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「ギルガメッシュ。最近懺悔に来る方が少ないように思うのですが、皆さん悩みが少なくなったのでしょうか?」
「そうとも限らないんじゃないですか? たまたまそういう時期なだけで……」
「主張をなかった事にするんじゃねえ!」
再びランサーはテーブルを思いっきり叩く。カレンはそしらぬ顔でマーボーにレンゲを入れてゆく。
「キャンキャン吠える駄犬はすぐに保育所で始末されますよ」
「てめえ、今駄犬と……」
「比喩です。別にランサーの事を言ったわけではありませんけれど」
力いっぱい拳を握り締めつつやり場のない怒りをどこかに発散させようとするランサー。
「破壊した場所の修理はあなたがやっておいてくださいね」
「うがああああっ!」
天井を見上げて頭を思いっきりかくしかできなかったりする。
「はあ、はあ」
数分後、ようやく落ち着いたランサー。だが精神的には完全に疲れきっていた。
「この際はっきり言っておくがよ、何で毎度毎度マーボーなんだ?」
「残念ながらチンジャオロースやホイコーロでは味が薄いもので」
あれでか、とランサーと子ギルは心底から思ったがあえて口にしないでおく。いちいちつっこんでいては話が進まない。
「あの泰山とかいう場所以外の料理は?」
「歯ごたえ以外を感じませんが、何か?」
もはやぐうの音も出ないランサー。既に手詰まりを感じてしまう。
「なら俺たちだけ別の食事ってのは……」
「却下です。そもそもあなた方はサーヴァントなのですから食事の必要もないのでは?」
「それを言われてはおしまいですよ……」
もはや半泣き状態でレンゲを手にする子ギル。
駄目だ。もはや子ギルは現実を受け入れてしまっている。そう感じたランサーは……、
「確かに一緒の屋根の下にいる以上、食事ってのは同じもんを食うのが意気だろうけどよ」
「?」
「たまには別のメニューにしねえか?」
「別のメニュー、ですか?」
若干の興味を持ちつつ子ギルが聞き返す。ランサーが何か考えていると判断して、いざとなればフォローする考えだ。
「毎日同じ事をやってれば単調に感じるように、たまには食事も違うのに変えたらって事だよ」
「なるほど。気分を変えるという事でしょうか?」
カレンの言葉にランサーは指をさす。
「察しがいいな。てなわけで即行で献立の改善を俺は要求するぜ」
「……」
若干考え込むカレン。当然その間もレンゲは止まってはいないが。
「分かりました。私は特に麻婆豆腐にこだわりはありませんし、味がすればなんだってかまいません」
「「やったーっ!!」」
人類史にも残る英雄の2人はその言葉に歓喜し、ハイタッチをする。彼らにあこがれていたり尊敬したりする子供達が見ていたらどう思ったことやら、とカレンは片隅に思う。
だがこの二人、たとえカレンが味を感じるほどの料理であっても、もはやマーボーから逃れられるかと思うとそうしたくもなる。
「ですが味の感じられるものになさい。でなくば……」
「マーボー生活だろ、分かってるって。俺に任せな」
ランサーは頼もしい言葉を雄大な物腰、顔つきで述べる。その態度を起こした原因がマーボーにあるとは夢にも思うまい。
「じゃあ今から探してくっから……」
「待ちなさいランサー」
ランサーは出て行こうとするところを呼び止められ、カレンの指差した方向を見て唖然とする。
「そうだった。まだコレがあったか……」
がくっとするランサーの前にはまだ一口もつけられていないマーボー。
もはやこれで最後なのだからと引導を渡す意味でとっとと食したのだった。
/
「じゃあまず俺たちの手だけで解決するぞ」
「そうですね」
新都にあるタイ料理のレストラン。子ギルの傘下にあるここではあったが、さすがに貸切こそ行っていないものの早めに店を開けてもらい、テーブルの1つを占拠している。
辛い料理。まずはこれに手を入れようと提案したのは子ギルだった。似たようなものでカレンが納得し、だがマーボーよりはましなものを用意すればいいんじゃないか、が彼の意見だった。ランサーはその『辛い』以外のアプローチでいきたかったが、まずはそこから攻める事で同意した。
まあ、実際は……、
「あれ? 試食代は誰が払うと思ってるんです? と言うか払えるんですか?」
などと言われては反論の使用もないのが懐事情だが。金はあっても外食を試食しまくるほどの余裕はない。作る技術もないのならこうするしかあるまい。
「だがよ、ここに本当に納得してくれる料理があると思うか?」
「麻婆豆腐は四川料理です。高温多湿な地域は汗をかく事で健康を保とうとしていますから、インド料理やタイ料理は同じように辛いですから」
「そうなのか?」
「キムチなど辛さに関して独自の文化のある韓国の人もタイ料理を辛いと言ったほどですから」
「……なるほどね」
と、ランサーと子ギルの前に次々と料理が運ばれていく。どれもランサーにとっては始めてみるものばかりだ。
