/前30日
これは夢かそれとも現実か。
僕がいる場所は見た事のない、山間にたたずむ城の前だ。
この世俗とは何もかもかけ離れた無垢な白い城。それを何と形容すべきか。
なぜか僕の足は庭園の方へと伸びる。
本当に理由などは分からない。運命にでも導かれているのか。
庭園は花で覆われていた。たとえその場が夜であっても、月光でそれがありありと分かる。
その月も、白い城と花園を一段と美しく際立たせ、そして自身もまた己の存在を誇示するかのように輝く。
だが、その場にいたアレに比べると何ともまあささいなものだろうか。
そこには、全てがあった。
ありたいていに言ってしまえばその言葉しか思い浮かばなかった。
全てを超越するその女性はただそこにいた。
だがそれでもその場の世界そのもののように見える。
人はそれを神と言うのかもしれない。
「起きろーっ!」
唐突に世界は変わり、僕は天井を見ていた。
見慣れない部屋の装飾、そして見慣れた人物。間違いなく僕の見知った世界だ。
濃い霧がかかった以上にぼやける自分の意識を無理やりに覚醒させる。
目をこすってもう一度よく辺りを見渡す。
見慣れない家具と見慣れた女性、ジェイナがいる事に全く変わりはない。
自分はこれでもかと言いたくなるほどに盛大にベッドからおちていた。何気に布団ごとという所がミソ、などとくだらない事を考える。
まあ、その原因はジェイナが僕の布団をはいだ事にあるんだけどね。
「ジェイナ…、おはよう。」
「おはようか。ディートが寝過ごす事、めずらしい。」
確かに。ヨハンほど早くはないけど、ジェイナに起こされる事はまずなかった。
あの夢のせいだろうか。あの…。
「あれ?」
首をかしげる。それでも一体何の夢を見ていたのかを思い出せない。
あれだけ鮮明なものを見たのだから、はっきりと覚えていてもいいぐらいなのに。おかしいこともあるもんだ。
隣ではジェイナも同じように首をかしげている。僕の動作が不思議らしい。
…待てよ。そういえば僕って…。
「ねえ、どれだけ寝過ごしたの?」
「そこまでは。今から急いで用意すれば十分許容範囲。」
そうか。ならばまだベッドで横になっていたい衝動をとっとと抑えて朝の用意をしなくては。
僕は顔に一発気合を入れると、立ち上がって着替えを始める事にした。
Fate/the midnight saga(仮)
第2話
/
「あれ?おいしい。」
「お褒めをいただき、大変恐縮です。」
僕はお嬢様の感想に会釈でかえした。その後に軽くその料理について説明を加える。
朝食の時間、僕らは食堂にいた。と言ってももちろん食事をしているのはお嬢様ただ1人だ。
僕は隅で待機、ヨハンは皿を運んだりとお嬢様のそばにいる。セイバーは屋敷の見張りをしているし、ジェイナはベッドメーキングに行っている。
ようは主人と供に使用人がたべるはずもないと言うことだ。
この屋敷、はっきりと言ってしまえば祖国のと何ら変わるものはなかった。…あくまで雰囲気が。
もちろん間取りや外の環境などは全然違うが、ここがニホンかと思うぐらいだ。
…と言ってもあそこには大勢がいた。僕たち使用人だって数人なんてものではなかったし、仕えている人物も大勢いた。
今ここにいるのは5人だけだ。従っている相手がお嬢様だけなのだから、これでも十分と言えば十分なのだが…。
正直ニホンの野菜を使って料理をしたものだからいささか自身がなかったが、お嬢様がもらした感想は僕の不安をあっさり解消してくれた。
「…こんなふうな料理、いつまで続きそう?」
「聖杯戦争が終わるまでは確実にもつと思います。私もまさかここまで材料がそろっているとは思いませんでした。」
もちろんそれはニホンの食材ではなく、屋敷の備蓄だった。
一体誰が事前に運んできたのか、それとも空間転移でも使ったのか(だとしたらあほな労力の無駄だと思うけど)、食料は万全なものがあった。
あれこれと考えていたこちらがばからしくなってくるぐらいに。
とは言っても食材の保存もままならないのだから、町での調達はかかせないだろうけど。
「そう、それなら安心ね。料理の違いって結構深刻だと思うから。」
