/前15日
「シアン! そっちに死徒が行ったぞ!」
「分かっています…!」
月明かりと星の輝き以外は漆黒に染まった世界、そこに『僕』とシアンはいた。
そこには大勢の何かがいる。
そう、そこには人はいなかった。
いるのはもはやもはや人間ではない存在。
一般的には吸血鬼と呼ばれる存在。
名を、死徒と言う。
『僕』の方に向いていた死徒の群れが『僕』に襲いかかってくる。
ある者はただ牙をむき、あるものは爪をふりかざして。
「聖典、起動」
そんな者たちに動じる事もなく、『僕』は静かに、でも力強くつぶやく。
すると手に持っていた聖書らしきものからページがぱらぱらと抜け落ちていき、周りに展開する。
死徒はそれに触ると音をたててその部分が溶けてしまっていた。
その間に『僕』は魔術の詠唱を開始する。
多分ラテン語だと思うのだけど、残念だがラテン語は分からない。にも関わらず僕にはなにを言っているのか正確に理解できた。
「恋人達の哀歌!」
そしてそれを解き放った。
『僕』の手から発せられたのは雷のようだった。だが、僕の知っている魔術師よりはるかに威力が高い。
それは周りにいる死徒を次々と灰の塊へと変えていった。
「第三聖典!」
シアンの方もそう宣言すると、持っていた剣を旋廻させ、敵を次々と斬り倒していく。
後は一方的な虐殺のみ。『僕』とシアンは次々と敵を滅していく。
残ったのはもちろんこの2人だけだった。
そう、周りは2人だけ。
光景は人が住んでいるはずの民家の間だ。
なのに明かり一つもなく、静まり返っている。
この街はもう誰も住んでいない。それが分かってしまう。
「ふう、これであらかた片付けませたね」
剣を鞘にしまい、シアンは一息しながらそう言い放つ。
『僕』もそれに同意を示す。
「そうだな。意外と死徒の数が多いようだったが、大して苦にはならなかったな」
「まあ、わたし達は雑魚荒らしをするだけで十分なようですから……」
シアンの目は呆れや退屈ではなく、怒りと憎しみに満ちていた。
まるでこの世の全ての憎みを誰かに注ぐかのように。
そんなシアンを『僕』はどう思っているのだろうか?
「シアン、あの姫君がそこまで憎いのかね?」
「…!」
唐突なその言葉にシアンは即座に反応を示し、睨みつける。
「……本気でそれを言っているのであれば、わたしは貴方を過大評価していたようですね。」
「なるほど。ではシアン、君はあの魔王を救う事ができたのかね?」
「そ……それは……」
視線をそらすシアン。
返事をにごすシアンに『僕』はなおも続ける。
「真祖が魔王に堕ちてしまったらもはやどうしようもない事は君が一番よく分かっているはずだ。ならば……」
速やかにけりをつけるのが助けとなるのではないのか?その言葉にもシアンは反応しなかった。
「……」
シアンはただある一点を見つめているだけだった。
『僕』の事も、この町の事もまるで関心がないかのように。
「彼女……、アルテミシアはわたしにとっては全てだったのです」
独白……?
「自分より、神より、そして貴方よりも。本当に全てだった。分かってはいるんです。彼女が助からなかった、魔王に堕ちてしまった事は」
そして、自分が無力なのも……。
シアンの悲痛な表情は彼らしくないもの。いつも暗い表情を見せる彼だけど、今日はそれに拍車がかかっている。
「それでも……」
その時、衝撃音が辺りに響き渡る。
それはまるで大地を割るようなものだった。神が人間への戒めに行なったかのような。
その一点を見つめ、彼はその嘆きから別の感情を滲み出す。
それは、怒りだった。
「わたしは彼女を殺したアレを決して許しはしない」
そして、2人の前に現れたのは2人の人物だった。
1人は既に体をつかさどる手足の大半が欠けており、おびただしい血で自身の服を染めている。
もう彼は動きはしない。その真紅の目はもはや生ある者のそれではなく、にごっていた。
そして、もう1人。
彼女はその純白のドレスを相手の返り血で染め、その死体を片手で持っていた。
それはさながら姫君、と呼ばれていた理由が分かった気がした。
「ご苦労様です姫君。今回は本当に助かりました」
『僕』は姫に恭しく一礼するけど、シアンは荷物をまとめて帰る準備をしていた。
姫は『僕』の方を見るけれど、何も言わずにその場から消え去っていった。
Fate/the midnight saga(仮)
第5話
/
こんな夢を見る事が多くなってきた。
夢の中の『僕』は僕ではなく、埋葬機関と呼ばれる聖堂教会きっての対魔機関に属するものだった。
そこで仕事の合間をぬって少し調べてみた。
約700年前、死徒より上に位置する真祖が堕ちた存在、魔王殲滅を目的とする実力集団、埋葬教室が設立。
それは後に埋葬機関と呼ばれる、教会最高の代行者の集まりとなった。
設立直後に死徒化していた枢機卿を殺しており、衝撃的な幕開けを飾った。
その後、増員を重ね、位を持つ者は7人、予備に1人となった。中には死徒もいたらしいが…?
