Fate/master's gloom
/Case Thosaka
「一体何なのこれはーっ!」
時は1942年、遠坂の姓を持つその青年は自らの失敗を棚上げして絶叫する。
確かに召喚には成功したはずだが、結果はめちゃくちゃになった自分の部屋だったりする。
召喚の儀式は地下の攻防で行ったはずなのに、なぜ二階の自室がこのような結果になる?
「こ……こんな事が現実に起こっていいものなの……?」
自分のベッドや本棚がめちゃくちゃになっていて、天井には大きな穴。
隕石でも落ちてきたのか?と錯覚できるほどだ。
遠坂は生じる頭痛を何とかこらえて視線を元ベッドに移す。
そこにいるのは自分と同じぐらいの年齢をした青年。しかも超がつくほどの美形だった。
が、着ている服はこの国どころかこの時代のそれではない。
つまり…、彼が自分の召喚したサーヴァントなのだろうか?
しかし、今遠坂が感じているのはそこではなかった。
今その青年はそんな事があった事すらなかったかのように、寝ていた。
睡眠ザ睡眠。これでもかというぐらいの幸せそうな寝顔だ。
そんな彼に…。
「あんたのしわざかーっ!」
遠坂は思いっきり顔面に向けてやくざキックをかますのだった。
「ちょっと、痛いじゃないか。それとこれって安眠妨害……」
「な・に・が・安眠妨害だってー?」
「痛い痛い痛い。頭から手を離してくれ」
物理攻撃が全く効かないはずのサーヴァントの頭をぎりぎりと遠坂の指が締め付ける。
この青年、演技でもなくマジで痛がってます。
遠坂の指は化物か。
「このめちゃくちゃになった部屋どうしてくれるの?」
「それ君の召喚のせいだけど」
ひとしきり満足したのかため息交じりで話す遠坂だったが、青年のぼそっとした台詞にまた鬼神のごとく目を光らせる。
「あんたも英霊なら空を飛ぶぐらいの根性見せてよね」
「んな無茶なご無体な殺生な」
「……もういいや。あんた少し黙って」
今度は胃がきりきりしだした。このままだと聖杯戦争の死亡原因はストレスになりそうだ。
いっその事このとぼけた頭を令呪で引き締めなおそうか?などと思考が働き出して、ようやく我にかえる。
遠坂には家訓がある。
どんな時も余裕を持って優雅たれ、彼が一番好きな言葉だ。
聖杯を手に入れる事は遠坂の義務。だからこそ今回は万全の準備を整えてこの場にいるのだ。
まずは聖堂教会への根回し。
前回表向きのルールを定めたが、今回神秘の隠匿などの監督役は第三者が行うのが良い、として魔術協会でなく聖堂教会に依頼した。
その意見を主張したのは遠坂だが、当然監督役として派遣された言峰璃正とは旧知の盟友。
言わば審判とグルなわけだ。
万が一死亡した際の後継者。
これもぬかりなく、既に後継者に基礎は叩き込んで一門の者に預けておいた。全ての手続きは完了済みである。
聖杯戦争に敗北しても滞りなく遠坂は続いていくだろう。
そして、もちろん聖杯戦争に勝利するための英霊選びも万全の体制で臨んだ。
第二次前後で発見された最古の英雄、ギルガメッシュも考えたが『聖杯』を取るのにはふさわしくないだろうと却下した。
聖杯を取るべくして取る。それが彼の望みだった。
そんな英雄がふさわしいと考えた彼が選んだのはアーサー王物語で聖杯の騎士として名を残すパーシヴァルだった。
もはや今のご時世では聖杯を取ったのはギャラハッドとなっているが、奇跡を手に入れた存在が英霊後時におさまっているはずがないと考えたためだ。
よって数年も前からつてを駆使して遺物を手に入れたのだ。
しかし、彼は気付かなかった。
最大の敵はこれより現れる人類史に名を轟かせた英雄でも、魔道の最先端を突き進む大魔術師でもなく、身内なのだと。
遺物のすり替えに最後まで気付かなかったのはうっかりのたまものなのだろうか?
てなわけで遺物は触媒として使われず、彼の気質に引かれてやってきたのが目の前の青年なわけだ。
が、もちろんそんなの遠坂の知ったこっちゃなかった。
「それで、あんたは誰?」
「ん、僕はキャスターだよ」
「キャスター!?」
思わず遠坂は大声を出してしまう。
姿も体つきも明らかに騎士ではなかったが、決定的な事実を突きつけられて思わず涙が出そうになる遠坂。
「うそ……こんな些細な失敗で私の聖杯戦争は終わりなの……?」
「ごめんね。悪気はないんだよ」
「あんたが言うなぁぁぁっ!」
遠坂のラリアットがキャスターの首を思いっきり直撃する。
一瞬魔術回路が光った気がするが、この際どうでも良かった。
「うう、暴力反対」
「ああお父様、これから自分のサーヴァントを殺すことをお許しください」
涙目で首をさするキャスターは天を見つめて誰かにつぶやく遠坂を見て青ざめる。
さすがに即行で死にたくはありません。
「いや、それは本当に勘弁して。僕だってやりたい事があるんだからさ、ここはギブアンドテイクで行きましょうよ」
「……あんたのやりたい事って何?」
「昼寝」
「命じる、たった今自害……」
「あああっ! お願いだから令呪はやめて。真面目にしますから」
本気で令呪が輝きだすのをみて思わずキャスターは遠坂に抱きつく。
それをマジでいやな顔をしつつ振りほどいて、遠坂は何とか殺気をこらえた。
「……なら今すぐ真名を言いなさいよ。あんたが私の呼び出そうとした英霊じゃないのは分かってんのよ」
「なんだ。ボクを呼びたくて呼んだんじゃなかったのか。それは残念残念」
キャスターは目をこすってあくびをする。再び令呪を使おうかなとマジで思う遠坂。
「あんた、自分が触媒使われて呼び出されるようなご大層な英雄だって思ってんの?」
「不本意ながらそうなっちゃってるね」
びきびき、とこめかみ辺りが引きつるのを自覚できてしまう遠坂だったが、盟友の助言を思い出してかろうじて押しとどめられた。
『友よ、君は少しばかり感情の制御ができていないようだね。それさえできれば先代を超えるだろうに』
(ありがと友よ。だけどもう私我慢の限界だわ)「じゃあそれを証明してみせなさい」
「えー? 証明って実践しろって事でしょ? だるい」
「命令する。死――」
「はあ、分かったよ。やればいいんでしょうやれば」
もう堪忍袋の緒が切れた。そのまま命令を続行してやる。
とまで逆上していた遠坂だったが、その光景を見て我を忘れた。
浮遊したキャスターの周りを無数の文字と紋様が浮かび上がり、羅列されていくのだ。
漢字やハングルやかな、象形文字……いや、人類史の中に存在するありとあらゆる文字が出現するのだ。
そしてそれらは次々と拡散していき、信じられない結果をもたらす。
「えっ!?」
気付いたのは遠坂が最初で最後。
当たり前だろう。遠坂にしかもたらさない結果だったのだから。
「嘘……!」
念を込める遠坂だが、うんともすんともいう気配はない。
徐々にその深刻さを理解しだした遠坂は慌ててキャスターに効果停止を命令。それを二つ返事で受諾して事無きを得る。
「今のは……」
顔が青ざめる。冷や汗が流れる。歯ががたがたと震えだす。
なぜなら、キャスターは遠坂領内に張り巡らせた魔術要素のことごとくを無力化したのだから。
そう。破壊すらしていないで、構成を読んで消したと言うほかない。
「この世の中は複雑そうに見えて実は簡単なんだ。それを複雑に捉えている君達には把握しきれないだろうけれど、結局はたった二つに収まる」
「たった二つ……それってもしかして――!」
遠坂の顔が今度こそ驚愕にあふれる。
それをキャスターは事もないように受け止めて、
「そう、万物の根源である太極。それを記した図、『太極図』こそがボクの宝具さ」
魔術師ならば目指さねばならない先、根源。
それを記した図だからこそ現代の魔術師ごときの小細工など子供の積み木よりたやすく解析できる。
その事実に遠坂は歓喜に震えるわけではなく、恐怖した。
「ちょっとあんたのステータス見せなさい」
「うおっ! ヘッドバット!?」
半ば頭突きのような形でおでこをぶつけ合い、遠坂はキャスターからサーヴァントの能力を読み出していく。
そして再び彼は呆然とするしかなかった。
「太上……老君?」
「そうだね。それがボクの真名」
太上老君、中国ではもう最高の存在であり、道教の中では神でもある。
当然英霊などに収まっていい存在のわけは断じてない。
「多分封神演義を元にした伝承から僕が出てきたんじゃないかな。いくら神に近いからって僕仙人だし」
それを当然のごとく言われても返答できないほど狼狽していた。
「凄い……『太極図』にかかればいかなる神秘をも無力化する事ができる事に……」
「ところがどっこい。『サーヴァント』で召喚されたからマスターとのつながりを絶つ事はできない。
だから君がさっきやろうとしてた令呪の行使もボクには阻みようがないんだ」
「え、そうなの?」
「それに……『太極』と同じように『始まり』から『在った』ような宝具は無理だ。同等の存在は『図』に刻まれていないから」
「……なるほど」
ひとしきりうなづいてから遠坂の心の中に歓喜が芽生えてくる。
神秘の無力化。神秘で武装した英霊にはこれ以上ない対抗手段じゃないか。
宝具を行使すれば全宝具がただの物体に成り下がり、数多の魔術師は凡人に成り下がる。
勝った。間違いなく勝った。勝利を確信できる。
とまで思って一つの考えが浮かんだのでぶつけてみる事にした。
立ったまま寝ようとするキャスターを小突き、襟首を掴む。
「これで敵サーヴァントと敵マスターだけを木偶の坊にできるはず。違う?」
「そうだね。神秘を無力化できるから争いも起こらず万事めでたしめでたし」
「その後はどうするの?」
「へ?」
本気で首をかしげるキャスターの襟首を遠坂は更に締め上げた。
「だから、英霊にまで祭り上げられた相手が神秘を伴わなくたって身体能力だけで十分脅威。どうする気なの?」
「あのさ、僕キャスターなんだけど」
キャスターにとっては控えめに言ったつもりだった。
だが遠坂にとっては死刑宣告もいいところだった。
「じゃ、じゃあ正面きって戦うのは……」
「無理じゃない?」
のほほんとキャスターは言い放ちながら、がれきに埋もれたベッドを掘り当てて寝そべろうとする。
「この……」
遠坂、今度こそわなわなと拳が震えだす。
「あんたが言うなぁっ!」
黄金の左ストレートがキャスターの顔面を襲った。
/Case Matou
「おぬしの引き当てるサーヴァントによって、今回の聖杯戦争が成し遂げられるか決まるのじゃぞ。心せい」
「言われなくても分かっている。万事ぬかりない」
と、間桐の当代は臓硯に向けて自信を込めた笑みを絶やさなかったが、内心では罵倒しまくっていた。
そもそもの大失態は呼び出す英霊について意見の食い違いが生じたためだった。
当代は万事抜かりなしと最高の英霊たるセイバーを、しかし未熟者だと談じる臓硯はアサシンかバーサーカーを。
それぞれの意見が対立したまま最近までもつれた結果、結局臓硯の思惑通り何の触媒も手に入れられなかった。
無論遺物が当代に届かないよう臓硯の根回しがあった事はいうまでもない。
これでは召喚詠唱の際に付加して出現するバーサーカーかアサシンを本当に呼び出すしかない。
だがそんな小賢しい真似は間桐の調きょ……もとい、訓練だけで十分だった。
当たり前だが通常の詠唱をするつもりだったりする。
(……英霊召喚したらこいつをまず片付けるか)
などと考えが頭をめぐるが、今殺すのは得策ではない。今はまだ利用価値がある。
最も、このジジイも自分の事を利用価値のある道具ぐらいにしか思ってないだろうが、今はどうでもいい。
肝心なのは、聖杯戦争に勝つことだ。
そして奇跡を手に入れ……。
当代は術を完成させ、自身の召喚が成功した事を確信した。
だが、次の瞬間。
「わっぷ! 一体何なんだ!」
突然水蒸気に包まれてしまったために思わず当代は大声で叫んでしまう。
本来なら臓硯もまた「うろたえるでない」と一喝しただろうが、彼にとってもこれは予想外の事態だった。
地下にある召喚の陣、そこからとてつもない熱気がただよってくる。
もうそれはいつも凍えるほど冷たい地下をサウナに変えていた。
「って暑すぎだこれは!」
なぜか手元にある温度計で測ってみると……摂氏九十度。華氏の間違いだろ?