ただ、量はだいぶ少なくしてはもらっているが。
「辛いがうまい。これをどうにか達成したもんだな」
「ええ。辛さしか感じないのはもう勘弁ですから」
「「ではいざ」」
と言う事でランサーと子ギルはテーブルに並べられた数多の料理に箸をのばすのだった。
結果、
「うーん、確かにうまいっつえばうまいんだが……」
「どれもチンジャオロース以上の刺激は感じませんね……」
箸をおき、目の前の料理群を眺めながら互いにつぶやく。
結論から言えば、普段から食べているマーボーはおろか、薄味と判断されたチンジャオにも及ばない辛さでしかなかった。と言ってももちろん料理としてはおいしい。それで生計を立てる料理人ばかりなのだから。が、カレンを納得させるとなれば全てを不合格とせざるをえない。
「俺はソムタム系が結構いけると思ったんだが……」
ちなみにそのソムタム、ブリック(唐辛子)が十数本入っているのだが、もはやランサーにはちょうどいいレベルである。
「僕はタイラーメンなら数日はもつと思うんですけど……」
これまたブリックが以下略。
「こりゃ駄目だな」
「これは駄目ですね」
いいセンいっていたのはあったが、とてもカレンを満足できるものはなかった。
「全く、これだったらおとなしく絶食してた方がマシだぜ」
「ゲッシュはどうするんですか?」
「あ」
そう。令呪を使われなくても「目下の食事の誘いは断れない」というゲッシュがランサーにはあるのだ。それを使われたら断る事などできやしない。
「ちっくしょー……。仕方がねえからインド料理店に行くか」
「……ですね」
2人が立ち上がり、店をあとにするのだった。
ちなみに店の人たち、辛い料理を平気で食べる彼らの姿に少し感動していたりする。
で、
「結局駄目か」
「……」
インド料理店。やはりテーブルの1つを独占して先ほどのようにやったのだが、結局納得いくものはなかった。インド料理はカレーに代表されるように香辛料を多く使う事で辛さを出すが、どれもやはりいまいちだった。
「やっぱ辛さで追求するのやめた方がいいんじゃね? どう考えたってあそこに及ぶモンがあるとは思えねぇ」
「うーん、確かに一理ありますけど、激甘ケーキが主食なのもどうだと思いますけど」
想像してみる。ヘンゼルとグレーテルよろしく、お菓子に囲まれた食卓。激甘ケーキを食べるカレン、パイを食べるランサー。飴をなめる子ギル。そしてそれが延々と続く。
「駄目だろ」
「でしょう? ですからチンジャオより少し辛く、かつ味が残っている料理にすべきだと……」
と、会話の途中で店のシェフがとある料理を運んできた。どうやら先ほどと同じようにカレーである。
「これは?」
と子ギルが聞くとシェフは語りだした。
何でもこれはインド修行時代、偶然に出会ったキリスト教徒のシスターから教わったレシピだとか。彼女もまた料理に関しては探究を続けていたそうで、交換という形で実現したとか。子ギルはそのシスターに心当たりがあったのだが、この際どうでもいいだろうと頭から消した。
「……んじゃあまあ」
「いただきましょうか」
2人はナンに手を伸ばし、カレーのルーをつけて口に運び……、
「これがとりあえず今日の収穫だ」
「なるほど、これは味わい深いですね」
カレンは食が進んでいくが、一方でランサーと子ギルの食は全く進んでいなかった。
原因はたった一つしかない。確かにランサーと子ギルが用意した料理によってマーボーから逃れる事は出来た。これで一応目的は達成したことになる。
が、
ぶっちゃけ代わりの料理まで同じように辛いのなら本末転倒であったりする。
何しろ店で一口食べた時、阿鼻叫喚したほどであったのだから。決して意味は間違っていない。あれの表現は阿鼻叫喚であっている。
「ランサー、ギルガメッシュ。食事はどうしたのですか?」
「悪ぃが俺たち今日はあらゆる料理食ってきたんでね」
「今日はもう料理を食べたくは……」
当然嘘である。こんなものを目の前にして食べられる道理などない。ただそれだけだった。まあ、全部が嘘ではないが。
「では一緒に食べましょうランサー。せっかくの食事ですから」
「げっ」
「ギルガメッシュもどうですか?」
「うっ」
ランサーに対してはその言葉だけを、ギルガメッシュに対しては布をちらちらと見せつけながらカレンは聖母のような笑みを浮かべる。それが真心からでるのか黒い面からでるのか判断はしがたかったが、
「……分かったよ」
「そうですね……」
イエスと答えるしかなかった事に二人の英雄は心の中で血の涙を流すのだった。
/
「やっぱ甘いもんでいかねえか? すっぱい系での刺激は俺あまり好きじゃねえし」
「そうですね。そちらの方がまだ現実的でしょうね」
結局辛い料理からのアプローチを断念した2人はそんな事を言い合いながら今後の対策を練っていた。だがその二人の前に立ちはだかるものがいくつもあった。
甘いというものであのマーボーに匹敵する次元のものが果たしてあるのか?
