/前28日(前22日)
すがすがしいまでの快晴。昨日よりも更に雲が少なくなっている。
俺の気分としてはとてもすがすがしかった。まるで昨日の杞憂が嘘のように…。
「うん、久しぶりに気分のいい朝だ。」
士郎を召喚したんだし、もっと朝は疲れているかなーと思ったけど、そんな事はなかったのはちょっと嬉しい誤算だ。
百目木家の朝で一番早起きなのは俺だ。何しろ飯を作らねばいけないと来る。
本当だったらお手伝いさんとかがいたのだが、俺のメシスキルのせいであえなくその人物はクビにされてしまったそうだ。哀れ。
と言っても俺より早く起きているっぽい葵がたまに来て、朝食を用意する習慣が出来ている。何でだ?
「憐おはよう。随分と早いんだな。」
と、寝坊はした覚えがないというのに俺にあいさつを送る人物がいるようだ。誰だ?
とりあえず顔を叩いて意識を覚醒させる。いたのは昨日出会ったばかりの自分のサーヴァント。
「あ、士郎か…。おはよう。」
こっちも朝の挨拶をかわす。
「そっちこそ随分と早いじゃないか。」
「む。屋根の修理を押し付けたのは誰だよ。一応応急的には直しておいたし瓦も用意しておいた。でも正直元のままにはなってないな」
あ、それで大工道具を持ってるのか…。納得。
「それにサーヴァントは睡眠なんて必要としないしな。」
「え? そうなのか?」
うあ、士郎にため息をつかれたし。
いや、知識では知ってたけど、サーヴァントって人間だったんだから、かなり違和感あるんだよな。
が、だからと言って大工仕事をやらされるのは不服だったようで。
「じゃあ士郎は食事もいらないのか?」
「できるけどあえてする必要も無い、が答えかな。魔力供給はマスターとかからで十分だし。」
食事もダメ? それって考えらんないし。
1日2食は日常生活にかかせないものであって文明の証であって人間が生きる意味であって…。
「ならとろうか。1人増えたぐらいで百目木が困るわけでもないし。」
「いいのか?」
「いいっていいって。どうせ俺が作るんだから、かまわないって。」
百目木にいるのは俺を含めて7人ってところか。葵含めたら8人か。まあやれない事はないだろ。
そうと決まれば献立を考えないと…。
「いや、違くて。沙耶さんにことわりをいれなくていいのかって事。」
「ってああーっ!」
昨日に引き続いてすっかり忘れてたーっ!
やばい。何も考えてなかったし。どうする?
てゆうか士郎がこっちをジト目で見てますけどやめてぇぇ…。
fate/the midnight saga(仮)
第4話
/
とたとたと足音を響かせて誰かがやってくる気配が近づいてくる。
師範たちは別の部屋でもう食べ始めている。こっちは4人分を用意しておいた。葵と姐さんの分もある。
「よし士郎、打ち合わせどおりにな。」
「オッケーだ憐。」
「さすがだな。話が分かる。」
「ふっ、生前は俺もこんな事があったからな。」
士郎は親指を立ててグッドサイン。
…本気で彼の過去を知りたくなってきたんだがな…。
「にしても意外と質素な食事だな。明治時代ってこんなもんだったのか?」
俺の作った料理、ご飯と味噌汁と焼き魚。今日は簡素にまとめてみました。
だからってこんなもんか…。ちょっとショック。
「おい、百年以上も未来の世界と比べないでくれ。これでもこの家は裕福な方なんだからな。」
「…まあそうだな。」
百年以上も未来の世界か…。一体どんな料理ができるんだ?
士郎は何かを考え込むかのようにじーっと俺の料理を眺めている。
「なあ憐。」
「ん?」
「明日あたり俺に料理作らせてくれないか?」
「へ?」
英霊が食事の用意? 本当にどんな英霊なんだろうか?
ってその英霊に大工仕事やらす俺も俺か…。
「んー、葵と相談してくれ。俺はそこまで料理に自分の仕事だってこだわってるわけじゃないから。むしろ葵が率先してやってるからな。」
「へえ、そうなのか。」
そう、はっきり言えば葵の方が料理の腕は上だ。それは俺が保証する。
正直な話、「え? 私なんかまだまだですよ。もっとうまくなりますからね。」と言ってきた時にはものすっごく悔しい思いをした。
台所はこの頃なぜか早い者勝ちになりつつある。
のせいか、遅く起きていないはずの俺が朝食を作れない事もしばしば。
これ以上早く起きると日の出前になるからやめておきたいのだが……。
「…もしかして炊事掃除などの家事全般全部できたとか…?」
「ああ、俺1人暮らし結構してたし、一般レベル以上にはできるかな。」
あ、小間使いが英霊ってわけではなかったか…。少し安心。
でも家事全般オッケーって…。
「本当にどんな英霊だよ。」
「む、これでもサーヴァントなんだ。失望はさせないぞ。」
士郎はちょっとむっとした表情になる。
まあ、俺の台詞は「もしかして役立たず?」とも取れなくはないけど。
足音は俺たちのいる居間の前で止まり、障子がゆっくりと開く。
入ってきたのは…あれ? 姐さんじゃあない?
「おはようございます。憐さん。」
入ってきたのは葵だ。
いつものように簡素な着物を着ていて、頭には何もつけていないし、結わえてもいない。
町の男にとってはそれが違和感を持つものらしいけど、俺にとってはそんな事はない。十分に綺麗だ。
そして彼女は控えめにおじぎをする。俺もつられておじぎをして、挨拶をする事に。
「おはよう葵。今日は遅かったな。」
「あ……」
葵はちょっとうつむいてしまう。
俺何か変なこと言ったか?
