできまい…」
「…まあいい。ならライダーはどうなんだ?」
麒麟に関しては黒づくめは全く知らない。
だが、その麒麟が竜と並ぶまたはそれ以上の存在だと聞けばそれはとんでもない事だと分かる。
それを苦もなく操るライダー。それほどの存在であるなら必ず手がかりがあるはず。
「聞仲、に聞き覚えは?」
「聞仲?」
漢人、とまでは分かってもそれ以外知るはずも無い。
と言うよりこの街でその名を知っているものはおそらく右手だけで十分足りるだろう。
「現在の清が殷の時代だった頃の太師よ。周と壮絶な戦いをして敗れ去った。それが彼の正体じゃろう」
「…なるほど、極東の英雄だったか」
黒づくめはこの国に関してはある程度学んだが、清の方の知識は皆無に近い。
最も、実在していたかは定かではないが、と老人は付け加える。
「黒き麒麟に乗り、その軍隊指揮能力は高く、自らの金鞭をふるい大いに周を苦しめたと言う。おそらくは聖杯獲得の目的は殷の復興じゃろうて」
「…」
「マスターの娘が持つ宝具は聞仲の盟友である超公明が持っていた金蛟剪。随分と物騒な者が来たようじゃて」
カカカ、と老人は笑うが、黒づくめは笑う気にはなれなかった。
互いに争っているとは言え、今回はマスターも優秀だ。
なら、それだけ倒しにくいと同じ意味なのだから。
「はあ」
これ以上この事で話しても無駄だと悟った黒づくめはため息をついた。
「もう1つ、バーサーカーは本当にスキュラで正しいのか?」
「6つの首を持つ怪物が他にいるのなら聞いてみたいものだが?」
「違う。それを言いたいんじゃない」
確かにバーサーカーがスキュラである事はほぼ間違いない。
ではなぜか思い浮かぶ疑問というのものある。
「聖杯戦争で召喚されるのは英雄か反英雄ではなかったのか? スキュラなどそのどちらでもあるまい」
「そうじゃな」
「ワタシは貴様に問うているのだぞ。何せ貴様は…」
いや、皆まで言うまい。と言いながらも正座の姿勢を崩そうとはしない。
既に視線も元に戻っている。
「カカカ、お主はもしや完全無欠のルールが存在するとでも思うておるのか?」
「…!」
黒づくめはその発言に大いに驚いた。
完全なルールがあるのか、この言葉はつまり…。
「この聖杯戦争にルールの綻びがあるとでも言うのか…!?」
「はて、その可能性が無きにしもあらず、といいたいだけなのじゃが?」
「ぐ、貴様のその言葉遊びは不愉快だ」
ぎり、と黒づくめは歯をこすった。
次の機会があるとするならそれは60年ほど後の話。
黒づくめにとっては、それはとてつもなく長い。長すぎた。
「心配せんでもよい。本来の目的であるならたとえ英雄でなくとも機能はする。その点のみなら安心せい」
「…?」
「アレはようは強き魂を集めればよい。おそらくサーヴァントの枠組みに入れられるほどの力量があれば、
例えキャスターにメディアでも入れても機能はするだろうて」
カカカ、と哂いながら老人は目の前にいる女性を見る。
「まあ、お主にとってはそのような仕組みなど眼中にあるまい」
「…そうだな。ワタシが求めるのはそのようなものではない。そういうものとして受け取っておこう」
聖杯戦争に関して黒づくめは知る気が全く無い。知る必要があっても。
知った所でやる事は同じなのだから。
「最も、そのような事にならぬように仕向けておいたはずじゃがな。よほどの抜け道と強力な触媒を用いたんじゃろうて」
「それだけの事をしておきながらアーチャーやライダーにいいようにやられていたんでは苦労が無駄に終わりそうだな」
黒づくめはその事実をただ事実として話し、嘲笑いなどは全く無かった。
興味が無い、が一番近い表現だろう。
「それを無駄にせん事が今回のお主に言い渡す事柄よ」
「な…に?」
いつの間にか、女性にたかっていた生命体は姿を消していた。
その女性は、肌が水のように透き通っていたが、髪はまるで闇のように漆黒だった。
目は黒真珠のように鈍く、全く光を感じさせない。
以前はまるで精霊のように美しかったであろうその姿は、少し雰囲気が変わっただけであろうに、禍々しいものとなっていた。
その女性から連想させるのは、
「死、か」
黒づくめはぽつりとそう述べた。