「確かに環境の違いはいただけないですね。」
一応そうは言っておくけど、正直ノーコメントだ。何しろその『違い』を味わった事がない。今回が初めてだから。
お嬢様はにこっと笑うとこちらに期待のまなざしを送ってくる。
「ふう…。これからもこの調子で頼むわね、ディート。」
「かしこまりました。」
お嬢様はナイフとフォークをそろえて皿におき、ナプキンで口をぬぐう。
正直な話を言えば、その言葉はちょっとうれしかった。
僕はお嬢様の食べ終えた皿を食堂から下げる。後はこれを洗って厨房を綺麗にするだけだ。
後は至極簡単。お嬢様の料理を出す前に僕らは軽い朝食を済ませていたので、各々の仕事にとりかかっていた。
何しろこの屋敷、はっきり言えば大掃除は免れなかった。最低限の所は昨日済ませたけど、細部は全く手付かずだ。
それをお嬢様とセイバーが外出している間にすませる事に。
「ディート!それそっちじゃないわ!」
「ええっ!?」
「あ。」
「ってそれ中世の有名な画家が書いた絵画なのに!」
「これ…すごい埃ね…。」
「本当に、もっと定期的に手入れをして欲しかったよ。」
…。
まあ色々な苦労もあって、終わったときにはもう夕方だったりする。
そんなわけで今度は夕食の準備をしなくては…。
「それで、他のサーヴァントは既に召喚されていたのですか?」
夕食の後の団欒、お嬢様はソファーで紅茶を飲みながらくつろいでいる。もちろん僕達は待機だ。
こんな本が面白かった、とかそんな日常会話などがあるはずもなく、ヨハンが口にしたのもそんな話題だった。
「んー、私が最初だと思うんだけど、既に何人か召喚はしているみたい。と言っても遠坂とマキリぐらいだけれども。」
参加するわけでもない僕たちにこの話題について話す、それがほんの少しでも僕らが頼りにされていると思うととても嬉しかった。
「まあ、むこうがどんなサーヴァントを召喚してこようと、私のセイバーにはかないっこないんだから。」
失礼だが、その自身はどこから来るのだろうか。
聖杯戦争に参加する、それはつまりサーヴァントを従え、戦いあう事だ。そして、サーヴァントより弱いマスターが当然ながら狙われやすい。
つまり、マスターになる事は死と隣り合わせだという事だ。
確かにお嬢様は優秀な魔術師だろう。でもサーヴァントと戦えるほどかと言うなら、違うと僕は断言する。
ならセイバーにその確固たる自信の根拠が?確かにセイバーは全サーヴァントの中でも最強と言われているけど…。
「その顔、私のセイバーが誰だか知りたい、そうでしょう?」
「へ?」
僕は思わず自分を指差して間抜けた声をあげた。
はっきり言ってお嬢様が僕に話題をふってくるなんて予想外もいい所だ。
しかも、わりと考えていた事と近いのだから、驚きも倍増する。
「少し考えたら分かるかもよ♪」
「ええっ!?」
僕は思いっきり頭を抱え込んでしまう。
困った。はっきり言って困った。
僕は自慢ではないけど洞察力は皆無に等しい。それは他の人ぐらいにはあるけれども。
かと言って「分かりません。」だけだと間違いなくお嬢様を侮辱する行為に当たるだろう。じゃあ少し考えてみよう。
えっと、まずは整理だ。
あのセイバーは大柄な体つきに整った顔、と言ってもよく聞くランスロットみたいに細顔のハンサムではなく、いかにも戦士な感じだ。
そしてその雰囲気から欧州の人物だろう。さすがにそれ以上は分かりそうにない。
持っている剣。普通の対人専用の剣ではなく、けものを狩るような大剣に見えなくもない。と言うより3メートル以上もある大剣だ。
その大剣と大柄な体から推測される戦法は間違いなくパワー型のセイバーだろう。だとしたら…。
「あの剣はデュランダルで、真名はローランでしょうか?」
ローランはあのフランク王国の最盛期を創りし王、シャルルマーニュの甥で12勇将の1人だ。
彼なら打倒だと思うんだけど、どうかな?
「ぶー、違うわよ。そんなんじゃあ自信を持って戦えないわ。」
「随分とひどい言い方ですね…。」
いくら彼の結末があーでも…。て言うかその効果音なんですか?