「実は少し寝坊をしてしまって……」
そして、少しはずかしそうにつぶやく。その顔は少し紅色に染まっている。
あー…、少し失言だったかな…。
「あ、それはめずらしい事もあるもんだな。でももっとゆっくりでもよかったんだぞ。いつもが早かったぐらいだからな。」
「すみませんが丁重にお断りします。私は自分の意志でここに来ているのですから、その対価は払うべきです。」
静かに、だが力強く葵はそう言う。その目つきは真剣そのものだ。
「……葵がそう言うならいいけど、早く来ないとまた俺が作っちゃうぞ。」
「だったら憐さんの方が寝坊してください! 私がおこしに行きますから!」
「ええっ!?」
外から来る葵に家の中にいる俺がおこされる…。
丁重にお断りさせていただきます。
「それができたらな。今の所どんなに遅くても葵が料理を作ってる途中で起きてるしな。」
「むー、それならもっと早く来ます!」
「いや、それはマジで勘弁してください。」
洒落が洒落にならなくなるし。いやマジで。
と、今度はどたどたと足音が聞こえてくる。
「あー、これは彼女だな…。」
そして、足音が居間の前で止まり、障子が勢いよく開く。
やってきたのは百目木沙耶。頼むからはだけた寝巻きぐらい整えてきてくれ。
「おなかすいたー。ごはんできてるー?」
「ああ、できてるぞ。ちょうど来る頃だと思ってたから準備はしておいたし。」
目をごしごしやりながら姐さんは自分の席に座る。
まだ西洋のテーブルなど用意しているはずもなく、ちゃぶ台だから床にだけど。
「葵ちゃん、おはよー」
「おはようございます。沙耶さん。」
姐さんはしゅたっと手をあげて挨拶、葵はうやうやしく一礼する。
士郎はごはんを茶碗によそい、姐さんに手渡す。
「あ、どうもありがとうね。」
「どういたしまして。」
何の違和感もなくその茶碗を受け取り、両手を合わせる。
「それじゃあいただきますねー。」
「「「いただきます。」」」
姐さんが来てそろったことだし、朝食をとりますか。
「あ、このおこうこおいしい。」
「あ、それ鈴木さんがくれたんだ。結構おいしいと思ったんだけど、どう?」
「うん。いつもよりおいしいよ。」
おしらむは健さんがそれを趣味で作ってることだな。これでは安定した入荷は不可能っぽいし。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
「そういえば佐藤さんとこのじいさんがぎっくり腰だと。」
「あら、それは大変ねー。今度見舞いに行きましょう。」
「いや、大輝さんに追い返されるって。」
大輝さんは道場で学んでる人なんだが、いつも姐さんにボコボコにされてるらしい。
んで夢にまで出てきてもはやトラウマ…。哀れ。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
「あ、おかわりお願い。」
姐さんに差し出された茶碗を士郎が受け取り、ごはんをよそう。
俺は自分で味噌汁のおかわりをよそう。
うん、大根のダシがうまくとれてる。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
「ってこの子誰よーっ!!」
うがーと言いながら立ち上がる姐さん、大爆発。
「「やっぱ無理だったか。」」
俺と士郎の言葉が思いっきりかぶるのだった。
「あれ? 沙耶さんの知り合いではなかったんですか?」
「違うわよー! あたしこんな…こんな…ちょっといけてるわね。」
おい問題は顔なのか? 顔なのか?
とにかく…、『あわよくば日常に既にとけこんでるふうにしよう』作戦は見事に失敗か。
もちろん成功するとは全く思ってなかったが。
とすると次はやっぱ説明するしかないだろ。
『いや、実は俺は魔術師で、こいつは俺が召喚したサーヴァントなんだ。』
いや、だめだろそれじゃあ。役場につきだされるって。
「あー、実はだな…。」
「俺は衛宮士郎という名で、憐の遠い親戚です。両親に死なれてしまったので、憐を頼りにしてこの町に来た所、不手際があって着いた
のが深夜になってしまったんです。」
俺の代わりに士郎がもっともらしい理由を述べる。
「それで早朝に彼を訪ねた所、朝食に誘われまして、この屋敷の主人に申し訳ないと思ったのですが、彼が「それは俺に任せろ」と…。」
「って俺が!?」
あ、やば。今のは完全に失言だったな…。
とりあえず咳をしてごまかしておく。
「あー、そうだな。すっかり言うの忘れてた。すまない姐さん。」
「ふぅーん…。」
ああ、完全にジト目でこっちを見てるよー…。
「趣味は家事全般だそうだから、どうにかこの家に置けないかな?何なら俺の食事を士郎に分けてやって、部屋も同じでいいからさ。」
「家事全般?」
よし、表情が途端に明るくなったぞ。もう一息だ。
「えっと、料理の腕は確かだよな士郎。」
「え? あ、ああ。憐とどっちがうまいって言われると返答に困るけどさ。」
「うまい?」
ぐらり、完全に姐さんの意志が傾きかけてる。これはチャンスとばかりに士郎はたたみかけに入る。
それはまるで以前姐さんを相手したかのように。
「多分憐と俺との得意な料理はちょっと違うだろうな。葵さんの分野はちょっと聞いてないから分からないけど。これでも料理には自信があるから、
そこは安心して欲しいんだ。」
「う…っ! ちょっと待っててね!」
姐さんは猛ダッシュで外へと出て行く。
あー、これは勝ったな。
「えっと…、どこ行ったんだ?」
「多分師範の所。でもこの屋敷は男女差別ないから多分姐さんが一番上だし、この分だと士郎はこの家にいても大丈夫っぽいな。」
「ほ、それはよかった。近くの宿屋に滞在する事になるかと思ってたぐらいだ。」
うん、その事態を避けられて本当に良かった。
「えっと、あの…。」
と、葵が困ったような顔をしてこちらと士郎の顔を交互に見る。
…葵を紹介するの忘れてたし。
「ああ、ごめん。士郎、彼女は…。」
「憐さん、自己紹介ぐらい自分でできますよ。」
「あ、ご…ごめん…。」
改めて葵は士郎におじぎをする。士郎は俺とは違って自分からおじぎをする。
両者同じおじぎだけど、葵は挨拶、士郎は謝罪だろうな。
「すみません。俺、さっきはあいさつもしないで…。」
「いいんです。気にしないでください。」
手で士郎の謝罪を制して、笑みを浮かべる。
「私は間桐葵って言います。今後もよろしくお願いします。」
「……っ!」
その瞬間、士郎は顔がぎょっとする。そして呆然と葵の方を見る。
はて…?