これは間違いなく人死にます。ギャグでなく、マジで。
「くそっ! これはどういう事だ! 答えろ!」
召喚の陣に立つと思われる自身のサーヴァントにむけて不平を爆発させる。
が……、。
「■■■■■■■っ!!」
「うわああっ!」
サーヴァントの攻撃。しかし当代はひらりと身をかわした。
もちろん偶然。湯気が揺れるのに若干びびって身体をずらしたおかげだ。
その攻撃は剣で行われたが、斬るではなく叩き潰すようだった。
食らえばミンチ確定。夕食はハンバーグです。
蟲が特に喜びます……と言いたかったが、実は熱気に当てられてほとんどがバーベキューにされていたりする。
「令呪を使え愚か者が!」
「そんな部屋の隅っこで豪語されても説得力のかけらもない!」
蟲ジジイはとうの昔に逃げやがってます。畜生。
「命じる! 自分に危害を加えるな!」
自分とは一人称であってサーヴァント自身ではもちろんない。
誤認されるとかの発想は一切起きない。そんな余裕すらない。
と言うかぶっちゃけ命の方が大事だった。
「命じる! 自分の命令まで灼熱の効果は自重!」
まだ収まりそうになかったので更に令呪で命じる当代。
これで後がなくなったのだが、今はこいつを手なずける事に重点を置こう。
むしろ次また暴走したら片手犠牲にしてでも令呪を放棄して臓硯に渡す。うん、それがいい。
そんな当代の思惑とは違い、何とかサーヴァントは当代を見下ろすように立ち尽くした。
しゃべろうともせずに狂気に歪んだ顔。
どっからどう見てもバーサーカーだった。
「……本当に勘弁」
臓硯の思惑通りに進んだふがいなさより、自分にバーサーカーをあてがった聖杯に恨みを持つ当代だった。
「と、とりあえずさっきの効果が何なのか調べないと……!」
さっきの命令が漠然としすぎていた事は臓硯の予習で口をすっぱくして言われている。
おとなしくしている間に目の前のサーヴァントの能力を見てみることにした。
「何だ、これは」
能力はとてつもなく高い。宝具も絶大な威力を持つ。
が、サーヴァント自身は暴走しまくり。しかもその宝具も自身を殺しかねないものばかり。
どう考えても百害あって一利ない。
「くっ! 自分は優れた魔術師だ。なぜこんな奴を引き当てないといけない……!」
「お主が不甲斐ないからじゃろうが」
「ええいうるさい! そんなの改めて言われなくたって分かってる!」
愚痴を言っても当然始まらない。だって引いてしまったんだから。
「こうなったら他のやつからサーヴァントを奪うか、こいつに好き勝手させておくか……。どっちにしても令呪はあと一個だし……」
後の祭り、とは絶対に考えてない。考えたくない。
でも諦める気は毛頭ない。なぜなら自分は間桐の魔術師なのだから。
「■■■」
「お前が同情するなっ!」
相手はバーサーカーのクラスを持ったサーヴァント。そう見えたのはもちろん当代の錯覚のはずだ。
全くダメージが与えられる見込みがないぐらい分かっているのに間桐は肩に置かれた手を払ってパンチを浴びせるのだった。
当然拳を痛がったのは言うまでもない。
「……こりゃ今回も駄目っぽいの」
今回の間桐の魔術師、その死因はストレスによる過労かもしれない。
/Case Automata Master
「よし…!」
自身の召喚の成功を確信したその男はガッツポーズをとった。
これなら確実に聖杯戦争を勝ち抜ける、そう確信していた。
が、触媒もないのになぜそう確信できたかは不明である。
「さあ来い最強のサーヴァント!」
もちろんこの台詞も根拠なしです。
が、それを確信しまくっているその男にもう誰が何を言っても無駄に違いない。
で、彼の目の前に現れたのは…漆黒のローブを身にまとい、顔の部分だけが真っ白な仮面のなんとも不気味な人物だった。
いきなりその男は外れを引いた事に気づいてしまう。
「アサシンかよ」
がくっとうなだれるその男。彼を信じる弟子がそれを見たら一発でやめかねないほど絶望しているように見えるのはご愛嬌と言う事にしておきたい。
「我ハさーヴぁんとあさしん」
「いや、分かってるし」
そんないかにも暗殺者のスタイルでセイバーと言われたら逆に驚くって。
しかも……、
「小せぇー……」
小人って言って見世物にしても通用するぐらい小さい。
欧州人の中では決して高くない方の男だったが、それでも目の前のアサシンは自身のひざぐらいまでしかないだ。
こんなんでどうやって勝ち残ればいいと思ってるんだ?
もはや敗北を確信しようとしする。
「……待てよ」
でも逆にアサシンだからこそこの背丈もありなのでは? とも思う。
暗殺に背丈など関係ない。逆に小柄を長所として生かすことも可能なのだから。
「ならステータス次第か。……前線で戦えるようなすげぇ奴が欲しかったんだけどなぁー」
男は思いっきり深いため息をついた。
自身の攻撃手段は人形を遣ったいわば中距離専門。
セイバーがサーヴァントならセイバーと自身の自動人形(オートマタ)で敵をふくろだたきにできるとふんでいた。
そのための遺物を確保しようと奮闘したのだが、結果的に見つけられる事はなかった。
ちなみにこれには遠坂と聖堂教会が絡んでいた事は知る由もない。
「はあ…」
自身の懐を見て、とりあえず自動人形を近距離用に改造する必要があるかと思うと泣けてくる。
材料もあまりないし、聖杯戦争の開始も近い。
「……」
「……」
「なあ、おまえ男? 女?」
「?」
「いい女だったらオールオッケーなんだが……」
それはあらゆる時代で問題発言じゃないかとアサシンは思ったが、口には出さなかった。
結局男の財布は改造費で空になった。
そしてアサシンが男か女かも分からないまま聖杯戦争に突入する事になる。
/Case Adelfelt
「姉さん……!」
「ええ……やったわ」
何処かの洋館。一人の女性は今起こった現象に歓喜し、もう一人の女性はそれを当たり前のように受け止めていた。
それが料理の完成や男性を射止めたと言うならまだ可愛げがあるだろう。
完全犯罪を成し遂げたら? それでもまだ良い方かもしれない。少なくとも被害者以外に被害は及ばない。
今二人が成し遂げたのは前代未聞の反則。他の者に知られてしまえば卑怯呼ばわりされても仕方のない事だった。
すなわち、セイバーのダブル召喚。
本来一クラス一人しか存在できぬはずのサーヴァント、それを同一の英雄で異なった伝承としてそれぞれ召喚させたのだ。
呼び出すための召喚陣も触媒も同一。ただ召喚する者のみが違うのだ。
そしてこの二人、北欧の名門エーデルフェルトの現代の姉妹当主である。
姉妹が共同で当主をになうのはもはやエーデルフェルトの魔術特性なので避けがたい現象では在る。
が、この二人。実は中が非常に悪い!