もっとも、機関運営はほとんどナルバレックと呼ばれる人が行なっていたらしい。ロアは現場にまわっていたのか。
埋葬機関単独で倒した(とされている)魔王は3人。詳細不明。
結果、真祖側に援助を求め、その結果魔王を狩る者として『姫君』の手を借りる事に成功する。
と言っても共同作戦はほんの数回のみで、後は単独で行なっていた模様。
ロアの策謀によって『姫君』、一時的に魔王化。
ロア、『姫君』によって殺される。
僕の夢の中で出てくるのは真祖がロアなる人物によって魔王化する前までだ。
夢の中で僕はシアンとコンスタンティン以外の誰かとまでは分かっているけど、それ以外が分からない。
一体誰の記憶なんだろうか…?
「ディート、早く準備を始めるわよ」
ヨハンがそう言いながら洗濯物を運んでいる。
僕は重たい身体をあげ、仕事に取りかかる事にした。
最後にレンに会ってからどれだけ経っただろうか。
もう一ヶ月経った気もするし、昨日な気もする。
あれから僕はレン達に会うのが怖くて町には出て行っていない。
買出しはジェイナ任せになってしまった分、僕は屋敷での仕事を増やしてもらった。
お嬢様はどうして僕が屋敷から出なくなってしまったのかをあえて聞いてはこなかった。
お嬢様の親切は僕にとっては非常に嬉しかった。
あれから僕の欲求は日増しに強まっていく気がしていた。
いくら「自分はそんな事は思っていない」と何度も思うけれど、やはりその考えは浮かんでしまう。
そう、それは人間が誰しも密かに、そしてわずかに思う事ばかりなのだから…。
一体なぜそれが思い浮かぶようになり、そしてそれと同時に見るようになった夢。その2つに何の関係があるのだろうか?
その答えは僕には分からない。
そして、それを誰かに言う事も出来ないでいた。
今日もいつもの通りに僕は屋敷で掃除などの仕事をしていた。
ジェイナが買出し担当になってからは僕も掃除を手伝うようになり、だんだんとその過程を覚えていった。
お嬢様はあれからも町をたまに見て回っていた。
セイバーは連れないでいたので、こちらとしてはハラハラしていたのだけれども、お嬢様もそれはご承知だろう。
そんな彼女が…、
「ねえディート、たまには一緒に町に行こうよ」
と言ったのには本当に驚いた。
「お嬢様、私はこの屋敷だけで満足です。ですからヨハンやジェイナと一緒に行かれてはいかがですか?」
僕は始めから決めていた返答を機械的に返す。
町に出たらいくら僕がジェイナ達に似ているからとは言っても、レンには確実に僕だと見破られてしまうだろう。
そうしたら一体僕はどうすればいいのだろうか?
「だめよ。わたしの命令が聞けないって言うの?」
「…聞けません。私はそう言っておいたはずですが」
「ああもう」
かるく腕を振り回して不快感をあらわにするお嬢様。
「セイバー、ディートをかついで外行くわよ」
ってサーヴァントを使うの!?
「いいのか? 彼女の意志に反しているぞ」
「ディートのご主人はわたし。ディートの自由はないわよ」
セイバー、頼むからそんな程度で納得しないでくれ。
「ほら、あなたも観念なさい」
「そんなごむたいな」
「じゃあ町に行くわよ」
僕の意見は完全に無視され、僕の身体をかついだセイバーとお嬢様は町へと足を運ぶ事になった。
さすがに10数日で町の様子が変わっているはずもなく、活気にあふれていた。
さすがに僕も観念して自分の足で歩いていた。セイバーにかつがれてるなんて恥ずかしいったらありゃしない。
「あ、ここのお菓子ってわりとおいしいのよ。わたしやみつきになっちゃう」
「菓子は虫歯の元だからとヨハンに止められていたのではなかったのか?」
おまんじゅうを食べようとしていたお嬢様にセイバー、するどい突っ込み。
あ、お嬢様がふくれた。
「むー、少しぐらいいいじゃない。そういうのが食べたい年頃なの」
「ならあえて言うまい。虫歯になったら俺が宝具をもって…」
「どこの英雄が虫歯を抜くのに宝具使うのよ!」
いや、それを大声でしゃべらなくてもいいんじゃないですか?
