/
少し、昔の話をしよう。
それは大雨の日だった。
雨は強風によって横方向に叩きつけ、それはまるで嵐のようだった。
数メートル先はもはや見えない状態。
道には人一人すらいない。まるでそこは死の街のようだった。
「ぐ……はあっ……」
だがその中を2人の者が歩いている。
いや、正確には1人がもう1人を完全に支えて進んでいた。
速度はとても遅いが、それでもわずかな希望を持ちつつ進んでいた。
「この私が命にかえてもお救いもうす……!」
そのささえている人物、黄金の射手はあらん限りの力でもう1人をささえている。
まず年齢は二十代前半にも見えるし、十代後半にも見える。
何より彼は黄金の鎧を装備していた。その装飾は人のなせる業とは思えぬほど細かく、美しい。
それは彼の持つ雰囲気と相成って神聖なものだった。
だが、それはもはや半分が砕け散り、残った箇所全てにひびが入っている。
そして黄金は彼の血によって赤く染まり、雨でもそれを洗い流しきれていない。
彼自身もまた体で怪我をしていない部分はなく、それでも彼はもう一人を支え続ける。
もはや神々しさは影を潜め、悲惨さが際立っていた。
「ぐぅ……!」
ひざから力が抜けるのを何とか気力のみで持ちこたえる。
彼が支えるのは白く美しい髪をした女性だった。
だが彼女もまた怪我を負っていて、気を失っていた。
その光景は目も覆うばかりであった。
全てはあの場所から始まった。
全ては魔法のために。
数世紀にもわたる研究と苦悩の日々は裏切られ続けた。
一切の妥協もなく、追い求め続けた。
だが、やはり結果は裏切る。
苦難な末選んだ妥協は、他者の協力を得ることだった。
他者を甘んじて受け入れる。それが屈辱以外の何物であろうか。
だがその協力を得られた事での進んだ歩数は大きかった。
これで数世紀にわたる悲願がかなう。
だから聖女はそのために自らを捧げ、白き女性は黙ってそれを見守った。
白き女性と共に協力者たちは息を呑む。
その完璧さに、その尊さに。
数世紀を経てもえられないかもしれないものが、すぐそこにあるのだ。
それがたった数日で手に入る。
すなわち、聖杯と名づけられた門、願望機。
人類の歴史が生み出した英雄を用いてその聖杯を完成させるシステム、聖杯戦争が。
三家はその理想の実現のために走る。
聖杯を提供したアインツベルンはアーチャーとアサシン。
令呪を提供したマキリはセイバーとバーサーカー。
土地を提供した遠坂はランサー、ライダー、キャスター。
だが本来なら忘れてはならない問題を全員が忘れていた。
理想が目の前にあり、その問題に誰が気づいただろうか?
それほどまでにそれは魅力的なのだから。
聖杯を誰が所有するか。
当然言い争い程度で終わるはずがない。
それはそれぞれの理想をかなえるものなのだから。
だから、次の言葉で全てが決まったのだ。
「せっかく英雄がいるんだから、力づくで奪い合えばいいじゃないか」
そう言ったのはマキリの者の一人。
自分たちが作り上げた令呪をもって2人の英雄、いや、サーヴァントに対して命じた。
全力をもって他の奴らを排除せよ、と。
一瞬にして放たれるセイバーとバーサーカーの宝具。
凄惨な光景が始まった。
呼び出された黄金の射手、アーチャーのクラスを与えられた英雄は悟った。
このままでは全滅する、と。
英雄としての勇ましい姿より彼は生存を選んだ。
同じく白き女性に呼び出されたアサシンとて同じ。先を見ればここでの戦いは不毛だと悟った。
故に、敵の殲滅より己らの主人を守りつつ逃走する事を選んだ。
命がけの脱出劇は成功になったが、共に呼び出されたアサシンは敗れ去り、自身と主人もまたいつ消えるかも分からない風前の灯火だった。
主人の領域ははるか遠い。ここはいつ敵がやってくるか分からない。
だが、もはや彼にたどり着く手段はなかった。
全力でセイバーの、バーサーカーの、キャスターの、ライダーの、ランサーの、敵マスターの。あらゆる攻撃から主人を守ってきたこの体と鎧は限界だ。
自身を覆っていた魔力は底をつきかけ、供給してくれる主人は自らもまた命の危機にある。
本来なら自身を犠牲にして主人を助けたいが、今の状態で消えれば確実にこの主人は死ぬだろう。
もはや彼を支えるのは想いだけだった。
主を救うという…。
「……!」
人の気配を感じる。
敵か。