これでもかと言うぐらいに悪い。
むしろ魔術協会でも二人が鉢合わせする場面に出くわしたら逃げろとまで勧告している。
今回の聖杯戦争とて魔術協会は最後まで圧力をかけて聖杯戦争参加を食い止めようとしたが、結果は惨めなものだった。
鬼に金棒に代わることわざ、エーデルフェルトに英霊。万一勝利して実現してしまったらたまったものじゃない。
と言うわけで同一の英霊召喚に至ったのは条件を同じにするため。
ちなみに言いだしっぺは妹の方だった。
事の発端は、
「姉さん、どんなサーヴァントを召喚するつもりですか?」
「悪いけれど教えるつもりはないわ」
「くすくす。負けてからサーヴァントが悪かった、だなんて言い訳はよしてくださいね」
「それ誰に向けて言ってるのかしら。負け犬の遠吠え用に貴女が取っておいた方がよかったんじゃない?」
こんなやりとりが時計塔で行われたのだからたちが悪い。
半径数十メートルから魔術師が一斉に逃げ出す事態にまで発展したのは言うまでもない。
「わたしが呼び出したいサーヴァントは■■■■■■ですよ。今のうちに無駄な対策でも練っておいてくださいね」
「ちょっと。北欧最凶の英雄はこのわたしが呼び出そうとした存在よ。何勝手に人の意見ぱくってんのよ」
「嘘、姉さんも彼女を呼び出そうと……!?」
「いい度胸してんじゃない。遺物はわたしが先にいただかせてもらうわ。貴女はみじめに枕を涙でぬらしなさい」
「ああ、それでしたらこうしませんか?」
と言うわけで同一英霊の召喚となったわけだ。
令呪は同一クラスでの召喚なので共有。三つしかないので一つずつにし、もう一つはどちらかがリタイアしたら獲得できる事にした。
英霊召喚の際には協力している二人。間違いなく成功早々で戦闘勃発させそうです。
召喚の陣には2人の女性がそれぞれ剣を立てて参上する。
二人のとる仕草は全くの同一。それどころか姿も全く同じだった。
二人とも十代後半の少女ではあったが、男装しても違和感がないぐらいの美人だった。
が、その2人の雰囲気はまったくと言っていいほどに対照的だった。
「サーヴァントセイバー、ただいま参上しました」
「サーヴァントセイバー、呼びかけに応じて参上しました」
一人は冷たい殺気を身にまとい、もう一人はやわらかい温かみを身にまといながらそれぞれ一言発する。
声帯も同じでありながら、その声は全く違うものに聞こえてしまう。
「それで、ワタシのマスターはどちらだ? 早く行動を起こそうではないか」
その内の黒い方が狂気の笑みを浮かべながら述べる。
姉妹は互いの顔を見る。
どちらが自分のサーヴァントだろうか?
クラスと令呪を共通している二人にはどちらにつながりがあるかの判別がつかないでいたりする。
「んー、じゃあ貴女の方がちょっと魔力使う事やってみなさいよ。それで分かると思うから」
「断る」
「な……っ!」
いきなりの否定に姉が驚愕の声をあげる。
「マスターかも分からない者の言うことをどうして聞かねばならんのだ。
そもそも聖杯戦争は所詮サーヴァント対サーヴァントの戦い。マスターなどただ邪魔なだけではないか」
「こ……こいつ……!」
姉はその聞き捨てならない発言に怒り心頭。
「サーヴァントよりマスターが弱いからつけこまれるんだ。幸いワタシには単独行動があるからそれを駆使して1人で行動を……」
「うるさーいっ!」
「って姉さん! まさかこんなところで令呪を……!」
「まずはその高慢な態度を改めて、マスターに絶対の忠誠を誓いなさいっ!!」
部屋一面に輝く光。当然姉の方からなけなしの令呪が消えていく。
息を荒くさせる姉。それを呆然と見つめるサーヴァント二人と妹。
「……姉さん……」
思わず噴き出しそうになるのをかろうじてこらえるのに妹は必死だった。
それを耐えがたい屈辱だと思う心が強すぎて、自業自得だとは全く考えが回らない。
「あー、よかった。これで姉さんは早々に脱落ですね。本当にお疲れ様でした」
「何言ってんのよ。令呪はまだ一つあるじゃない」
「はあ? あれはわたしたちのどちらかが敗退した際に勝者に与えられるもの。
姉さんはみじめに退場しちゃったんですから令呪はわたしのじゃないですか。なんならサーヴァントづくで止めてもいいんですよ」
「ぐ……っ!」
「まあ、ごめんなさいすみません卑しいわたくしめが悪うございましただから令呪を譲ってくださいましエーデルフェルトの偉大なる当主様、
とでも言えば考えない事もないですけど」
「おとなしくしてれば付け上がるのねあなたは……!」
「因果応報です」
妹は勝利を確信した笑みを。姉はこの世の地獄を拝んできたように絶望を浮かべた。
次に姉は憤慨でわなわなと震わせたがそれに身を任せたところで事態は好転しない。
だがただ屈辱にまみれてはエーデルフェルトの名折れ。悪あがき決行。
「ごめんなさいすみません卑しいわたくしめが悪うございましただから令呪を譲ってくださいましエーデルフェルトの偉大なる当主様っ!」
「ぶっ……っ!」
とげをふんだんに盛り込んだ口調で姉は妹に頭を下げた。
だがその屈辱を全てぶつけるように下げた頭は妹の顔面を直撃する。
姉はひるんだ隙に即座に移しておいた令呪を元に戻し、サーヴァントとの繋がりを修復する。
もちろんこんな程度で済むはずもなかった。
「今日という今日こそ貴女にしつけってもんをしてやらないとねっ!」
「年下に嫉妬するなんておばさまらしい考えでお似合いですよっ!」
がっちりと手と手を組み合い、お互いに力でねじ伏せようとする。
もちろんそれだけでなくお互いにありったけの呪詛を振りまきまくるのを忘れない。
「マスター、お止めください。ここで事を構えては子供のけんかです」
ただ時計塔と全く違うのは、それを止める存在がいた事だった。
白セイバーが妹に手をかけて姉から鮮やかに身を離す。
「それじゃあ貴女が私のサーヴァント、でいいのでしょうか?」
「ええ、貴女とはつながりを感じます。私の剣に誓い、貴女には聖杯を授ける事を約束いたしましょう」
白セイバーはどこぞの宗教でいう聖母のような笑みを浮かべる。
その光景を怒り心頭で見ながら、姉は黒セイバーに視線を移す。
「それじゃああんたの方がわたしのね。よろしく」
「……呆れてものも言えん」
「あら。結果的に鮮やかに令呪は取り戻せた。それでまあ及第点は取れるわ」
しれっと言い放つ姉に黒セイバーは狂気に身を任せる存在でありながらため息を漏らしたくなった。
「まあ、そなたの魔力は現代の魔術師の中では申し分ない方だ。期待しているぞ」
「そう、こっちこそあんたに期待するからね」
「無論、阻む敵は切り伏せよう」
にっ、と笑みを浮かべて姉と黒いサーヴァントは握手をかわした。
そして、当然のごとく白セイバーと黒セイバーは宿敵のように剣を向け合った。
それも当然。犬猿の仲である姉妹に召喚された二人の同一存在がお互いを認められるはずもない。
「ではまずこの不快な存在から斬り捨てるとしよう」
「このような邪悪な者は私が倒しますので、マスターはお下がりください」
「ええ、やっちゃってください」
「ちょっとちょっと駄目よっ! 一体なに考えてんのよ!」
臨戦態勢の双セイバーを止めたのは姉の方だった。
白も黒も可能性として(それでも万一だが)逆しか考えてなかったので、意外だった。
「ここはわたしの洋館なのよ。こんなところで戦闘始められたらたまったもんじゃないわ!」
前言撤回。やっぱり当然の事だった。
「くすくす。いいじゃないですか洋館が破壊しても。後で羊羹(ようかん)買ってあげますから」
「ぶっころーす」
「待て待て。ついさっきの発言はどこに消えた」
もはや剣の狂気に彩られた自身が馬鹿みたいに思えてきた黒セイバーだったりする。
「まあいいわ。これでお互いに条件は五分になった。残るは――」
「決着のみですね」
お互いにこれだけ述べれば十分だった。
罵倒のし合いはもう終わった。残されたのは魔術と叡智による完全決着のみなのだから。
「あ、そうそう。姉さん、後片付けよろしくお願いしますね」
「えっ!? ちょっと貴女……!」
「行きましょうセイバー」
非難の声をあげる姉だったが、ここで戦闘を起こせば思う壺だった。
もはや万事休すなのは言うまでもない。
しかし白セイバーはいぶかしげに眉をひそめる。
「しかしそれでは――」
「いいですね(にっこり)?」
「……はい」
マスターの命令とあっては正義感あふれる白セイバーといえども従うしかなかったりする。
「ぐ……っ! アイツ……! だから召喚の儀はわたしの方でやろうだなんて言い出すのね……!」
「そうか。ではワタシは見回りにいってくる。遠くには行かないから何かあれば呼べ」
「まちなさい。一人で逃げようったってそうはいかないわ」
霊体となって消え去ろうとする直前、魔術回路を起動して黒セイバーをわしづかみする姉。
ハンドクローの表現が適切だろうか。むしろまんりきみたいにみしみし言い出してる。
「セイバー、マスター命令よ。手始めに後片付けよろしくね」
「なにぃっ!? 貴様英霊であるワタシにそんな小間使いをさせようというのか!?」
「どこぞのお姫様だったのと違ってあんたは英雄を先祖に持つ庶民でしょ。
勝手は分かるはずよ。サーヴァント、奴隷、使い魔。ほら、何も間違ってはいないわ」
いや、どこからどう考えても間違ってる。英霊に家事をさせようなんて時計塔の魔術師が聞いたら気絶しかねない。
「しかしワタシは――」
「あーあ。それだったら気遣いばっちりな白の方がよかったなー」
