/2日目・interlude
1人の少年がいた。
少年は理想を目指してはげみ、毎日を過ごす。
家族同然の人とともに、温かい生活を送りながらも、その思いを絶やす事はなかった。
その理想が、いつか必ず達成される事を信じて…。
だがある日、その日常から大きく離れる時はついに来てしまった。
赤き猟兵、蒼き槍兵。
その動き全てに少年は衝撃を受けた。
白き少女、鉛色の巨人。
その姿は創作で出てくる妖精とその守護者のようで。
そして、青い剣士。
どこまでも澄んでいて、どこまでも凛々しく、どこまでも尊い。
彼女との出会いが、少年の全てを変えた。
「……」
…俺にしてはめずらしく、目覚めがいい。
いわゆる起きた時の眠気もほとんど感じない。
「確か俺って夢を見てたよな…?」
それはとてつもなく大切な事であり、同時に俺が見てはいけないようなものだった気がする。
その内容って言うのが…。
「覚えてない?」
あれ? 俺って面白いものはおろか、悲劇的な夢を見たってしっかりと覚えている事が結構自慢だったんだけど…。
うーん、分からない。
でも…。
「青い剣士、か…」
夢に出てきたあの剣士ははっきりと覚えている。
それほどまでに印象が強かったのか。だが俺はその女性の剣士とであった事など当然ない。
なら彼女は一体…?
とにかく俺は着替えをすませ、顔を洗う事にする。
風呂の残り水でとりあえず眼を覚まし、俺は居間へと足を運んだ。
「あら、おはよー」
「え?」
と、俺は我が目を疑う。
おかしい。今目の前に広がっている光景は非常におかしい。
うーん、まだ寝たりないのか?
とりあえず両ほほを叩いて現状を見てみる。
まずちゃぶ台に朝食が広がっている。朝はどうあっても和食なのが百目木の決まりなので、これも当然か。
作ったのは葵。どうやら今日は士郎より先に起きたらしい。
これは余談だけど、士郎が作った料理なんだが…。
「えっ!?」
「うそっ! これこんなにおいしかったっけ!?」
「ま…負けましたー…」
と、俺、姐さん、葵の3人全員を驚愕させる腕前だった。
材料は全く同じ。つまり、純粋に料理の腕が俺や葵より上なのだ。
俺はおろか、葵すらがっくりとうなだれる。…これは俺たち、早急なレベルアップが必要なようで…。
てな具合になった。料理に関しての伸びシロは葵の方が俺よりもあったようで、腕を上げる速度が葵の方が速かったのは少し悔しかった。
和食、中華、洋食なんでもござれの士郎。わけを聞いてみると…。
「ごめん…今はまだ話したくないんだ…」
などと思い出したくない記憶のようにくらーく話してくれたのでこれ以上は聞いていない。
本っ当に生前どんな人生送ったのか知りたいんだけど。
で、今となっては軽い和食の腕前は士郎に並ぶようになった葵。
「次は格式ある和食ですよ。覚悟していてくださいね、士郎さん」
とかにっこり言ってくれて…。ホント頼もしすぎですよ葵さん。
相変わらず俺たちの料理は速い者順だ。一番最初に台所に着いた人が朝ごはんを用意する事になっている(師範たち他の人のも含めて)。
また余談だけど、一度姐さんが一番最初に入ってきた時があった。
地獄だった。
師範に三途の川を拝ませた事でその名をとどろかせ、結果、当然の事ながら沙耶立ち入り禁止と相成りました。
「おはようございます」
葵は俺を見ると、にこっと笑ってあいさつをしてきた。
うん、葵は間桐の家から着ているのに一番早くに台所につけるんだから、とても立派だ。
対する姐さんは、寝坊の常連だ。
いびきがうるさいわけではなく、逆に死人のように静かに寝ている。
起きるのは彼女が決まって最後だ。
だから…。
「ちょっと憐、葵ちゃんが挨拶してくれてるのにひどいんじゃない?」
ここに姐さんがいるのは絶対に変だ。
「何で姐さんがもう起きてるんだよ。いつもあそこまで惰眠をむさぼりつくして…」
「ぶれいだぞーれんー!」
「いてぇっ!」
姐さんはどこぞから取り出したか分からん竹刀で俺の頭を打つ。
てゆーか姐さんの竹刀、英ねえと同じぐらい痛いのははっきり言ってすごいと思う。
「たまにはわたしも早く起きる時があるのだー!」
「分かったからちゃぶ台に足乗っけるなって」
呆れながらも俺は座布団の上に座る事にした。
後は士郎を待つだけか…
「で、士郎は?」
「まだ起きてませんよ」
うーん、本当に珍しい事もあるもんだ。
「おはよう、みんな」
と、噂のお方がさわやかにそう言ってきた。
眠そうにはしていないのが立派だとひそかに思う。
「あ、士郎さん。ご飯さめちゃったらどうしようかと思ってたんですよ」
「ごめん…、ちょっと夢を見ちゃって…」
夢? サーヴァントは夢を見ないんじゃなかったのか?
