/1日目

「それで……。あたしのマスターになってくれる?」
「……」
僕は何も言えなかった。
今起こったことは現実。それを認めないわけにはいかない。それは分かっている。
それでも……。

僕が今いるのは町からそう遠くない位置にある原っぱだ。木は数本しか立っていないけれど、せいぜい空き地程度の大きさしかない。
生い茂る雑草はちょうど僕のひざの付け根あたりまで伸びているから、ちょっと風が吹けばまるで踊るようにたわむ。
その風は今は全くないし、虫の音もしない。何も存在しないかのように静寂そのものだ。

そこにいるのは僕、少女、そして見知らぬ女性。
女性は先ほどの戦いで腹部に致命傷を負って、事切れていた。

さっきまであんなに動いていた人が、今は……。
こみ上げてくる嘔吐を口を押さえてこらえる。

いくら今の僕が異常だからって、これを我慢する事なんて、できやしない。
何回見直した所で、目の前に広がる光景は真実なのだから。

「で、はいかいいえか?」

血……

「あ……」
喉が渇く。それはまるで1ヶ月は水を口にしていないかのように。
ずきりと目の間が痛くなる。目に入ってくるのは大量の血だ。

「血……」
そう、人間の血血血血血血…………。

「か……は……」
「ふぅん……」
もうその少女が何かを納得する表情を浮かべるけれども、正直、もう僕にはどうしようもない事は分かっていた。

それこそお嬢様が求めているものを使わない限りは……。


「えい」


ぽこっ

はっきり言ってしまえばそんな滑稽な擬音すら聞こえてきたかもしれない。
とにかく僕は彼女の杖で頭を叩かれた。

その途端に今まで頭、体、心に渦巻いていたもの全てが綺麗さっぱりと無くなってしまった。

「……え?」
「んー、急ごしらえだったけど、とりあえず成功かな? やっぱあたしって天才かもね」
胸をはって「どうだい?」と言いたそうな満足げな笑顔を見せる少女。
でも僕は、今自分に起こった事が全然信じられなかった。

なぜなら自分はこれでも魔術師のはしくれ。自分に起こっている事はどうしようもない事ぐらい分かってる。
だからこそ僕は今まで共に働いていたヨハンとジェイナを、仕えていたお嬢様を、そして僕と言う全てを投げ出したのだ。
そうしなければいけないから……。

だと言うのに目の前にいるこの少女は一瞬でその全てを吹き飛ばしてしまったと言うのか。

「あっと、勘違いしないでね。これって一時的なものだからさ。根本的解決には全くなってないんだよね。だってもう魂が汚染されかけてるし、
 さすがにそこまではできない。お手上げだよ」
「……」
ぽかーん、まさにそんな感じで口を開けながら彼女の方をただ眺める。
改めて彼女を見る。

まず彼女が着ているのは白色の布で作った古代のローブみたいな感じだ。
持っている杖は何気に彼女の背より長いかもしれない。
その髪は漆黒で、長さは首筋の所で統一されている。と言ってもあまり手入れはされていないかも。
その容姿はお世辞でなくかわいい。それも美しいものではなくて、魅力的というべきものだ。

そして何より、彼女から垣間見る印象は、間違いなく僕なんかが足元にも及ばないぐらいの魔術師だと言う事だ。
いや、彼女を超える魔術師は、間違いなくこの世界にはいない。

「で、一応あたしは誠意を見せたんだけど、そっちはどうなのかなー?」
顔を寄せる彼女。
僕は驚きにあふれる心を何とか押さえ、聞かなきゃいけない事を聞く事に。

「……えっと。君、いや、貴女は魔術師メイガス 、でいいんだよね……?」
「んー、正確には神官ドルイド と呼んで欲しいけど、まあそれでもいいかな?」
え? そこって重要ではないの? 起源がどこにあるかで全く性質が変わってくると思うんだけど。
彼女は僕のそんな思いを察してか、そんな事はどうでもいいと言った表情で首を横に振った。

「とすると……キャスター……でいいのかな?」
「あ、やっぱり聖杯戦争に関しては知ってるんだね。よかったよかった。いちいち説明するの面倒だし。あとあたしは確かにキャスターだよ」
言ってる事は正しいと思うんだけど、どこかずれてない?
あ、そのドルイドがぷんぷんと怒ってる。

「いい加減にしてくれないかなー。こっちは一秒だって無駄にできないんだけど」
「あ、うん。分かった。一応マスターになる事がどんな事かは分かってるつもりだけど、僕だけ得してたら損だし」
「じゃあ早速契約までの儀式をしようか」