「辛いのは塩以外にも簡単に思いつくんだがな。甘いもんって砂糖使ったやつ以外あんのか?」
「砂糖よりも甘いケーキなら確かにありますよ。それに科学的に言っても果糖の方が砂糖より甘いですし」
激甘なものを食べた事のないランサーにとってはカレンが納得するほどの甘さがどれだけのものなのか想像もできないでいた。
が、子ギルにとっては顔をしかめるほど思い当たった事に希望がない事を感じていた。
「どうした?」
「……食べてみます?」
「は?」
「ですから、甘い料理を食べてみますかと聞いたんです」
「んー、他に方法がないなら食べてみるか」
と言うのりで子ギルとランサーは甘い料理を作ってもらうことになったのだが、
「……悪い。俺の神経が保ちそうにないわ」
「ですね……」
見事に玉砕。2人ともテーブルの前に倒れています。
甘いもの。砂糖菓子以上のものを目指し、そうして用意した料理ではあったが、許容できる甘さでなかったことが判明。食べた瞬間に虫歯ができそうなほどにとんでもないものだった。
「メルヘンの世界じゃあるまいし、どこのテーブルに毎日こんな甘ったるいもんばっか食うとこがあんだよ」
「でも辛いものがだめなら甘いものにするしかないんじゃないですか?」
うんざりしつつ子ギルはしぐさをするが、うんざりしたいのは自分だとばかりにランサーもしぐさをする。
「許容範囲で行けば俺は辛い方がいい。問題はその許容範囲をあのマーボーは超えてるって事だろ」
「……そうですね。確かにあれは超えています」
もはや用無しとばかりに店を後にする2人。完全にお先真っ暗だった。
「あーあ。このまんまだとまたマーボー生活に逆戻りじゃねえかよ」
「あのカレー生活も勘弁して欲しいですけどね」
「違いねえな」
空笑いを浮かべつつランサーは周りを見渡す。
店の中には牛丼、うどん、ラーメンなどいわゆる飲食店もあった。せめてこんな食事を毎日送れたらな、と1人思うランサーであったが、
1つの店が目に飛び込んできた事である考えが思い浮かぶ。
「おい、アレ見ろ」
「え?」
ランサーが指差した方向を目にする子ギル。そこにあったのは、
「回転寿司?」
「ああ」
疑問を浮かべる子ギル。彼に対して絶対の自信を見せるランサーは満面の笑みを浮かべていた。
「ようは自分で食材を選ぶ料理にすりゃあこっちに被害が及ぶ事はないんじゃねえか?」
つまりランサーの考えはこうだ。
あらかじめあらゆる料理を少しずつ用意。それらを自分が選び出す事で辛い料理はカレンに、他のまともな料理はランサーたちに行く。それが筋書きだ。
「あの教会がそんな豪勢な事を許してくれると?」
「……」
考えてなかった、とばかりにランサーは頭を抱える。
「つまりなんだ? 3人が同じ料理でかつ全員が満足する必要がある、か?」
「そういうことになりますね」
無理だろ。即心の底から否定するランサーではあったが、それでは今の状況の脱出は不可能だ。どうにかして脱出しなければマーボー生活に逆戻りなのだから。
と、子ギルが目を輝かせ始める。
「……いい事思いつきましたよ」
「は?」
「小一時間ほどうろついててくださいねー!」
「え、おい。ちょっと……!」
子ギルは手を振りながらさわやかな笑顔で立ち去っていった。
「……何なんだ?」
残されたランサーはただ1人何のことだかさっぱりわからないまま呆然とするしかなかった。
「で、何なんだ? これは」
「見れば分かると思いますけど」
「いや、それは分かる」
来たのはイタリアレストラン。子ギルが以下略。ここにいること自体に文句はない。文句があるのは、
「何でスパゲティばっかここにあるんだって」
目の前のスパゲティの大軍にあった。
小皿に盛られたスパゲティの数は10を軽く超える。それでも問題はない。問題なのは数ではなく、その全ての皿で同じスパゲティな点だ。
「さっき言ってましたよね。自分で食材を選ぶ料理がいいって」
「ん、まあ、そうだな」
唐突に始まった子ギルの言葉にとりあえず返事するランサー。
「これって半分は正解を出していたんですよ」
「……どういう事だ?」
「つまりですね……」
そして子ギルは床に置いてあった紙袋から次々とあるものを取り出してくる。どれもこれもが見覚えのない小瓶。しかも銘柄が全て毒々しいものばかり。ただ1つを除いて。
「これタバスコじゃねえか。ってことは……」
「はい、その通りです」
子ギルは絶対の自信を持って笑みを浮かべた。そして両腕を広げる。
「調味料を自分で選ばせる。つまりソースで辛さをだせばいいんですよ」
なるほどな、とランサーは思う。
料理はそのまま。だがタバスコをかける量が人によって違うように、ソースのかけ方はある程度自由な面が多い。そこを利用すれば今の地獄から脱出できるかもしれない。
問題は、
「ソースごときでそんな辛さが出るのか?」
カレンが納得してくれるかの一点だけだった。タバスコを一気飲みする連中がざらにいる現在。カレンにそんな程度の辛さが通用するとは……、
「いえ、出ます」
だが子ギルはきっぱりと言い切った。そしてランサーの方にタバスコを差し出す。
「まずはこれから」
「……分かった」
イマイチ納得できないランサーではあったが、それを受け取ってスパゲティにふりかける。そしていざ試食。
「うん、うまい」
「そうですね」
純粋においしいと感じる2人。麺だけでもおいしいほどで、タバスコがむしろ邪魔なほどだ。
これだけで満足したい2人だったが、
「でも何の解決にもなってねぇぞ」
この程度では全く味がしないと切り捨てられるに違いない。それだけは確信できた。