…よく分からない。
姐さんもまた席に座る。
「まあいいわ。とっととご飯にしましょーう。おなかぺこぺこだよぉ…」
「あんたいつもそうじゃないのか?」
「いてっ!」
また竹刀の洗礼かよ…。
ご飯はつつがなく終わった。
町にも全く以上は見られず、のどかな毎日が続いている。
本当に聖杯戦争が行なわれるのか疑わしくなってくるほどに。
俺は葵と士郎と共に台所の片づけをすまし、少し休む。
この後英ねえの所に行かないといけないからな。
「ほら、お茶」
「ん、ありがとうな」
士郎がボンに乗せたお茶をこちらの方に渡してくるので、俺はそれを丁寧に受け取った。
うん、やっぱ熱いな。
「また英って人のところ行ってくるのか?」
「ああ。生活スタイルは変えたくないし、まだまだ俺は英さんの足元にも及んでないからな」
正直な話、英ねえの実力は計り知れない。まだ実力の底が見えてこないのだ。
…数年もやっててこのザマか。俺ってとことん才能ないよな。
「ところで士郎、夢を見たんだって?」
「ああ、でも断片的にしか思い出せないんだよな…」
やっぱサーヴァントも夢を見るのか…。
なーんか本当に…。
「聖杯戦争って始まるのかねぇ…。すっごく平和なんだけど…」
「その事だが憐」
と、隣に座った士郎の顔は真剣そのものだ。
「士郎…いや、アーチャー、どうしたんだ?」
思わず俺はそう言う。
「昨日バーサーカーが召喚された。数日前のライダーと合わせて…7体だ」
サーヴァントが7体召喚された。
「ああ、聖杯戦争が始まるって事だ」
「…そうか…」
なるほど…、つかの間の平和だったわけか…。
この町で聞く噂はあまり少ない。
金の短髪をして男装をしている令嬢。男装というのは紳士服の事らしい。町の男がかすんで見えるほど凛々しかったそうだ。
……それを聞いてある人物を思い浮かべるけど、早合点はいけないな。
白い少女と屈強な大男。
時折しか来ないにもかかわらず、おそらくアインツベルンのマスターだろう彼女たちは町中の話題になっていた。
どうやら隠れるなんて事はせず、向かってくるものを全て倒す気でいるらしい。
他にも様々な噂程度の情報が聞かれる。
それを取捨選択し、後で有利になるものに変えていかないと。
そして、今まで以上に慎重に行動する必要がありそうだ。
「夜にはもう町外れでサーヴァントの戦いがあったみたいだから、気をつけてくれよ」
「それって英さんの所には行くなって事か?」
「いや、何かあったら令呪を使うなりしてくれって事。生活スタイルを変えたら疑われやすいからな」
…たしかに俺は既に召喚から一ヶ月は経っている。
その間もマスターという事を隠してきたし、すぐにばれる心配はないだろうけど。
それでも一応……か。
「夜にはもう戦闘が、か。一体誰が闘ったんだろうな」
「キャスターじゃないからそこまでは分からないな」
そう言いながら士郎は自分のお茶を飲む。
聖杯戦争が始まったか…。
これから先どうなるんだろうな…?
interlude out
Fate/the midnight saga(仮)
第7話
/2日目
「おはよーディート。はやかったじゃない。もっとぐっすり寝るかと思ったのに」
「…おはよう…」
朝、僕は目を覚ますとキャスターはいきなりこう言ってきた。
僕らがいるのは昨日空間転移してきた原っぱだ。
あの夜の後、結局僕は力つきてそのまま気絶してしまった。そして朝にいたると。
体の傷はまだ治りきってはいなかった。
「まあ…、当然だよな」
何しろあのドラゴンスレイヤーであるグラムで攻撃されたんだから、治ってる方が不思議だ。
…ってあれ?
「キャスター、僕って死徒になってるんじゃなかったっけ?」
「いや、どっちかって言うとまだかろうじて人間の方かな? もう数十分も後だったら確実に死徒になってただろうけど」
と退屈そうに言ってくる。
よかった。僕はまだ僕のままらしい。
「でも言うなら身体能力や魔力は人間の時より上がってるはずだから、死徒と言えなくもないかな。
でも吸血衝動や日光に弱いとかの弱点はないはずだけど」
「そう…分かった」
と、キャスターは僕の方に顔を近づけてきた。
「あたしに感謝してよ。抑えてあるのはあたしの魔術のおかげなんだからさ」
「あ、それはどうもありがとう…」
僕は頭を下げてお礼を述べる。
そんな僕にキャスターはにこっと笑った。
「ま、冗談なんだけどね。そう言えばあたしってまだ君について詳しい事は知らないんだよね。教えてくれない?」
「あ、うん。分かった」
僕はなるべく丁寧に自分の事を話した。
アインツベルンの事、レンの事、そしてロアの事。
キャスターは熱心に耳を傾けて、うなづいてくれた。
「ふう…」
話が終わるとキャスターはため息をつく。
「そんなややこしい事になってるとはね…」
「うん、僕もややこしいって思ってる」
たたでさえややこしい聖杯戦争にロアをからませたんだから、ややこしいに決まってるよね…。
「だとしたらちょっと危ないわね」
「え?」
時間がない?