「あの…、何か?」
「ま…とう…?」
その口ぶりは信じられないといった印象をいだかせる。
まゆをひそめて葵は士郎の方を眺める。
「ええ、そうですけど、心当たりでも?」
「あ、いや、知り合いに同じ苗字の奴がいてな。俺の友人なんだ。」
と、すぐに士郎は元の顔に戻る。
表情が元に戻った事で葵もほっとするように胸をなでおろす。
「なんだ。士郎さんのその顔を見ていると、まるで幽霊でも見たような感じがしたので、気になっちゃいましたよ。」
「んー、どうだろうな。」
そうとぼける士郎だったが、俺の違和感は全くぬぐえなかった。
/
「疲れたー…。」
「…なあ憐…。」
「何だ?」
庭に面する廊下に座りながら俺は士郎の言葉に耳を傾ける。
正直同じ体制はやっぱ疲れる…。
一方の士郎は完全に不満がたまっているようで、
「俺はサーヴァントをこんなふうに使うってどうよと思うんだけどな。」
「うん、俺もそう思う。」
そう、俺達は今庭にいた。俺の手にはほうきとちりとり。士郎の手には剪定ばさみと芝刈り用の鎌だ。
天気はこんなにいいっていうのに、何が悲しくて庭仕事をしなければ…。
と言ってもこのまま黙々とやるのは完全に馬鹿げている。少し世間話でもするか…。
「大体士郎、今何人のサーヴァントが召喚されてんのか分かるのか?」
その世間話が聖杯戦争がらみって言うのも泣けてくるけど、そのうちレパートリーを増やすか。
士郎は若干考えて、こういう。
「んー、何人現界してるかって言うなら多分俺を含めて4、5人ぐらいじゃないか? キャスターじゃないからはっきりした事は言えないけど。」
「4、5人か……」
するとあと数日で始まる可能性もあるし、1ヶ月近くかかる可能性もあるわけだな。
随分と大雑把で困るな。それ。
そもそも俺は早めに召喚する事でクラスの選択肢を多くした。
だからここは士郎と共に万全の準備をする期間として使うべきだろう。
……さすがに戦争開始前に遠距離から狙撃させて勝つ事はしたくない。そうしてしまうと他のマスターに真っ先に狙われるだろうから。
やはり、この際話し合った方がいいかもな。
と、士郎は真剣な目つきになってこちらを見てくる。
俺も自ずと真剣な顔つきになってしまう。
「それで憐、どんな戦法でいくんだ? さすがに俺だってサーヴァント2人を同時には相手できないし、誰かと手を組むのか?」
そうか、やっぱり同時に相手はできないか。
いくら俺が剣の腕が良くてもサーヴァントを相手できるほどではないし、魔術の腕も芳しくないからな…。
それと、誰かと手を組むなんて考えてもみなかった。そんな駆け引きもあるのか。
この土地に住み始めて数年もたつ。
無論、この地のセカンドオーナーである遠坂の者にはちゃんと許可をもらっての事だ。
だから俺は迎え撃つパターンを取る事になるだろう。
だが、おそらく参加するだろう魔術師を3人しか把握していないのは痛い。
1人はアインツベルン。聖杯を求める、聖杯戦争を起こした3家のうち最も歴史がある魔術師の家系……。
いや、違うな。あそこは魔法使いの家系といっても過言ではない。
だからこそあそこは至る手段として聖杯を欲している。
そして最高の英霊を最高な形で召喚してくる事は間違いない。
姐さんはそのサーヴァントらしき人物を『凄腕』、『屈強』と断言をしていた。
だとしたら素晴らしい英雄をセイバーで召喚したのかもしれない。
次は遠坂。聖杯そのものを欲しているのではなくて、それをあくまで手段としてとらえる家系だ。
何しろ遠坂の家系は宝石の翁、ゼルレッチの門下。
だから聖杯を手に入れる事が目的ではなく、その先のために聖杯戦争に参加するんだ。
そして、遠坂はこの冬木の地のセカンドオーナー、つまり管理者だ。
地元で行う戦いなのだから有利といえば有利だろう。
「遠坂、か」
あそこは間違いなくマスターはあいつだろう。
だとしたら話し合いなんてまず無理だ。むしろするつもりもない。
「誰とも組まないで行こうかと思う。まあその辺は臨機横柄にするつもりだ。でもアインツベルンと遠坂とは手を組まないだろうな」
「マキリはどうなんだ?」
「マキリ?」
そっか。そう言えばマキリもあるんだった。
マキリ、か。
あそこに関しては残念ながら俺は知らない。
むしろあそこには全く関係しなかったし、調べようとも思わなかった。
だけど、何かしらのサーヴァントは召喚してくるはず……。
「あれ? マキリを知ってるのか?」
「えっ?」
俺の指摘に士郎は急にあわてだす。
確かに聖杯を作ったのは遠坂、アインツベルン、マキリっていうのはあるけれど、サーヴァントまで知ってるのか?