でもそう言うのならもっと強い人物だろうか。
「ではアーサー・ペンドラゴンとか…。」
「んー、違うわ。アーサーのエクスカリバーってあんな大きかったっけ? もっとすごい人よ。私が自信を持ってそう言えるわ。」
違う? ではギリシア神話の英雄だろうか。
でもどうも彼とイメージが一致する人物がいないのだけれども…。
「時間切れ。また今度見当がついたら言ってみてね。」
「あちゃー…。」
思わず額に手を当ててそうつぶやいてしまう。
何というか、もう少し知識を増やした方がよさそうだな…。うん。
「でもこれだけは言えるわ。彼はとてつもなく強いわ。期待してていいわよ。」
お嬢様はそれだけ言うと紅茶を飲む。
主な会話はそれっきりだった事をつけておく。
/前29日
次の日、ようやく落ち着いてきたので僕は買出しのついでに町を回る事にした。
町人が時にあわただしく、時にゆっくりと道を進んでいく。多種多様というべきか。
そんな中でも僕は侍女服のままなので、かなり目立っているのは相変わらずだった。
天気はこっちの気が軽くなるぐらいに晴れやかだ。こんな日は外でのんびりしていたい。
と、
「ディート!また会えたな!」
声をかけてくるのはレンだ。相変わらずの和服で、女性が嬉しがるようなさらっとした髪質をしている。
彼を女装させたら大和撫子さながらになるかもしれない。今度進言してみようかな?
腰にはなぜか刀がささっている。確か帯刀は禁止されたはずだけど、脇差までしっかり。
「レン、こんにちは。今日はいい天気ですね。」
「うん、実にいい天気だ。こんな日は外でのんびりしていたいよ。」
あ、僕と同じ感想をもったんだ。ちょっと嬉しいかも。
そんな自分の思いをよそに、彼はこっち方を覗いてくる。
「…あの、何か?」
「また敬語になってるよ。」
「あ。」
思わず口の方に手をやってしまう。うーん、どうやらクセは簡単に取れそうにないなぁ。
しばしの静寂が訪れる。
困った。一体何を話せばいいのか分からない。お嬢様が相手だったらこちらから話すことは少ない上に話題は自然に出てくるけど…。
「あ…あのさディート。」
「へ?」
と、その心配は杞憂に終わったようだ。レンの方から話してくれた。
「なんでしょ……じゃなくて、どうしたの?」
「ディートさ、これから暇?」
「暇?」
暇と言われたら暇でないと答えるしかない。
これでも僕は忙しい身なんだけれども、それをジェイナ達に押し付けているのだ。後で何か言われそうだな…。
てゆうか言われるだろうな。まず間違いなく。
ではどう答えるべきか?
「…まあ、暇と言うのなら暇だけど。」
結局ある程度の嘘を話す事にした。
いざとなれば断ると言う手段があるし。
「それはよかった。ほら、おととい茶店での紹介が不十分だったからさ。それをちゃんとしておきたいかなーって。」
ああ、あの葵さん達がいたところか。確かにあそこはレンにとっては行きつけなのだろう。
だとしたら少し興味がわいてくる。
「分かったよ。僕でいいのなら。」
「んじゃあ早速行こう。そうなるだろうと思ってみんな集めておいたんだ。」
それはいくらなんでも話が早いと思うけど。
「へえ、みんなを…。レンの知り合い?」
「そ。みんないい人ばかりだ。ディートの事も気に入ってくれるって。」
レンの知り合いか…。あの葵さんや次郎というご老人以外に誰がいるんだろうか?
あれ?ちょっとまてよ…。みんなを集めておいた…?
「それって、僕が断ってたらどうする気だったの?それにそもそも僕を見つけないと話にならないんじゃあ…。」
「多分俺の振られたって事を肴に色々と話がもりあがると思う。」
「そ…そう…。」
随分とすごそうで…。もしかして昨日もその話でもりあがったとか?