「ぐ……っ! 了解した。ヘルにでも落ちるがいいマスター」
「あら、それは光栄ね。ヘルに行ったらおばさんに顔面パンチでもお見舞いしてこようかしら」
姉はヒラヒラと手をひるがえしてその場を立ち去った。
「……戦いに来たのに」
もはや黒セイバーは半泣き状態で部屋の片付けにいそしむしかなかった。
/Case Lady
「サーヴァントランサー、呼びかけに応じてただいま馳せ参じた」
「この度の来訪、心より感謝いたします。アラヤの英霊よ」
「そのお言葉、まことに感謝のきわみ」
麗人の女魔術師は召喚された英霊に向けて最大限の敬意を払った。
それに応じて目の前の騎士は恭しく、それこそ臣下のように、ひざまずく。
「いえ、そのように慇懃に気を配る必要はありません。元よりわたくしは貴方を縛るつもりはありませんので」
「いえ。此度の聖杯戦争の性質上、このような形になるのは当然の事でしょう。
貴女が過去の英雄に敬意を払うのは承知しておりますが、それでも立場ははっきりさせておかねばなりません」
きっぱりとランサーは言い放つので麗人は思わずたじろぐ。
いくらマスターとサーヴァントの関係とはいえ、目の前にいるのは人類史に名を連ねる英雄そのものだ。
生粋の魔術師として育てられた麗人でも幼少の頃からその存在に憧れを抱いていた。
当然、聖杯戦争のルール上だからと権力を振りかざすような真似は絶対にしたくなかった。
自分は英霊の上に立てるほど素晴らしい人間ではないのだから。
「そのご様子では他のマスターになめられます。私も上の立場に立っていたので身にしみておりますが、毅然とした態度で望まれるのがよろしいかと」
だがその決心も目の前の英霊に促されるとぐらついてしまう。
「ならば命令いたします。そのような些細な事に口を挟まないでいただきたい」
いけない。だからこそ毅然とした態度でランサーを説得しないと。
ランサーにとってその反応は意外だったらしく、表情に驚きが生まれる。
「まだ真名をうかがってはいませんが、一流の英霊である事は確信しています。
貴方のいう立場もありますから臣下の礼はできませんが、貴方の上に立つつもりは毛頭ありません。
お互いに判断してお互いに決断を下す。対等の立場で行きたいと思うのですが」
「……しかし」
「それとも貴方はわたくしのような一介の女ごときが肩を並べるのは不満だ、と?」
「い、いえ。滅相もございません」
ランサーは王に対して無礼を働いたかのようにやや慌てて頭を更に下げた。
やりすぎた。麗人に明らかな後悔の念が生まれる。
「ご安心を。自分の器の小ささは分かっていますから、ある程度はわきまえましょう。ですが貴方にはぜひ知っていただきたいのです」
「と言いますと?」
「どんな形であれ過去の偉大な英霊と出会う事ができるのならば、その器を大きくする絶好の機会なのではないかと。
色々と不甲斐ないわたくしではありますが、どうぞご教授のほどよろしくお願いしますね」
「私ごときにそのようなお言葉、感謝いたします」
ランサーは相変わらず臣下のように礼を尽くすが、今はこれでいい。
最終的に肩を並べるにふさわしい人物になれるよう最大限の努力を払えばいいのだから。
「さて、それでは貴方の真名をうかがいましょう」
「は」
実を言うと麗人、自身の召喚に自信がなかったりする。
なにしろこの麗人、時計塔での身分は決して高くない。
更に現場で奔走しているとはいえ、そのほとんどが華々しく彩られた表側と違って裏方。
つまり、遺物の確保が非常に難しかったのだった。
ちなみに彼女が一番召喚したかったのはディルムッド・オディナ。
フィアナ騎士団の中でも美しく魅力がある存在だ。
そう考えると自分も女なんですね、と言われているようだが十分に自覚している。
そんなわけでかろうじてフィアナ騎士団の遺物を手に入れることができても、それが具体的に誰の所有物かはさっぱりだった。
今目の前にいる存在のたたずまい、そしてランサーと言うクラス、用意した遺物。
フィアナ騎士団で槍使いとしての一流の英霊で彼女が考えられるのは当然一人だけだった。
「私の名は――」
「貴方の名は……?」
胸がどきどきする。笑みが抑えきれない。早く目の前にいる存在から真実の名を聞きたい。
それはまるで恋する少女のように初々しい感情だった。
が、
「フィン・マク・クウィルです」
一瞬にして幻想は打ち砕かれる事となった。
フィン・マク・クウィル(フィン・マックール)。
天下無双と称えられるフィアナ騎士団の首領であり、その活躍は当然部下であったディルムッドより数多い。
もちろんケルト神話のなかでも第一級の英霊であり、聖杯戦争で肩を並べる相手としては当然申し分なし。
だが、その最後に刻まれる物語の中にディルムッドへの嫉妬により彼を見殺しにしたとも刻まれている。
そんなわけでディルムッドを召喚したかった麗人にとっては希望とは相対する存在だったりする。
迷った。非常に迷った。この事情を述べるべきか、それとも伏せておくべきか。
目の前にいるランサー・フィンをがっかりさせるには十分、しかし隠し事があって勝ち抜くことは到底不可能。
麗人は一つの決断を下す。
「それではランサー、貴方に言っておかねばならない事があります」
「なんなりと申しつけください」
「それでは遠慮せずに述べましょう」
麗人は真実を話すことに決めた。
「わたくしはフィン・マク・クウィルという存在がこの世で一番嫌いです。なぜならわたくしが最も尊敬する英雄がディルムッド・オディナなのですから」
「!」
ランサーの表情は変わらないが、若干目線が変化する。
それを見逃さない麗人は更に続けた。
「わたくしは当時を生きたわけではないので詳細を知る由もありません。しかし、後世に伝えられる文献を紐解く限りこのように皆が述べるでしょう。
フィンはディルムッドを個人的感情で見殺しにした、と」
「それは――」
「貴方にも思いはあるでしょう。ディルムッドも貴方を恨んではいないかもしれません。したがってこれはわたくしの勝手な個人的感情と受け止めてください。
――わたくしはフィン・マク・クウィルを憎悪していると」
ランサーは言葉も出なかった。
何より彼女の述べているものは全て事実で否定のしようもないからだ。
ディルムッドに憧れを抱いている者に彼を見殺しにした存在がどれほど弁明しようとも耳を貸さないかもしれない。
ランサーはこの場で歯噛みするしかなかった。
「したがってランサー。あなたには聖杯戦争で勝利する……いえ、サーヴァントとして忠義を尽くす以上の使命を与えます」
「いかなる事柄でしょうか」
それでも内心に宿るものを表に全く出さないランサーは正に騎士の鏡だった。
麗人はそんな彼に対してとてつもなく重要な言葉を口にしたのだった。
「わたくしを心変わりさせなさい」
「――それはいかなるご意志でございましょうか」
意外な言葉に思わず聞き返すランサーに、麗人は淡々と述べる。
「聞いてのとおりです。私はフィン・マク・クウィルを嫌い、ディルムッド・オディナを心酔しています。
この聖杯戦争で貴方はただ勝つだけを許されはしない。技術を、活躍を、存在を。わたくしに見せ付けるのです。
そしてこの後にわたくしにこう言わせるのです。フィン・マク・クウィルこそ最高の英雄だ、と」
それははたから聞けばとてつもなく理不尽な事だった。
何しろ麗人のディルムッド好きは折り紙つき。幼少から培った、常に彼女と共に在った考えだからだ。
かたくなな彼女自身の在り方を聖杯戦争での数週間で変える、そんなのどう考えても無理だった。
だが、その無理を成し遂げてこその英雄。
たった一人の女性の心を動かせずして何が英雄だろうか。
しかしランサーには「上等だ。やろうじゃないか」のようか考えは全く思い浮かばなかった。
ただランサーは目の前にいる女性に感心した。
聖杯戦争という性質の中で自分達に不利になるに違いない自らの意思をはっきりと示し、さらに自分に大いなる使命を与えた。
器の大きさ、度胸、意志の強さ。全てがランサーにとって忠誠を誓わせるのに十分すぎた。
「誓います。私の槍にかけて」
そして聖杯とやらに感謝する。このような人物に従う事のできる運命を与えてくれた事に。
ランサーの忠誠を見て麗人もまた笑みを浮かべた。
「ありがとうございますランサー。私の身勝手な意志で余計な使命を背負ってしまい……」
「いえ、貴女のお気持ちに何の罪もございません。全ては私が至らなかったばかりに起こしてしまった出来事。
むしろこのような機会を与えてくださった貴女には多大なる感謝を」
「期待しております、ランサー」
「必ずや我がマスターに栄光を」
歪ながらつながった二人の聖杯戦争が始まる。
/Case Einzbern
その場所は暗かった。夜よりも暗く、闇よりも深く、雪の世界より冷たい。
いかに鍾乳洞の最深部であろうとここまで沈んではいないはずだ。
自然では決して有りえぬ深遠の世界。しかしそこには確かに生命が存在していた。
呼吸はしている。鼓動はある。ぬくもりもわずかながらある。
ただそれだけだった。その存在にあるのは生きているだけで、生き物とは到底呼べないものだった。
生物学上には一応人間に属するその存在は、しかし人間とは全く別の存在となっていた。
まず生物学上は女性に属し、肉体年齢で言えば十代後半だろうか。
わずかに桜色に染まっていた白い肌も、紅を宿した唇は三原色が全く関わらない純白。