「では次にこれを」
「タバスコ・ハバネロ・ソース?」
「一般的に最も辛いと言われているらしいタバスコです」
「ふぅん」
子ギルからそれを受け取り、先ほどのようにかけて試食。
数秒後にはランサーの表情は失望に変わった。
「……確かにさっきよりゃあ辛いけどよ」
「まあ所詮タバスコの2倍程度の辛さですから、まだ理想には程遠いですよね」
ランサーの失望の反応は予測済みだったようで、子ギルはにこっと笑う。
「ではこれをどうぞ」
「……」
手渡された小瓶をつまんで首をかしげるランサー。
ラベルはカラフル。でかでかと描かれたマスコットはどうやら悪魔だ。しかも注意書きが何気に英語な点が怪しさを爆発させる。
「なんだこれ?」
「外国製のホット・ソースです。専門店でしか売っていないものですから見かけないのは当然ですよね」
「……まあ、なんだ。とりあえずは」
「いただきましょう」
2人はその小瓶を手にとって次の皿にかけ、それを口にする。
そして、
「か……かっらーっ!!」
「っ!!」
ランサーは立ち上がって絶叫し、子ギルは必死にぬるま湯を飲む。こういうときは冷水はもっての他だ。一時的に駄目でも温度が高い方が辛さを超えるのには有効だ。
「ってこれなんだよ! タバスコなんざ比じゃねえほど辛いぜ!」
「いえ、一応比に出来る値ですよ」
もちろんランサーの言った言葉はそれだけ辛い事を言いたかっただけだが。
ようやく収まったようだが子ギルは目の端に涙を浮かべている。
「……まず説明しておきたいのは、スコビルという単位です」
「スコビル?」
「はい」
こくりと子ギルはうなづいている。ちなみに店は貸しきっていないので他の客からは注目の的だったりするが。
「辛さの基準単位として制定されたもので、タバスコは2,410スコビルです」
「で、これは?」
「約200,000、つまり約100倍です」
「ひゃ……」
ランサーは目を見開いて手で遊んでいたそのホット・ソースの小瓶を振る。
「ちなみに世界で最も辛いとされる唐辛子レッドサビナは577,000で、ギネス記録にもちゃんと載っています」
「ごじゅうなな……」
「泰山で使われる唐辛子がそれだと想定した上でそれ前後、つまり軽く百倍を越えるソースを用意した結果がこれらです」
その数は10は軽く超えている。ランサーはそれを目のあたりにしただけでめまいを起こしてきた。
「わり。俺急用思い出したわ」
「はいはい天の鎖」
鎖で拘束されるランサー。神聖のある彼にもはや脱出の術などない。
「さ、まだソースはいくつもありますから全部試しましょうね」
「ぐ……」
天使のような満面の笑みを浮かべる子ギル。ランサーは結局なす術もなく食べる事になったのだった。
「さっきからラベルが髑髏ばっかじゃねえか」
「これなんかもうマーボーの域にまで突入してますよね」
「これ、誰がホントに買ってくんだ?」
「これで全部か……」
「はい……」
レッドサビナハバネロをふんだんに使ったものから唐辛子エキスだけを凝縮したものまで、彼らはついに制覇した。もはや二度と制覇したくないが。
「ていうか数百倍とかありえねえだろ。どう考えてもよ」
「確かに。これなら彼女も納得してくれますよね」
もはや二人の意見は一致していた。これならば確実にカレンを納得させる事が出来ると。そして晴れてマーボー生活からもおさらばだと。
「だったら一応手に入れておいたこれら、必要ありませんでしたね」
「これら?」
もはや汗を多くかいているランサーだったが、冷や汗がまた流れる。そして同時に嫌な予感もする。
「この二つです」
そう言って子ギルは2つの小瓶を取り出した。一つは黒ビンに白のラベルのもの。もう一つは平べったい黒ビンに紫と黄色のふたがあるもの。もはや見ているだけで逃げ出したくなる代物だ。
「現在売られているホット・ソースで世界一辛いものと、それを超える限定的に世界一辛いソースです」
「もうやめろって。必要ないだろ」
もはやマーボーに並ぶものは発見できたのだから、あえて危険を冒す必要はないだろ、がランサーの意見だった。ていうか一刻も早くこんな状況から抜け出したいのも事実だが。
が、
「いえ、彼女が僕らの予想をはるかに超える存在でしたら駄目です。それに、完全にマーボーから脱出するにはそれを超える必要があります」
再びマーボーに戻られては身も蓋もない。これがギルガメッシュの意見だった。というかむしろ懇願だった。
「む、確かになぁ……」
ランサーもそれには同意を示す。
レパートリーが増えたからと言って完全に脱却するにはまだ力不足なのも否めない。カレンには完璧にマーボーから抜けてもらわねばならないのだ。
「よし、なら食ってみっか」
伊達にマーボーと何日も付き合っていないと自負するランサーは、まず白いラベルのビンから手に取る。『ザ・ソース』とネーミングされたそれ、いかにもとんでもなさそうだ。
「それ注意書きがあるみたいですよ」
「注意書き?」
子ギルの話では次の通り。
・21歳以上で購買責任の取れる大人のみ
・身体、内臓に大きな危害が起こる可能性がある事を頭に入れておく
・直接飲み込む、皮膚につけるとやばい(皮膚だとやけどする)
・これの紹介の際、危険性を絶対に知らせる
・何か起こっても裁判は絶対に起こさない事
「……」
「……」
十分に食う気を殺がれる内容だった。
「じゃ、じゃあ」
「いただきましょうか」
ランサーと子ギルは慎重に量を考えてスパゲティに落として行き、そしてそれを口に運んで――。
「……これ、バーサーカーも殺せるんじゃねえか?」