 やる事数分、僕とキャスターとの契約は完了した。
右手の甲には違和感を感じる。お嬢様と同じようにそこに令呪があるって事なんだろう。
しげしげとそれを眺める僕の顔を興味深げにのぞきこんでくるキャスター。

「じゃあここにあたしは貴女をマスターであると認めますので、これからよろしくね。」
「あ…、うん。」
深々と頭を下げる彼女に思わずこちらも頭を下げてしまう。
いくら相手がサーヴァント、こちらがマスターでも相手の方がはるかにすぐれているんだからしょうがない。

「ところでキャスター、よければ名前を聞かせて欲しいんだけど」
「真名? ……まあ確かに知っていた方が戦術としてはいいかも」
「いや、ただ名前を知りたいだけ。こっちも名前で呼んで欲しいし」
「……」
ああ、この人何いってるんだろ風の目つきをするのはやめてくださいー……。

「真名はニムエ」
「二ムエ!?」
これ本当なのか?二ムエって言ったらあのアーサー王にエクスカリバーを授けた湖の貴婦人…。

「ああ、違う違う。その二ムエじゃあないよ」
「え?」
違うのか?だってそれだと…。

「あくまで授けたのはマーリンで、あたしはその愛人でもあり、弟子でもある。大体そっちのじゃあドルイドじゃないじゃん。」
「あ」
確かに。ドルイドはケルト人の神官だ。だと言うのに湖の貴婦人じゃあ確かにおかしい。
あれ?でも二ムエはドルイドではなくて、巫女だった気もするけど…。
それでも凄腕の魔術師である事に変わりはないけど。

「じゃあ今度はそっちだよ、マスター。」
「あ、うん。僕の名前は…。」
こほん、とせきをして間をつくり、自分の名前を述べた。

「僕の名前はディートリッヒって言うんだ。ディートって略してくれていいよ。」
「じゃあディート、これからよろしくね。」
「ええ、よろしく。」
彼女が差し出した手を僕は握る。
本当は話さなきゃいけない事もあるんだけど、今は彼女の小さい手を握っていよう。
この弱弱しいけれどもピンク色に染まった、でも神秘的なその手を。

 はっきり言ってこの先僕に何が待ち受けているかはわからない。
確かに言えるのは、僕はもう引き返せない所に来てしまったと言う事だ。





Fate/the midnight saga(仮)

第1話


   /前31日

「さて…何で僕はここにいるのかな…?」
「何でって?私が連れてきたからよ。」
いえ、それははっきりと申し上げれば分かっています。
僕が聞きたいのはそのような事ではなくて……。

そこにあるのは、今その姿を変えようとしている国そのものだった。
つい最近開港したと言う港で人はあわただしく動き、ある者は荷物を船に積み、ある者は船から降りていく。
西洋化が急ピッチで進んでいるけど、この国の人達は探求と追随に優れているようだ。既にある程度の形に都市がなっている。
その中に僕たち五人は立っていた。

「いや…、ですがお嬢様が僕を選ばれるとは思わなかったもので…。」
「何言ってんのよ。私に仕える事がどれほど名誉な事か分かってるの?」
「いえ、めっそうもないですよ。」
そう言われると本当に困るのですけど…。

 僕…というよりお嬢様の連れは僕を含めて4人。
まず僕と同じ格好をした2人、ヨハンとジェイナ。
彼女たちは僕と数年しか年齢の違いはないけど、それでも雰囲気が全然違う。まあ、侍女の服を着ているからやや目立つけど。

次に屈強な男。それは紳士でも貴族でもなく、数多くの戦を経験した戦士そのものを絵に描いたようだった。
はっきり言って身長は祖国でも十分に高いぐらいだったから、この国の人と比べると巨人に見えてしまう。わりと顔は整った方だ。

最後に僕たちの仕えるお嬢様。実際には僕と数年しか違わないのだけれど、随分と幼い。背も僕らより若干小さい。
この方がまた僕たち泣かせではあるけれど…。

「何かやましい事考えた?」
「いえ、メッソウモナイデスヨー。」
ジト目で見るお嬢様の指摘を首をぶんぶんとふって否定の意を唱える。
ふう、危ない危ない。直感がするどいおかげでうかつに物を考えられない…。