本来正に天にかかる星のように輝く銀の長い髪は三原色全てを宿す漆黒に染まっていた。
見るもの全てを魅了する力があった瞳に宿す色はガーネットには黒い泥が混ざったように渦巻いている。
そしてその身体にはあらゆる人の業が刻まれていた。
どこをくまなく探しても彼女の身体で無事な箇所は見つけられないはずだ。そうしたのだから。
慈悲などどこにもなく、ただ人の悪しき側面全てを背負ったかのように。
それの心は崩壊していた。いや、始めから存在しなかった。
誕生から既にそうやって在り続けたそれにとって、心とは無縁のものであった。
ゆえにそれはこの場に在るだけだった。その存在はそうやって望まれたのだから。
ただ心無きその存在でも分かった事がわずかだけ在る。
おそらくそう遠くない先に彼女がここにある理由がやってくる事。
自分に最も近い存在が姿を現すだろう事。
そして、それに相対する存在が立ちふさがり、自分を――。
「スプンタよ、ダハーカの様子は?」
「依然滞りなく順調です」
それをうかがっていた人影が静かに会話する。
二人とも冷淡。それを眺めても心一つゆれはしなかった。
一人はユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。
かつて魔法の家系だったアインツベルン八代目にもなる現当主。
以下略。
もう一方はスプンタ。未だに『フィール』を受け継いではいないが、それも時間の問題。
彼女こそが此度の聖杯戦争でアインツベルンの名を持ち、参戦する者であった。
ただし、それはマスターとしてではない。聖杯の担い手としてであった。
「では器の状態は?」
「問題ないかと思われます。過去二回と同じく冬木に赴いても機能するものかと」
恭しく面を伏せているスプンタはよどみなく返答する。
ユーブスタクハイトはそれに満足する事無く、当たり前のように受け止めた。
「では早速召喚の儀にとりかかれ」
「かしこまりました」
スプンタが慇懃に礼をするとユーブスタクハイトはその場を立ち去っていった。
激励どころか釘を刺すこともしなかった。
それをする必要のないほど余裕があったのではなく、スプンタに促しても無意味だからだった。
召喚を行うのはダハーカの方。彼女こそが此度の聖杯戦争でアインツベルンのマスターとして戦う者だった。
そうなった理由はただ一つ。存在そのものすら歪に変化したダハーカでは聖杯の儀を行えない可能性が高かったからだ。
ダハーカはスプンタに促されると機械人形のように召喚詠唱を開始する。
それをアインツベルンの魔術師が見守る。
祭壇に捧げられているのは古い経典。異国の、それももう滅び去った伝承のものだった。
それを触媒として行われる降霊の儀式。
六十年ほど前に一度垣間見た事のある魔術師達も今度の儀式を固唾を呑んで行方を見守っていた。
かつて、ゾロアスター教と呼ばれる宗教があった。
善悪二つの神による確執と戦いが主軸となり、二元論を最初に形にしたものだ。
スプンタ・マユは善を、アンリ・マユは悪を選択。アジ・ダハーカはアンリ・マユの配下で悪の根源と成す。
聖杯戦争は本来英雄しか現れない。そのように一次の時点で制約がかかっている。
ただアサシン、ハサン・サッバーハのように反英雄としてみなされるものも召喚できる事は事実だった。
その隙間を利用し、先人達が培ったルールを破ろうとしているのだ。
この場に在るのは触媒となる古い経典。
そして召喚を行うのはアインツベルンの者達が知る限りの悪を刻み付けられた存在。
召喚の術式すらこのために改良を施した。
ここに、先人達が決して行われることのないようかけた制約を打ち破り、一人の英雄の召喚となる。
「ふ、ふはは。ふはははっ! 成功だ……!」
ユーブスタクハイトは自分の思惑通りに事が運び、歓喜に打ち震えた。
勝てる。邪魔な部外者どもを、外様のマキリや遠坂を皆殺しにし、今度こそ聖杯の成就が叶うのだ。
この場にいるアインツベルンの者達もユーブスタクハイトほどではなかったが喜びにあふれる。
ダハーカは召喚された者を無表情に(他人からみれば呆けるように)見つめる。
自分の元となった存在を目にしても彼女に心が宿ることはなかった。
考える事すらした事のないダハーカだったが、その存在が同じだとは理解できた。
スプンタはそれを傍目で眺めながら冷酷に戦力分析を行っていた。
人形のようなダハーカに代わって戦略を練るスプンタにとって目の前の存在は決して安心できる存在ではなかった。
ユーブスタクハイトは浮かれているが、その存在が果たして数多の魔術師が葬られたアラヤの怪物なのだろうか。
在り方と戦力は全くの別問題。悪だからと勝てるわけではないだろうに。
最強でありながら最弱。反英雄アンリマユの召喚はここに相成った。
それがどれほどの結末をもたらすか誰も予測できる事無く……。
アヴェンジャーのステータス情報は公式待ちです。
/Case Little Girl
「ぐっはあっ!」
盛大な叫び声をあげて吹っ飛んだのはどう考えても平凡な一介の初老魔術師だった。
男は木製の塀に激突してそれを破壊しながらもなお吹っ飛んでいき、地面を転がり続ける。
「えげつない……もっと手加減ってやつをしてやったらどうなの?」
「必要ない。相手を徹底的にぶちのめすために来たことを忘れないで」
「いや、それでも相手からは既に哀愁ただよいまくっちゃってるんだけど」
「うるさい」
吹っ飛びの原因を作った主犯・遠坂は青年・キャスターを裏拳で黙らせる。
キャスターは鼻を押さえてうめくのを無視しつつ遠坂は静かに初老へと歩み寄っていく。
静かに怒りをたたえておきながら足さばきは軽やかで、足音一つたちはしない。
それでも初老の前に立つ瞬間だけは思いっきり地面を踏みしめた。
「ほら、悪あがきをしたらどう?」
「く、くるなぁっ!」
初老は自分に許される範囲で最速に魔術を構成し、目の前の化物をどうかしようと手を突き出す。
詠唱終了、かいほ――、
「遅い」
再び遠坂の拳が初老の腹にめり込んだ。
身体が浮き上がるほどの一撃は初老に地獄のような苦しみしか与えず、暗示が霧散していった。
更に遠坂は逆の手で思いっきりストレート。またしても腹に命中し、初老を更に遠くへと吹っ飛ばした。
「が……げえっ……」
もう先ほどから腹への攻撃しか受けていない。痛みだけでなく苦しみの方がより多く感じられる。
吐けるだけのものはもう全て出しつくし、もう胃液すら出ないような状態にまでなっていた。
「いや、だからえぐいって……」
「ギャラリーは黙って」
その光景には英雄であるはずのキャスターですらひきつるしかなかった。
事の発端はキャスター召喚直後から。
まず遠坂が行ったのは遺物すり替えを行った下手人の捜索だった。
いくら遺物を持ち出そうともそれを横流しする程度ならまだいい。それに激怒するほど器は小さくない。
だがその遺物を用いて聖杯戦争に参加するなら話は別だった。
聖杯に最も近い存在パーシヴァルを召喚されてはたまらん、と言うか自分の考えで勝利されるのが許せなかった。
したがってつてを最大限に利用して、下手人がのこのこと冬木の地に現れるのを突き止めたのだった。
後は簡単。港や街道など、主な冬木の出入り口に使い魔を配置して初老が来訪するのをずっと待っていたのだった。
そしてひとたび姿を見せるなり、即行で初老の前に立ちはだかったわけだ。
ちなみにキャスターは「魔術師がサーヴァント召喚を行った後の方がいいんじゃないか」と進言したが当然却下された。
遠坂の姿を見るなり初老はびびった。
遠坂のそばに付き従うのは明らかにサーヴァント。どう考えても勝ち目もないし逃走もできなかった。
だが遠坂は微笑みながらサーヴァントは使わないと断言し、一対一でけじめをつけると約束した。
それで初老は内心でほくそえんだ。
家訓からしてそもそも正当な魔術師として在る目の前の存在、遠坂を相手になぜひけをとるだろうか。
裏方とはいえその魔術師は研究するものではなく現場で働く者。優雅だけで頭でっかちな魔術師相手に負ける道理などない。
しかし自分は違う。いかなる汚い手を使ってでもこの場はやりすごし、改めてサーヴァントを召喚して不意打ちをかければいいのだから。
それに遠坂の当主は未だに若造。どのようにひけをとることがあろうか!
そんな風に考えていた時期が、彼にもありました。
一方的だった。と言うより勝負にすらなっていなかった。
なぜなら遠坂はサーヴァントどころか攻撃魔術すら行使しようとしなかったからだ。
初老が魔術を構成して解き放つ直前、既に遠坂は急激な勢いで接近して打撃攻撃をしかけたのだ。
鍛えていない腹への一撃は魔術暗示を吹っ飛ばすには十分。
気絶することもままならないまま初老はただサンドバッグに成り果てていた。
魔術師として戦ってくれさえしない。
魔術師である事に誇りを持つ遠坂から受ける仕打ちとしては最大限の侮蔑と侮辱を受けながらも、初老の頭ではそんな事を考える余裕すらなかった。
キャスターがえぐいを連呼するのは遠坂が他の部位への攻撃を一切していないところから在る。
あの身体さばきからすれば熟練した達人であることは明白。戦闘を考えれば腹に攻撃を集中させるのはおかしい。
理由は二つ。初老が戦闘者としては素人な事。もう一つは頭部への攻撃で気絶させたくないほど遠坂が腹を立てている事。
相手を苦しむためだけに腹部への攻撃を執拗に繰り返すさまをえぐい以外の何で表現すべきか?