セイバーはそんなお嬢様とのやりとりを楽しんでいるようだった。
「それはすまなかったな。冗談だ」
「……」
そんなセイバーを無視して、お嬢様は店の主人とやりとりをする。
聞き耳を立てていると、どうも値切り交渉をしているようだ。
…アインツベルンの家計はそこまで苦しくはありませんから、僕みたいにするのはやめてください…。
数分がたつとお嬢様はちょっと大き目の団子を三本持っていた。
1人で食べるには随分と多い気がするけど…。てゆうか僕までヨハンに怒られるよ…。
「はい」
「え?」「む、」
僕とセイバーは同時に間の抜けた声を発してしまう。
見るとお嬢様が僕らに団子を一本ずつ差し出していた。
「アホみたいにしてないで、受け取ったら?」
「ってこれは俺にか?」「これは私にですか?」
「そうよ。何か悪い?」
むっとしたお嬢様に僕らは弁明をする。
ハタから見ていると滑稽以外の何物でもないだろう。
「いや…そんな事はないが…」「そんな事はありませんけど…」
「なら黙って食べる」
「「は…はあ…」」
僕とセイバーは息の合ったように言葉を合わせて、その団子を受け取る。
口に入れたそれはとても甘く、弾力があっておいしいものだった。
「どう?」
「む、俺の時代にはこんな甘いものは身近にはなかったのでな。これはとても美味だぞ」
「ディートは?」
「私たちの国の菓子とはまた違った味がして、とても新鮮です」
その言葉を聞いてお嬢様はにいっと笑う。
それはとても無垢なもので、思わず心を奪われた。
「さ、町の探索を続けましょう」
そう言ったお嬢様の足取りはかなり軽く見えた。
それを見ていると、僕もなんだか気持ちが軽やかになっていく気がした。
当然それは気休めにしかすぎなかったけど、そんな事を思う事自体がなかったものだから、とてつもなく嬉しかった。
「ほらディート、遅れてるわよ」
「あ、すみませんお嬢様」
僕は急いでお嬢様の後を追っていき…
見事に誰かとぶつかった。
「きゃ…っ!」
…今の声は僕です。念のために。
しりもちをついてしまった僕に、相手の方が手をさしのべてくる。
「す、すみません。大丈夫です…か…?」
「いえ、私は大丈夫ですか…ら…」
僕と相手の言葉はそこで完全に止まる。
そう、目の前にいたのはレンだった。
/
「レン…?」
「ディート! 今までどこ行ってたんだよ!こっちは心配したんだぞ!」
ものすごい形相でレンは僕の肩を掴んでくる。
正直、ものすごく力が入っていて痛い。
「あ、いや…、気分がすぐれなかったから、屋敷でずっといただけだけど…?」
「それはジェイナに聞いた。でもあんな別れ方だったから、ものすごく気になったんだから」
「…その点に関しては何の言い訳も出来ないよね…。ごめんなさい」
僕は、あの時の事を全てこめて頭を下げる。
その思いは純粋なもので、僕は頭を上げる事ができなかった。
そんな僕の肩からやさしく手を離して、彼は首を横にふった。
「ディート、そんな頭を下げないでくれ。君が謝る事はないんだからさ」
「でも…!」
「いいのいいの! ところで…」
と、レンはお嬢様とセイバーの方に顔をむける。
そのお嬢様はこちらの方をずーっと見つめていて、その表情からは「ねえまだー?」がありありと見えてくる。
「で、終わった?」
「えっと、貴女方はディートの同僚…じゃあないな。おそらくディートが言ってた『お嬢様』か」
「ええそうよ。まさか数日しか町に来てないディートがもう知り合いを作っていたなんてね」
呆れたようにお嬢様は言う。
…あれ?
「それではジェイナはまだ知り合いが出来ていないのですか?」
「だてジェイナもあなたも町の事は話してくれないじゃない」
「え…そ…それは…」
ジト目で見つめてくるお嬢様の視線をあわててそらして…。
そんな僕にお嬢様はあきれ果てる。
「まあいいわ。そのへんはゆーっくりとお話するとして…」
お嬢様はそう言ってレンの方を見つめる。
その視線に親しみが感じられないのは僕の気のせいではないはずだ。
もう僕らが来てから半月、そろそろ聖杯戦争が始まっていてもおかしくはない。
つまり、今話しているレンが敵である可能性もあるわけだ。
と言っても彼からは何らかの物で隠していない限り魔力を感じないし、多分ないんじゃないかな…?
「あ、俺は真木憐。十数日前にあなた達が来たすぐにディートと知り合いました」
「ふぅん、わたしはディートの主人であるクリスティーナ・フォン・アインツベルンよ。分かるかしら?」
レンは額に手を当てて考え込んでしまう。
…はて?
「ドイツかオーストリアから来た…ってぐらいしか分からないですよ。そこまで外国に詳しくないんで」
「そこまで分かれば上等よ。ドイツとブリテンの違いどころかドイツすら分からない人達が大勢いるぐらいだし」
あ、やっぱりお嬢様もそう思うんだ。
「ところでレン、と呼んでいいかしら?」
「ええ、ディートもそう呼んでくれるので、あなたもそう呼んでくれると嬉しい」
「その手の包帯はどうしたの?」
「包帯?」
あ、そう言えば最後に分かれた時にはしてなかった包帯を両手につけてる。
しかも腕にまでかかるようにしているので、肌が見えない。
「ああこれか、包丁でちょっと怪我したら姐さんがものすごい形相で包帯ぐるぐる巻きにしてくれて、後半月で取れるようですけど」
「ふぅん、ちょっと見ていい?」
お嬢様のその言葉は、僕をものすごく緊張させた。
よりによって…!