「ロアへの覚醒は今の段階のままだったら何とか抑えてられそうなんだけど、もしかしたらアイツに気づかれてるかもしれない…」
「あいつ…って誰?」
「アルクェイド・ブリュンスタッド」
「アルクェイド……ブリュンスタッド……?」
「君も知ってるでしょう? 真祖の姫君よ」
息を呑む。
真祖の姫君はロア覚醒と同時に活動を始めて、ロアを処断する。
だとしたら…いつ僕をそうするか分かったものではないということか。
「今は半覚醒とでも言うべきかしら。多分今の状態をキープできるなら気づかれる心配はないわね。でも…」
「これ以上ロアの方に傾くと、真祖が出てくると?」
「そうね。その可能性が高いわ。だから大規模な魔術は体にこくだから止めなさいね。そのためにあたしやダーヴェルたちがいるんだから」
そう言ってどんと胸を叩く。
神代の魔術師だって知らなかったら絶対に信用してなかっただろうな…ってほど彼女の体は華奢だ。
「それで…」
ここで、話題が変わる。
「これからどうするの? アインツベルンの屋敷に戻るの?」
「戻れない。こっちのけりがつくまではおめおめと顔を出せないよ」
何しろ僕はお嬢様をもう少しで殺してしまうところだったんだ。そんな僕に屋敷に戻る資格なんてない。
「じゃあ君は聖杯をロア消滅に使うのかしら?」
「……」
その質問には僕は答えなかった。
アインツベルンの目指すものは聖杯の奪取。だけど願望をかなえるものではない。
アインツベルンの悲願を、僕が個人的な目的で使う事は絶対に出来ない。
……そう言えば、
「キャスターは何かないの?」
「へ?」
その質問は意外だったようで、ひどく驚いた顔をする。
サーヴァントは過去の英雄。
そんな彼らがこうして彼らに劣る魔術師に使役されるのは、聖杯にそれだけの魅力があるからだ。
だからキャスターにも何らかの願いがあって召喚に応じたはずだけれども。
「僕の件はキャスターがいる限り大丈夫じゃない。だったらキャスターの願いがかなえられるべきじゃないかと思うんだけど」
「…あたしの願いは…」
キャスターは若干視線をそらす。
「あたしの願いはとても危険な事よ」
そしてそう言った。
その眼は、アインツベルンで見たどんな魔術師よりも、
冷たく、残酷だった。
「ま、願いに関しては置いといてさ。あたしの方もロア消滅に関して調べておくから、安心してよ」
「ん、分かった」
だけど次にはにぱ、と笑いを見せていつもの調子に戻る。
僕はあまり深くそれについて話さない事にした。
ロア…か。
正直、昨日みたいな事は二度とごめんだ。
だからやっぱりどうにかしなきゃいけないんだ。
たとえこの命がどうなろうとも…。
「それで、一番重要な事に移りたいんだけど…」
「一番重要な事って…」
キャスターの発言に、僕ははっとする。
まさかこの辺にサーヴァントがいるとか…?
でもキャスターは違う違うといいながらてをぱたぱた横にふる。
「これからどうすごすの? 住む場所がないんでしょ?」
「あ」
全然そんな事考えてなかった…。
屋敷に帰らないんだったら、無一文の僕には定住できる場所がないじゃないか。
「早めに決めようね。あたしも早めに神殿形成したいから」
…それは困った。
本当にどうしようかな…。
「とりあえず町に行って考える事にしようよ」
「そうだね…」
と、僕らは立ち上がって町に向かおうとするけど、そこで僕は重要な事に気づく。
「ちょっとキャスター、その格好はまずいんじゃないか?」
そう、彼女はいかにも魔術師ですって格好をしたままだ。
特に杖とローブ、それに帽子がそれを際立たせる。
が、キャスターはそれを聞いてため息をついてきた。
「まずいのは君の方でしょう?」
「へ?」
「あたしは霊体化すれば姿を消せるんだけど、君の方はまずいでしょ?」
「あ」
そこで僕はようやくそっちに気が回った。
今までグラムにつけられた傷の方ばかりに意識が行ってて、服の方に気が回ってなかったんだ。
もう腰やおへそはおろか、胸までしっかり見えている。
…もしかして、ランサー戦の時もずっとこのままだったとか…?
うわあ…。
「すっごくはずかしいんだけど」
「しょうがないなぁ…」
そう言うと、キャスターは宝具である大釜を取り出してきた。
ん? 騎士に服でも出させる気か?
そう思っていると、
「カイヌイン。出てきてちょうだい」
出てきたのは騎士とは正反対の、キャスターと同じぐらい華奢な女性だった。
彼女は一言で言うなら、美人だった。
そのウェーブがかかった金髪と、桜色にそまった肌。そしてそのかわいらしい美貌もあいなって、確実に男をとりこにするだろう。
年齢は20代前半かな? 霊体に年齢も何もないだろうけど。
彼女は僕に軽く会釈をする。
「大釜探索に協力してもらったんだ。裁縫が得意だから、君の服も縫ってくれるよ」
「それではディートリッヒさん、服をお貸しいただけますか?」