「サーヴァントは聖杯からその時代の知識をもらうからな。知っててもおかしくはない。」
「……なるほど」
ある程度聖杯に関する知識も知っててもおかしくはないな。確かに。
今は士郎の意見に同意するしかないだろう。疑う材料は全くないし。
「後はどうせ協会から派遣されてくる数合わせの連中ばっかだろ? だったら協力するなんて選択肢は望めないな。」
「そうか。だとしたら俺達だけで戦う事になるのか…。」
まあ、そういうことになるな。確かに。
「で、憐はどんな魔術が使えるんだ?」
「俺?」
俺の魔術、か。
そうだな……。
「主に身体能力の強化とか宝石魔術を使うな。五つの属性のも一応全部出来るけど――」
「アベレージ・ワンか。それはすごいな」
ちょ、それ五大元素使いの事か。そんなご大層な総称は過大評価もいい所だ。
「器用貧乏といってくれ。正直広く浅くしかできない」
「それと宝石魔術か――」
「そう、士郎の召喚だって宝石を使ったんだぞ」
おかげでストックは随分と減ったけれども。
それに俺は宝石魔術よりもなぜか詠唱をする魔術を好んで使う。宝石には限りがあるからとそうしたんだけれど、失敗か成功かは俺にも分からない。
「だけれども、俺は剣術での接近戦を好んで使うな。たぶんそこいらの魔術師相手なら勝てるだろ」
これには色々な理由が絡んでるけど、俺の魔術の師が関係しているとだけ。
それに正直な話、あの人に比べたらそこいらの魔術師なんて全く怖くない。
あの人とは姐さんの事ではない。もちろん姐さんも強いけど、俺なんかが遠く及ばない、とてつもない高い技術を持つ剣を使う人物だ。
それはもはや芸術と言ってもいいけど、いかんせん教え方が試合稽古しかないとくるから…。しかも午後行かなきゃならないし。
「……本当か?」
「ああ。さすがに代行者相手とかは苦戦するだろうし、サーヴァントを相手にはできないと思うけどな。
まあ、執行者より少し格下、と思ってくれればいいかな」
多分その辺りが今の俺の位置だと思う。
そこらにいる魔術師相手になら勝てるけど、戦闘に特化した魔術師にはまだ勝てない。そんなぐらいだ。
だからこそ鍛錬を怠ってはいけないのだが。
「それで、士郎の方はどうなんだ? アーチャーって言うぐらいだから弓だけ得意なのか、実はセイバーとかにもなれたのにアーチャーなのか。」
逆に俺は士郎に質問を浴びせる。
はっきり言ってこれは大事だと思う。それによって敵への対処の仕方が全く違ってくるから。
前者の場合は俺がサーヴァントと戦ってアーチャーに援護をしてもらうか、アーチャーにサーヴァントを何とかしている間に俺がマスターを倒すか。
後者なら比較的俺の負担が楽になる。俺はアーチャーの援護をしながらマスターと戦う事になるだろう。
「一応魔術ができなくもない。それから接近戦もできなくはない。」
「え…? それっていわゆるオールマイティー?」
「いや、器用貧乏ってやつだ。あくまで俺はアーチャーだから、そっちの方をメインにして戦いたい。でもサーヴァントと戦おうなんてしないでくれよ。」
なるほどね。俺はそう思いながらうなづく。
「分かった。補助程度の魔術なら一応できるからな。」
「……接近戦を得意としてて補助は大丈夫なのか?」
「まあな。俺の周りには結構突っ込んでいく人が多かったせいで、彼らの補助を覚えるしかなかった」
これが現実だったりする。
と言うかまだ未熟な俺を放っておいてとっとと先に行ってしまう事などしょっちゅうだった。
それがどんな状況だったかは言いたくもない。
「じゃあ、肝心な事を聞くけれど……」
聞こうとしてる俺の方が緊張してしまう。
何しろ今から言う言葉の答え次第でこの先の運命が決まったようなものだからな。
頼むぞアーチャー。
「それで士郎。宝具は一体何なんだ? 教えてくれ」
「宝具……か。やっぱ言う必要あるか?」
「当然」
俺はきっぱりと言ってやった。
宝具。それは英雄の象徴。
例えばエクスカリバー。アーサー王の持つ聖剣のカテゴリーで最高のものだ。
例えばゲイ・ボルグ。かのクー・フーリンの槍で正直グングニルや聖槍ロンギヌスと並ぶ、槍の中では最高峰のものだ。
例えばヒュドラの毒がぬってあるヘラクレスの弓。あの大英雄ケイローンですら死を切望するほどのもので、正直矢としては最高かもしれない。
その宝具は英雄の生き方をそのまま表しているって言っても過言じゃないし、その良し悪しで英雄の強さは決められてしまう。
まあ、普通は宝具が強いから英雄が強い、ではなくて、英雄が強いから宝具を使わなきゃいけなかった、だろう。
では俺の召喚した未来の英雄、アーチャーはどのような宝具を?
神秘性はこれからも失われていくだろうし世界に知れ渡るほどの弓矢をこれから持つ人はいないだろう。
だとしたら一体……。
「――――
魔術の詠唱――。
そう思うと士郎は両手を合わせる。
「宝具を見せてくれ」、で魔術を行う。
どんな大魔術だからって魔術は魔術で宝具にはなりえない。だからキャスターは魔術以外のものを持っているはず。
魔術そのものが宝具、つまりそれは……。
もしかして、魔法か?
……んな馬鹿な。それならサーヴァントなんてやってないだろ。
「――――
虚空から士郎の手元に出現したのは剣だった。
それもただの剣ではない。俺が今まで見てきた魔術用具なんかよりもはるかに強力な概念武装だ。
もしかしてこれが宝具、か?