「で、しゃべる気になった?」
しかも相手を戦闘不能にしようとしない。
ただ初老が苦しみのあまりのたうちまわるのを冷淡な目で見つめるだけだった。
「や……やめろぉ……!」
わずかに回復して恐怖のあまり魔術を構成しようとしたら攻撃に移り、以下エンドレス。
非力なキャスターには遠坂を腕づくで止める事もかなわないし、神秘を行使しているわけでもないので無力化もできない。
ただ彼にできるのは周囲に乱入者が現れないよう警戒するだけだった。
もはや初老には同情すらしてしまうが、それを許さない事情もまたあったりする。
「言って楽になった方がいいでしょう。それとももっともっと食らってみる?」
「し、知らない。本当に知らないんだぁっ!」
鉄拳制裁。更に初老は吹っ飛んでいく。
「知らないはずないでしょう。調べはとっくについてるのよ。吐いて楽になりなさい」
「もう胃の中にあるものは液すら全部吐き出してると思うけ……ふがっ!」
キャスターをガント一発で黙らせ、もはや虫の息状態な初老の手首をねじり上げた。
もちろん魔術が行使できないよう背後に回っているし、いざとなれば喉笛をつぶす事もいとわない。
「パーシヴァルの遺物をあんたが冬木に持ち込んだところまでは分かってる。それをどこに隠したのかを言えばあんたの反抗は不問にする。
ああ、わたしってなんて寛大で寛容なんだろう」
「その寛大さをぜひボクに一ミクロンでもいいから分けていただきたいね」
「あんたにも十分寛大でしょう」
どこがだ、とキャスターは心の底から反対意見を言いたいが、ぶっちゃけ後が怖いので自重しておく。
「あんたが拠点とするはずの家屋も、あんたが乗ってきた軍艦も全て調べあげたけれどどこにもなかった。そしてもちろんあんたの手元にもね。
まだ召喚していない事だけは間違いないんだから持ってないはずがない。さあ、言いなさい」
「本当に……知らないんだ……。頼む、信じてくれぇ……」
もはや鼻水涎涙小便汗、出せる液体は全て出しながら懇願するように言い続ける初老。
期待していない答えに心底うんざりしながら遠坂はため息を漏らした。
「んー、もしあんた以外の七人目にパーシヴァルの遺物が渡ったらそれこそ脅威になりかねない。
拷問ってあまり好きじゃないんだけれど、工房に連れて行って執行するか」
「せめて尋問って言ってください怖いです正直」
「黙ってて」
再びガントをぶっ放す遠坂だったが、今度はキャスターの方が早く無力化できた。
「キャスター、そんなむやみやたらとそれ使わないでよ。切り札ばらしてるのと同じ事でしょう」
「ならそうやってむやみやたらと神秘の行使しないでよ」
顔を引きつらせながらもキャスターはたじろぎもせず、むしろ遠坂の……いや、初老の方へと近づいていく。
「じゃあキミはどんな手順で遺物をこの地に持ち込もうとしたんだい?」
穏やかに、この場の初老においては本当に神のごとく、語りかける。
悶絶するほどの苦痛を味わい続け、これから拷問を受けようとしていた初老にとって抗える質問ではもはやなかった。
「……一般郵便に紛れ込ませて運ぼうとしていました。今日届くよう調整をして」
初老の発する言葉は遠坂にとっては想定外で、しかも不快感を隠しきないものだった。
「嘘――。魔術師が一般人に貴重な品物をゆだねる……? 信じられない」
「そんなふうに普通の魔術師が考えつかないこそその手段を講じたんでしょ。キミ一般常識には少し疎い……へぶっ」
みぞおちを通しての肺への一撃。キャスターは陸に打ち上げられた魚よろしくのたうちまわる。
しかし遠坂は同時に遠坂は意外な一手を思いつく初老に感心もしていた。
「――通常郵便物までは調べてなかった。こいつの家屋で届くの待つのは馬鹿らしいし、配達途中で奪うしかないか」
「次は強盗っすか。優雅たれの家訓はどこに?」
「同時に勝負には手を抜かないともあるからいいの。じゃあいきましょう」
遠坂は初老を粗大ごみのようにポイ捨てすると、足早に帰宅しようとする。
キャスターは初老と遠坂を見比べながら動こうとしなかった。
「帰るよ。立ち止まっていないで」
「でも彼はどうするの?」
「パーシヴァルさえ呼び出さなければ捨てておいていい小物。むしろ英霊呼び出して格好の餌食になってもらう」
あ、そうだ。と唐突に気付いたように遠坂は初老の肩に手をかけた。
「あんた、今のうちに監督役のところに逃げ込んだ方がいいと思う。あんたじゃ役不足もいいところ。一応忠告しておくから」
じゃあねー、と軽く笑いながら遠坂はキャスターと共に立ち去っていった。
去り際まで優雅なのは見事だったが、彼が破壊しまわった塀などは全部盟友に押し付ける気満々なのは言うまでもない。
「ぐ……ぅ……」
まさかこれだけ遠坂の手が早いとは予想外ではあった。
が、全ては自分の目論見どおりに事が回っている事に初老は歓喜した。
塀伝いでなければ立って歩けない不甲斐ない自らの身体を叱咤しながらも、彼は自らの拠点に向かう事にした。
もちろん遠坂の忠告など聞くつもりはない。
でなければ現時点でも名高い遠坂を出し抜こうとは思っていない。
郵便物に遺物を紛れ込ませたのは事実だが、実は送り先の拠点として遠坂が把握しているものは全てダミー。
はじめからばれてもいいと判断していたもので、そういったものが冬木に何箇所も用意していたのだった。
しかも遠坂が間違いなく思い至らない、民家を使う手法でだ。
今された仕打ちの復讐を何千通りも考えながらも自分を見逃した遠坂にほくそえむのだった。
だが彼は一般常識人としての遠坂を把握しておきながら、魔術師としての遠坂に関しては甘く見すぎていた。
彼は初老に戦いを仕掛けた段階でもちろん一般人の介入が無いよう結界を張り巡らせた。
それは他の魔術師でも一発では感知できないほど優れた構成をする一流の業で、キャスターすらうならせたものだった。
が、初老の意識が回らなくなったと同時にその構成を徐々に緩めていったのだ。
なお一般人に感知される事なく、だが魔術師ならば即座に反応できる程度に。
サーヴァントを引き連れていない遺物を持ち込んだ半死の魔術師。
ネギを背負ったカモが目の前を通り過ぎたとしても無視できるほどの存在なのは言うまでもない。
そしてカモネギが最後まで遠坂の策略を見抜く事はない。
「……!」
脇道から初老の前に次々と現れる人型の物体。
一度は文献を読んだ事がある。だが実際に目にするのは始めての事。
大小さまざまの精巧な自動人形。それらが初老の目の前に立ちはだかっていた。
そして前口上もなしに自動人形たちは一斉に初老へと襲いかかる。
殺人人形に対して魔術を放とうと構成を開始した次の瞬間、初老の命運は尽きていた。
彼の喉元に突き刺さるのは一本の毒針。それが瞬く間に初老の行動力と生命力を奪っていく。
自動人形による投擲だと気付く暇もなく、接近する自動人形たちによって串刺しにされていく。
「いやー、上々上々」
まるで朝日を拝んだ時のようなさわやかな笑みを浮かべつつ人形遣いは姿を現した。
まさかこれだけ簡単に事が運ぶとは思っていなかった人形遣いは幾多にも策を張り巡らしてはいたが、そのほとんどが杞憂に終わっていた。
ちなみに自動人形の中にアサシンを紛れ込ませる手段も行っており、投擲を行ったのもアサシンだった。
もちろん熟練した専門士でなければ自動人形とアサシンの区別がつかないようにしており、アサシンを完全に目立たなくしている。
一見すればマスターだけ自動人形を連れているように、用心しても付近にサーヴァントを忍ばせているとしか思えないほどの出来だった。
ちなみにそうやってマスター、あわよくばサーヴァントまで騙して宝具で即行で片付けようという魂胆でもあったりする。
もちろん、ばれればアサシンの特性上ヤバイ。
にも関わらず序盤でこうして姿を見せたのには実は理由があった。
「さ、て。令呪令呪、と」
全ては実力に劣って明らかに不利な立場にいる初老から令呪をふんだくる事にあった。
合計六つもあればいかに三騎士が相手だろうと有利に事を進められる事間違いなし。
遺物を用意して冬木に赴いた魔術師。間違いなく目の前の死体には令呪が刻まれている。
はやる気持ちを抑えつつばらばらになった部品から腕らしきものを見つけ出して令呪を探し、
「え、嘘」
人形遣いは青ざめた。
「ない、令呪がない!?」
そんな莫迦なと部品から衣服だった布きれを引きちぎって体中をくまなく探し回る。
令呪どころかその兆しさえ見つけられなかった。
「そんな馬鹿な!」
遠坂が小物と断じても目の前の死体は間違いなく魔術師。にもかかわらず令呪は刻まれていない。
遠坂一人、マキリ一人だとして冬木に来訪した外国人は目の前の存在を含めて六人。
エーデルフェルトが一人ずつサーヴァントを召喚する可能性は大であったが、遠坂がここまでこいつにこだわる理由がない。
なら七人目は一体誰? との思考を張り巡らせるより、
「骨折り損のくたびれもうけかよーっ!」
馬鹿を見た自分に嘆くしかなかったりする。
所変わって冬木市深山町、遠坂邸の足元に広がる洋風の街。
開国以来外国からの居住者が増え、一つの街並みを形成するにまで至った日本でもまれなケース。
今や軍国主義にまで上り詰めた大日本帝国において外国人に対してかなり不穏な空気も流れてはいたが、冬木では例外だった。
主な要因として、戦争真っ只中で第三次聖杯戦争が勃発しても外国人が不利にならないようにとアインツベルンが遠坂に要請したからだった。
洋風を快く思わない者が出てもらっても困るのでと遠坂も賛成し、日本の組織とも連携して政府などに圧力を加える事で例外地域を形成する事に成功できた。
今や冬木は他の地域とは若干異なった価値観を形成するに至ったが、帝国政府はそれを黙認するしかなかった。
なので戦争中であっても比較的温和な暮らしをする事ができていた。
ちなみに奔走したのはほとんど遠坂で、マキリとアインツベルンは事実上放置。
遠坂はその事について手間隙について数時間にもわたる愚痴をキャスターにし続けた。