「お嬢様!それはいくらなんでも…!」
「ディートは黙ってなさい。それともわたしに逆らおうって言うの?」
「う…っ!」
それを言われてしまうとぐうの音も出てこない。僕はただ黙っているしかできなくなってしまった。
レンが聖杯戦争のマスターでない事を祈りつつ…。
お嬢様が確かめようとしているのは、腕にある令呪があるかどうかを確かめる事だ。
聖杯戦争の参加者たるマスター、またはその候補には必ず令呪が、または予兆が現れてくる。
お嬢様が疑っているのは、レンが魔力を隠し、包帯で令呪も隠しているのではないか、と言う事だろう。
レンは見せないと駄目か? と聞くけどやっぱりお嬢様はダメ、見せないと、と言った。
レンは深いため息をついて…?
「しょうがないな。あまり見せたくないんだけど…」
と言って包帯をほどき始める。
まず見せたのは右手。表裏両方を見せるけど、その兆候はなし。若干手のひらに切り傷が見られる。これが包丁の後だろう。
そして左手。こっちも同じで兆候なし。と言ってもこちらの方は完全に無傷だった。
「ねえレン、何で無傷なのに包帯を?」
「あー、姐さんに聞いてくれ。俺にもよく分からない」
僕の質問にレンはまた包帯を巻きながら答える。
さっき巻いた時よりも巻き方が綺麗だ。
「その姐さんって誰?」
「俺が居候してる所の師範代。随分とお世話になってるけど…ズレてる」
「ずれてる?」
「そう。世間一般常識よりかなりずれてる。としか言いようなし。後はご想像にお任せする」
…その姐さんが無傷の腕にまで包帯ぐるぐる巻きにしたわけか…。
ちょっと会ってみたいかな…?
「出来ればその姐さんと一緒に士郎も紹介したかったんだが、姐さんの方に用事があって出来ないんだ。明日また来てくれよ。」
「……」
僕はその提案に返事をしなかった。
出来ればそうしたいけれど、またあんな事を思うのだったら会わない方がずっといい。
僕はレンたちを傷つけたくない。
「で、クリスティーナ姫、ご満足いただけたかな?」
少しにやけてレンはお嬢様に言うけれど、そのお嬢様はふいっとあさっての方を向いてしまってレンの顔を見ていない。
妙なところで子供っぽいですよね…。
「…まあいいわ。行きましょうディート」
「は、はい」
「え? 行っちゃうのか? 何なら俺が町の案内を…」
「結構よ」
レンの提案をばっさりと斬り捨ててお嬢様はセイバーと共に歩き出してしまう。
そうなったらお嬢様を説得する事は不可能だ。おとなしくついていくしかないだろう。
僕はレンの方を向いて、お礼を述べる。
「レン、どうもありがとう。お嬢様にも親切にしてくれて…。それとご迷惑をおかけして…」
「ん、かまわないよ。傷を見せる事には慣れてるから」
「…気分を害していなければいいのだけれども…」
と、レンは手をパタパタと横にふった。
ちょっと困った顔つきをしている。
「あー、ディートが謝る事なんて何一つ無いって。それより俺にはディートの優しさがとても嬉しいよ」
「え…?」
優しさがとても嬉しい…?
そんな事初めて言われる…。
僕の中では当たり前の事だったし、家でも当たり前のことだったんだけれども…。
と、レンは少し真剣な顔つきをする。
「それよりディート、これからはまた町に来れるんだろ? 葵たちも待ってるんだ」
「その事なんだけど…」
僕はもしレンに会ったら言おうと前から思っていた事を言おうかどうか、今さら悩んでいる。
これを言ってしまったら、もう二度と引き返せないところまで行ってしまうからだ。
だけれども、これは必ず言っておかねばならない事なんだ。
だから…。
「レン、僕は二度と貴方には会えない」
その言葉を聞いた時のレンの表情をどう表現すればいいだろうか?
ただその言葉を聞いたときのまま固まっている、か、その中でも何を言っているんだと心の中を渦まいている、とか色々とあるけれど、何一つ
しっくりと来ない。
「な…何言ってるんだよディート。君はこの通り元気じゃないか。なのに何で…」
「それとレン、僕から貴方に提案がある」
レンの言葉をさえぎって僕はなおも続ける。
「この町から一ヶ月ほど離れた方がいい」
「一体何を言ってるんだディート!」
大声をあげるレンだけど、僕はそのレンを直視できない。
だから僕は彼に背を向けて、お嬢様の方に走る。
「それが貴方のためにもなるんです! お願いだからそうしてください!」
「待ってくれディート! ディートーッ!!」
彼の言葉を聞きながら、僕はその場から走り去った。
レンに会えないと言ったのは、僕がもしかしたらレンを傷つけてしまうかもしれないから。
僕の精神はあれからどんどん不安定になっていくばかり。
それが一体いつまで続くのか、もしかしたら堕ちるところまで堕ちてしまうのではないか…分からない。
僕のためにレンたちが傷つくなんて、とても耐えられない。
思えば僕は本当に話せる人がいなかった。
ヨハンとジェイナが近いけれど、何かが違う。彼女たちとレンたちとはどこかが…。
それにお嬢様とも違う。僕とお嬢様はあくまで主従関係。やっぱりレンたちとは違う。
ただ、僕は心を打ち明けられる人が欲しかったんだ…。
でも今さらそれに気づいても遅いんだ。
もうすぐ聖杯戦争が始まってしまう。
神秘を見てしまった一般の人の末路は、死あるのみ。
レンには、そんなふうにはなって欲しくないんだ。
それに、僕はその時まで耐えられそうにない。
だから、僕はなるべく誰とも関わらないようにしなくては。
誰も傷つけたくないから…。
「あ…」
なぜか顔がしめっぽい。
手を当ててみると、目から涙がこぼれおちていた。
「僕は…悲しいのか…?」
でも、そうする以外に選択肢は残されていなかったんだから…。
/interlude
「なん…て事だ…!」
憐はこぶしを地面にたたきつけた。
それはディートにああ言われた事への悲しみからではなく、あまりに自分が情けない事からの怒りだった。
「何で俺は…!」
憐は自分の計算がとてつもなく甘かった事を今さらながら後悔した。
士郎と相談し、令呪を隠す事で決まっていたけど、もしクリスのように言われたときのために、特殊メイクで更に隠したのだ。
それは、いらない戦いをしたくはなかったからというものからだった。
それにアインツベルンの従えていたサーヴァント、あれは間違いなくセイバーだ。
しかも、神話に出てくるようなとてつもない存在の。
だが逆にそれだけの存在を確保していれば、ディートはそのまま町に来るとばかり思っていたのも甘かった。
まさか、一般人と思わせた事で逆にディートにあの言葉を言う決心をさせてしまうなんて…!