それでも、僕らはお嬢様にしたがっている。
義務とか義理とか、そんな些細なものではなくて、心の底から。
だから、お嬢様にはどうか無事でいて欲しい。

ふう、とため息をついてお嬢様は辺りを見渡した。
そして潮風にふかれてうーんと背伸びをすると、こちらの方に顔をむける。

「それで?ここからどれぐらいなの?私たちの目的地。」
「馬車を使っても数日かかります。ここにはまだ鉄道が走っていないので。」
僕の隣にいた侍女、ヨハンがそう答える。

実際にはこの国にも鉄道は走っている(つい最近できたらしい)。でもそれはここから首都を結ぶだけに過ぎない。
まあ、発展は港から首都をつなぐ位置を最優先するのは当たり前だろうけれども…。
とにかく馬車以外に交通手段などない事は明白なわけで。

「じゃあ早く行きましょう。私が来たからには、前回みたいな失敗はしないんだから。」
と意気込んでお嬢様は1人で歩き出してしまう。

「あ、お嬢様。」
僕達もあわてて彼女についていく。

でも失敗を望まないからこそ、なぜ僕を連れてきたのかが実にさっぱりだった。
でもどんな形であろうと、僕は僕の人生を歩むだけなのだから。

 馬車を乗り続けて数日、特に変わったこともなく、僕たちの旅はつつがなく経ち、目的地が見えてくる。
これから数日かもしれないし、数ヶ月かもしれないけど、僕らはここで過ごす事になるんだ。



 この祖国よりはるかに遠い地、ニホンのフユキの町に。


   /

 聖杯戦争。あらゆる願いがかなうと言われる聖杯を手に入れるために行なわれるもの。
それをこの極東の地ニホンで行なう事になったのは、多分魔術協会や聖堂教会を考慮した上だと思う。
なぜかは分からないけど、この地には清(現中国)にもないような機関があって、魔術師や教会の者が手出しできにくいようになっている。
鎖国を解いたばかりで欧州のようになろうとしているけれども、こちら側の世界に関して言えば欧州にも負けず劣らずとの印象も受けなくもない。

70年ほど昔、遠坂、マキリの者、そしてアインツベルンの方が集い、新たな聖杯を創りあげた。
それは正に聖杯と呼ぶのにふさわしいもの。
だけれども、3家の願いは残念ながら失敗に終わる。
御館様は決してその辺りを話そうとはしてくださらなかったけれど、とにかく失敗した。

そして今回、それを教訓とし、言わば表向きのルールが定められたようだ。
それは、3家以外の魔術師を招き入れる事だった。

『聖杯戦争とは、聖杯に選ばれし魔術師がサーヴァントを召喚し、最後まで残ったものを聖杯が認める』
『その聖杯は万能の願望器である』
これを基にして出来上がったルールがある。

そしてアインツベルンの今回のマスターは僕が従っている、クリスティーナ・フォン・アインツベルンお嬢様だ。
僕ことディートリッヒは、僕はアインツベルンを名のる資格はないので姓はない、クリスお嬢様に仕え、このニホンにやってきたと言うわけだ。
つまり、僕は聖杯戦争と全くではないけれども関係がない。

僕はただ、お嬢様に勝ち残って欲しいだけだ。


   /

「それで、3人は役割分担はどうする事にしたの?」
正に唐突にお嬢様は話題をふってくるので僕は軽く驚いてしまう。
何しろここ数時間、話していたのは僕ら3人だけだ。景色の事、人達の事、仕事のことなどなど…。
お嬢様はあごを手に乗せて景色をずっと眺めていたし、男性は黙想したままだった。

今はフユキの町に入ったところだ。
祖国とは違って木造の建物が立ち並ぶ。もっと田舎かと思っていたけれど、意外と町として発展している事に驚いた。
とは言え、まだ流石にエドと呼ばれる時代からあまり変わっていないようだけれども。

「ディートリッヒが食事と買出し、ジェイナが掃除、わたくし がお嬢様の身の回りの世話をさせていただきます」
「ふぅん…、ディートが食事ね…。おいしいの?」
ヨハンの模範通りの回答に疑問詞を投げかけるお嬢様。しかも僕に。
む、それって僕への侮辱って気もするけど、まあいいか。

「味は自分が保証。十分においしい。」
「…ありがとう、ジェイナ。」
そう言ってくれるととてもうれしい。僕は自然とそう言っていた。
お嬢様はふーんとうなづく。一応納得してくれたらしい。

 ごとごととゆれる馬車は人をかきわけて進んでいく。
西洋風の馬車を物珍しそうに人々が眺めている。

「ヨコハマとは随分と違いますね。」
「そうね。でもいくらなんでもこんなド田舎まで発展するわけないじゃない。」
西洋化が進むヨコハマとは違って、フユキはさすがにまだエドの町並みそのままだったから、随分と面白い。
だと言うのにお嬢様…、もう少し他の事にも感動しましょうよ。僕なんて感動しちゃってますよ?