「辛さは痛みですから十二の試練を突破できるとは思えませんけど、言いたい事は分かります」
正直に一口でギブアップした。というか命の危険を感じた。
もはや叫び声はあまりの辛さにでない。呼吸をするだけで痛みを感じる舌と喉。もはやこれは調味料などと言うレベルではなく、化学兵器にも近いかもしれない。
「ちなみにこれ710万スコビルです」
「……もはや馬鹿を通り越して賞賛したくなってくるなこれ」
そう、製作者にあってみたいものだった。あったらまず握手をして、宝具を発動させていただろうに。
「あー、あえて聞いてみるけどよ、それはどうなんだ?」
ランサーはもう一方を指差して聞いてみる。『ブレアの午前6時』というらしいこれ、当然もはや食べる気など全くない。
「1600万スコビルで、ギネスにも載る世界最高の辛さを誇るもので、限定生産されたものらしいです」
「へえ、なるほどな」
ランサーは笑みを浮かべつつ席から立ち上がる。もはやそれには先ほどの悪態など想像つけない。
「とりあえず世界にあってはならないもんだって事は分かった。その存在、俺が貰い受ける」
「ちょっと! 店内で刺し穿つ死棘の槍は……!」
まあ、そんな事はあったがとりあえず収穫はあったとし、店から出るのだった。
「なるほど、これが辛いという事ですか……」
カレンは温かい茶を飲みながらスパゲティを食べていく。ランサーと子ギルはそれに唖然とするしかなかった。
「せ……世界最高の辛さのソースを……」
「食べてる……」
そう、ひたいから汗が流れ落ちているというのにカレンの食の速度は止まる事を知らない。むしろ平然とフォークを進めているのに尊敬の念まで一瞬感じ取ってしまう。
夕食、ランサーが料理を作ってふるまった簡素なものだった。それを見るなりカレンは、
「これが今日の収穫? 全く、英雄と言うのはどうしてこうも時間を食いつぶすことだけは上手なのでしょうか」
と言ったのだが、ソースの事を話して一応納得してもらえた。
もちろんランサーと子ギルは一切のソースは使っていない。久々のまともな料理に思わず涙が出てきそうになるのは別の話。
「なるほど……。とても味わい深いものでした」
と言いつつカレンはフォークをテーブルの上に置く。この時点でガッツポーズを思わずとりたくなるランサーたちだったが、何とかその衝動をこらえる。
「で、カレン。納得したのか?」
なるべくその心の歓喜を抑えつついつもの調子でランサーは問いかける。ふむ、と若干の思考するカレンは、
「そうですね。これならばしばらくマーボーではなくこのような料理でもかまわないでしょう」
「「やったーっ!!」」
今度はハイタッチどころではなく、かつてのスポ根漫画よろしく、ランサーと子ギルは抱き合う。そして2人とも歓喜の涙をこぼす。
「やったぜ、俺たちはついにやったぜ!」
「やりましたよ! 僕達はついにやったんですね!」
そして感動のただひたすらに味わい続ける2人。ようやく、ようやくマーボー生活から脱出する事が出来る。それがついに現実となる。思えば長かった。あの腹黒神父がこれだけで一話になりそうなんで以下略。
とにかくこの地獄のような食卓は、恵みと共に天国へと変わっていくのだ。
だが、2人は気づかなかった。まだ若干残っている皿にカレンが何かをふりかけていく事に。そしてそれが『ブレアの午前6時』である事に――。
「さーて! 懸念材料は消えた事だし食うか食うか!」
「ですね!」
そうして2人はフォークを手に取り、スパゲティを口に運んで――。
この後のことは英雄である2人のために伏せておく。
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「釣れますか?」
「……いんや、全然」
ランサーは1人、寂しく釣りを行っていた。と言うよりは他の連中、特にアーチャーとギルガメッシュ、がいないという静寂な環境である。つまり寂しくはなくむしろこの状況がいいのだが。
「もしかして太公望してるだけでしょうか?」
「太公望? あー、中国の英雄だっけ」
釣りそのものではなく、釣りを行う事でじっくりと物事を見渡す事を目的としている。
某雑誌に載っていた漫画版では針がまっすぐで魚がつれない状態だ。ランサーの場合は両方の意味合いがあったからどちらともいえない。
「最低でも俺は釣る気でいるからな。多分違うんじゃねえか?」
「なるほど、それはあなたらしいですね」
額に指を押さえながら述べる話相手の女性、バゼット。的にとりあえずは当たっている事にランサーは笑みをこぼす。
バゼットは無言でランサーとは少し距離を置いて座る。海風がさわやかに流れ、バゼットの髪を揺らした。流れる髪を彼女はかきあげる。
何かを言い出そうとするバゼットだったが、ランサーの方をちらちらと見るだけですぐに視線を外してしまう。口も開きかけるが声が出ない。
穏やかに時間だけが流れていた。
「手に持ってるそれ」
「え?」
ランサーは顔をバゼットの方に向けずに片方の手をそちらの方にだす。急に離しかけられたためか、バゼットは一瞬慌てふためいてしまうがその後はすぐに元に戻った。
バゼットの手元にあるのはバスケット。何かを話そうとしている時にしきりにそちらを気にしていた事は内緒だ。
「これですか。私の昼ごはんにしようかと作ったものですが……」
「バゼットが? こりゃまた珍しいな」
「手間はともかくとして採算の面で見れば自分でごはんを炊いた方が安く上がりますから」