カイヌインはにこっと笑って手を出してくる。
…その美貌で迫られていいえと言えるはずもなく、僕は斬られた服と下着を素直に渡す。
グラムで斬られた僕の体は治っているけど、そういえば服はそのままだって事は、血がべっとりじゃないか。
「血でべっとりになってるんだけど、いいの?」
「それは後でダーヴェルにでも洗わせるから安心して」
…ダーヴェル、貴方は尻にしかれているようですね…。
ちょっと円卓の騎士のイメージが崩れていく気がする。
あ、でもギャラハッドさんとかは大丈夫そうだけど。
「じゃあニムエさん、貴女の服も用意しておきましたから、ちゃんと着てくださいね」
と、裁縫をしながらカイヌインはニムエ、キャスターの方ににじり寄っていく。
それを見て明らかに退いていくキャスター。
「ちょっと、それどういうことよ…」
「どういうことよと言われても、そのままの意味でしかありませんよ。ニムエさん、素体は可愛いですから磨けば絶対に綺麗になりますって」
あ、それは僕も納得できる。
でもニムエって格好には全くこだわってないみたいだからな…。
「君そう言って生前もダーヴェルそそのかしてそうさせたじゃないか! 今回もそれさせる気なの!?」
「ディートリッヒさんも賛成ですよね?」
え? これは予想外のものだ。
いや、少し考えれば僕の方に話が及ぶ事は容易に想像できるけど。
しばらく僕は考えて、こうつぶやく。
「…どんな服かによるかな」
「あ、こんな服です」
そう言ってカイヌインが取り出したのは…。
「うん、僕も賛成だね」
「ディートの裏切り者ーっ!」
ニムエは怒鳴るけど、無視無視。
「さ、貴女のマスターもああ言ってくれた事ですし」
「令呪使わせる手間はかけさせないでねー」
「やっやめてぇーっ!!」
ニムエの悲痛な叫びは完全に無視して、僕とカイヌインは彼女を無理やり着替えさせるのだった。
/
「う…うう…」
「ほらキャスター、背筋をしゃんとして、堂々と歩いたら?」
「あたしはドルイドよ? 何が悲しくてこんな格好をしなきゃいけないのよ」
キャスターは不満を大爆発させて僕の方に怒鳴ってくる。
キャスターの服は、どこかのお姫様を連想させるようなある程度豪華なもの、でも正装ほどしっかりしたのではない、だった。
色はエメラルドと白で統一されていて、装飾として金などの色がある。帽子は結構大きいかも。
カイヌインの言ったとおり、彼女は本当に磨けば光る存在だった。
と言ってもカイヌインとは違って、妖しげな魅力と言った感じだけど。
僕の方はアインツベルンのメイド服をそのままだ。
カイヌインに縫ってもらった部分は違和感が全くなく、ダーヴェルが洗った部分は元の色になっていた。
血は時間がたてば洗い落としにくくなるのに、完璧に洗えているなんて。
2人の苦労がうかがえる。
町は十数日前に来た時から何ら変わった点は見られない。
皆が日々の生活を楽しく過ごしている、そんな感じだ。
これで聖杯戦争とかロアとかがなければもっと良かったんだけど…。
そんな町の人達は僕ら2人に注目している。
多分僕の方じゃなくて、キャスターの方に注目しているんだろうけれども。
「で、町に出たのはいいけど、住む場所とかに心当たりがあるの?」
「ない」
きっぱりと、僕は答えた。
「屋敷から出たのはシェラザードって魔術師の空間転移のせいだから荷物は全く持って来れなかったんだよ。当然金もね」
「それじゃああたし達野宿決定?」
う…それはちょっと嫌だな…。
「手段としては宿に泊めてもらう代わりにしっかりと働くか、野宿か、居候か…」
「なーんかどれも今からやる事向きじゃあないわよね…」
「…そうだね…」
僕とキャスターは同時にため息をついた。
本当にこの先どうなるんだろうか。
つい昨日までとはその悩みがグレートダウンした気がするけど、あくまで気のせいだ。
「ところでそのシェラザードって奴、一体何者なの?」
「知らない。見たことも聞いたこともないよ」
キャスターの質問に、僕はそう答えるしかなった。
シェラザード、見た目からすると多分イスラム教圏の人物だろう。
アトラスが位置するのはエジプト。オスマントルコと並んでイスラムの大国だ。…と言ってもそろそろ英国に占領されそうだけど。
イスラム教圏の魔術師がなんでまた僕…じゃあないな。ロアを助けようとしたんだろう?
「ロアが生きてないと困ることって何かしら? 彼がいたってこの町が死の町になって真祖の姫が来るだけなのに」
キャスターの発言にうなづく僕。
彼の目的は本当に分からない。
だけど、ロアに関係しているのだったら彼ともまた会うことになるだろう。
「にしても、本当に衣食住どうしようか…。聖杯戦争初餓死でリタイアなんて僕はいやだからね…」
「あたしだって餓死リタイアなんてしたくないわよ。しっかりとどこかを押さえとかなきゃね」
押さえとくって…どこをです?