「剣の宝具……。比べるのも失礼だけど、この世界に残ってるどんなものよりも強力だな……」
物の鑑定はあまり得意でない俺でも分かるほどの高みにあるものだ。
これがアーチャーの宝具……。
「ん?」
そこで少し疑問が出現する。
「なんでアーチャーが剣の宝具? 複数に該当する英霊ならともかく、アーチャーはアーチャーなんだろ?」
「ああ」
「……じゃあこれ、何だ?」
確かにそれは宝具だ。それは間違いない。
でも弓騎兵が剣の宝具を使う事はあっても、弓の宝具がないはずがない。
じゃあこれは……?
「ジュワユース」
「ジュ……ジュワユース……!?」
ジュワユースフランスのシャルルマーニュが所持していた剣で、ローランの持っていたデュランダルと並んで有名だ。
そして柄の中にはあの救世主殺しのロンギヌスの穂先が入っていたとかないとか。
それが士郎の宝具だっていうのか……?
「何でシャルルマーニュの剣が士郎の宝具なんだよ。未来では士郎が所有者なのか?」
「いや、違う。これは投影魔術なんだ。」
「投影魔術……」
魔力を直接物体の具現化に使うって、あれか?
「そんな。世界からの修正食らって数秒で崩壊するはずだろ。」
そう、そんな無から有が創れるはずがない。いくら英雄だからって魔法がおいそれとできるはずもない。
「だから、それを可能としてるのが俺の宝具。たいていこれで矢を『投影』して飛ばしてるな。」
「うそ…! そんな『投影』ができるのか…!」
だとしたら小判とかを大量に投影したら…!
「金儲けには使わないからな。」
「う…っ!」
一発で看破か。ちょっと無念。
もしかして生前にもそんな経験あったとか?
だけど世界からの修正を受けない『投影』。ある意味これはものすごい事だぞ。
何しろ武器を作れるし矢は無限、宝具すら創れるのだからそれはとんでもないものだ。
それを使ってどんな戦いをするのか、本当に気になる。
さて、今までの事をふまえると…。
「…まあ、やっぱ戦いは避けた方がよさそうだな。特にまともに聖杯戦争してるやつらは」
「なんでさ。相手の方はそうは言ってくれないだろ」
「だから逃げる。主張を変えさせる事ができればいいんだが、無理な連中がいそうなんでね」
戦いは生き残る事も大切。
自分の事は悲しいほど分かってるから(いやほんとは分かってないかもしれないけど)、あえて静観する作戦に出るつもりだった。
アーチャーはセイバーやランサーのように接近戦を行うのではなく、キャスターのように策を張り巡らせる戦いが向いている。
アーチャーがそれを好むかはさておいて。
「ああ、ただし……」
だけど、これだけは言っておく必要がある。
それは俺がマスターだからでも魔術師だからでもなく、1人の人間だからだ。
俺は士郎に対して面を向かい合わせる。
そんな雰囲気を悟ったのか、少し士郎の顔つきが変わる。
「一般の人を無差別に襲うやつは真っ先に片付けるぞ。策は練るけれど、多分策をこうじる間も無く戦う事になると思う。これだけは譲れないからな」
「……分かった。俺もそう思うしな」
「それは良かった」
若干の考えはあったけど、士郎は俺の意見に同意してくれた。
これはよかった。どうやら俺と士郎の相性はとりあえず悪くはないみたいだ。
「それともう一つある」
「一体何なんだ?」
そしてもう1つだけ言いたい事があった。
「遠坂のマスターが出てきた時だけど、彼ともできれば決着をつけたい」
「決着を?」
「ああ。決着、だ。俺とは相反する考えを持ったあいつとは、な」
そう、これこそが真の目的だ。あいつを許すわけにはいかない。
それは俺自身の生き様にかけても。
何しろあいつは……。
「……分かった。そうしよう。」
「よし」
士郎がうなづいてくれるのを見てとりあえず手をぐっと握る。
とりあえずは俺の希望通りに事が運んでくれそうだな。
さて、
「じゃあ次は聖杯戦争前の話になるけど…。」
「聖杯戦争前?」
「戦争を始める前に色々と準備をしておく必要があるからな。葵に頼んでおくから今日一日でこの町を見て回って欲しい。」
地の利便を知っているのと知らないのとでは大きく差が出るからだ。特に士郎はアーチャーだし。
「その後はなるべく街を観察して、マスターらしき人を見かけたら報告してくれると助かる」
「なんでさ。それって憐とは行動を別にしろって事か?」
「ああ、そのつもりで言ったけど?」
それが何か? と言おうとしてアーチャーがため息をもらすのがありありと分かってしまう。
「憐、聖杯戦争の事は分かってるよな?」
「分かってる。つまり士郎は「マスターがサーヴァントを連れないで行動してたら格好の餌食だって言いたいんだろ?」
その点はぬかりはありません。
とても情けない作戦だけど、こんな感じだ。
「むしろ俺と士郎が別行動をとる事で俺が魔術師だって知らさないんだ。
幸い魔力隠しの魔術道具はあるから、俺が魔術師だって知ってるのはセカンドオーナーぐらいだ。
これなら聖杯戦争が始まっても静観に徹してられる可能性も出てくるだろ?」
「まあ……確かにそうだけど……」
やはりいまいち納得してくださらない我がパートナーアーチャー。
まあ、問題はそのセカンドオーナーがサーヴァントをけしかけたり、とかキャスターが俺を探知したり、とかされたらどうなるかって事ぐらいだ。
だけどせっかくこれだけ早くから召喚しているんだから、ずっと家に閉じ込めていく事は馬鹿げているし。
そう、せっかく意思を持ってこの世界に来たのだから、少しぐらいは味わって欲しいと思う。
「いざとなれば令呪を使う。その後はその手は使わない。これでいいか?」
「……分かった。憐がそういうならそれに従う」