黄金の射手は痙攣する手で黄金の弓と矢を取り出す。
狙いも定まらないほどにまで衰えたが、それでも踏みとどまった。
「主よ……」
自らの背中に寄りかからせた主人につぶやく。
「このケイローンが命にかえても救ってみせる……!」
ケイローン。アーチャーとして召喚。
ギリシアの英雄の師。あのヘラクレスを始めとして数多くの英雄に関わっている。
ケンタウロスでありながら天神クロノスの子供であり、賢人とまで言われた人物。
ヘラクレス12の偉業のうち4番目でヒュドラの毒の塗ってある矢に当たり、神聖を捨てて死亡する。
射手座として名を残すほどの優れた弓使いで、彼以上にアーチャーに適した人物はおそらくはいない。
ハサン・サッバーハ。アサシンとして召喚。
今回のハサンはわりと大柄で、暗殺手段は首の骨を折るなど力技が多い。
大雨の降る中、その人物を見すえるケイローン。
彼は向こうの方からやってきた。
この国に住む者。だがちょんまげは結っていないで眼鏡をかけている。
傘をさしながらやってくるその人物を見てとりあえずほっとする。
「う……ぐ……」
限界を超えた体が悲鳴をあげる。
存在がなくなる。
もはや手段は選んでいられない。自身の志と正反対の事をしようが知った事ではない。
すなわち、こいつの魂を食らって回復を図る。
それがどれだけ自身を否定する事だろうか。
だが今の彼は主人のために手段を講じている暇などないのだ。
残された時間はほんのわずかなのだから。
「……!」
その人物、青年もようやく黄金の射手と白き女性に気づいた。
ケイローンは逃げるか恐れるかした瞬間に行動しようとした。
だが、
「どうしたんだよそれ!」
彼が取ったのは停止でも後退でもなく、前進だった。
目を丸くするケイローン。
「早く医者に見せないと!」
そして彼は本心からそう述べた。
それを聞いたケイローンは己を恥じた。
なんて事を考えていたのだ。
私はこの青年を犠牲にしてまで生き延びたかったのか……!
確かにケイローンの行いは正しかっただろう。
その人物が見ず知らずの他人に、しかも訳ありの人にこのようにしていきなり言えるだなんて誰が考えろうだろうか?
騙し、騙され、それでも人を救うのが英雄だ。
疑う事なしにそれがつとまるのか。
「頼む……。私の主人を匿っていただきたい……!」
彼を無意識のうちに信じたケイローンはこう述べる。
「人に知られたくはないのだ。頼む……!」
青年はその彼を目で信じた。
そしてうなづく。
「さあ! 早く俺の家に!」
青年は白き女性を背負い、大雨の中を傘を捨てて走り出す。
黄金の射手は満足そうにしてひざをつこうとしたが、踏みとどまる。
もはや限界を超えた体を走らせるケイローン。
ぴったりと青年の後ろにつく。
万が一主に何かがあるならば、この弓を持って死よりもつらい報いを受けてもらうぞ。
The first contact
/
「ぐ……っ」
日本家屋。
ケイローン自身が医療技術をそなえていたので何とか主人は一命を取り留めることができた。
その間青年は積極的にケイローンに協力をしていた。どうやら彼もまた蘭学から医療技術を学んでいたらしい。
「何とか命は助かりそうだけど、治るのには数ヶ月はかかりそうだぞ。それまでゆっくりしてってくれよ」
青年はそんな事を言いながら布団をひき、女性を寝かせる。
女性は大雨に長時間ぬらされていて高熱も出している。
意識を取り戻すのはいつのなるのか。
ケイローンは女性の入る部屋の壁に寄りかかり、武装を解除する。
このまま姿も消せばより主人の回復が早まるが、逆に再びの現界ができなくなってしまう。
あの青年が味方だと断言ができない以上、こうしざるをえなかった。
「マスター、すまん……」
ケイローンは深い眠りについた。
/
「やっと起きたのか。随分疲れてたんだな」
青年はケイローンにそう言いながら庭の掃き掃除を続ける。
ケイローンは武装を解除していて、この家にあった日本服を着ていたのだった。
典型的なギリシア人の彼に日本服は意外と似合っているのが不思議だ。
ケイローンは危機を感じればいつでも起きられるようになっていた。
だが青年は一向に何かをする気配はなかった。
ただ時に女性の布団を変え、寝巻きを変え、体を拭いたりしていた。
「これ、一種の拷問だよなぁ……」