じゃああの時「自分はマスターだ」と名のって令呪で士郎を呼び出すべきだったのか?
いや、そうではないはずだ。
あくまで自分の目的は聖杯戦争によって無関係の人達が被害を受ける事を防ぐ事と、彼と決着をつけるためだ。
アインツベルンはそんな汚い事をしないでも勝ち抜く自信がある。
「それでも…」
憐の頭からはディートの顔が全く離れなかった。
「レン、僕は二度と貴方には会えない」
そう言った時のディートの顔は、それ以上を確実に物語っていた。
しかし…、一体ディートに何がそうさせたのだろうか?
あんな悲しみに満ちた顔は二度と見たくはない。
でも聖杯戦争以外にも原因があるはずだ。
ディートの心の中にある大きなものが…確かに。
「……」
思えばあの時ディートがいなくなってしまったのも、それが原因ではないだろうか?
自分にはその原因は分からないし、分かるはずもない。
でも…。
そう思った後の憐は早かった。
ひたすら走ると、程なくしてディートの背中を見る。
彼女の近くには行かず、憐は大声を出す。
「ディートリッヒ!」
その言葉にディートだけではなく、クリスもセイバーも、あらゆる人が驚いて憐の方を見てしまう。
特に驚愕の表情を浮かべているのはディートだった。
「レン…」
「これからどんな事が起こるのか、その結末がどうなるのかなんて俺には分からない!」
それは自分がマスターであるとも聞こえなくはないが、そう思うものは誰一人としていなかった。
憐はなおも続ける。
「それに君がどんな苦しみをかかえているかも分からない! だけどこれだけは覚えておいてくれ!」
自分の本音を言う決心をするために一区切り付ける。
そして…。
「俺程度では救う事ができないかもしれないけれど、手をさしのべる事はできるんだ! 君が助けを拒もうとも、俺は君に手をさしのべるからな!
絶対に!」
自分の思いを全てディートに話す。
思えばあの時、ディートに会った時からそう思っていたのかもしれない。
そして、そう言った憐に後悔は全くなかった。だからと言って、それで満足などはできない。
ディートには、笑顔でいて欲しいから…。
「……莫迦……」
かすかにディートはそうつぶやく。
憐はおろか、隣にいたクリスにも分からないぐらい小さな声で。
「莫迦莫迦莫迦……何で……何で私にそんな事を……そんな事をいうの……」
もうディートの涙は止まりそうになかった。
両手でそれをぬぐうけど、そのすぐ後にはもう涙が流れてくる。
「諦めきれない…諦めきれないよ…」
憐は確信していた。自分がもう引き返せないと言う事を。
ディートの力になりたい、と。
それはとても純粋な思いだった。
そして、万が一自分にもディートにもどうしようもなくなったら…そんな事はあって欲しくないが…。
聖杯を使おうと、決心したのだった。
ディートもまた確信していた。自分がもう引き返せないと言う事を。
憐のために、自分はあの心の闇の思いに立ち向かっていこうと。
そしてまた憐たちと笑って話したい、と。
その時ばかりはディートは自分の立場を全く考えていなかった。
いや、頭にはあっても、それはどうでもよかったのかもしれない。
今ディートは大切な何かを手に入れたような気持ちでいた。
interlude out
そして…
/1日目
その日はいつもと同じであった。
ありありと思い出せるその瞬間。
彼はその時に何を思い、何を感じたのだろうか…。
それがどうしてなのか、僕には分からない。
しかし、あの『僕』の全てを凌駕するものがそこにはあった。
あれを見て、『僕』の全てが変貌した。そう、全ての価値観、全ての美、そして全ての目的が…。
そして、期は訪れる。
あの無垢なる純白の姫君をそそのかす。
そして、『僕』はついに『手段』を得た。
以前は『目的』だった、それ、
すなわち、真祖の姫に自らの血を吸わせる事を…。
かつての友、枢機卿、他の真祖ども、ご老公、それに漆黒の姫。
『僕』には彼らなど眼中になかった。
私の目的は、真祖の姫君を……。
/
そんな夢を見た。
たった1つの出会いで己の全てが変わってしまった男の夢を…。
変えられてしまったことを憎み、そして認めようとはしなかった。
そして起こした行為が、あれだった。