従う、この言葉に俺は引っかかりを覚えてしまう。
「ちょっと待った士郎。従うって言葉は使わないでくれ。ただでさえサーヴァントって言葉は使いたくないほどなんだから」
「いや、そう言われてもサーヴァントはサーヴァント。マスターに聖杯を献上するために召喚される使い魔だ。それを否定する事は……」
「それなんだが、俺の考えは全く違う」
これを言うとは思わなかったけど、これから士郎とは長い付き合いになる。
なら今のうちからこの点ははっきりしておかないといけない。
「いくらこの聖杯戦争ではサーヴァントとして召喚されてても、元は英雄だった事に違いはないだろ。
召喚する俺なんて魔術も剣技も足元にも及ばないほど高みにいる存在だ。そんな士郎たちに敬意こそ払えど、使い魔みたいにする事はできない」
「憐、それは……」
ああもう、あくまでサーヴァントにこだわるか。
それなら俺にだって考えはある。
「令呪使うぞ。文句があるなら」
「ええっ!? 憐、分かってるのか? 令呪はサーヴァントに行使できる貴重な命令権……!」
「なら自分をサーヴァントだからとか卑下する事は禁止な。俺もできればこんな事には使いたくないけど、それも仕方ないかなって思う」
俺はそでをめくって令呪を士郎に見せ付ける。
令呪、サーヴァントへの強制命令権。
サーヴァントがどんなに不本意でも従わせる事が出来るもので、3回まで使用できる。
ただし、3回目を行えばサーヴァントとの契約は解消される。
マスターとサーヴァントは、本来はるかに格上である英霊が奴隷として魔術師に従うものだ。その不満を押さえつけるものが令呪だ。
ただ、そんな主従関係は俺は嫌だ。
大いに矛盾しているけれど、令呪を使ってでもそんな関係は築きたくはなかった。
そんな俺の気持ちを分かったのか、それともあきらめたのか、士郎はうなづいてくれた。
「分かった。つまり主従関係、と言うよりは対等な関係なわけだな?」
「ああ。経験は間違いなく士郎の方が上だろうから、俺に至らない点があったら遠慮せずに言ってもらいたい」
むしろマスターの方がサーヴァントから学ぶ事が数え切れないほどあると思うんだけど、他のマスターはどうするつもりなんだろうか?
だけどこれで最低でも俺たちは主従関係ではなくなった……と思う。
「と言う事は憐はいつもどおりにすごすって事だよな」
「ああ」
そう、いつもどおり俺は過ごす。
日常生活を変えない事で俺と言う存在が何か特別な事をしている印象を拭い去る意味もある。
もちろんそうと見せかけて準備を怠るわけにはいかない。
まだ冬木は外国の人は珍しい。そういった人が来れば間違いなく話題に上る。
生活をする以上、何かしらの怪しい動きがあればすぐに噂になるからだ。
実際ディートたちの事も既に話題に上がっている。
街で何気なく過ごすことも情報収集につながるってわけだ。
「……なら一般の人みたいに過ごしてるのはごまかすためなのか?」
「一概にそうでないとも言い切れないな。それも理由の一つだし」
俺はわざとらしく身振りをしてみせた。
まあ、正直魔術師みたいに殺伐とした生活を送りたくない、と言うのが一番だ。
俺はあくまで自分のペースで人生を刻む。
ただそれだけの話だ。
「じゃあ魔術の鍛錬は?」
「深夜に簡易的な工房に立てこもって行ってる」
と言っても知識の向上は無理です。文献が壊滅的に足りません。
俺がもっぱらやっているのは技術の維持と宝石への魔力蓄積、そして俺自身の魔力向上だ。
それに、今あげなければならないのは魔術の知識じゃない。
「それよりも俺は剣の鍛錬をしてるんだ」
「剣の鍛錬?」
「ああ。剣術には俺より優れた剣士が結構いるんでね。その人にこの頃教えてもらってるんだ」
「へえ。そうなのか」
接近戦の戦力向上、これが俺の今の命題だ。
もちろんサーヴァントに立ち向かうなんて事はしない。
あくまで俺の相手はサーヴァントを従える魔術師だ。
だからどんな魔術師が相手になろうとも対処できるようにはしておきたい。
……なんて理由は建前に過ぎない。
俺は単純にその人にあこがれているだけだった。
「百年後はどうだか知らないけど、この時代は明治維新が終わった直後だぞ。すぐれた人がいたっておかしくないだろ。」
「そう言えばそうだよな。」
士郎は何かを思い出しながらつぶやく。当然俺にはそれが何かは分からないが。
と言ってもあの人の強さは尋常じゃないし。一体どんな生活送ってたのか本当に知りたい。
「じゃあ俺もその人に鍛えてもらうかな?」
「あー、その人妙な所でカンが鋭いから、士郎見たら「お前、幽霊か?」とでも言いそうだし、姐さんと違って誤魔化しきかないし。」
そう、ごまかしは聞かないし効かない。
一度姐さんに急用頼まれてあの人との稽古に遅れたらもうそれは……。
ああ、思い出しただけでも三途の川が見えてくる。
「おーい。戻ってこーい。」
士郎の呼びかけが遠くから聞こえて…ってやばいじゃん。本当に渡るところだった。
「あ、ごめんな。てなわけだから、稽古をしたかったら師範に相談してくれ。あの人を除けば多分この町では最強だと思うから。」
「分かった。」
「よし、じゃあそろそろ昼の用意をするか…。」
本当は2食でもいいんだけど、姐さんは3食にすると言って聞かないからな。
俺は背伸びをしながら立ち上がって台所の方へと足を…。
「憐。」
「何だ?」
「掃除用具。」
「あ。」
振り向くとそこにはぽつんとおかれていた掃除用具。
その後ちゃんと片付けました。
/
「あー毎度思うんだが…。」
俺は誰もいないその場所で独り言をつぶやく。
もし誰かいたらまず変質者扱いされるだろうなーと思いながらもそれを止めない。てゆうか止められるか。