「あ、ディートリッヒさん。」
店に入って一番に聞いたのは正にやさしいを形容したかのように甘い声だ。
店は締め切っているわけではないので、特ににおいはしないけど、それでも菓子の甘いあまいがただよってくるようだ。
その中でその声の主がレンの方にかけよってくる。
彼女は確か、葵さんだ。
胸と腰の間辺りまで伸びたほんのちょっとくせのついた長髪、あどけない顔つき。声と合わせれば男殺しになる事間違いなさそうだ。
「あ、覚えてたんだ葵。葵のことだからてっきり忘れたのかと…。」
「それはひどいですよ憐さん。私だって名前ぐらいならちゃんと覚えてます。」
ぷい、と葵さんがそっぽ向くのでレンがあわてる。
「ごめんごめん。軽い冗談じゃないか。」
「憐さんなんて知りません。」
それはまるでどこかの喜劇の一場面のようで。周りにいる人達は笑ったりはやしたてたりしている。
「ええぞええぞ!もっとやれー!」
「おあついね、ご両人!」
「そのまま祝言開こうかー?」
その数々の発言にそのご両人、レンと葵さんの顔が真っ赤になる。
「かっからかわないでください!」
「そっそうだよ!いくらなんでも葵に迷惑じゃあないか!」
2人が同時に反応、本当に今思いついた単語で言うなら、将来はバカップル決定だろう。
でもそんな反応を見せてたら間違いなく逆効果だと思うんだけども。
「初々しいねぇ。うちのかみさんも始めはこうだったんだよ…。それが今じゃあ俺の事をまるで狸の置物みたいに…。」
はやし立てていたうちの1人が何を思い出したのか、泣き出す。
…よほど嫌なめにでもあってるのか?
「さて…、じゃあみんな集まってるかな?」
赤面したままでレンはこほん、と咳払いをする。
それが話題をそらしたいのか、本題に入りたいのか、どっちの意見の方が彼の心の中で強いのかは分からないけど。
「いや、爺さんがいないぞ。」
「へ?玄さんがいない?またぎっくり腰でもやったとか?」
レン、またぎっくり腰って、そう何回もやる人がいるの?
でもお茶をすすってその男の人はレンの発言を否定する。
「いや、相変わらず寝てるんだとよ。」
「…まあいいや。あの飲んだくれにかまってるほど心広くないし。とっとと始めようか。」
「そうだな。せっかくお嬢ちゃんには来てもらったんだし。」
…なんか話が随分と先の方に進んでる気がするのは僕だけだろうか?
そんな思いをよそに、彼は僕を紹介する事に。
「じゃあ、彼女は…えっと…。」
あれ?いきなり言葉につまってる。
「?レン、君は僕の名前を知ってるはずだけど?」
「あー、苗字を教えてもらってないから…。」
あ、フルネームご希望。それなら納得。思わず手をうつ。
でも僕に姓なんてないしなぁ…。とある事情で。
かと言ってこの場でお嬢様の姓を騙るわけにもいかないし、これは困った。
この場合…。
「ごめん。僕には姓はないんだ。だから名前だけでいいよ。」
「あ…、そう…。分かった。」
レンは申し訳なさそうな一瞬した後、こくりとうなづいた。
別に彼の気持ちが沈む必要はないんだけども。
「彼女はディートリッヒ。ドイツからはるばるやってきた芸術家の下で働いてるんだ。」
「どいつ?それってあめりかってのと何か関係あるのか?」
「アメリカ、よりもオランダの隣といった方がいいかな?」
「へえ…。」
オランダ、彼らはどこにあるのか分かっているのかちょっと心配。
と、その内の1人が手を上げる。
「その芸術家さんはどこにいるんだ?」
「すみません。他人と接触するのを極度に嫌っているのでご紹介できかねます。」
即答。これは僕が考えたのではなく、ヨハンがそう言えと言ったからだ。まあこう言っておかないと後が大変だから…。
「あのかわいいお嬢ちゃんとでかい男との関係は?」
「え?」
かわいいお嬢ちゃんとでかい男…。わりと初老の人の指摘は僕に疑問を抱かせる。
と、その初老の人に次々と自分も見たと言いだす。
「あ、それ俺も見た。あの男、かなりの凄腕っぽいよな。」
「ああ。元武士っていばってたやつがあっさり道をゆずってたしな。ありゃ見ものだったぜ。」
「あのお嬢ちゃん、かなりの高貴な所出って雰囲気をそこら中にかもしだしてたしな。」
ってそれってもしかして…。
「どうしたんだ?」
「いや…、何でもない…。」
思わず壁に手を当てて沈む僕。
その2人は間違いなくそれはお嬢様とセイバーだ。
なんか「私はここにいるわよ。いつでもかかってらっしゃい。」って言う声が幻聴でなく聞こえてくる気がする。