「本来ならこいつは生をつかさどっていたはずだがな。連想させるものが死か」
「ほう、お主がこうなっておったかもしれぬのだぞ?」
「だとしてもワタシの想いは消す事などできん」
それは事実ではなく、黒づくめの確固たる自信。
目の前の女性のようには、なるはずもない、との。
「それで、バーサーカーが一体どうかしたのか? 無駄にしない事の意味がよく分からんが」
「遠坂、アインツベルン、そしてマキリ…、もはや全く関係なき者はたった1人。それがバーサーカー組ではないか」
「…つまり…?」
老人はまるで独り言を言うかのようにある事をつぶやく。
それを黒づくめもまるで他人事のように聞いていた。
それで彼らには十分だった。
「…先ほども言おうとしたが、ワタシをわざわざ使わなくても、『手駒』がいるではないか。そのための『手駒』ではないのか?」
「…アレは確かに優秀だ。が、それゆえにいつ何をするか分かったものでないのでな」
「? それはおかしな事を言う」
『手駒』はこちら側が一方的に操るからこその手駒であり、それ以上でもそれ以下でもない。
なぜ『手駒』と呼んでいるかは黒づくめもよく知っているからこその表現だ。
「こちらにも事情があると言う事よ」
「ふふ、よく言うものだ」
黒づくめは立ち上がった。と同時に脇においてあった服を全裸の女性の方に放り投げる。
「まあいい。しばし貴様の戯言に付き合ってやる。途中までの道は同じだしな」
そして、長い物を背負い、階段を踏みしめる。その足取りはどこまでも力強い。
それに服を着た女性が続く。その足取りはまるで体重がないかのように軽いものだった。
「だが、どうせ最後に待つのは凄惨な殺し合いだろうな」
最後にそう黒づくめはいい残し、その場にいるのは老人のみとなった。
「…そのような事は先刻承知じゃよ」
誰もいないその場で、老人はつぶやく。
黒づくめの目的と老人の目的は全く違う。
いずれその食い違いで対立するのは目に見えている。
老人にとっても、黒づくめにとっても、互いは利用できる存在にしかすぎないのだから。
それでも、大体の筋書き通りに進んでいる事に、老人は笑うのだった。
interlude out
Fate/the midnight saga(仮)
第14話
/4日目
「うーん…」
僕は廊下で背伸びをする。
時間は欧州風に言うなら午前8時ぐらい。
レンは昨日あれだけ動いたにもかかわらず、体調はすごぶる良いらしくて驚いてしまった。
「さて…と」
昨日、あの後にライダーの正体に関してアーチャーが話してくれた。
向こうの方での英雄のようだから僕はあまり知らない。レンも知らないようだった。
これからの対策として引き続き夜に見回りをしようと言う事になった。
「でも…」
僕は逆に心配だった。
レンはいつもの通り柳洞寺に向かって行ってしまったし、一成さんや沙耶さんはいつものように道場で稽古だ。
つまり、屋敷には僕とキャスターしかいない事になる。
「大丈夫なのかな?」
僕は空を見上げる。
その様子は昼間とは思えないほど薄暗く、どんよりとしている。
つまり、大雨が降っていたりする。
「レンも莫迦だよねー。なにもこんな大雨の中行かなくてもさ」
キャスターも空を見上げながらこうつぶやいた。
心底あきれ返っているような感じだ。
「そう言っては駄目ですよキャスター。レンがそれだけ真面目って事なんですから」
「こんな大雨の中走るのがかい? ただのバカでしょ」
そう、レンは大雨の中、一応雨具は身につけているけれども走って行ってしまったのだ。
彼が言うには、
「嵐より英ねえの方が何倍も怖い」
のだそうだ。
「所でアーチャーはどうしたのさ?」
「アーチャーならさっき出て行ったけど、それがどうかしたの?」
大雨になれば必然的に人が外に出にくくなる。
ようは夜と変わらずに行動をできる状況に近づくわけだ。
「バーサーカーが何をしてくるか分からないからな。俺は少し見回りしてくる」
キャスターがある程度使い魔を配置しているにも関わらず、アーチャーはそう言って出て行った。
起こってからではなく、起こるかもしれない事を未然に防ぐとの意味があるらしい。
「…つまり、この屋敷にいるのはあたしらだけ?」
「まあ、そうなるよね」