キャスターはそう考えた僕を甘い甘いといった感じに指をふった。
「あたしの腕にかかれば大家なんかがいない空き家ぐらいすぐに探し出せるって。とりあえずそこで一旦おちつこうか」
「そうね」
昨日はあれこれあったから、まずはとにかく落ち着かないと…。
「ディ…ディート?」
その時だった。
その声が僕の耳に入ってきたのは。
「そこにいるのはディートなのか?」
このまだ声変わりしていないような、だけど心強い声といったら…。
僕はふりかえる。
そこにいたのは中性的な顔立ち、僕よりも年下だと思わせる印象。
間違いない。そこにいたのは…。
「レン…」
思わず僕はそうつぶやいていた。
「やっぱりディートか! 心配したんだぞ!」
レンはこの十数日で髪型を少し変えていた。全体に少しウェーブがかかっていて、髪も少し長くなっている。
後ろに束ねていた髪はそのまま流している。ただし束ねるリボンはそのまま左に持ってきている。
その彼はそう言いながらこちらの方に駆け寄ってくる。
「レン…」
僕は今、彼の事で頭がいっぱいになっていた。
また彼に無事に会えた事を心から感謝したかった。
「また会えてとても嬉しいです」
だからその言葉に全てをこめて、笑顔でそう言った。
レンはてれながら頭をかく。
「ああ、こっちも会えて嬉しいよ」
と、レンはキャスターの方に顔を向けた。
見慣れない顔なもので首をかしげている。
「…そちらの人は?」
「えっと、彼女はニム…」
……しまった。キャスターがレン達に見つかった時の逃げ道を考えておくのを忘れてた。
レンは妙に知識があるからニムエなんて答えるとアーサー王伝説に出てくるニムエと間違いなく結びつけるだろうし……。
だからと言ってキャスターって紹介するのもなんだかなーだし…。
「彼女はー…」
自分でも視線がおよいでいるのが分かる。
そんな僕を見たキャスターはため息をついて前に出る。
「あたしはヴィヴィアンって言って、英国から来たのよ」
「あ、俺は真木憐。この町に住んでるしがない青年だ」
そう言って2人は握手をする。
たしかヴィヴィアンはニムエの別名だったはず。だけどこちらの名前は一般的に使われているから、そう簡単に連想はできないだろう。
「ところでディート。こんな朝早くからどうしたんだ? まだ市場もやってないし、店だってほとんど閉まってるぞ」
う…、いきなり核心部分からですか…。
隠していてもしょうがないので、真実を述べることに。
「実は僕の事でちょっとクリスティーナお嬢様ともめてしまって、今屋敷に帰れない状態になってしまって…」
「ええっ!?」
ひどく驚くレン。彼はおそるおそるつづける。
「じゃあ今住む所は…?」
「ないんだよ…。それが…」
冗談抜きで。
聖杯戦争をするのであれば別に住むところを一定させなくてもいいかもしれないけど、それはキャスター以外の話。
神殿を作ってもらわないとこちらが不利になるからね…。
「じゃあ百目木の家に来るか?」
「へ?」
これはまた意外な展開。
「姐さんや師範には俺から説明しておくから、ぜひそうしてくれ」
「でも…」
「食費の事なら心配するな。軽い労働でもすれば大丈夫だって。空き部屋もあるからそこを使うといい。何しろ…」
レンはそこで一呼吸置く。
「ディートたちに野宿なんてしてほしくないからな」
ごめんなさい。もうしちゃったんです。
さて、確かにレンの提案はこちらとしてもとてもありがたい。
でもそれはあくまでこちらだけの事を考えたなら、だ。
キャスターがその百目木って所の家に神殿を形成すれば間違いなく他のマスターに気づかれてしまうだろう。
だとしたら間違いなく、レンたちが聖杯戦争に巻き込まれる。
それだけは絶対に嫌だ。
(んー、その心配はないんじゃないかな?)
「えっ!?」
頭の中に響く、キャスターの声。それに僕は驚いてしまう。
何の事はない、ただの念話だろうけど、実際にこう突然されるとすっごくおどろくなぁ…。
(心配はないって、どういうことだよ。キャスターは一般人が聖杯戦争に巻き込まれてもいいって言うの!?)
これは魔術師という立場からすると言語道断な台詞だ。
だけど、僕はそんな事は絶対にしたくはない。
でもキャスターは首をふった。
(それはレン本人から話されるときがやってくるだろうから、その時まで待ってなよ)
キャスターはすると、レンの方に顔を向けてにこっと笑った。
「じゃあそうさせてもらうわ。よろしくね、レン」
「あ、うん」
若干のてれが入りながらレンはお礼に対して返事をする。
そう言えばレンもこの時間だと随分と早いよな。だとしたら彼はどこに?
「ところでレン、君はこれからどこに?」
「あー、剣の師匠のところ。どうしてもそれは外せないから、しばらく町を見学しておいてくれよ」
「いや、そう言われても…」
「あ、そうか。ほら」
そう言ってレンは懐からなにやら布袋を取り出した。
中に入っていたのは……お金?
「レン、これは受け取れないよ。レンの金を僕が使うわけにはいかないって」
「いや、さすがに全部は使ってほしくはないんだけど……」
「うあ、でたよ本音が」
キャスターの一言が見事なまでにレンを揺さぶる。
「……それで葵のところに行って何か食べててくれ。暇だったらそれ使ってもいいから。昼ごろにまた会おうな」
「ええ、分かりました」
僕がほほえむとレンは視線をそらす。
どうしてなんだ?
「それじゃあすまないけど俺はここで失礼させてもらうよ!」
そう言うとレンは走り去っていった。
道に残されたのは僕ら2人だけだ。
「…で、どうするの?」
キャスターがこちらの方を向いて、そうつぶやく。
僕は若干考えて、こう言った。
「そうだね、昼間から戦いをしかけてくる事はないだろうから、ご好意に甘えちゃおうか」
この考えはとても安易かもしれないけど、万が一戦闘を仕掛けるような事があってもこっちはキャスターだ。すぐに察知するだろう。
その上で空間転移とかで人のいない場所に移せばいい。
「そうだね。あたしもそれには賛成」
「そう、なら行こうか」
僕は十数日前に行った、アオイの店に行く事にした。
/
「あ、ディートさん。お久しぶりですね」
店に入ると、いきなりアオイはそう言ってきた。
笑顔がとてもまぶしい。
「ええ、お久しぶりですね」
だから僕も笑顔でそういう。
と、店内からため息が聞こえてくる。
「どうしたのですか?」
気になったので僕はそう述べると、客である男性がまたため息をついた。
「いやー、なんかとてつもなくいい絵になってるなーって」
「いい絵に?」「な…っ!」
僕は言っている意味が分からず首をかしげて、一方のアオイは言っている意味が分かったようで赤面して驚く。
「……一体どんな意味なの?」
「かっからかわないでくださいっ!」
僕の質問を完全に後回しして、アオイはその男性にどなる。
「わたしそんなに美人じゃありませんから」
「またまたー、そうやって謙遜すると他の女性が嫉妬しまくるぞ?」
んー、何となくだけど彼の言った事が理解できたような気がする。
でも僕ってパッと見でさえてないし、お嬢様の方がはるかに魅力的だ。
だから結構微妙だ。
「そうだよ、きみは顔も綺麗だし、謙遜はよくないと思うよ。大和撫子ってやつ?」
なーんてキャスターは言ってくれました。
僕もその意見には同意だけど、言い方が随分と直線的だよね…。
「そんな事ないですよ。あなたの方が魅力的だとわたしは思います」
「そう? あたし自身の容姿は別にどうでもいいと思うけど?」
「またまた、あなたに比べたらわたしなんて…」
「あー、2人とも、そこまでにしない?」
延々と続きそうだったからとりあえず僕は2人の会話を打ち切る事にした。
「とりあえずヴィヴィアン」
で、初対面の2人を紹介する事にした。
「彼女は間桐葵、レンの……恋人でしたっけ?」
「違いますよディートさん!」
大声で僕の言った事を否定するアオイ。違うの?