いくらセイバーに確固たる自信があるからってそれはいくらなんでもすごすぎです。
「あの方たちはクリスティーナお嬢様とその護衛です。私たちが仕えるもう1人のお方です。」
何とか立ち直ってそうつぶやく。と言うかそれを言うのが今は精一杯。
後でその辺を話し合う必要がありそうだ。
「年はいくつ?」
「年ですか?つい最近16になりました。」
「趣味は?」
「読書と料理です。」
「今好きな人は?」
「いません。仕えるお嬢様方が全てです。」
と色々と質問を受けていたけど…。
「憐とはどういう関係?」
の問いはさすがに予想外だった。思わず後ろに下がってしまう。レンは隣でお茶を吹き出してるし。
「そんな関係ではないのでご安心を。」
「て言うか俺らおととい知り合ったばかりだし。」
あ、これもほぼ同時だし。ちょっと驚き。
聞いた人は納得いってないようだけれども、事実なんだから納得してもらう以外ない。
レンはあらかた終わったと判断したのか、辺りを見渡してこちらの方を向く。
「…これで大体終わりかな。じゃあ今度は俺らの方が自己紹介する番か。」
そう言って彼は左の方を指差す。
「悟さん、まずあんたから。」
「お、俺から?」
「そう。他に悟がいるんだったらぜひ会いたいが?」
「う…っ!」
その悟なるがたいのいい中年男性はこほんと咳払いをして自分の胸を叩く。
「俺は田中悟。こう見えて大工をやってる。」
「それでは今日の仕事は…?」
「ない。今日は…。」
あ、これはちょっとタブーだったかも。何かすごく沈んでるんですけど。
「自分は鈴木健、そこの銭湯の番台をやってる。そろそろ時間なんだが、ま、いっか。」
「俺は本田昭。菓子屋の手伝いをしてる。これがまたあまり売れないんだわ。」
などなどと紹介を重ねていき…。
「最後にわたしが間桐葵です。どれだけ滞在するのか分かりませんけど、ぜひこの町を好きになってくださいね。」
「分かりました。こちらこそよろしくお願いします。」
葵さんの自己紹介で全てが終わる。
誰もが気さくで、いい人ばかりだった。数回会えばもう友達になってしまうだろう。
その中でも葵さんとはとても仲良くなれそうだ。
なぜかそう思う。
彼女は普通に町で見かける和服だ。そこまでこってはいない。だが、一つ一つの動作が洗練されている。
しかし他の女性と全く違うのは、彼女が恐ろしいまでにはかない事だ。何しろ体は華奢で、まるで人形のように見えなくもない。
どくん。
心臓の鼓動が聞こえた気がするけど、周りはにぎやかだ。聞こえるはずがない。
葵さんが僕に席に座るよううながす。既にそこの席には和菓子やお茶が用意されていた。和菓子は団子だろうか。
だが、和菓子やお茶、それにレンよりも、葵さんに意識が行ってしまう。
もし自分の手を彼女の首に回したらどうなるだろうか。
もちろんただまわすだけではなく、力いっぱいにその細い首を……。
悲鳴もあげずに僕の腕を離そうとそのやはり細い手で掴むけど、それは無駄な抵抗に終わり、その歪む顔に僕はささやきを…。
「……ト、ディート?」
「うわあっ!?」
僕の肩に乗った手を反射的に振り払ってしまう。
はっと気がつくと、その手を乗せたのはどうやらレンだ。僕に手を払われた事が意外だったようで、呆然とこちらを眺めている。
「…ごめんなさい。つい考え事をしてしまってて…。」
「あ、いや。こっちも悪かったかなって。」
悪いのは全面的にこっちだ。意識をそらしていた自分が悪いんだ。
「それにしたって…。」
一体僕は何を考えていたんだろうか。まるで昨日の悪夢の続きだ。
それは僕の中にある暗い情念のような…。
「どうしたんだディート。俺でよければ相談に乗るぞ。」
「あ…いえ。すみませんけどそろそろ屋敷に戻らねばなりませんので、皆様でお菓子は召し上がってください。」
「え、ちょっとディート!」
僕はレンの呼びかけを完全に無視して駆け出した。一刻も早くあの場所から離れたかっただけだ。
はっきり言って僕は最低だ。
レンや葵さん達はあそこまで暖かいのに。
あそこまでやさしいのに。
僕は、そんな時にあんな事を考えるなんて。
僕が狂いだしたにしろ、元からそうだったにしても、今分かる事はただ1つだ。
僕は、あの場所には居てはいけない。
「なんて…事なんだ…。」
僕は何分も走ってから速度を落とし、ついに立ち止まってしまう。
天気はまだ晴れだ。もう夕方になっているので、空が緋色に染まっている。
こんなに晴れやかだと言うのに、僕はただその空を眺めているだけしかなかった。
これから先、どうなってしまうのだろうか?