そうなれば後は掃除をしてしまうか。
洗濯はこの天気では乾かないだろうから明日に回してしまおう。
さ、ならさっさとはじめてしまおうか。
「…ならディート、ちょっとあたしやりたい事があるんだけど、一緒に来てくれない?」
「へ?」
その言葉に僕は多少驚く。
午前中は僕は色々とやっている事があるからキャスターはいつも自分の部屋、と言うよりもう工房と化してるけど、に引きこもっている。
午前中にこうして僕を誘うのは初めてだ。
「やりたい事?」
「そ、とても大切な事。レンやアーチャーがいない今だからこそやれる事さ」
その表情はいつものようないたずらを考えついた子供のようなものではなく、魔術師そのものだった。
「…何をする気だよ…」
僕はそれに戦慄を覚える。
「まあ、ついてきてくれれば分かるって」
そう述べたキャスターの表情は、とても冷たかった。
さすがに大雨の中アインツベルンの侍女服なんて着ていったら一発で洗濯しなくちゃならなくなるから着替えたい。
そうキャスターに述べて着替えようとしたんだけれども、
「そんな必要ないよー」
と言って彼女がした事はとんでもない事だった。
「…本当にすみません…」
心底から申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
断りたかったんだけど、なぜかキャスターの押しには弱い気がする。
「大丈夫だ。怨むのはあいつだけにしておくから」
苦笑いの中に燃え盛る炎を宿らせ、ダーヴェルがそう述べる。
ようは、ニムエはダーヴェルを召喚して僕を背負わせていたのだった。
さすがに傘は僕が持っているけれども、円卓の騎士が僕を背負っているだなんて後世の誰が信じてくれるだろうか?
「それにしても、ニムエよりはマシだが君も随分と軽いな」
「そう、ですか?」
僕を背負っているダーヴェルの表情は確かに平然としている。
鎧よりは重いはずなんだけどな…。
大雨が降る中、ニムエは全く雨具をつけずにそのまま進んでいる。
ローブが既に水を含んでいて重そうだ。
対するダーヴェルは、
「戦場に行く時は雨具なしでそのまま進軍していったからな」
と言っていた。
今は僕を背負っているとは言え、傘があり、道路が整備されているからとても楽な方なのだろう。
道の人通りは思った以上になく、歩いているのが僕らだけだった。
全身鎧を着込んでいるダーヴェルもほとんど目立たない。
最も、人の気を引かないようニムエが何らかの事をするつもりだったらしいけど。
そんな僕らが進む方向は、左に広がる街ではなく、右にある柳洞寺でもない。そして通りすぎていった古き町並みでもなかった。
そう、僕らは真っすぐを進んでいた。
「これって…」
レンの話では明治に入ってからここは移民が多く入っていたらしく、洋風の町並みができていた。
馬車を走らせた間見た日本の町並みのなかでも、これだけの洋風の町並みをそろえているのは大都市以外は珍しい。
だが、当然その洋館らは何も全員移民やお金持ちなどではなく…。
「まさかとは思うけどキャスター…」
「ん、何?」
前を歩いていたキャスターがこちらの方に顔を向ける。
本当にまさかとは思うけど…。
「マキリ邸に攻め込むつもり?」
そう、こっちには事前の調べによれば、遠坂邸とマキリ邸があるはずだ。
アインツベルンと違ってマキリはこの町に移り、根を下ろした。
だから、その工房はこの洋風の町の方にあるわけだ。
遠坂邸に攻め込まないと昨日言ったのだから、可能性としてはそれだけが考えられるんだけど…。
「あ、そっか。残ったサーヴァントはアサシンだけだもんね。昨日のヘナチョコがマキリに関係なければ確かに残ったアサシンが彼らのか」
ヘナチョコ、多分バーサーカー組の事だとは思うんだけど…。
レンの話ではおそらく時計塔から派遣された魔術師だとの事。
派遣要請したのがマキリでなければ残ったアサシンがマキリのサーヴァントのはず。
「うかつにアサシンに対しては攻撃なんてできないね。暗殺者には向こうの方から尻尾をだしてもらわなきゃ」
「そうだな。わざわざこちらの方から戦わずとも、いずれは表に出てくるだろうしな」
キャスターとダーヴェルは口々にそう述べる。
マキリ邸に攻め込むんじゃない?