「わたしはただ憐さんの友人で、そこまで行ってません!」
「そうですか? 幼なじみ以上と私は思ったのですけれども」
「そんな事は…!」
あわてるアオイ。すごくほほえましい気がする。
客の皆さんもそれを見てにやにやしている。
「それでディートさん! こちらの方は?」
「彼女はヴィヴィアンといいます」
「よろしくね、アオイ」
こちらが紹介を終わらないうちにキャスターは手をさしのべてくる。
「これは……?」
「あ、そっか。まだ握手の習慣はないんだったっけ? ちょっと残念だな」
そういうとキャスターは手を引っ込める。
「それでディートさん、まだ市場は開いてませんけど、どうしたんですか?」
「お嬢様ともめてしまいまして、今屋敷に帰れない状態になってしまっているのですよ。レンにそれを相談したところ、彼に案があるそうなので、
待つ事にしたのです」
「レンさんに?」
「はい、どうやら百目木の屋敷に交渉するみたいですけれども」
と真正直に述べたのは少しまずかったようだ。アオイ他皆の顔が変わっている。
「あの野郎、こんな可愛い少女2人を連れ込もうだなんてふてぇ奴だ」
「でも沙耶の姐さんがどういうか分からねぇぞ。あの人気分次第で決定が逆になるからな」
「むしろその前にあいつをいっぺんどうにかした方がいいんじゃね?」
と口々に言う客の皆さん。
その表情ははっきり言って、怖い。
「レンさんが……レンさんが……」
アオイも横でぶつぶつと独り言をつぶやいている。
何を言っているかは聞こえないけれども、表情はとてつもなく怖い。子供が見たらまず逃げ出すと思う。
彼女の黒い一面を見たキガスル……。
「ですからレンがここに来るまでここにいてもいいですか?」
「あ、かまいませんよ。どうぞどうぞ」
正気に戻ったアオイは僕らをテーブルの1つに案内し、そそくさと台所の方へと走っていった。
僕らは座布団の上に座り、一息つく事に。
「年はいくつなんだ?」
「ディートとの関係は?」
「趣味は?」
客の皆さんが次々とキャスターの方に質問をしてくるけど、キャスターは当たり障りのないぐらいの答えを返す。
…それが合っているかどうかはちょっと分からないけど。
(ここの町の人ってこんな質問好きなの?)
(さあ? 僕の時も質問はされたけど?)
質問に答えるキャスターは心底うんざりしたといった口調(?)で念話をする。
あらかたの質問が終わり、皆自分の席に戻りはするけど、こちらの方に顔をむける人もちらほらいる。
と、アオイが僕らのテーブルに和菓子を置いてくれた。
「……僕、オーダーを頼みましたっけ?」
「そのおーだーというのが注文の事でしたら、いいえです」
「でしたら…」
「これはわたしからのおごりです。ぜひこの町でいい思い出を作ってくださいね」
まるで天使のような笑顔で彼女はそう言った。
僕にはその心遣いがとても嬉しかった。
「……」
一方のキャスターは皿にある和菓子をじーっと見つめている。
そして、手にとってもそれをじーっと見るだけだ。
「ヴィヴィアン、どうしたの?」
あまりにその時間が長いので、僕はそう言ってみる。
キャスターはそういわれてもこちらの方に顔を向けない。
「いや、これ何?」
「……え?」
思わず僕はそうつぶやいた。
「菓子だって。食べ物だよ」
「……ふーん」
うさんくさそうな表情で見て、それを口の中に入れる。
…その瞬間のニムエの表情を、何と表現すればよかったのだろうか?
もうまるでこの世の祝福が一度に舞い降りた、だろうか? それとも天国に意識が行っている、か?
どちらにしても一瞬驚きにつつまれたその顔はぽわーんとしてゆっくりと口を動かす。
「これが……本当に……食べ物?」
「そう…だけど?」
「おいしいよ……おいしすぎるよ……。食べ物がこんなにおいしいだなんて……」
うっとりしながらそうつぶやくキャスター。その目からは涙が流れている。
ぽかーんとするのは客の皆さんだけでなく、アオイも例外ではなかった。
「こんな甘くてとろけそうなおいしいものを食べられるなんて…、ここの人達はなんて幸せなんだ…」
更にこう言う。
そこまで感動するのはとてつもなく意外だった。
大感動している間も口は休めない。
「ヴィヴィアン、そこまで感動するほどのもの?」
と僕は何気なく聞いたつもりだけど、帰ってきたのは人を殺せるような目で僕を睨みつけてくる様子だった。
「ディートリッヒ、それはあたしが食べてきたものを知ってて言う台詞?」
「へ?」
思い当たるふしもなく、ただ首をかしげる僕。
キャスターは更に続ける。
「あたしの食べてきたものと言えば……一言で言うなら、雑だった、だね」
「ざ……雑?」
まずいとかにがいとか口に合わないとかではなく、雑?