とバゼットはランサーに視線を合わせずに述べる。その様子を見てランサーは思わずにやけてしまう。時間と経費ならどちらを選ぶか、普段ならそれは考えるまでもないから。
「どうやら今日は大きなもんが釣れたみたいだな」
「え?」
「魚は釣れねえし、俺にもそれくれよ」
「あ……」
手を差し出している意味はそれにあったのか、などと今さらながら彼女は思う。あわてた様子でバスケットを開き、中に入っているものをランサーに渡す。
「へ……へたですからね! 文句は言わないでくださいよ!」
「言うわけねえだろうがよ、そんな事をよ」
そしてランサーは手渡されたそれを口に運ぶ。そして持った第一印象は、
「……餅?」
「おにぎりです!」
言ってみただけだ。
それは米を握ってできたおにぎり。周りにはのりが巻いてあり、味付けはシンプルに塩とうめぼし。形は三角ではなく丸。しかもどれほど強く握ったかわからないほどにぎゅうぎゅうにむすばれていた。歯ごたえは米よりも餅に近い。
「うまいぞこれ。ありがとな」
「どういたしまして」
更にもう一個口に運んでバゼットの方を見る。彼女はバスケットから魔法瓶を取り出してお茶を注いでいた。なので視線は合わない。
「はい、飲み物です。ですが日本茶はなにぶん始めてでしてうまく淹れられているかどうか……」
「不味く淹れられたとしても俺には日本茶なんてわかんねえって。安心しな」
そう言いつつ熱湯にも近いそれを一気に飲み干す。その様子を凝視するバゼットに気づいて思わず笑みがこぼれる。
「うん、でもうまいぞ。十分じゃね?」
「そうですか、それはよかった……」
胸を撫で下ろすバゼット。
向かう視線の先には海面へと落ちている糸だった。一向にゆれる気配がない。つまり魚のかかるそぶりもない。
そんな竿を持っているランサーはその糸にすら視線を合わせていない。彼の見つめる先は遠く、水平線のかなたかもしれないし、遠くに見える内陸かもしれない。ただ、釣りにも気を置いてない事は一目瞭然だった。
「何か悩んでるようですね」
「……っ」
少し竿が揺れる。だが魚がかかった様子はない。
「話してくれませんか。私でも微力ながら力になれると思いますが」
ランサーの様子を見かねてバゼットは身体を乗り出すが、ランサーはバゼットに話す事をためらった。いくら彼女の親切からでた言葉でも、カレンの事を相談するとなれば完全に話は別だ。
と言ってもだんまりをしていては悟られる可能性だってある。なので……、
「好きな味を嫌いにする方法って何かないか?」
「は?」
ものすごくぼかす事にした。それだけを聞いていると本当に何の事やら分からないほどに。
「俺みたいにゲッシュか何かで縛られてる場合をのぞけば、たいがい好き嫌いって変わるよな。それを一瞬で行いたいんだが」
「……なるほど。中々難しい悩みですね」
ランサーは竿を持ち上げる。海に長時間入れていたせいか、針にはエサがもうなかった。一方のバゼットはランサーの相談に真剣に考える。彼は竿をふるってもう一度針を海に沈めた。
「矯正する事はできないのですか?」
「どうやってだって。「これを食うならぶちのめす」なんて脅せばいいってか?」
「そっそんな事言ってませんよ! 私はただ……!」
「冗談だって」
くくくっと笑うランサーの言葉に赤面するバゼット。気づけばいつの間に立ち上がって彼を見下ろしている。
「そんなんじゃなくてよ、もっと相手も納得してくれる解決法を探してるんだ。それができりゃ万々歳なんだがね」
「なるほど……」
バゼットはランサーからおにぎりをつつんでいたアルミホイルを受け取り、バスケットの中に放っておく。そして再び注いだお茶を彼に差し出し、自分はランサーの言葉を真剣に考える。
「味覚を変える事はできないのですか?」
「味覚を?」
そうして数分、ランサーからカップを受け取って魔法瓶をしまいながらバゼットは述べた。
「好きな味を嫌いと感じるように、逆に嫌いと感じるものを好きな味のように感じさせる事で好みは劇的に変化すると思いますが」
「うーん……」
カレンの食事に関しては好みというよりマーボーでないと味を楽しめないのが原因では、と思う。だとしたらカレンの好き嫌いを調べる事はあまり役に立たない……。
「ん?」
そこでランサーは1つの可能性に思い当たる。
カレンが泰山のマーボーを腹黒神父のように好んでいるかはこの際さておき、激辛や激甘を好んで食べる事は否定しない。だが、その原因が「他のものは味が薄い」とするならば……。自分の考えで全て解決するはずだ。
「……よっしゃ。これは試す価値があるぜ」
「ランサー?」
「いや、なに。こっちの話だ」
これで全ての懸念材料は消えた。後は試す事あるのみだ。そして、全てが変わる。
「……」
「……」
時が静かに流れる。お互いに何も話そうとしない。
ただただ、波の音と遠くでする文明の音が聞こえるだけだ。
「やるか?」
「え?」
不意にランサーは持っていた竿をバゼットの方へと差し出す。それが何を意味するのかバゼットには一瞬理解できなかった。
「釣りだよ釣り。太公望とかって話が出てきたけどよ、たまにはこうやってゆっくりと時間をとって物事を考える事もいいんじゃね?」
「わ、分かりました」
まるで強奪するかのようにバゼットはランサーから竿を取り、さっきまで彼がしていたように餌をつけ、海面へとそれを放った。だがその肩は緊張しているのか、がちがちである。
「あー、そんな力入れてちゃ来る魚も逃げちまうぞ。もっとリラックスしろって」
「あ……」
ランサーはバゼットの横に来た上で肩に触れ、次に腕にそっと手を乗せる。