英雄にもう勘弁してくださいと土下座までさせた遠坂はある意味で伝説に残るべき存在なのかもしれない。
その中のいっかくで、とある少女が住んでいた。
両親とつつがなく暮らす、本来なら物語の脚本にすら登場しないごく普通の女の子。
しかし彼女の元に記載が全てドイツ語の小包が届けられた事で事態は一変する。
これこそが魔術師が仕組んだ一般人を介したパーシヴァルの遺物を冬木に持ち込む手法だった。
差出人の住所氏名を記載しないことでまず確認しようと包装を空ける。
その瞬間に紙に刻まれた暗示で魔術師が取りに来るまで大切に保管するよう箱に紋様を施していた。
その効果で見ず知らずの他人からの荷物を大切に保管していた少女の家族。
そんな彼女の元をたずねたのは、璃正と自分のコネを最大限に利用した遠坂だった。
遠坂はようやくパーシヴァルの遺物が手に入った事に歓喜した。
そんなわけで意気揚々と帰ろうとする遠坂だったが、その訪問を人形遣いは観察していた。
遠坂が何らかの物体奪還に執念を燃やしていた事は調査済み。なら今こそが奪還の機会だ。
と考えた人形遣いは遠坂の前に堂々と現れ、少女の目の前で勝負を挑む。
ここまではよかったが……、
「マジかよ」
素手で武装した人形を破壊していく姿には心底驚くしかなかったりする。
「おまえ本当に魔術師かよ! 実は格闘家だって断言しても絶対信じるぞ!」
「余計なお世話。あなたが鍛えてないだけでしょう!」
マスター一人で戦いを挑んでも律儀にマスター一人で応戦する遠坂。
真の魔術師の鏡だ。と心の底から感心はするが、戦いともなれば話は別だ。
(駄目だこりゃ。アサシン使おうにもキャスターの目の前じゃバレバレだし、
そもそも七人目現れてないから聖杯戦争始まってない事になってるし。
ま、サーヴァントなしで人形を破壊していく遠坂の強さをうかがう事ができただけよしとしますか)
楽観的に物事を捉えてするか、と人形遣いは切り上げる選択肢を選んで立ち去った。
「……あいつサーヴァント見せてこなかったけど、誰かうかがってた?」
「存在は感じられなかったね。それだけ遠くから見物してるのか、それともボクでは読みきれないのか」
「遠目に優れたアーチャー、空から観察できるライダー、気配遮断ができるアサシン。
候補はざっとこんなところだと思うけれど」
「に、しても……」
キャスターは周囲に散らばる戦闘自動人形の残骸を拾い上げて、ため息を漏らす。
「マスター単独でも戦闘能力があるのが最近の一流魔術師?」
「そう。数日前にぼこぼこにしたアイツは三流もいいところ。ああいった自分の業を応用できるのが一流でしょう」
「まあ、そういったのがサーヴァント引き連れても遠坂邸は大丈夫だけれどね」
そうね、と同意しながら璃正に後始末を押し付ける手はずを考える遠坂。
「さて、それじゃあ……」
遠坂は目の前の光景におびえながらロザリオを硬く握り締める少女に向けて微笑み、手をかざす。
だがその眼差しに温かさはなく、氷のように冷たい意思が宿っていた。
「ごめんね。今の光景とやりとり、忘れてもらう」
少女の意識は落ち、今の戦いが彼女の記憶に残る事も再び戻る事も一切なかった。
「……彼女、璃正の教会に毎日通ってお祈りをささげてるって聞いた」
「宗教に熱心になるのはいい事だと思うけれど」
遠坂はそれをつまらない冗談だと受け流す。
事実キャスターにとってもつまらない冗談で言ったつもりだった。
「この子みたいな目撃者が現れても、セカンドオーナーとして絶対に殺させはしない。分かる?」
「ああ。無関係者は無関係者のまま、でしょう。素晴らしい心構えじゃないか」
「ありがと。素直に受けて止めておく」
意識を失った少女を丁寧に寝かせ、遠坂は家を後にするのだった。
遠坂がパーシヴァルの遺物を回収してから結局七人目が現れる事無く数日が過ぎていた。
最大の原因は璃正が七人目の魔術師を時計塔から招聘しなかった事にある。
そもそも時は日中戦争真っ只中。欧州も世界大戦を駆け抜けている有様。
呼び出したところでどう考えても魔術師が極東に来れるご時世じゃありません。
逆にパーシヴァルの遺物を手に入れる手はずを整えていたはずの初老がマスターとして選ばれなかったのもある。
世界中のどこかにマスターとして令呪となる聖痕を刻まれた別の人物がいる事だけは間違いなかった。
じゃあ誰が? それを遠坂と璃正は目下全力を挙げて捜索中だった。
無論、それを黙って見ていられるほどお人好しが参戦しているはずもなかった。
「貴女は……」
「極東の田舎者に名乗る名前は存在しないわ。潔く鮮血の花でも散らしなさい」
深夜。業を煮やしたエーデルフェルト姉は遠坂に勝負を挑んできたのだ。
「あら姉さん。随分と無様な姿をさらしているのですね」
「ふん、御託並べてる暇があったら邪魔者始末して決着つけるわよ」
「くすくす、それもそうですね。やっちゃってくださいセイバー」
そして現れるエーデルフェルト妹。二人のセイバーがキャスターを襲う。
「名門エーデルフェルトがサーヴァントを二人引き連れて参戦……なら七体そろってるんじゃあ――」
「違う、この二人は共にセイバーだよ!」
かろうじてセイバーの攻撃に対処できているのは、ひとえに白セイバーと黒セイバーの相性が最悪だっただけにすぎない。
「嘘、同クラスの二重召喚? そんな事できるの……?」
「それも違う、この二人は同一人物でありながらの全く別の存在なんだ!
このサーヴァント達はは二人で『セイバー』のクラスを共有している!」
キャスターは簡易的な術で応戦するも対魔力が高いセイバーにはあまり通用しなかった。
元々キャスターはセイバーとは相性最悪。そしてこの太上老君は明らかに本来のキャスターより色濃く戦闘には向かない。
かと言って自身が特攻するわけにもいかない遠坂は決断を下す。
「……宝具を使いなさい。一気に形成を逆転させる」
「そうだね。背に腹は変えられない。ボクはまだこの世界にとどまっていたいしね」
キャスターが手を広げて特攻を仕掛けてくるのをうかがった両セイバーも顔色を変える。
「セイバー、こっちも宝具を使いなさい。一気に殲滅するわよ」
「心得た」
黒セイバーの剣に魔力が収束し、禍々しい殺気を放つ。
「セイバー、こっちも宝具を使いましょう。まずはキャスターの打倒からです」
「分かりました」
白セイバーの剣に魔力が収束し、澄んだ波動が敵を覆う。
「
「
そして二つの全く同一の、しかし全く異なった北欧神話最悪の魔剣が神秘を発揮しようとし――、
「太極図」
急に現れた紋章にその効果が全て打ち消される。
「「なっ!?」」
エーデルフェルト姉妹はこの時ばかりは仲良く驚愕するしかなかった。
彼女達の宝具を見るのはこれで初めてだったが、尋常ならざる事態に陥っているのは把握できた。
「そんな……。神秘最高峰に位置する宝具の発動を無効化するだなんて……」
「一体どれだけの英霊を召喚したんですか……」
神秘に神秘で対抗してねじ伏せたんではない。そんな児戯の領域には目の前の存在はいない。
北欧の魔術師であるエーデルフェルトでも中国由来の紋様は把握できた。
「太極を担う宝具を使う英霊ですって……!?」
姉は歯をぎり、とこするしかなかった。
両方のセイバーもまた宝具の発動が無効化された事には唖然とするしかなかった。
一族に破滅をもたらし、悲劇をもたらした魔剣の効果はなにより自身が一番身にしみているのだから。
その驚愕が致命的な隙をもたらしている事も分からなかった。
「さ、マスター。今のうちに逃げようか」
「そうね。これ以上の戦いは危険でしょうね」
その隙を突いたキャスターは宝具発動と同時に百八十度向きを変え、マスターと共に足早に逃げ出すのだった。
これでもかという逃げっぷり。ためらいなどどこ吹く風?だった。
「なんなのよ、一体……」
エーデルフェルト姉妹は目の前で行われた魔法に等しき行為に目を奪われていた。
なので、それ以外を見ればキャスターは並以下のサーヴァントだと気付くのにはしばらくかかったのだった。
「これでもかって逃げっぷりじゃない」
「そうだね。けれどマスターがボクの意見に賛成してくれるなんて意外だったよ」
「勇敢と無謀を吐き間違いえる愚考は犯さない。だから――ん?」
敵前大逆走中の遠坂とキャスターだったが、彼らの前で走っているのはパーシヴァルの遺物を受け取っていた少女だった。
「彼女、随分とあわててるようだけれど……」
「いや、どっちかって言うとなにかを恐れてるみたいだね」
「恐れ……?」
こんな夜もふけた時間で一人なにかに恐れを抱いて、遠坂と同じ方向へと失踪する理由。
遠坂には心当たりがたった一つしかなかった。
「まさか彼女、さっきの戦いを目撃したんじゃあ……!」
「そうかもね。黒い方のセイバーは十分に恐れる理由になる」
「なんて事、既に彼女とは接触してる。再度記憶を消したからって他の魔術師が彼女と私の因果関係を勘違いしてもおかしくない……!」
「と、なれば他のマスターから狙われたり利用される可能性は十分にあるわけだね」
遠坂は自身の不甲斐なさに憤りを覚えながらも、一つの決断を下す。
「……璃正に保護してもらう。それが最善の手段だと思うけれど、どう?」
「こんな夜中にキャスターがマスターと幼い少女を引き連れて徘徊する。どう考えても虎穴直行だけど」
「なら璃正に来てもらいましょう。そのための監督役なんだから」
「監督役は永世中立。いくら一般人の保護を名目にしてるからって接触するのは控えた方がいいと思うけれど」
ぐうのねも出ない遠坂。頭痛を起こしたように頭を抑えるが、すぐさま切り替える。
「ぐ……。なら今日は遠坂邸に連れて行って立てこもる。明日朝一番で連れて行きましょう」
早々と結論付けた遠坂はすぐさま少女に追いつき、簡易的な暗示で眠らせた。
「安らかに眠っていなさい。目が覚めれば全てが夢ですむ」
遠坂は少女を抱えながら遠坂邸へと急ぐ。
が、
「待ってた遠坂っ! いざ尋常に勝負!」
間桐の高らかな宣言と共に現れたのは灼熱に身を包んだバーサーカー。