その一言だけで十分、と言うようにしか聞こえてこない。
「石かと思うぐらい硬いパンにほとんど味付けがない肉、スープといえば塩が当たり前。それでもある方がまだマシな方」
と、どうやら中世初期の台所事情を涙ながらに話し出す。
そのうち血の涙を流すんじゃないのかと思うぐらい必死だ。
「それでも夏はまだマシ。冬なんて保存食なんだけど…それがもう今から思うと泣けてくるもんばっかで……」
いや、そんなに力説しなくても。
「それにいざシャルロットと一緒にいてもさ、彼女率先して家事は自分で行なうんだけど……ただ腹を満たせばいいって考えで野菜をそのまま出したり……」
「そ…それは大変だったね…」
としか僕はいえなかった。
和菓子でここまで感動するのもそのためなのか?
「そこまで和菓子、おいしかったですか?」
とおそるおそるアオイがキャスターに聞いてくるので、彼女は思いっきりうなづいた。
「うん、とてもおいしいよ」
至高の笑みを浮かべてキャスターはうなづいた。
口にはまだ和菓子が残ってますけど。
「そこまでよろこんでもらえると作っているこちらも嬉しいですよ」
「あ、これアオイが作ってたの?」
「はい、料理は得意なので」
ヨーロッパの料理だったら僕は散々やってきたけど、中華とか別の文化のは全く手をつけてないからな。
今度やってみようかな…?
(ディート)
と、キャスターはアオイがルンルンと台所に戻っていくのを見ながら念話をしてきた。
(どうしたの?)
(……彼女、感じた?)
(感じたって?)
感じたと言われても、何の事だかさっぱり分からない。
キャスターの表情を見ると、昨日の夜のときのように真剣だった。
(彼女、魔術師だよ)
(え?)
キャスターの言っている事が理解できず、少しの間困惑する。
なおも彼女は続けた。
(魔術師って…アオイが?)
(そうだよ。だから感じなかった?)
(そんな、だって彼女からは魔力なんかは感じなかったよ)
そう、彼女からはそんな兆候はおろか、その気配すら感じられない。
(あたしも目の前まで近づくまで全く感じられなかったからそう悲観する事でもないよ。まだ自覚がないのか、巧妙に隠してるのさ)
(だって魔術師である以上、雰囲気が絶対に出るはずだと思うんだけど…)
確かに魔術師は上達すればするほど魔力が増えていき、隠す事が難しくなる。
それでも一流の魔術師になれば隠すことは出来るけれど、それを探る事もまたできるはずだ。
魔術用具を使われれば隠す事は出来るけれど。
だけど、アインツベルンにずっと僕はいたのだから、一般人と魔術師との雰囲気の違いは歴然としている事が分かっている。
一流の戦士が魔術を使う、のような雰囲気とはまた違うけど、それでもアオイはそんな雰囲気はしていない。
(まあ、魔術師してるあたし達2人を見てもそう驚いてないんだから、今は楽観視していいんじゃない?)
(…でも彼女が聖杯戦争参加者だったら…)
(だとしたら別行動してるか、アサシンがサーヴァントか。どちらにしても今は安全だって事は言えるわね。でも気をつけてね)
いつ寝首をかかれるか分からないんだからさ、と付け加えて念話は終わった。
その後は以前レンに紹介してもらった皆や初対面の人と会話をしたり、少しアオイに料理を教えてもらったりして時間を使った。
「やっと終わったよー…」
昼ごろ、レンはそうつかれきった顔をして店にやってきた。
と、レンは僕の顔を見るなりこちらの方にやってくる。
「レン、師範との話もついたから、百目木の家に来ていいよ。ただ片付けとかはしとくから来るのは日が沈んだらでいいか?」
「あ、うん。それでいいよ」
片付けは自分がしますから、とはいえなかった。
居候するところでへたに動くよりはお言葉に甘えた方がいいだろうと思ったからだ。
「それと姐さんが盛大に歓迎のお祝いでも開いてくれるってさ。腕によりをかけて俺が作るから、期待しててくれよ」
「え? レンって料理できるの?」
「え? 意外か?」
うん、意外だ。僕はこくりとうなづいてそう意思表示する。
それにレンは少しむっと来たみたいだ。
「そう思われてるんだったら見返してやるからな」
「へぇー…レンさんって随分とディートさんと親しいんですね」
と、アオイはさわやかな笑顔でレンにそう述べる。
が、それを見たレンは青ざめている。
「そんな女の子2人を自分の家に招待するなんて立派ですよ」
でもそのアオイの奥から黒い何かが見えるのは僕の気のせいですかー?