と、突然お嬢様は騎手に面したガラスを叩く。

「止めなさい。今すぐに。」
「…分かったよ。」
馬車が男の声と共にゆっくりと減速して行き、ついに止まる。
周りの人々はもちろんざわめくけれども、お嬢様は気にもとめていない。

「今から町を探索するわ。それまでに屋敷の準備をすませておいてちょうだいね。」
「かしこまりました。」「承知いたしました。」「了承。」
僕たち3人は同時にそう言って頭を下げる。
一番ドアに近かったヨハンが外に出てドアを開けている。

「しかしお嬢様。差し出がましいようですが、この国はまだ開国したばかり。お嬢様が町に出てしまうと、敵にも気づかれてしまうのでは?」
ヨハンの言う事はもっともだった。はっきり言ってここでは異国人である僕達は十分それだけで目立ってしまう。
つまり、それだけでもマスターだと見抜かれてしまう可能性があるわけだ。
だがそんな僕らの杞憂は一笑で終わってしまう。

「大丈夫よ。何て言ったって…。」
お嬢様は隣にいた屈強な男性に眼を移した。


「こっちには無敵のセイバーがいるのだから。」


そう言うとお嬢様、次にセイバー、お嬢様のサーヴァント(もちろん目立たないように私服を着ている)が降り、さっさと歩いていってしまう。

「それではよろしくお願い致します。」
残った僕達は騎手にそう言って、この地にあるアインツベルンの屋敷に向かって馬車を進めたのだった。

 ここでお嬢様の聖杯戦争が始まるのかと思うと、少し複雑だった。


   /

「…疲れる…。」
はっきり言えば、あの後は大変だった。

まずは屋敷内の大掃除、そして馬車に積み込んでおいた荷物運びだ。
こんな時にセイバーがいれば楽なのだけれども、そう不平ばかり言ってはいられない。
というわけで結局買出しに出かけたのはもう夕方だった。

 この国の金は持っているし、ある程度は買っておかないと、備蓄が壊滅的に足りない。特に食料。
市場はにぎわっていた。港とはまた違う活気にあふれていた。
その中でも侍女服に身をつつんだ僕はとてつもなく目立っていたと思う。だって道行く人がほとんど振り向いていたから。
それでも僕は気にも留めないで八百屋で野菜を選ぶ。
随分と祖国とは違うようだけれども、うまく選べるだろうか?

「すみません、これいくらですか?」
野菜を数点選んで僕が述べると、主人はひどくおどろいたようだった。
それはもう目が飛び出るばかりに。
目をパチパチやってしばらく熟考、その後ようやく口を開く。

「え…? あんた、こっちの言葉が分かるのか?」
「ええ、ある程度なら。」
当然だろう。こっちに長く滞在する事になるのだから、それぐらいはアインツベルンの屋敷で叩き込まれた。
こくりとうなづく僕に、唖然と主人は見るけれども、数秒後に金額を提示した。

「…高いです。これなら…。」
値切り交渉スタート。こういうのは最初が肝心、気をゆるめない。
結果、5分の4ほどにまけてもらった。これはちょっと嬉しいかも。

 野菜を丁寧に薄い布でつつんで(こちらではふろしきというみたいだけれども)次に穀物類を買いに行く事に。

「たしかこの国ってパンがないはずだよね。おコメっていうのがあるみたいだけれども、どうしようかな…。」
さすがにパンは大きさのわりに腹がふくれない。
つまりかさばるから持ってきていないし、作る技術も僕はそこそこだ。
そのおコメをお嬢様の食事に出すしかないのかなぁ…。前回の時はパンとかを送ってもらってたみたいだけど。

それにパンとか保存が利くものはともかくとして、野菜は最低でも買っていかなきゃ無理だろう。さすがに。
うーん、なやむなぁ…。


「そこのあなた、お困りですか?」


「え?」
と、流暢な英語で話しかけられたのでひどく驚いた。
しかもこの国に開国を迫った合衆国のではなく英国、つまり貴族英語そのものだったからだ。
ふりかえると、そこにいたのは青年だった。