「そうやってゆっくりと魚を待つんだ。よってきた時からが本当の勝負だがな」
「……はい」
そうやって時間は流れる。
ゆっくりと、ゆっくりと。
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「で、これが今日の成果ですか?」
「おう、そうだぜ」
夜、カレンの前に並ぶのはごく普通の料理だった。ごく普通の料理、すなわちランサーたちにとってそうであり、カレンにとっては味の全くしないものばかりだ。少なくとも見た目は。
「今回の調味料は?」
「あー、いや、今回はそれだけだ」
「は?」
予想外の答えにまゆをひそめるカレン。だが次には深いため息をもらしつつ、
「全く、今日一日どこに行っていたかと思えばこんな……」
「あーっと。その前にあんたに受けて欲しい事がある」
毒舌まっしぐら。それに真っ向から対立したランサーはカレンの言葉をさえぎる。あまりに急だったので文句を言う暇もなくあっけにとられる。
「よしギルガメッシュ、やるぞ」
「ええ、そうですね」
ランサーは立ち上がり、精神を集中させる。子ギルも立ち上がり、ポケットから鍵剣を取り出す。そして、
「王の財宝」
子ギルの宣言と共に空間が歪み、その歪みから数多の宝具が姿を見せる。ただ、その宝具はいつものように武器ばかりではなかった。
それは盾もあれば服もあり、中にはアクセサリーのようにしか見えないものばかりだった。だがそれらには一つだけ共通点がある。相手の対魔力を下げ、味方の魔術成功率と魔力そのものの底上げを行うのだ。
「カレン! 口を開けてくれ!」
「へ?」
カレンにとってはその宝具展開も予想外ながらランサーの威勢も予想外。思わず言われるがままに口を開けた。
「ふっ!」
そしてランサーは気合と共にカレンの口……いや、舌に紋様を描く。それがルーンだと気づいた時その紋様が光り輝き、カレンに劇的な変化をもたらした。
「こ……これは……?」
「わりぃが俺の腕だと増幅してもらってせいぜい効果は三分ほどだ。ゆっくりだが早く味わってくれ」
椅子にどかっと座るランサーと宝具をしまう子ギル。言いたい事は山ほどあったが、カレンはとりあえず目の前の食事に口をつける事にした。
「……!」
そして、それに気づく。
「味が……しますね。しかも……」
「辛い甘いなんざメじゃねえ感覚が楽しめる。だろ?」
思わずにやけてしまう表情を必死に抑えつつランサーはカレンの様子を見て楽しむ。
カレンはいつになく旺盛に食を進めていた。そしてしきりに納得したようにこくこくうなづいている。あくまでおしとやかだがそのペースは速い。
ランサーが行ったのは他人に行うと非常に高難易度な魔術、すなわち強化だ。甘いものや辛いものを食しているのはそれを好んでいるからではなくそうでないと味がしないため。が、麻痺しているわけではないから強化を行えば普通の味覚までには戻すことはできるはず。こう結論づけたランサーは自身が習得している原初のルーンを、ギルガメッシュの宝具をバックアップとして用いたのだ。
「こんな……味だったのですね……」
カレンは箸を置き、手で十字をきる。
それでも制限時間は短いし、今後魔術の腕が上がる事はないからこれ以上伸ばす事もかなわないだろう。だが、
「とてもおいしかったですよ、ランサー」
その言葉とその笑みさえあれば二人にとっては十分だった。
ランサーと子ギルはただ無言でこぶしとこぶしを合わせた。もはや当初の目的すら忘れそうなほど、2人はこの達成感に浸っていた。
「半分賭けみたいなもんだったが、成功して何よりだぜ」
「そうですね。他人の強化なんて随分と無茶するなと思いましたけど、成功して何よりです」
「ランサー、ギルガメッシュ……」
次の瞬間、ランサーと子ギルは信じられないものを目にした。
「ありがとうございます」
「カ……カレン?」
なんと、彼らの目の前でカレンは頭を下げているのだ。しかも深々と。
「このような味わいを受ける事があるだなんて夢にも思いませんでした。そういった意味であなた方に感謝いたします」
「あ……ああ」
「ど……どういたしまして」
カレンらしくない。と一瞬思うがそれは口に出さないでおく。出すほど空気を読めなくはない。だがカレンの別の一面を確かに見たような気がする。
「さあ、晩餐は続いています。早くしないと冷めてしまうでしょうし、どうぞ」
「……そうだな」
「……そうですね」
3人共に笑みをこぼし、再び箸を持つ。
そうしてこの晩餐は3人共に満足するものとなったのだった。
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「とうとうやったな」
「ええ、やりましたね」
次の日の夕方、2人は意気揚々として教会へと帰る道に入っていた。
先日こそ当初の目的を忘れていたものの、今日になって自分達がもたらした今後の安定、平穏を実感せずにはいられない。
「今日でマーボーともおさらば!」
「ですね!」
何よりも今はそれが一番嬉しかったりする。
あの地獄を形容してもまだ生ぬるいそれ。悪魔をも退治するだろうブッタイ。それをもう二度と彼らは口にする事はないだろう。
さらばマーボー、永遠に。
「さーて! 今日も意気込んで俺が作るか!」
あのマーボーと比べたら家事の一部を行う事など苦にもならなくなっていたランサーであった。
だが子ギルにはなぜか不安が宿っていた。全てにけりはつき、マーボーの脅威は去った。もはやその脅威が訪れる事はない。なのになぜ……、
ギルガメッシュは姿をあらわそうとしないのか?