「ここの階段、多いよなー。もっと段数減らして欲しいよなー。」
そう、俺が今上っているのは果てしない階段だった。
しかもドンドストップザ駆け足。ようはとても疲れるって事だ。
俺が今いるのは柳洞寺と呼ばれる場所だ。
俺の剣の師であるあの人はここにいる。てゆうか自宅からここまで駆け足で来いなんてすっごくキツイし。
毎度の事ながら階段の両隣は杉林があって、ちょっと奥でももう薄暗い。正直迷いそうだ。
息をきらしながらも、何とか俺は山門までたどり着き…。
「遅いぞ馬鹿者が。」
頭部への一撃で即行意識を失った。
気がついたときはまだ山門にいたりする。
ようは気絶させた犯人は俺の介抱などという甘い事はしてくれなかったわけだ。
分かっていたこととは言え、悲しい…。
「
「あの一撃で昏倒するお前の方が悪い。ワタシに落ち度などない。」
しれっと言ってくれますな英ねえ。昏倒される身にもなってください。
この人は柳洞寺に住んでいる女性で、優れた剣士だ。
肌はそれこそ白人よりも白く髪は脱色された金、瞳はまるで神話に出てくるような黄金。服は対照的に黒で統一されていて、更に強調されている。
その容姿は、はっきり言っちゃうと俺よりも年下だ。せいぜい10代半ばだろう。
だが人は見かけによらずとはこの事。この人もう既に60歳を軽く超えている。
そして、俺はこの人に剣を教えてもらっている。
この人の剣はどこまでもまっすぐで、理想に近いものがある。
日本の剣で言うなら確かに師範や姐さんに習うべきだけれど、英ねえの剣はそれでは収まらないんだ。
言ってしまえば、昔の騎士みたいな。
この人の過去は正直分からない。聞いても話してもくれないし、調べる事もできない。
ただ分かっているのはミサトと言う名のこの寺で厄介になっていた人物の妻らしい。
らしいと言うのは俺自身ミサトさんにはあまり出会っていないからだ。80才前後らしく、師範と同じぐらいだ。
……まあ正直、ミサトさんはどうでもいいし。
「それでレン、ドウメキの仕事は終わったのか?」
英ねえは既に稽古の準備を終えており、手には竹刀が握られている。
油断しているとさっきのようにあっさり昏倒させてくるから、気をつけないと。
「ああ。滞りなくな」
俺は最大限の注意を払いながら竹刀を取り出した。
そして、他のものを隅に置き、構える。
「それで、その右手の包帯はどうした?」
「あ、この右手か…。」
令呪隠しに包帯を巻いてみたんだけど、やっぱり気にされたか。
もう少しうまい隠し方は後で考える事にしてたんだ。
「料理でしくじって治療した」
「そうか。その程度なら稽古に支障はあるまい。さあやるぞ」
「分かった」
俺達は寺の若干広い所に陣取り、互いに剣を構える。
英ねえは中段の構え。最も攻防のバランスが取れた構えで、剣は相手の喉に位置している。
対する俺もやはり中段の構え。攻防に優れたそれでないと正直英ねえに一方的にやられるだけだからな。
「ではいくぞ、レン。」
「こちらも行きますよ。英ねえさん。」
俺と英ねえはほぼ同時に飛び出した。
まず先手をうったのは俺。突きは体のバランスが崩れるから却下。まずはオーソドックスに頭部への一撃を狙って竹刀を振り下ろす。
当然英ねえは竹刀でそれをガードし、切り替えしで逆に面を狙ってくる。
俺は竹刀と体をずらしてそれをかろうじてかわし、英師に体当たりをする。
つばとつばがぶつかり、つばぜり合いの形となるが、あいにく俺たちがやっているのは剣道ではない。
英ねえは足をうまく使って俺をころばせようとするのは分かっているから、力任せに俺は無駄な攻撃をしかけつつ間合いを離す。
「なるほど。」
もちろん間合いが離れれば間合いをつめるのが常識。
英ねえはとてつもない速度で間合いをつめていく。
「ふっ!」
「はあっ!」
気合とともに俺と英ねえは竹刀を一閃させる。
互いの竹刀は互いの中間よりやや俺よりでぶつかり合う。
やはり英ねえの方が速度は上か!
「なら…!」
竹刀の長さは俺の方が多少長い。
ならばと俺は竹刀がぶつかった瞬間にそれの軌道を変え、英ねえの右胴を狙い…。
「スキだらけだ。」
英ねえの俺を一撃でまた昏倒させるだろう攻撃を俺の頭に振りおろす。
もちろんそれも想定の範囲内だ。
体勢は崩れるが、首を傾けて肩にそれを当てさせる。
英ねえの腕なら俺が首を曲げた瞬間に軌道を変えて攻撃をする事も可能だろうが、それではダメージが少ないと判断したのだろう。
「もらった!」
「いい案だが、まだまだ甘い。」
その瞬間、俺の竹刀は上にあがっていた。
判断できたのは何らかの衝撃を受けてそうなった事。
それが何かはとりあえずどうだっていい。
今は一刻も早く間合いを離さないと…!
俺はそう思う前に既に地面を転がっていた。
何の事はない。俺自身から転がっただけの話だ。
そしてすばやく剣先を英ねえの首に向けて、攻撃に備える。
「足か…!」
俺の竹刀を飛ばしたのは、英ねえの左足だったようだ。
ただ俺のする事をあらかじめ読んでいて、竹刀をタイミングよく蹴り上げただけだろう。
「ふ…!」
気合とともに俺は立ち上がりながら英ねえに突きを行なう。
「見苦しい。そんな単発な攻撃はするな。」
何とでも言え。ようは英ねえを気絶させればいいのさ。
英ねえは俺の突きを小手を打つことで対処しようとする。
が…。
「それが俺の狙いだ!」
俺はその小手を払い、英ねえの剣を別方向にそらす。
つまり、英ねえは今無防備だ。
俺は遠慮することなく、その払った竹刀の位置からそのまま英ねえの首を狙う。
これが決まれば苦労することン年、ようやく報われる…!