「え? 違う? ならこれなら通じますか?」
今度はオランダ語だ。
……残念、こっちは少し英語訛りがある。

その青年は武士そのものの格好をしていて、袴も着こなしている。
だけれどもちょんまげはしていない。むしろ髪は後ろで束ねている長髪。その質はつややかなもので、若干の波が入っている。
背は170前後。でも、少し格好を変えてしまえば女性に見えてしまうほどの童顔なせいか、見た目は僕より幼く見える。
それでも多分僕より年上だろう。

「こちらの言葉で大丈夫ですよ。お侍様。」
僕はそう日本語で答える事にした。
母国であるドイツ語や英語で話してもよかったけれども、やはり日本にいる以上現地の言葉で話すべきだろう。

「え? そうですか…、それはすみませんでした。」
「いえ、謝らなくても…。」
逆にこちらが恐縮してしまうし。

「随分と博識でいらっしゃいますね。この国は鎖国していたせいか、英語をそこまで流暢に話せるとは驚きですよ。」
「あ、これは幼い頃強制的に叩き込まれたと言うか何と言うか…。」
彼は頭をかいて照れ笑いをうかべる。そのしぐさも女性に見えなくもない。

「えっと…、それで、お困りですか?」
「いえ、せいぜい夕飯を何にしようかと思っているところです。」
「夕飯、それでは旅行ではないのですか?」
あ、そうか。外国のものがこんな所まで来る理由はせいぜい旅行ぐらいにしか受け止めてもらえないだろう。
正直に真実を述べる必要もないから、考えておいた建前を言う事に。

「いえ、私が仕えるご主人様が芸術家でいらっしゃって、久々にここに来た次第です。ですからお食事は僭越ながら自分が用意いたします。」
そう言って僕は彼に一礼する。
ちなみに真実は芸術のげの字も多分駄目じゃないかなー…?そう思うと苦笑いしかでない。

「えっと、それって…この近くに別荘みたいなのがあるって事?」
「はい、おっしゃるとおりです。もっともそれがどこかはどうでもいい事ですけど。」
いや、実際は良くないけど言う必要はないし、むしろ言わない方がいいし。
何と言ってもいつどんな時に誰が僕らを見ているのか分からないのだから、用心に超した事はない。

「それと、無理に敬語を使っていただかなくてもかまいません。むしろ自分はただの召使ですから。」
「え…? でも…。」
「でもご遠慮ください。私としてもその方が好ましいですから。」
彼は腕を組んで考えこんでしまう。
ニホンの言葉はバリエーションが豊富で、わりと面白い。だからと言って敬語は自分の身分では遠慮してほしい。
しばらくの悩みの後、彼はうなづいた。

「そうか、なら遠慮なくそうさせてもらうよ。つい最近ここに来たばかり?俺けっこうこの町にいるけど初めてだからさ。君と会うの。」
「ええ、確かにそうです。2ヶ月ほど滞在いたしますからどうぞよろしくお願いいたします。」
「あ、うん。よろしく…。」
僕の一礼に、彼もまた一礼をして答える。
さて、それじゃあ買い物の続きをするか…。

「ちょっと待った。」
「え?」
その場を後にしようとしたところを彼に呼び止められる。
さっきから周りが僕らのやりとりを見つめているんだけど、気のせいと言う事にしておこう。

「君は…、えっと、まず名前は何なんだ?いつまでも『君』じゃあ呼びづらいし。」
「…ディートリッヒ、それが私の名前です」
二ヶ月の間なら確かに何回か会うかもしれないから、別に名のってもおかしくはないだろう。

「で…でーとりひ?」
「ディートリッヒです。親しいものはディートと呼びますけれど、どういたします?」
ディートリッヒは男の名前だと思うのだが、なぜそのような名前になさったのかは今でも疑問だ。
一方、しばらく彼はぶつぶつと何かをつぶやいている。

「…ディートリッヒ。」
「はい。」
「ディートリッヒ。」
「?」
その後もぶつぶつと僕の名前を呪文のように唱えて…。

「よし、覚えた。それじゃあ俺の名前は真木憐だ。名前で呼んでくれてかまわないよ。」
「ではレン、と呼ばさせていただきます。」
「あと。」
レンは人差し指を立てて手をこちらに突き出してきた。
何の事か分からないで困惑する僕をよそに彼は自論を展開する。

「俺はそんなかしこまれる身分じゃあない。出来ればタメ口でいて欲しい。」
「しかし…。」
「でなければ俺も敬語を使い続ける。それならいいだろ?」
全然よくありません。
相手に敬語を使わせ続けるか、僕が頑なに拒むか。
そんな二択はとっくに答えが決まっていた。