なんてやりきれない。他にも方法があったかもしれないけれど、彼にはそれしかなかったのだろうか…。
ミハイル・ロア・バルダムヨォン
埋葬機関の前身を創設した司祭。
魔術師としては特に優れていて、その魔力量は他の魔術師を凌駕する。
そして、真祖の姫君の死徒となったただ1人の存在で、別名『アカシャの蛇』。
教会では27祖の番外として認知されていて、過去十回以上真祖の姫君によって殺害されている。
彼を一言で表すなら、転生無限者、である。
ああ、それはつまり…。
「今回は僕が転生先だったわけか…」
薄々は分かっていたけど、それを認めたくはなかった。
認めてしまうと、この先の事まで決まってしまうのだから…。
つまり、真祖の姫君による断罪。
過去にロアが真祖の姫君に勝利した事などない。幾度となく転生をして、その度に殺害されている。
理由は簡単。真祖の姫君がただロアより強いだけ。
それどころか今までのロアが初代を超えた事はなかったと聞く。オリジナルに転生先が追いついていないんだとか。
それに、その前に僕が吸血鬼化してしまう。
この体はロアの物となり、この町を蹂躙しつくすだろう。
ヨハンやジェイナ、葵さん、そして…。
「お嬢様…レン…」
お嬢様やレンを自らの牙の餌食に……。
そして彼らの死骸の上で狂喜に浸る僕、周りには死体と僕が作り出した死徒たちの群れ…。
「そんなの…いやだ!僕は絶対にそんな事はしたくない!」
思わず大声を出して顔をクッションで覆う。
僕がそんな事をするだなんて…考えたくもない。
そして、絶対にあってはならない事だ…。
じゃあ何かしらの解決法があるだろうか?
まずは魔術的要素でロアの覚醒を妨げる。
でもそんな方法があったのだったらとっくに誰かが試しているだろうし、吸血衝動を抑える事は不可能とまで言われてる。
最低でも僕にはそれはできない。
次に聖杯に頼む。
お嬢様に事情を話せばもしかしたら僕のために聖杯を使ってくれるかもしれない。
でもアインツベルンの悲願を僕個人のためだけに潰してしまうわけにはいかない。
いくら僕がどんな存在に堕ちようとも、お嬢様に迷惑をかけたくはない。
なら僕自身がサーヴァントを召還して聖杯戦争を勝ち抜く…?
それこそ本末転倒な考え方だ。僕の身勝手が他の人に迷惑をかけてしまう。
最後に…、
「……」
思わず僕は額を手で押さえてしまう。
これは本当に最終手段だ。やってしまったら引き返すことなどできやしない。
すなわち、ロアへと覚醒する前に自らの人生に幕を下ろす。
誰にも迷惑をかけないで全てを終わらす方法はそれしかないと僕は思う。
僕1人が犠牲になれば他のみんなが犠牲になることはないんだから。
でも…。
「俺程度では救う事ができないかもしれないけれど、手をさしのべる事はできるんだ!」
「レン…」
僕は思わずそうつぶやく。
以前の僕だったら、迷わずにそうしたかもしれないけど、今の僕は身勝手だけど、死にたくないと思っている。
だって、ああレンは言ってくれたんだから…。
でもそのレンの為にも、僕はぐずぐずなんかしてられない。
レンが僕のために死んでしまうなんて、そんなの嫌だから…。
と、ドアのノック音が聞こえてくる。
「ディート、ちょっといい?」
振り向くとそこにはお嬢様がセイバーと共に立っていた。
「も…もう少しお待ちいただけますか? あと少しで洗濯が終わるので…」
「駄目よ。早くいらっしゃい。それともセイバーにつれて来させた方がいいかしら?」
「…分かりました。今すぐ伺います」
有無を言わさないお嬢様の発言に、僕はそう言うしかなかった。
はっきりと言ってしまえば、今でも負の感情が僕の中を渦巻いている。
それは1ヶ月前から日に日に強まっていて、
今にも僕を飲み込みそうな勢いで、
僕が堕ちていく。
僕に残された時間は、少ない。
「これで全員よね?」
「3人しか滞在していないのに全員なのかと確認するのもどうかと思いますけれども」
「うるさいわね! 確認したっていいじゃないのよ!」
ヨハンの鋭いつっこみにお嬢様はむきになってそう大声を出す。
集まったのは居間。僕ら3人の侍女とセイバー、そしてお嬢様。すなわちこの屋敷にいる全ての人がそこにはいた。
一体改まって何を話そうというのだろうか…?