「まってくれ葵。話せば分かる…」
「なら俺たちにもちゃーんと説明してくれよ、憐」
「そうだよなー。お優しい憐にぜひごもっともな理由をお聞かせ願いたいなー」
と、レンににじりよる客の皆さん。
レンはそれを見て少しずつ後ろにさがっていく。
「さあ憐さん、早くお願いしますね」
「「「そうだよ憐」」」
「い…いや…これはだから…」
「「「「だから?」」」」
……ごめんレン、君のフォローはできそうにない。
/
「……」
もう日が沈み、辺りは夜だ。
そろそろレンの言っていた百目木の屋敷に行く時間だろう。
町から人通りは少なくなり、その中でも僕らは普通に目立つ。
雲は全くなく、月明かりが美しく下界を覆っている。星空がどこまでも輝いていた。
あの後、僕はレンと別れた。
彼は僕のために百目木の屋敷に行き、歓迎を受けるのだろう。
まるで昨日の事が夢みたいだ。
「これがずっと続けばいいのに…」
もちろんそんな事が続くはずもない。
僕らは聖杯戦争に参加してるんだ。いつ僕らは襲われても分からないのだから。
でも…。
「キャスターの言ってた言葉の意味は何なんだろう…?」
百目木の家に居候すればその家に住む人達が巻き添えを食うかもしれない。なのにキャスターはそれを大丈夫だと言った。
これは一体何でなんだろうか…?
「ねえディート」
と、隣で平行して歩くキャスター。
「どうしたの?」
「聖杯戦争に参加する理由って、君自身のため?」
と聞いてくる。
確かにロアを僕からなくせばこの町も救われるだろうし、他の人を手にかけずにすむ。
でもそれは僕が死んでしまえば解決する話だ。わざわざ聖杯にすがるまでもない。
だったら…。
「そう…だと思う」
でも僕はそう答えた。
「シャルロットさんは僕のためにキャスターを遣ってくれた。レンは僕を思ってくれた。だから僕がどうであろうと、彼女たちに報いたいんだ
それが僕の自己満足であろうと、なかろうと」
「…詭弁ね」
うん…、僕もそう思う。
「でもそんな貴女だからシャルロットも救ったんじゃないかなってあたしは思うの」
「そう、かな? 彼女だったら誰に対してもそうしたような気がするけど」
「そうかもねー」
キャスターはにっと笑うので、僕もつられて笑った。
とりあえず今日一日は本当によかった。昨日までのつらい事を全て忘れさせてくれるようで。
でも歓迎が終わったらまず神殿を作ってもらって、準備をしとかなきゃ。
だっていつ何が起こるか分からないんだから。
それでも、キャスターと騎士たちとだったら何とか乗り越えていけるだろう。
ニムエ、ギャラハッド、シャルロット、そして…レン。
彼らの思いを無駄にはしたくないから。
だから…。
「――ねえ、お話は終わり?」
その言葉が、夜の町に凛として鳴り響く。
いつもいつも僕はその声を聞いて、その声を大切にしてきた。
ふりかえる。
そこには白い少女がいた。
そこには白い騎士がいた。
一方は笑顔で。
一方は真剣な顔つきで。
そして白い少女はこう続ける。
「こんばんは、ディート、そしてキャスター」
…この道を選んだからにはいつかは来ると思っていたけど、今日とはね…。
でもいつかは必ず来なければいけなかったんだ。
それがたまたま今日だっただけ…。
彼女は自分の選んだ道を進み、こうして僕の道にぶつかったんだ。
だったら、その思いに答えないと。
「こんばんは、クリスお嬢様、そしてセイバー」
僕がこの場で死んだとしても。
to the next stages…
さて、今回はコーンウェル版アーサー王伝説について少し。
コーンウェル版最大の特徴は、アーサーが王でない点です。「は? 何それ?」と思うかもしれませんが、アーサーの父であるユーサー・ペンドラゴン
(少なくともコーンウェルの和訳版ではそうなってるので、今はそれで)が前代王であった息子でありアーサーの兄であるモードレッド・ペンドラゴンの
息子であるモードレッドに王をゆずるという遺言を残したので、それを忠実に守ろうとするのがここのアーサーだったりします。モードレッドは王として
の責を全うしないので、ほとんどアーサーが全権をつかさどっている点に違いはありませんけど。
んで当時、5,6世紀の世界観に忠実なので、かなり生々しいです。特にドルイドの書き方とかはものすごく説得力があります。戦争とかも華々しさは 全くありません。竜退治とかも全くありません。あくまで現実に起こっていたかも的に書かれています。
登場人物もかなり様変わりしていて、ギャラハッドはランスロットの異母弟、ランスロットはとてつもなくださいし、ガウェインはひどくかわいそう な扱いだし、トリスタンとイゾルデもものすごく悲劇的です。そんな彼らも出番があればいい方、結構でてきてない騎士もいます。
更に主人公はダーヴェル・カダーン。彼の一人称で進みます。彼はアヴァロンで育ち(アヴァロンもここでは土地の1つだし)、後にアーサーの騎士に
なります。まーアヴァロンで育ったのですからニムエとも結構関係あり(それがどう転んだかは読んでください)。色々とあって戦いを生きのびて修道士に
なります。
…こう書いてるとダーヴェルってとことんべディヴィエールだなーって思うわけで。早くからアーサーと知り合ったあたりとか、最後の戦いを生き残って
修道士になったとか、エクスカリバーを投げ入れるとか。これをどう生かすか殺すか…。
現在ローズマリ・サトクリフ版にチャレンジ中。コーンウェル版読んだあとだとすっごく違和感感じます。トマス・マロリー版はまだまだ先のようで…。
それではまた。
2006年7月3日
2007年1月28日 キャスターの一人称を修正