「それでは…。で、僕に何かまだ用があるの?」
「…いや、用ってほどじゃあない。この町を良く知っている者の案内を受けた方が効果的に買い物が出来るだろ? それを俺が買って出るよ。」
思わず目を大きく開いてしまう僕。周りにも多分僕の驚きが分かるだろうな。
このレンという人、見る限り親切にしてくれる人、が第一印象だ。
それともただのおせっかいか、それとも……。

いずれにしてもこの町の案内か。確かにそれは魅力的な話だ。何と言ってもこっちはまだ来て数時間しか経っていない。
なら案内を受けるべきだろうけど…。

「でもそれじゃあレンに手間を…。」
「いいのいいの。食事の買出しなんて欧州とは全然雰囲気が違うだろうからね。それに手間ってほどじゃあないし。」
「…。」

若干考える。
もし彼がお嬢様と同じように聖杯戦争の参加者だったなら、僕を利用してお嬢様の情報を得ようとしているのだろうか。
異国人がなぜこの町に、と考えれば自然と魔術師、またはその関係者との推測ができる。
何しろこの国は多民族国家でもないし、貿易をさかんに行っているわけでもない。
そう考えるのが普通だけれども、やはりただ親切にしてくれているだけなのかもしれない。
ここは…。

「分かった。それではよろしくお願いします。」
「いや、そう深々と礼をされても…。」
彼の好意に甘える事にしよう。一応警戒をしながら。
そんなのとは露知らず、彼は僕のおじぎに慌てふためいていた。



 町中を歩く僕らはかなり目立っていた。と言っても主に目立っていたのは僕だ。
まあ理由はあえて略すとして…。

彼、レンの話は文化の違う僕でもわりと楽しめるものだった。
彼は主に市場でのこれがいいあれはダメだなどや、日常生活に便利な施設(例えば銭湯というもの)、そして余興を案内した。
その余興は主に外食店の事で、特に甘菓子は評判らしい。

「ところでレン。なぜ僕の事を欧州出身だと?」
「え?」
道を歩く間に僕は話題をきりだす。大方の材料は買い揃えたし、後は帰っても平気なんだけどね…。

「だって今はアメリカもここに来ているんでしょう?ならいくら僕が白人だからって…。」
「ディートリッヒってドイツ帝国やオーストリア・ハンガリー帝国の名前だろ?アメリカはブリテンと同じみたいだし、違った?」
なるほど、名前か…。考えもしなかった。確かに名前は国ごとに特徴が出るしね。
だから僕もこくりとうなづく。

「確かに僕はドイツ帝国出身だよ。驚いた?」
「んー、確かに異国人がこの町に来た事は驚きだな。ヨコハマとかの大きな港町や城下町ならともかく。」
確かに普通なら田舎にまで来ないだろうな。さしたるものもここにはなさそうだし。
それにしても…。

「レンって随分と外の事情に詳しいみたいだけど、政府関係者?」
もしくは魔術師や教会関係者か。
ドイツ帝国とかはつい最近鎖国していた国の一般人が知っているレベルではまずない。だとしたら自然と覚えねばいけない立場にいる、と。

「この格好で? まさか。でも開国する事を父さん達も予想してたみたいだね。蘭学は学べたから、そこから発展させてくれたんだよ。」
ただそれだけであんまり役に立たない知識さ、と付け加えてうんざりといったしぐさをする。
なるほど、ホランド(ネーデルランド、つまりオランダのドイツ語)とは確か貿易していたんだっけ。なら納得。

「そんな事ないよ。それだけ外の事情に詳しいのならどこでも雇ってもらえるのに。」
僕は率直な意見を彼に話す。
そう、確かアメリカと条約結ぶ時にも日本はオランダ語を間に挟んでやっていて、英語を話すことはできなかった。
ならば、英語を話せる上にドイツの事も分かっているのだから、確実に重宝されるだろう。

だけどレンはそれを手を横に振って否定した。

「そりゃあ確かに今は浪人してるけど……そんな『お国のため』ってのが俺は気に入らないんでね。自分の進む道を進むだけさ。」
「ふーん…。」
自分の進む道か。彼はそれを決めていて、それに向かって突き進んでいくのか。
そして、僕の進む道は…。