「おかえりなさい。街に変わった様子は?」
「いんや、特にはなかったな」
「セイバーがサッカーのPKでアーチャーに負けたのを悔しがっていました」
既に食卓にはカレンが座っていた。その事に若干意外だと思うが、浮かれていた2人はその違和感を切り捨てた。
この時、生前に英雄として培った直感を信じていれば……。
「じゃ飯作るぞ」
「それには及びません。私が用意しておきましたので」
ランサーが台所に向かおうとしたところ、カレンはその言葉を放った。その言葉に一瞬背筋が凍るが、昨日の事もあったのでそれすら切り捨てる。
「……まさかアレじゃねえよな」
「昨日味わうとは何か、を知りましたから露骨にあれと言われても困ります」
アレ、すなわち麻婆豆腐の事を指してランサーは念のために述べる。声に動揺があるのを全く気にしない様子でカレンは述べた。
「ランサーには魚香茄子を、
ギルガメッシュには肉末粉絲をそれぞれ用意しておきました。もちろんご飯もあります」
「「ほ……」」
それぞれ聞いた事のない名前であったが、とりあえず麻婆豆腐でなかった事に安堵の息をもらした。
だがなぜか2人に広がる胸騒ぎ。否定しようとするがそれから逃れることは出来ない何か。
「実はランサーに強化の魔術をほどこされた事を生かし、色々と食べ歩いてみました」
「へ、へえ……それはやけに積極的だな」
やはりその胸騒ぎを消す事が出来ない。逃げろ逃げろとしきりに本能が訴える。
「コクやまろやかさ、確かにそれらもおいしくいただけました。ですが……」
もはやそのピークは頂点に達しようとしていた。ランサーは自身の足にルーンを刻み、子ギルは宝具で身体能力向上をする。
「やはり麻婆豆腐が一番親しみを、うまみを感じました」
「「うわあああっ!!」」
走った。全力で走った。最速を誇る歴戦の猛勇が、全英雄の始まりにして原典の英雄王が。たった1つの存在を目の前に、全力で逃げた。
が、
「げっと」
「「ああああっ!!」」
当然聖骸布から逃げられるはずもないが。
「じゃあなんだ!? 俺たちは仕方なく今まで食ってたマーボーを嗜好レベルに引き上げただけなのか!?」
「現実を再認識できた意味では感謝いたしますよ」
「僕達はそんな事のために努力したんじゃありませんよー!」
ずるずると食卓に強制的に鎮座させられる2人の大英雄。が、既に後の祭り。己の直感より過去の確信を優先したおのれらを恥じた。
「別にあなた方に『麻婆豆腐』を食べさせようだなんて言いませんよ。先ほど言ったでしょう? ランサーには魚香茄子を、ギルガメッシュには肉末粉絲をと」
「「……」」
もはやこういう展開になった以上、その未知の料理も期待できそうにない。だがこの数日間、彼らも伊達に困難を乗り越えてきたわけではない。
「マーボーじゃないなら……」
「この際いいですか……」
自分で言っててむなしい台詞を出しながらおとなしくする2人。カレンは自分の前に皿を置く。案の定それは泰山の麻婆豆腐だった。
そして2人の前にも……。
「ランサーには魚香茄子を」
「げ……」
「ギルガメッシュには肉末粉絲を」
「え……」
それを見た2人は固まった。否、固まるしか許されなかった。
目の前にあるのは魚香茄子、そして肉末粉絲。麻婆茄子と麻婆春雨とも言う。
「とこしえなる全能の主よ。主の御惠によりて与えられしこの賜物を感謝し奉る」
いつものように始まるカレンの食前の祈り、だがランサーと子ギルはただ呆然とそれを見つめるだけだ。
「願わくば数多の人々にわれらにくだされた主の御惠がくだらん事を。主の御憐みによりて安らかに憩わん事を」んなめぐみをくれる神がいたら即行でぶっ殺す。とランサーと子ギルの強烈な思いが一致する。
「聖父と子と聖霊との御名において。アーメン」
カレンは静かに十字を切り、レンゲを手にする。だがランサーたちもこのままただ時を過ごすわけにもいかなかった。
「……食うか」
「……そうですね」
もはやあきらめきった言葉を述べてレンゲを手に取った。
今までの試みは失敗に終わった。もはやマーボーから抜け出すことは出来ず、以前のような日々がまた戻っただけだった。それを目の前の真っ赤が再認識させてくれる。
だが2人のその考えすら甘かった。ランサーと子ギルの試みはある意味では成功になっていた。だが、この2人が想定していたのとは全く逆方向に。
「ああ、1つ言い忘れていましたが……」
カレンが思い出したかのようにつぶやくが、もう遅かった。
2人はたった一口しか食べていない。たった一口だ。だと言うのにランサーは痙攣を起こしながらテーブルにぶっ倒れているし、子ギルにいたってはエクトプラズムまで出している。
「ギルガメッシュの用意してくれた調味料は泰山の店主さんに差し上げましたので」
遠ざかる意識の中、2人はかろうじてこの言葉だけを聞き取れた。そうして思う。
余計な事すんじゃなかった、と。
ねばーえんど♪
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