そんな事をつぶやきながら視線をそらして彼女の身体を丁寧に拭く青年の声もしっかりと聞いていた。
幸いにも数日で何とか普通の人間並みに生活できるぐらいにまでは回復した。
それでも今敵に襲われればかなう相手ではない。
確かに女性には味方もいるが、今この場を離れるわけにはいかなかった。
「あれから私は何日寝ていたんだ?」
だからと言ってこのままでいるわけにもいかない。
期限が存在する以上、時間は重要だ。
「4日ぐらいだぞ」
「4日!?」
唖然とするケイローン。
「ぐ……!」
このまま事態の好転を待っていたのでは全てが終わってしまう。
その前に自分から好機を導かねば。
ならば……。
「……そろそろ私たちは屋敷にかえらさせていただこうか。色々と世話になったな」
「え?」
青年はそのケイローンの言葉に驚きを隠せない。
ごみをちりとりで集めて庭の中心に持ってくる青年は真剣な目つきでケイローンを見る。
「屋敷に行けば主人専属の医師がいる。これ以上世話になれば君に迷惑がかかるだろうしな」
「む……」
青年は不満を引っ込める。
蘭学を学んでいる青年にとっては欧州の医療技術は日本のそれ以上。
いくら長崎から取り寄せていても限界があるというものだ。
一方、アインツベルンの者としてやってきたのは2人。
システムの元となる者とその後に手に入れる者と。
二人に従うもの、すなわち戦闘用のホムンクルス。それも近距離用と遠距離用の2人が待機していたはずだ。
主が帰る時のためにこの地に用意した城に控えているに違いない。
何とか彼女らに接触できれば自身にはできない回復魔術でどうにかなる。
「……分かった。でもまだケガは治ってないんだ。揺らさないように運べよ」
「礼を言う」
頭を下げてケイローンは心から礼を述べた。
地翔けるケンタウロスのケイローンのスピードは馬をはるかに上回り、ものの一刻もなしにアインツベルンの城がある森へとやってきた。
更に翔ける。
それでもケイローンの上体は安定し、主人に負担がかからないようになっていた。
そうしてケイローンは城にたどり着くが……。
「なっ……!」
思わず手で口を覆った。
まるでそこは世界の最果て。
生命の痕跡は一切なく、死の気配しか感じなかった。
玄関の門から入ってみると、そこには大魔術を使った形跡が幾つも見られた。
そして幾つもちらばる武器。斧や大剣など殺傷に特化した力の武器ばかり。
だが、担い手は一人もいなかった。
屋敷中探しても誰一人としていなかった。
装飾品や家具がそのままでも、住む者がいないその城はもはや廃墟であった。
「……くそ……っ!」
これを見る限り現実は明らかにある1つの事を示している。
自分たち以外にも戦いの生存者がいると言う事……!
/
「これは……!」
思わず遠坂の娘はその光景に目を覆う。
「ひどいなんてもんじゃない。こんな事やるだなんて外道のやる事ね」
「……」
「ちょっと、あんたもなんか言いなさいよ。まるでわたしが独り言言ってるみたいで馬鹿みたいじゃない」
「あら、それは失礼」
隣に従う人物は思わず笑みを浮かべる。
まるでこの状態を楽しんでいるかのように。
「……ランサー、その哂いやめなさいよ。腹が立ってくるわ」
「気にさわったのならあやまるわ。ごめんなさい」
ランサーと呼ばれる女性、彼女はマスターがこの人物だからこそ召喚されたのだ。
ゲイルスケグル。ランサーとして召喚。
その正体はヴァルキリーで、ドイツ連邦(プロイセン、現ドイツとオーストリア帝国が主となって構成されていたもの)読みでワルキューレ。
北欧神話において主神オーディンに仕えし12人の戦乙女の1人である。
槍を持ち、魂を選定する様は正に死神と同じだったかもしれない。
名前の意味は『槍の戦』で、ランサーとして最も適しているうちの1人だろう。
「でもこれじゃあ誰一人としていそうにないわね」
「そうね。ここまで来た手間が無駄だったわ」
思わず頭をかく遠坂。
2日前、あの戦闘から遠坂は生き延びた。
彼女自身が召喚したのはランサーとライダーの2人。父の永人が召喚したのはキャスター。
あのマキリの強襲で2人は徹底応戦した。
その結果、一応マキリの敵を全滅させる事に成功はしたのだが……。
「後を頼むぞ……」
その戦いでライダーとキャスターを失った。
チンギス・ハーン。ライダーとして召喚。