「と、着いたよ。」
と、彼は足を止めてある建物の前に立つ。
相変わらずの木造立てに瓦屋根。だけど店の証として看板とのれんがかかっている。

「ここが行きつけの茶店さ。いつも世間話でもりあがってるよ。」
「世間話、ですか?」
「そう、『実は隣町で問屋が盗人に入られた』とか噂もあるし、『裏の山で物の怪がでた』みたいな嘘話もあるけど、
 この町の情報はわりと集まりやすいかな?」
世間話、か。何の前触れも無しに話が出るわけじゃあなくて、何かしらの火種があるはず。なら世間話でも聞いておいた方がいいかな?
彼は何のためらいも無しに店の中に入っていく。

「次郎さん。葵はいる?」
「葵?彼女なら今茶を客に出してるぞ。」
一番手前にいた初老の男性に声をかけたレンは、そのアオイと呼ばれる人物を指差した。
その女性はお盆に乗せたお茶を一番奥の座席に出している。

茶店の中はこじんまりとしていて、ござや座布団などがあって、あとはテーブルが並べられている。
人数はわりと多く、5人以上はいるかな?

「葵、今話せる?」
「あ、憐さん。」
彼女はレンに気づくとお盆を両手で抱えて駆け寄る。
思ったんだけどぞうりでの歩く音って結構変わってると思う。

その女性はおしとやかを絵に描いたと思わせるほどその言葉が合っていた。
髪は癖もなく伸ばしていているけれど、結ってはいない。
仕事をしているためか着物は一枚作りの簡易的なもの。それでも彼女の魅力を際立たせるのは十分だった。
大和撫子、とは彼女の事をいうのかもしれない。

「あの、そちらの方は?」
首をかしげてこちらの予想通りの質問をするアオイ。
だから僕は自己紹介をしようとするけれど、レンが先に言ってくれた。

「彼女は今度この町に滞在する事になった芸術家のところのディートリッヒだよ。」
「始めまして。」
「あ、こちらこそ。」
僕がおじぎをしたので相手もおじぎをする。
それはまるで何かの芝居のように。

「葵、こっちにもお願い。」
「は、はい。ただ今。それじゃあ憐さん、詳しい話はあとでゆっくり聞かせてね。」
店の奥の方から聞こえてくる中年女性の言葉に葵は足早にそちらの方へとかけていった。
店はにぎやかだけど僕の周りにはレンしかいない。

「…まあ、この町で最低限と言ったらこれぐらいかな。後案内して欲しい所は?」
「…無いかな。これだけあれば生活には事欠かないし。」
「じゃあここでちょっとゆっくりしていく?」
「それは無理。僕はあくまで仕える身だから。今から帰って夕食の準備をしなくちゃ。」
あ、そうか、と残念そうにつぶやくレン。だけど一瞬後にはその気配はもう消えている。

「明日はまた会えそう?」
「お嬢様次第です。僕に決める権限はないです。」
「……そうか。」
更に沈む彼。
…何か僕、悪人?

「出来るだけお嬢様にも善処していただきますから、気を落とさずに。」
「…分かった。また会えるよな?」
「そうしたいですね。」
彼の真剣な目つきに僕は微笑を浮かべてそう答える。
それは社交辞令なんかじゃあなくて、自分自身の考えからだ。

「それでは、今日は本当にありがとうございました。」
「どういたしまして。それとディート、また敬語になってる。」
「あ。」
どうもジェイナとヨハン以外と話すと敬語になってしまうクセがついてしまっているようだ。
はっと口元を押さえる僕のしぐさを見てなのか、彼は笑い出す。

「そんなにおかしかった?」
「いや、ただかわいいなーって。」
「な…っ!」
かわいい? 僕が?
かわいい!?

 …自分で思うのも何だけど、今鏡を見たら多分真っ赤な顔が見れるだろう。うん。

「からかうのはよしてくれよ。」
「俺が悪かったよ。ごめんな。」
「もう…。」
一体何を考えているんだ彼は。僕をからかって楽しいのかな…?