だとしたら…。
「キャスター。貴女、まさか…」
「そのまさかさ」
ふっ、と。キャスターは笑みを浮かべる。
それがどこまでも深く、どこまでも恐ろしいので僕は身震いをした。
「遠坂邸を攻略する」
はっきりと、キャスターは断言してのけた。
「キャスター! レンと約束したじゃないか! バーサーカーを倒すまでランサー達には手を出さないって…!」
「それはあくまでレンとアーチャー達に約束した事で、単独行動中の事までは入ってないよ」
「…っ!」
怒る前に昨日あのときに交わされた会話を思い返してみる。
「…たしかに…」
そう言えばあくまでレンとアーチャーと同行する場合の会話に聞こえなくもない。
レンは当然そんなつもりで言ったはずもなく、でもキャスターは間違いなくそのつもりで約束したのだろう。
「まあ、あの会話だとレンのやつ誤解してるかもしれないけどねー」
「っ! 分かっていながらそれをする、と?」
「当たり前じゃないか」
当たり前、か。
「あたしはレンみたいに危険の及ぶ敵を真っ先に、じゃあなくて倒せる敵から倒してしまうのがいいと思ってるんでね。
幸いこの大雨の中、しかも昼間だからおそらくアイツはそのまま屋敷にとどまってるはず。なら倒してしまうのは簡単じゃないかい?」
「…」
シャルロットの時も実はそう言って返り討ちにあったんじゃないか、などとは言えなかった。
でも、言っておかなきゃならないな。
何しろ、これはその後の行動にも確実に響いてくるのだから。
「勝算はあるの? この前だって危なかったじゃないか」
「あー、まーね。ディートの前じゃあいいトコ見せてないからその辺不安なのもうなづけるよ」
キャスターの今までの戦いは、結果的にせいぜいライダーの足止めぐらいしか成し遂げてない。
それでも今までの戦いからすると十分に戦っていける気もするけど、あのランサーがそう一筋縄でいくはずもない。
「安心しなよ。あれぐらいだったら円卓にいた奴らの方が十分強いから」
「…そう?」
本当はそうなのかもしれないけど、キャスターの召喚する円卓の騎士は元より間違いなく弱くなっている。
それじゃあ意味がないような気がする。
「それに見た所対魔力はそんなに高くない。それなら…」
「それなら?」
「アレで倒せる」
アレ…?
アレって…?
「ニムエの使う術でも最高の威力を誇る魔術だ。対魔力がどれだけ高くても通用するもんだな」
とダーヴェルはつぶやいた。
「それって…すごくない?」
対魔力がAにもなれば今の魔術師ではほとんど手が出せないほどだ。
その敵に傷をつけるどころか倒せるほどの魔術って…。
「問題点は発動にものすごく時間がかかる事と、魔力の消費が激しい事ね。万全の状態でも二発撃てるぐらいだし」
「二発!」
それには僕は驚いてしまった。
キャスターの魔力は今いる魔術師とは比べものにならないほど高い。
魔力が通常の魔術師よりはるかに高いだろうお嬢様と比べてもだ。
ちなみにアインツベルンの侍女は仕える者を守るために戦闘手段を持つ。
ジェイナが近距離で武器を使う。わりと力に頼った戦術が多く、その力は大人の男をはるかにしのぐ(当然セイバー以下だけど)。
ヨハンはオールマイティー。接近戦も長物を使うし、遠距離の弓も使う。たいていは中距離で、魔術も用いる。
そして私は遠距離。魔術に長けている。魔術師などではなく、魔術使いとして。
だから僕の魔力はお嬢様より少し低い程度だ。
今まで見てきた他のマスターの中で魔力が一番高いのは遠坂双魔だ。
それよりほんの少し低いだけなのが、これは意外だったんだけど、レンだ。
これだけの素質がありながらなぜ彼は接近戦に特化しているのだろうか?