お嬢様は咳払いをして、ちらっとセイバーの方を見つめる。
セイバーがこくりとうなづいたのを見ると、お嬢様は顔をひきしめた。
「今朝、7体目のサーヴァントが召還されたわ」
「「「…!!」」」
その発言に、僕らの表情は硬くなる。
それが意味するものはすなわち…。
「つまり、今日をもって聖杯戦争は開始されるわ」
そう、つまりそう言う事なのだ。
これからは、この町を舞台として殺し合いが開始される事になるんだ。
「分かってるでしょうけれど、わたしたちが留守中に敵マスターがここに来るかもしれないから、十分に気をつけてちょうだいね」
「分かりました。用心いたします」「了解」
ヨハンとジェイナは互いにうなづく。が、僕は全く返事をしなかった。
もちろんここは僕も同意しなければならない所だけれども…。
「ディート、どうしたの?」
「……お嬢様、後でお話があります」
「話?」
唐突に話題が変わったので、お嬢様はちょっと戸惑っている。
けれども、やはりお嬢様には申し上げるべきだろう。
でもそのお嬢様は不快感をあらわにして、手を振った。
「聖杯戦争が始まったのだから、そんな話をする余裕なんてないわよ。夜にしてちょうだい。」
「それは分かっています。とても重要な事なので、ぜひ」
「駄目よ。さあ行きましょうセイバー」
僕の発言は完全に無視されて、お嬢様は僕らに背中を向けてセイバーと共に玄関方向へと歩み去っていく。
「お嬢様!」
「しつこいわよディート。分際をわきまえなさい」
「分…際…?」
その言葉に、お嬢様を追いかけようとした僕の体が止まる。
セイバーはかまわずに玄関のほうへと歩みを止めない。
「そうよ。わたしは主人で、あなたは召使なのだから」
心臓が跳ね上がる。
僕自身にも今何を考えているかが分からない。
「分かったらさっさと自分の仕事に戻ってちょうだい」
何も聞こえてこない。いや、聞こえてくるけど頭の中で意味を成さない。
召使いが、主人に、仕えるのは、当然…。
レンはそれをとても喜んでくれて…、僕に手を差し伸べてくれると言って…。
分かってはいたんだ。僕とお嬢様の関係がそれを超えることはないんじゃないかって。
僕は口に手を当てて、ひざと片手をつく。
でも、それじゃああんまりじゃないか…。
僕は一生懸命お嬢様方の事を考えて、考えて、考えて!
僕がこれほど苦しんでいるって言うのに!
僕がこれほどお嬢様を気づかっているって言うのに!!
僕がこれほどお嬢様を大切に思っているって言うのに!!!
それを他人事のように!何も見ようとしないで!!
そんなに聖杯が大事だって言うのか!!
コンナノハアンマリジャナイカ…
じゃあどうする?
決まっているじゃないか。そんな事始めから。
そのとても白く、繊細な首筋に…!!
「ちょっとディート、聞いてるの…」
その言葉が終わらないうちに、僕はお嬢様との間、10数メートルを一瞬で0にし、首をつかんで乱暴に床へと叩きつける。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーいっ!!」
そして、その勢いをそのままにか細い首をしめあげる。
「お嬢様に何が分かるって言うんだ!僕がこの1ヶ月間どんな思いをしてすごしてきたのか分かるはずもないだろ!
それなのに! それなのに!! それなのに!!!」
「あ……!」
首の骨を折るぐらいに強く締めているつもりだけど、折れないのは魔術を使って防御でもしているのだろうか?
「ディートリッヒ!」「…!」
ヨハンとジェイナが急いで駆けつけてくるけど、やめるつもりなどない。
それより、彼女たちは、邪魔だ。
「
即行で行った魔術は、僕とヨハンたちの前に雷の網となって立ちふさがる。
それに触れたヨハンが軽い悲鳴をあげて飛びのく。
「さあ! 何か言ったらどうなんですかお嬢様!!」
「………!」
と言っても、お嬢様に声が出せるはずがない。僕が首を締めつけているのだから。
はは、なんて弱い。
僕はそうしてからお嬢様の首筋に自らの口を持っていって…。
「
宝具の一撃で壁に叩きつけられる。
「か…は…」
内臓を傷つけたようで、口から血を吐き出してしまい、その場に倒れる。
いや、それより身体の前に受けた、宝具でのダメージの方が大きい。
普通の人間ならまず致命傷だろう。
そんな僕が今思うのは、これで死ねる、とか宝具はさすがに痛いよ、でもない。
ただ、今の行為に絶望していた。
「が…がはっ! ごほっ…!」
咳き込むお嬢様、彼女を抱えるセイバー、駆け寄ってくるヨハンとジェイナ。
今の僕には彼女たちはあまりに遠い…。
「ディート…あんたって女は…!」
まるで僕を殺すかのような目つきでヨハンはこちらに向かおうとするけれど、それを止めたのはセイバーだった。
が、そのセイバーはこちらに対して剣を構えている。
「ヨハン、彼女はもう君の知っている人ではない」
「え…? 一体何を…?」
「見ろ、あの女の身体を」
「…えっ!?」
僕の身体を見たヨハンとジェイナが驚愕の声をあげた。
あの宝具の一撃だというのに、僕の身体は傷を修復し始めていた。
痛いものはいたいのだけれども。