 僕はとにかく荷物を抱えて店を出る。今から屋敷に帰れば十分に間に合うだろう。
時刻は多分もう少しで夕方と言った辺りだろうか。空が少し赤く染まりだした。
そう言えば日本は四季というのがはっきりしていて、趣があるって本に書いてあったっけ。ぜひ色々な季節を見てみたいな。

「ディート!」
「え?」
振り返ると、店の前にレンがいた。こちらに手をふっている。

「また会おうな! 今日は俺も楽しかったよ!」
「…また会おうね!」
僕も手を振って見えなくなるまで彼の方を見ていた。


   /

「んー、面白い人だったな…。」
全く知らない土地、しかも異国に行く事になるとなった時はどうなるかと思ったけれども、思っていたのとはやっぱり違うな、うん。
こんな感じがぜひ終わった後も続いているといいんだけれども…。

「あ、ディート。」
「お嬢様、今お帰りですか?」
「まあね、あらかたの感じは分かったかな。まだ私以外に出してる人はいないみたいだし。」
「そうですか。」
僕の主人であるお嬢様とセイバーと偶然にも会ったので、同じように帰路についていた。
僕が言うのは何だけど、お嬢様は絶対にかわいい方だ。このまま成長すれば将来は男泣かせになるだろう。僕が保証する。
成長すれば……。

「それではこれから始まるまでは屋敷に?」
「うーん、どうだろう。多分そうなるでしょうけど、びくびくしてるのもね。だから私のやりたいようにやるわ。」
「承知しました。」

 と、道のはしっこで子供達がボール(まりって言うんだったっけ…)をついて遊んでいた。
歌を謡いながらなのでリズムは一定だ。何の歌かまでは遠くて聞き取れないけど。


 今ボールをついているのは少女だ。見ているとほほえましい。


 とん、とん、とん、とん、とん。


 時々足をくぐらせたりして様々な事をしている。


「? どうしたのディート。」


 少女をまりをつく…手。


 まるで人形のようで、そして細く、はかない。


「ねえ、ディートってば。」


 それを見ていると…。なんだか…。




「引きちぎりたいなぁ…。」




 そうしたくなってしまう。


「ディート!」
「え?」
「今、何て言ったの?」
「何てって……。」
お嬢様は真っすぐにこちらを見つめている。いつものようではなく、真剣なものだ。
今僕は…。何て…。

「!」
今僕は何を考えていた?何を考えていたんだ?何を考えてしまったんだ?
僕は今、何を…。
だって今確かに僕は、アレを考えていた。
どんな事よりも、お嬢様の存在すら忘れて。


 そう、確かに僕は、あの少女の手を引きちぎりたがっていた。


「っ!」
自分の考えた事に吐き気がする。
一体僕は何でそんな事を考えてしまったんだろうか。
長旅で疲れてるから? レンと出会ったから?

いや、それはないだろう…。
なら一体何で…!?

 自分で考えていて頭がおかしくなってくる。どう考えたって普通じゃあない。
そんな事を…。

「疲れてるんでしょう? ジェイナにまかせて少し休んだら?」
「いえ! そんなわけにはまいりません! 大丈夫ですよ僕なら!」
「……?」
怪訝そうな表情を浮かべるけど、お嬢様は僕の言葉を聞くとそう、と言って前をまた向く。
セイバーは前方を見据えたままで僕のことはいないようにしている。なんかちょっとショック。

「…すみません、お嬢様。無用なお気遣いまでさせてしまって…。」
「自分のものを気遣うのは当たり前の事でしょう。違う?」
「…確かにそうですけどあなたはご主人様であり、僕は召使です。ですから…。」
「そう?別にそこにはあまりこだわらないけど。ようはあなたには元気になって欲しい、それだけよ。」
とあっさりとお嬢様は述べる。
けど今の僕にはそれがとてつもなく心に響いた。

 これからお嬢様に、それに僕らにどんな事が起こるのだろうか…。



to the next stage…


第2話に続く

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 どうも、シロトです。
オリジナルfate長編のプロローグその1、いかがだったでしょうか?
まずは時代設定ですけど、約120〜140年ほど前の第二回聖杯戦争を舞台としています。明治初期(15年ぐらいまでのどこか)ぐらいですね。

正直な話、原作とは矛盾しないように心がけていますけれども、それでも違いがあるようでしたらお気軽に掲示板に指摘をお願いいたします。

で、何で士郎や凛のいる本編の第五次、切嗣と言峰&セイバーとギルガメッシュの発端である第四次、アンリマユが関わっている第三次、全ての 発端になった第一次でも新たに起こるかもしれない第六次でもなく、何もない第二次なのかですけど、
@純粋な意味での聖杯戦争が行なわれているのは多分これだけ
A?
と2つあるのですが、もう1つはネタバレになるのでこの場では伏せておきます。
ではFateのキャラは誰も出てこないのかというと、そうではありません。何人かは出すつもりです。もちろんタイムスリップなんて馬鹿げた事は しませんけど。
それでは引き続きプロローグでまたお会い致しましょう。
  2006年5月1日
  2006年5月17日 第一回改訂
  2007年1月24日 第二回更新


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