/前28日
上を見上げても、横を眺めても、あるのは本棚。それは見知らぬ場所。
僕はそこでただ1人本を読んでいる。文章はラテン語で書いてある。どうやら詩集のようだ。
「そんな所にいましたか。」
と、これまた見知らぬ女性が声をかけてくる。背は僕よりも小さいかもしれない。かわいいという印象より凛々しいというべきか。
髪は聖職者らしくなく、少し短く刈っているだけだ。藍色の髪とエメラルドの瞳が彼女を印象深くする。
でも、その物腰はか弱い女性のそれとは全く違うけれど、どっしりもしていない。
ようするに、動きが洗練されている。
「ブラザーシアン。戻ったか。今回は随分と苦戦したようだが。」
唐突に僕はしゃべりだす。
それは僕の声ではない。わりと澄んだ、だけど力強い男性のものだ。
それにしてもこの女性にしか見えない人は男性だったのか。
「ええ。騎士団が何十人も犠牲になりましたよ。我々だけで十分ですから、騎士団が来れないように根回しをできないのですか?」
「無理だ。コンスタンティン殿以外の枢機卿どもがうるさいからな。奴らはあいつらの恐ろしさを分かってない。」
「わたしたちの結成の時にあれだけ脅しておいて?」
「権力者とはおろかなものだよ。いついかなる時にもな。」
うんざりするようにシアンと呼ばれた神父は対面に座る。
僕はそのままラテン語の本を読み続け、彼の方に視線を向けようとしない。その神父も神父で、ただ僕の方を見つめてくるだけだ。
しばらくシアンは僕の方を眺めていたけど、唐突に口を開く。
「司祭、貴方は彼女の事をどう思いましたか?」
彼女? 一体誰のことだ?
その彼女の話題になると、シアンの目つきもするどくなり、僕のしぐさにも変化が出る。
「彼女?はて、それは誰の事やら。」
僕はそういうけれど、その言い方は明らかに知っているけれどもとぼけるものだ。
案の定シアンはあきれ返ってしまう。
「とぼけたって無駄ですよ。わたしは貴方に同行して千年城に行ったのだから。」
千年城? それは一体何だろうか…?
シアンは心底からため息をつき、手で十字をきった。
「神よ、許したまえ。あの姫君、彼女は一体何なんですか…。」
「真祖の姫君、それでは不服かね?」
真祖、ああ、千年城は彼らの居城だと聞いているけど、その話か。
「魔王と幾度となく戦ったわたしから言わせてもらいますけど、あれは間違いなく真祖を超えています。」
「元の真祖がブリュンスタッドの劣化版なのだから、彼女こそが真の真祖と言うべきではないのかな?」
「…魔王や死徒を狩るための真祖ですか…。わたしはそれ以外にも何か裏がある気がするのですが…。」
「ブリュンスタッドが何を姫君たちにしたかまで私たちが知るすべなどあるまいて。」
また沈黙が訪れる。
けど今度はさほどの時間はかからず、シアンは立ち上がった。
「そう…ですよね。杞憂でした。」
「杞憂とは、何が?」
「彼女を前にした貴方がまるで運命を変えられたような救世主みたいに見えたのでね。」
「…っ!」
後に残るは僕のみ。
その静かな図書室で、僕は嘲笑をする。
「そうか…。そうだったな。シアンはかけがえのない魔王を姫に殺されていたっけな。だからこそ…か、一発で看破するとはな。」
看破?それは一体何だ…?
「…まあいい。私は目指すだけだ。私の目的にな…。」
そして僕はただひたすらその詩集を読みふける。
それは、恋におぼれる男の書いたものだった。
to the next stage…
どうも、シロトです。
第二話より三話の方が先にできてしまったので、こちらの方が後に公開しています。と言っても日数は経ってませんけど。
今回作品に関して言う事はないかなー?日常が続いているだけですし。
それでは次のお話で。
2006年5月8日
2006年5月17日 第一回改訂