が、それが達成される事はなかった。
英ねえはあろう事か、体を俺の横へと移動させていた。
「かわした!?人間の反射神経じゃないし!」
そして英ねえの竹刀が再び俺の頭部を襲い、昏倒させたわけで。
「いつもよりはねばったが、まだまだ剣が荒いな。それとワタシの剣が若干まじってる。己の剣を見つけない限り上達などしないぞ。」
「はあ…。」
頭を水で冷やしながら俺は英師の言葉をしっかりと聞く。
「それと先ほどのように「この一撃で決まる」と思い、慢心していると勝てる戦いも勝てないぞ。常に相手が健在である事を頭に入れろ。」
「はい。」
「まあ、上達は見られる。お前には才能はないんだから、その分稽古で埋めなければな。」
「そこは分かってる。」
剣でも魔術でも俺には才能が大してないぐらい既に分かっている。
だからこそ俺はこうして連日稽古をしてるんだ。
「では続けようか。時間は待ってくれないぞ。」
「む、分かった。」
頭はまだ痛むが、確かに時間は待ってくれそうにない。
ならば俺は俺のできる事をやるだけだ。
/前15日(前8日)
その後の俺の生活には全く変わりはなかった。
午前は朝食を取ったら英ねえとの稽古。毎度昏倒させられてます。
午後は士郎と供に茶店に行ってある程度話し込んでから家で魔術の鍛練を詰む。
その後は本を読みながら就寝でおしまい。
さすがに生活費の問題もあって時に仕事がてらに家の掃除を済ませたりと色々なことをしている。
士郎は本当に姐さんと稽古をしてるらしい。
姐さん曰く、
「士郎くん、小太刀二刀流使いなんてめずらしいからなれるのに時間がかかっちゃってさー。それに私より強いんだよー? もう悔しくて悔しくて」
などなど。
英霊に勝てる姐さん、人類最強だと思う。よってそれでいいと思う。
で、肝心の他のサーヴァントとはちあわせする事は全くなかった。
士郎が町の生活に溶け込んでいるのだから、一度ぐらいは顔を合わせてもおかしくないと思っていたのだが、なぜかそうだった。
こちらとしてはその方が助かるからそれでいいけど。
そして俺の一番気にかけていること、それは。
ディートリッヒが一回も姿を現さない事だった。
「ディートさん、この頃見かけませんね」
「そうだな…。」
茶店で俺は葵とそんな事を話しながらお茶をすする。
さっきまで英師と稽古をしてたせいで、左腕がまだ痛い。
さすがに竹刀を腕で受けるなんて莫迦な考えだったか。
「本当にどこにいるんでしょうか」
「それは芸術家とやらの屋敷だろうな」
と、当然の事を言うけれど、問題はその芸術家の屋敷……つまりアインツベルンの城からなぜ出てこないのか、だ。
ディートは料理兼買出し担当なのだから、絶対に顔を出さないといけないはずなのだが…。
「あれ? でもこの前市場で見かけたぞ」
「違うって、そりゃあジェイナって娘だろ? それなら小生も会ったぞ。」
健さんたちがそんな事を話している。茶店にいる全員が気にかけているようだ。
そう、買出しはジェイナと呼ばれる別の人が行なっていた。
彼女が言うには、
「ディートの気分、優れない。当分休養が必要」
との事だ。当分屋敷の方で仕事をするらしい。
気分が優れない理由を聞いてみたが、大した事は得られなかった。
「本当にどうしたんでしょうかね…。」
「…。」
葵のつぶやきに、俺は答えることはできなかった。
「…ちょっと辺りをふらついてくるよ。」
「あ、いってらっしゃい。」
俺は葵に軽く手を振って店から出る事にした。
これ以上店にいても憂鬱になるだけで、いい思いなど何一つできそうにない。それが単純な理由だった。
たった数日会っただけだが、俺はディートとはこれからも話していける相手だと思った。
恋愛感情は残念ながら持ちそうにないけど、それでも好感はとても持った。
「んー、アインツベルンが侍女を監禁しておく理由……?」
そんなもの思いつきもしないだろう。大体監禁って何だよ。
その時、俺は誰かとぶつかってしまう。
自分は大丈夫だったが、相手の方が倒れてしまったようだ。
考え事しながら歩くと周りが見えなくなるクセはいい加減抜いたほうがいいな…。間違いなく。
「す、すみません。大丈夫です……か……?」
「いえ、私は大丈夫ですか……ら……」
そして、俺とその人物の言葉は同時に止まった。
まさか、との思いとああよかった、との思いが複雑にからみ合う。
そう、俺の目の前にいる人物は間違いなくディートリッヒだった。
to the next stage…
憐の日常編Aはこれにて終了、次はディートサイドで物語は進み、そのまま真面目に聖杯戦争突入します。
ところで余談ですけど、この小説で初代ロアがらみの話書いてしまうと『汝、目をそらす事なかれ』を書く意味がなくなって
しまう気がするんですよねー…。
それと、とあるサイト様のwebコミックやイラストを拝見してアルトルージュ、黒の姫君の印象がとてつもなく変わりました。
それが今後自分にどんな影響を与えるのか楽しみでもあり、不満でもあります。
それでは次の話で。
2006年5月20日
2006年9月1日 英の呼び方を修正
2007年1月25日 第一更新
2007年10月24日 第二改訂