もはやその場にいるだけで地面が溶け始めてていて、間桐はかなり遠くから命令を行っている。
「間桐!? こんな時に……!」
「バーサーカー!」
最悪の時に現れた敵に思わず罵倒したくなるが、何とか心にとどめておく事ができた。
「■■■■■■■っ!!」
「キャスター! うちの陣地に連れ込んで一気にたたんで!」
「もとよりそのつもりだよ……!」
さっきの足を引っ張り合ったセイバー達とは違い、今度は歴戦の英雄がただ一人。
どう考えても接近戦で勝ち目はないと判断し、かろうじて遠坂の領地に逃げ込む事に成功する。
「逃げる気か遠坂! 卑怯な!」
「何とでも言いなさい!」
「陣地だろうが工房だろうがかまわない、攻略にかかれ!」
一目散に屋敷に逃げ込もうとする遠坂とキャスターを追うべくバーサーカーは咆哮し、ものすごい速度で疾走する。
「キャスター、しんがりをお願い」
「まかせて」
キャスターは身を翻してバーサーカーの前に立ちはだかり、袖から多くの札をばら撒き始めた。
もはや遠坂の土地はキャスターの手によって神殿と化し、難攻不落の要塞となった。
魔術要素での防衛ではなく、明らかに相手を倒すために敷かれた八角形の陣によるものだ。
かつて十天君と呼ばれる仙人たちが周軍に加勢する道士・仙人を倒すために敷いた中の一品。まぎれもない宝具である。
たとえ対軍宝具を持って望もうとも攻略は困難、がキャスターの弁だった。
ちなみにもちろん打って出るつもりの遠坂にとっては大却下。
日夜歩き回る事で相手を誘っているのでほとんど出番はなかったりする。
不本意ながらも、その神殿が唸りを上げて侵入者を阻む。
「落魂陣」
そして宝具の真名をつぶやき、侵入者を抹殺するべく真皮を行使した。
「全く、たまったものじゃない……」
エレガントに生きようと遠坂の姓に誓ったはずなのにこの体たらく。
遠坂は自分の未熟さを痛感するしかなかったが、今は少女の無事を確保する事が重要だった。
遠坂が少女を連れてきたのは自身の地下工房。
遠坂の土地の中でも最も堅固な場所であり、決して攻略される事のないと自負している所でもあった。
もちろん少女が一般人でなければ決して連れてくるような場所ではない。
それだけ今回の偶然の産物には責任を感じていた。
「さて、後はこの子が安らかに眠れるよう布団を持ってきて……」
ゆっくりと少女を下ろして遠坂は反転して、
――目の前に白い仮面が浮かんでいる事実に驚愕した。
「な、んだって?」
仮面が浮かんでいるのではなくそれを被っている者が黒づくめだと気付くのにコンマ一秒。
その小人がアサシンだと判断するのにコンマ一秒。
驚愕から立ち直って戦闘態勢に気持ちを切り替えるのにコンマ一秒。
肉体の反応を始めたのがコンマ一秒。
だが、そのわずかな時が遠坂にとっては致命的だった。
「がっ……!」
とっさに身体をずらして即死こそ免れたものの、体中にアサシンが放った毒針が次々と突き刺さる。
その勢いに押される形で遠坂は床を派手に転げまわった。
『山の翁』の称号を持つ歴代のハサン・サッバーハ。彼らの中でも最も小さきものがこのアサシンだった。
だが一見すれば短所でしかない体格のなさを長所にしてしまうのがハサン。
とりわけこのハサンは体躯を利用した潜入術に磨きをかけ、文字通り暗殺者として大成したのだ。
無論標的の中に魔術師も存在し、彼らの身を守る神秘をかいくぐるすべにも長けている。
現在キャスターが神殿を形成している上に宝具の陣を敷き、バーサーカーが攻めてきている状態。
それでアサシンは気配を遮断して遠坂の背後にピタリとついてきたのだ。
巨大な神秘が行使されているためにアサシンを捉える事ができなかったのだ。
ちなみに指示したのはもちろん人形遣い。
理由は遠坂が懸念していたとおり、少女と遠坂の因果関係をうかがっていた矢先に機会が訪れた事に在る。
やや博打気味の決断だったが、どうやら功をそうしたらしい事に大変満足げです。
キャスターの宝具『落魂陣』は一応遠坂邸まで広がっているが、令呪で呼び出せばバーサーカーを抑えられなくなる。
遠坂はこんな状況に、心が奮い立った。
「上等。やってやろうじゃないの」
これでも遠坂はその道に進んだとしてもやっていけるほど武芸を嗜んでいる。
魔術師どころか並の代行者程度が相手なら返り討ちにできるほどだ。
ここはキャスターがバーサーカーを撃退するまでの間時間を稼げばいい。
遠坂は宝石に溜め込んでいた魔力だけでケガをふさぎ、解毒を行う。
その上ですばやく構えを取り、敵の追撃に備えた。
アサシンが放つ毒針も歴戦の代行者が放つ投擲の延長だと捉え、かいくぐったり弾き飛ばしたりする。
そして宝石魔術をためらいなく発動、アサシンは白い仮面だけ揺らしながら軽やかにかわしてみせた。
始まる攻防のなか、少女は目を覚ました。
元々昏睡状態に落とし込むほどの深い暗示ではなかった事もあるが、物音が最大の原因だろう。
少女はふと起きたら目の前で先ほどのような悪夢が繰り返されている事に恐怖するしかなかった。
現代の者とは思えぬほど卓越した強さ。
思わず関心を示すアサシンではあったが、この時を長く分かち合おうなどとは決して思わなかった。
早々に始末して任務を遂行する。それだけだった。
「――!」
アサシンは部屋の反対側に周り、左手に魔力を集中させ始める。
思わずすくみあがろうとする自分を心の中で叱咤しながら、遠坂はそれを宝具発動だと判断して詳細を見極める。
結論、自分ひとりではアサシンの抹殺用宝具に対抗する神秘はなし。
「魔術師の位を持つ英霊に命ずる!」
冷静にあらゆる未来を想定した上で最も堅実な道を選ぶ事にし、令呪発動に全神経を注ぐ。
アレは、必ず無効化しなければならないものだ。
「今すぐ我が元に――」
「遅イ」
初めて、アサシンが口を開いた。
「
イスラームで地獄の管理者である天使達の名を関する抹殺宝具。
その左手が遠坂の頭へと伸びていく。
キャスターの召還は間に合わない。彼は恐ろしいほど冷静に判断していた。
(あ、これは死んだな……)
あまりものあっけなさに純粋に迫りくる死を感じるだけしかできないほど刹那の時。
アサシンの宝具は少女もまた見ていて、すくみ上がるほどだった。
だがそれが見知らぬ、だが少女をかばうように戦う紳士に向けられているのを知ると、純粋な気持ちが沸き起こった。
これをさせてはいけない、と。
「だめぇぇっ!」
無力な少女が絶対の神秘にできる事は力の限り叫ぶだけ。
身体を動かす事もできない、聖杯戦争において無駄でしかない抵抗。
しかし、この場合は違った。
遠坂がキャスター召喚の後片づけを怠った召喚用の魔方陣。
先日遠坂が少女から預かった聖騎士の遺品。
六体までサーヴァント召喚されてもなお始まらず、今にも勃発しそうな聖杯戦争の状況。
そして、聖杯が選び出した聖痕を刻まれしマスター候補。
召喚の儀を行わなくとも、明確な意識があれば、それは行われる――。
丁度遠坂とアサシンの間で行われるサーヴァント召喚。
二人とも神秘の行使が行われず、ただ目の前の現象に驚く。
魔力の渦と光が収束していき、一人の人物をその場に現す。
「――問いましょう」
それは男の子だった。
明らかに遠坂より、見た目からすると青年のキャスターよりも年齢が低い。
だがこの少年がまとう雰囲気は何なのだろうか? これが本当に少年が持つものなのか?
遠坂は魔法使いと同等の存在であるキャスターを、『太極図』をこの目で見てもなお魅せられる。
中東の英雄であり、少年とは全くかかわりのないはずのアサシンすら一瞬錯覚させる。
そして、献身的なキリスト教徒の少女にとっては彼はまさしくこう呼ぶにふさわしい。
神の子、と。
その表現は正しくもあり間違いでもある。
遠坂の勘違いは用意した遺物、ロザリオの破片がパーシヴァルのものだと思っていた事にあった。
しかしそう思うのも無理はない。
パーシヴァルがかつてペレドゥルと呼ばれていたとき、一つの誓いを立てていた。
パーシヴァルはキリスト教徒とは口をきかない、と。ゆえに彼は沈黙の騎士とも呼ばれていた。
キリスト教のアーサー騎士道物語へと変化していく中で、キリスト教と無関係な起源を持つ彼は若干のずれをもたらす。
ケルトの魔法の大釜がキリスト教の聖杯へと変わり、人々はパーシヴァルよりふさわしい英雄を求めた。
聖杯を手にするほど純粋無垢。誰にも汚される事のない完璧な存在。
そして一人の英雄が生まれた。聖杯を手にするために。
「貴女が僕のマスターでしょうか?」
名をギャラハッド。円卓に名を残す、聖杯の騎士である。
この物語は神秘とは無縁の少女。優雅を体現する紳士。この世の全ての悪を背負った者。そしてこの世の全ての善を請け負った者の物語である。
Fate/master’s gloom
連載予定は例によって自重。
『ますたーのゆううつ』改訂版をお送りいたしました。
前回と比較すると、新たに書いた部分に一切のギャグがないのに気付いた時は既に手遅れでした……。
やはり長編ギャグは自分には無理そうです。
さて、二次創作は原作があってこそだと思います。
原作では書ききれなかった、もしくはあえて語られていない部分を補完していく作品。
原作ではあまりめぐまれなかった人物にスポットライトを当てて掘り下げていく作品。
原作で語られている大切なものを更に深めていく作品。
どれも原作を広げるためのものばかりです。
じゃあ『ますたーのゆううつ』は?
正直アヴェンジャーを書ききる自信が自分にない以上、掘り下げられるのは聖杯戦争の根底にある世界観のみ。
ほとんどオリジナルと言っていいほどの二次創作に意味があるのか。この作品はFateとしてやらなければならないのか。
実はここ半年でそんな事を思うようになったため、こうして長編から短編に改訂したわけです。
続きを期待してくださった方々、すみません。全ては至らない自分のせいです。
書くとすればアヴェンジャーをしっかりと把握して好きになる頃だと思います。いつになるか分かりません正直。
それでもいつか必ず来るものと信じて、終了させていただきます。
2008年2月1日