「もはやこの女は人外の存在。今のようにマスターにいつ危害を加えるか。ならば我が真名…」
そしてセイバーは剣を振りあげる。
この距離だったらかわせはしないし、無論かわす事もしたくはなかった。
「シグルズにおいて、お前を斬る!」
「待ちなさい…セイバー」
その言葉に、セイバーの剣は振り下ろされる事はなかった。
セイバーはその声の主の方を振り返り、ジェイナ達が彼女へと集まる。
「お嬢様!今はまだしゃべっては…!」
「いいのよ…。それよ…り、ディート」
「……」
はい、と言ったつもりだったが、口から出るのは血ばかりだった。
「まさかアインツベルンの中からロアが出るなんてね…。しかもこの時期に…、一体誰がそんな事想像したかしら?」
「ロア…!」
ヨハンが信じられない、と言った顔をしてお嬢様を見ている。
「ロアを倒すすべはないわね。それこそ聖杯を使わない限り」
「お嬢…様。そんな事のために…聖杯を使う…事はないですよ」
息も絶え絶えながら、何とか言葉をつむぎだす僕。
お嬢様は深いため息をついた。
「それじゃあ貴女は死を選ぶのね?」
「ええ…、できればこっそりと暇をいただいて、静かに自殺しようかと思っていたのですけれども…」
しばらくの沈黙が辺りを支配する。
「そう…分かったわ」
お嬢様はこくりとうなづき、セイバーに目配せをする。
「セイバー、痛くないようにディートを殺してあげて」
「了解した。マスター」
セイバーもうなづくと、また剣を高く振りあげて…。
「困るなぁ。今ロアを殺されたんじゃあ僕の計画が台無しだよ」
再びおろされなかった。
「誰っ!?」
お嬢様の言葉に、玄関先にいた褐色肌の青年はうんざりと言った感じに手をあげる。
「シェラザード。アトラスに属する魔術師さ。ほい」
と、僕の周りに魔術の陣が書かれて…!?
「ディート、人生はまだ捨てたもんじゃないよ。もっとあがいてみたら?」
「ディート!」
褐色肌の青年、シェラザードの言葉とお嬢様の言葉を最後に、僕は別の場所にいた。
/
確かここは町外れの全く人気のない林だったはずだ。
何でシェラザードと名のった青年は僕を助けたんだ…?
いや、それより私の記憶が正しければ、彼が生きているはずが…。
「分からないよ…何もかも」
傷は表面的にはもう治りかけてはいるけれど、それを補うものがない。
補うものとは、多分人間の血だろう。
もう人を見かけてしまったら、誰ともかまわずに襲ってしまうに違いない。
「そんなの…いやだな…」
と言っても、さっきの宝具の一撃で、僕にはもう止められそうにないな…。
こんなザマじゃあ自殺もできやしない。
はっきり言ってしまえば、もう今にも僕が私に変わってしまいそうだ。
これでまたお嬢様には迷惑をかけてしまうな…。
「はあ…」
僕は原っぱの上に横になる。
空を見上げると、もう夕方近くになっていた。空はオレンジ色と水色で見事にコントラストしている。
これに感動できるのも、最後かな…?
次目覚めた時は、僕ではなくて私なのだから。
「うおおっ!」
と、その時、横方向に誰かが吹っ飛んでくる。
必死になって体を起こし、その吹っ飛んだ人物を見てみると、中世初期の鎧を着けた、いかにも戦士といった感じの人物だった。
それはどっからどう見ても、今を生きる人のものではない。
じゃあ彼はサーヴァント…?
「12本の光の矢!」
「ふ…っ!」
続けて林の奥から閃光が輝く。
それを見た戦士は立ち上がり、そちらの方へと駆けていった。
「…?」
今までの僕だったら全く分からなかっただろうけど、半分死徒になってしまった今ならその奥で何をしているのかが分かる。
そこにいるのは計7人だ。
戦っているのは主に5人。
身長がものすごくある銀の鎧に身をつつんだ槍兵と日本服の男。
それに立ち向かうのは3人の戦士と1人の武闘家、そして後方にいる、ローブを来た魔術師だ。
が、その魔術師、僕なんかよりはるかに格が上だ。おそらく私よりも。
だとしたら、これはもう間違いない。
ランサーとキャスターの戦いだ。
to the next stages…
どうも、シロトです。
とうとう『開始』までこぎつける事に成功。ここまで来るのは実に長かったです…。
では本編に関してほんの少しばかり…
まず二ムエですけれど、自分はバーナード・コーンウェル版を元にして彼女を書くつもりです。
したがってFateでのアーサー王伝説とはかなり違うものになっていますが、伝承の違いと言う事でなにとぞ。
例えば登場人物の違いは決定的だと思います。それとニムエ自身もかなり違いますし。
だからと言って、さすがにあそこまで行くとFate世界っぽくないので、若干自分の構想が入りますけど。
ちなみにそのアーサー王物語、ランスロットがかっこよくないです。今度別のアーサー王物語読んでみます。
そしてセイバーはシグルズで決定。始めはジークフリートにしようかとも思っていましたが、シグルズにしました。
理由は…北欧神話をほんの少し読んだからです。
それではランサー対キャスターの行方や、シェラザードの目的などは次回以降で。
2006年6月1日
2007年1月25日 修正