ライダーのとバーサーカーのマスターはほんの少し見ただけだけど、わりと一般的だ。
と言ってもライダーのは接近戦に特化した、戦闘のエキスパート。魔術師とは全く違うが。
…まあ、ようはそれだけの魔力を持つキャスターが二発で使い切ってしまうものだと言うことだろう。
「…これだって本当ならアレのためにやったもんだったのに…」
「仕方がないだろう。魔術はニムエの方が上だけど、道具作成はモルガン様の方が上だったんだからな」
「そうだよね。あいつの道具作成能力はマーリンを超えてたしね…」
ダーヴェルとニムエは2人して大きなため息をつく。
ごめんなさい。話が見えてこないんだけど。
「え? それってつまり…?」
「まあ、ある物を作ろうとして失敗した副産物ってわけ。でもそうね…威力で言えば…」
キャスターは首をかしげる。
「ごめん、今比較対照がないんだった。まだ広範囲宝具見てないんだっけ」
つまりキャスターの大魔術は広範囲攻撃と言うわけか。
そして何かを作ろうとして失敗した副産物。
今までのダーヴェルとニムエの会話と、今のそれをふまえると連想されるのは…。
「だめだ。分からないや」
ぱっと思い浮かんだものはあるけれど、それを見ていない僕はなんとも言うことができない。
とにかく、あのランサーを倒せるだけのものだと言うことは間違いなさそうだ。
「まあ、見せてあげるよ。今度戦った時にね」
「分かりました」
しばらく歩いていたのか、随分と坂を上った気がする。
洋館が立ち並んでいた左右の空間も、随分とまばらになってきた。
そして、
「さて」
キャスターは立ち止まった。
その1メートル奥にあるのは、他者を寄せつけないようにするための結界だ。
そこから先は、魔術師の工房だ。進入する方にとってはとてつもなく不利になる事に違いはない。
「どうする? レンと同じ事を言うのであればあたしは従うけど?」
「……」
この先にいるのは遠坂、つまりセカンドオーナーだろう。
遠坂双魔、シャルロットを殺した男。
彼らは正々堂々と魔術師同士として戦い、そしてシャルロットは敗れたのだ。キャスターのように許せないとはあまり思えない。
それでも、シャルロットからこのキャスターを譲り受けたからには、僕は全力で彼女に答えるべきだ。
「…行こう。幸いこの結界のおかげで他のみんなに悟られる心配はないだろうしね」
「了解、マスター」
にやっと、キャスターは笑ったけどすぐにそれは渋い顔になってしまう。
「?」
「マスターとかキャスターってさ…敵の言葉だからどーも言ってて違和感あるんだよね…」
あ、そっか。アーサーは今で言えばウェールズの王であってイングランド、つまりサクソン人の王じゃない。
なら違和感あってもおかしくないか。
「さ、行こうか」
「そうだね」
僕らは結界へと一歩踏み出した。
トラップを警戒してか、ニムエもダーヴェルも動きが遅い。
それとしきりにまわりを警戒している。
僕はとっさに襲いかかられた時を考えてダーヴェルから降り、自分の足で歩いている。
僕も辺りを警戒するけれど、トラップや使い魔に気づくのは決まってキャスターが先だ。
「…これでよし、と」
魔術のトラップを無力化してまた遅いスピードで進む。
「…思い出すな」
「え?」
ダーヴェルがいきなりこんな事を言い出したので若干驚く。
「騎士同士の戦いはもちろんあったけど、ドルイド同士の戦いもあってね。ドルイドの結界はドルイドにしか解けないからこうやって進んでいったんだ」
「へえ…」
「まあ、その分…」
ダーヴェルは不意にキャスターの襟首を掴む。
「うわっ!」
その直後、キャスターの足元が崩れ、穴が開く。
覗いてみると底にあったのは竹の槍が何本も設置されたものだった。
既にいくつかドクロがあるんですけど。
「魔術以外の事に頭が回らず、俺たちが苦労してたんだがね」
「気づいてたんならもっと早く言ってよね!」
まあ、そんな事もありながら僕らは慎重に進んでいった。
だけど、とっくに進入に気づいているはずのセカンドオーナーは一向に姿を現さなかった。
「ふう」
「着いたな」
「だね」
僕ら3人の目の前にあるのは洋館の中でも一際風情のあるものだった。
と言っても当然アインツベルンの城には全くかなわないし、同じ館なら百目木邸の方が好きなんだけどね。
さて、これからどうするか。
「屋敷に侵入するの?」
屋敷はもはや工房、今までの敷地内に比べればその防衛ははるかに高くなっているだろう。
それに勝手はあっちの方が熟知している。不意打ちを受ける可能性はきわめて高い。
魔術を使って吹っ飛ばすのか…?
「いや、攻城戦を仕かけるのさ」
「ぶっ!」
それを聞いたダーヴェルが即行で吹き出した。
「こっ攻城戦だってーっ!? ニムエおまえ何バカな事を…」
「あ、そう。ならダーヴェル達に屋敷の中に突入してもらってトラップを全部解除してもらおっか」
「ぐ、お館様、モルガン様、そしてニムエ。もっと(性格的に)マシなドルイドに会っていれば俺の人生は一変しただろうに…」
ものすごく深いため息をつきながらダーヴェルは真剣な顔つきになり、屋敷を睨む。
「
力強い言葉によって、まわりに兵士が出現する。
「全員均等に散開せよ!」
遠坂邸を囲むようにして展開されたのは、弓矢を装備した兵士たちだった。
しかも、その矢は燃えている。大雨の中でも消えないところを見ると、油を塗っているようだ。
そのすぐ後ろには戦車が待機してある。
と言っても投石器の延長のような感じだけれども。
「いくら強力な罠が仕かけてあろうとも、圧倒的物量の前にはなすすべなし、てね」
「うーん…」
これが攻城戦って言ったわけか。ろう城先をもつぶせるだけの軍をキャスターは召喚できるのだから。
「じゃ、やっちゃってダーヴェ…」
「そんな事をしなくても、あげて差し上げますよ」
不意に、その言葉が聞こえてきた。
僕らはすぐにその声が聞こえた方向に顔を向ける。
2階の窓から声をかけてきたその人物、それは僕とそう年の変わらない女子だった。
だけれども下半身はおろか上半身のほとんどが窓の下にあり、とても背が低いか座りながら語りかけてきているのだろう。
「随分と物騒ですね。まずはその軍を退いていただけないかしら?」
「はっ! 何言ってるんだよ君さ」
その女性は凛とした、だが厳しく、そして優しさを感じさせる声で述べた。
対するキャスターはその発言にあきれ返り、大げさに身振りをする。
「あたしたちは戦いに来たんだよ? 君が誰かは知らないけど、とっとと双魔とランサーを出してくれない?」
「それには応じられません」
威圧的に述べるキャスターの言葉を断固とした態度で断る。
それでも表情は変えない。
「…ちょっといいかな?」
その前に、僕は気になった事があったので会話に割り込む。
キャスターはそれに不満そうだけど、ね。
「貴女がキャスターのマスターですか。貴女からも言ってくださらないかしら?」
「その前に聞きたい事があるんだけど、あげて差し上げるってどういう意味?」
最初の発言、それは攻城戦を行わなくてもあげるというものだ。
それは一体?
「屋敷にあがりたいのでしょう。ですからお好きなようにと言ったのです。鍵は開いておりますから」
「…罠は?」
「解除しておきました。わたしも貴女とお話がしたかったので」
…この言葉、真実か嘘か。
普通に考えてこの状況、明らかに罠だと考えるのが妥当なんだけど…。
「どうするのさディート。てゆうかあたしは無視して攻撃を仕かけるのがいいと思うんだけど」
「…順当に考えるとそうだよね…」
キャスターの発言に僕は同意した。
双魔は見えず、代わりに現れたのは同世代の女性。
メイドではないようだ。そんな口調でもないし、態度でもない。
では、客人か? この時期に?
「…1つ聞くけど、サーヴァントの気配は?」
「一体、確実にあの屋敷の中にいる」
そう、か。
なら不意打ちは十分に考えられる範囲だ。
「何でしたらその兵をそのまま待機させ、サーヴァントをあげてもかまいませんよ」
「…」
サーヴァントの事を知っていると言う事は、彼女は魔術師か。
それにしても、兵を待機させてもいいという事は…。
ここは…。
「…あがろう。万一に備えていつでも脱出できるようにしとこう」
「はあ、やっぱそうなるか…」
キャスターは軽くため息をついてダーヴェルに手招きをする。
「ギャラハッド、軍の指揮は任せたよ。ダーヴェル、あんたはあたしたちの護衛ね」
「分かった分かった」
ギャラハッドさんは無言でうなづき、ダーヴェルはため息をついてこちらに寄ってきた。
「ではお言葉に甘えてあがらせてもらいます」
「分かりました。屋敷に入るのは3人ですね。今紅茶を用意させます」
そう言うと女性は窓際から離れた。
僕らは顔を見合わせて、玄関の扉に手をかける。
「キャスター、ダーヴェル。まずは水滴落としてね」
「分かってるよ」
屋根のある場所でそれぞれ霊体に戻り、また現界する。
大雨でぬれた形跡は全くない。
屋敷の中は欧州の屋敷と遜色ない。
薄暗さもなく、逆に温かみを感じさせるものだった。
が、どこかが寂しい。そんな事を覚えさせる。
「ようこそ、遠坂邸へ」
そう言ったのは先ほどの女性だった。
やはり見た目は僕と同じぐらい。鮮やかな黒髪を長くし、その体はきゃしゃだ。
が、何より目が行ったのは。
彼女は足が不自由で、車椅子に座っていた事だった。
「大雨で体が冷え切っているでしょう。居間に紅茶を用意させたのでどうぞこちらへ」
車椅子の車輪を回しながら彼女は廊下から去っていった。
僕らも警戒しながらではあるが、彼女の後を追う事にした。
「ところで、貴女はどなたなんでしょうか?」
僕はさりげなく彼女にそう聞いてみた。
双魔の兄弟ではない。魔術は一子相伝。兄弟は家族が魔術師だとも知らずに一生を過ごす。
メイドでもない。あの物腰や雰囲気からそう判断する。侍女の僕が見たんだからこれは合っているだろう。
客人…が一番よさそうだけど、もしかしたらマキリは辞退していて彼女がアサシンのマスターとか?
どちらにしても推論の域を出ない。
ここは何らかの手がかりを得るためにも聞いてみてもいいかと思った。
「遠坂に招かれた客人でしょうか?」
「いえ、違います」
テーブルには既に紅茶はおろか、クッキーなどのお菓子が置かれている。
アフタヌーンティーも楽しめそうな雰囲気だ。
そんな中、女性はこちらに顔を向けて、こう言った。
「わたしは遠坂
「「え?」」
僕とキャスターの声がかぶる。
セカンドオーナー、セカンドオーナーだって?
「あれ? セカンドオーナーは遠坂双魔じゃあ…」
「その辺の事をふまえてゆっくりとお話がしたいのですよ」
ふっ、と笑って椅子の置かれていない位置に車椅子を持ってくる。
そのメノウと名のった女性は間違いなく双魔より年下だ。
でも双魔がセカンドオーナーじゃないでメノウがセカンドオーナー。
「…どういうことだ?」
to the next stages…
どうも、またしても1話分が2話になりました。本当なら4日目終了になるはずでしたのに…。
新キャラクター、遠坂めのう。彼女こそが憐と双魔をつなげる手がかりとなります。そして…。
そしてあの人物登場。色々と暗躍してもらいましょう。
ライダーの正体は聞仲で決定。第1話書いている時点で決定済みだったのですんなりと出せました。
やはり正体は前の話で分かってらっしゃった方もいて、とても嬉しかったです。
このペースで行くと最初の脱落者がもう少し後になりそうです。
それでは大雨の中での戦いでまた。
2006年10月20日
2007年5月24日 表示形式変更