世界最大とまで言われる領土を獲得し、ユーラシア大陸のほぼ全てを征服したモンゴルの大英雄。
たぐいまれなカリスマ性など、その軍にイスラム諸国や中国までもが彼に屈する事となった。
その彼は敵バーサーカーを倒した所でセイバーの剣に倒れる。
サタナ。キャスターとして召喚。
アーサー王物語で言うならバトラズとサタナはアーサーとニムエと似たような関係とも言われているし、全く別の存在とも言われている。
ようは海神の子孫にあたり、水の精の属性があるという事にある。
ナルトの英雄たちのよき忠告者である。
詳しくはヘロドトスの『歴史』他参照。
ライダーとランサーを援護していたがマスターである永人が腕ごと令呪を失ってしまい、消息不明。
オリオン。バーサーカーとして召喚。
ギリシア神話にでてくる狩人。
大獅子を成敗したりとしたが、あまり目立った功績はない。
アルテミスのお気に入りだったが、アポロンが大さそりを送り込んで殺す。
狩りの腕前は抜群だった。
今回はランサーによって倒されている。
「お父様はもう戦えないからわたしたちがどうにかしないと」
「そうね」
彼女たちが見つめるのはアインツベルンの館。
アーチャーたちが来る2日前には既に惨劇が光景が広がっていた。
「……マキリのじいさんが生きてる?」
犯人を考えれば自分たちとアインツベルンそのものも除けば、結果的にその結論になる。
でも何のために? 決まっている。
「……セイバーがまだ生きてるのね」
「でしょうね。でなければこんな事しないでしょうし」
狙いは自分たちと同じ、消失した聖杯の探索だろう。
セイバーとして召喚された人物。
マキリに召喚されるにふさわしく、英雄としてもふさわしい。まさにそんな人物だった。
その正体は……。
「行きましょう。こんなところにいても意味ないわ」
「そうね」
彼女たちは去っていく。
無人の城を後にして。
/
「で、結局帰ってきたと」
「すまないがまたお世話になるよ」
深々と頭を下げるアーチャーことケイローン。
だが青年は全くいやな顔をせずに出迎えた。
「向こうが外れにあって誰もいないんじゃしょうがないだろ。彼女が回復するまでしばらくいてくれよ」
当然の事ながらケイローンは青年に聖杯戦争の事を全く説明していなかった。
が、それは自分たちが全く動いていない状態の時だからこそであるが、これからはある程度動く必要がある。
つまり、ここを拠点としていることがばれる可能性があるのだ。
よって説明したのだが、青年はそれもあっさりと受け止めた。
しかも、
「分かった。俺でいいなら少しでも協力するよ」
とまで言うのだった。
これにはケイローンは意外だった。
命を落とす危険まである状態でここまで言い切れるとは。
「……ああ。よろしく頼む」
だからケイローンは心を込めて御礼をする。
そして、この青年を殺させてはいけないと固く誓った。
/
7日目。
「おーい。アーチャー」
「ん?」
和服姿で掃き掃除をするギリシアの大英雄に対して青年は声をかけた。
依然として主人は意識を回復するようには見えなかった。
「おいたわしや。かのヘラクレスすら貴方に師事した大英雄がこのような偏狭の地で無様な姿になっていようとは」
「無様な」
その姿を見て目を細める青年の連れ2人。
彼女たちを見てケイローンはとてつもなく驚いた。
「ヴァルトラウト! ラインヒルデ!」
そう、2人は数日前死んだと思っていた主人の従者たちだったからだ。
あの大戦闘の後城に戻り、殺されたと。
「死んだとばかり……」
「確かにあの戦闘で重傷は負いましたが城に戻ってはいません。貴方が死亡を確認したのはコルネリアとマルティナ、ユスティーツァ様の従者かと」
「あ」
そういえばそれぞれが2人ずつ従者をしたがえていた。
特徴はそれぞれ違うけど、ぱっとみでそれを分かるはずもない。
何しろ同じ元から作られたホムンクルスなのだから。
「それでアーチャー様。アイシスフィール様はどちらに?」
「こっちだ」
主人、つまりアイシスの侍女の一人ヴァルトラウトは青年におじぎをしてアーチャーの後に従う。
庭に残ったのは青年とラインヒルデの2人だけ。
「……」
ラインヒルデは無言で青年におじぎをする。
とても深かった。
この数日、アーチャーは敵マスターの動向を探り、青年はアイシスの看病を続けていた。
そんな時、偶然にも町中で変装したヴァルトラウトと出会う。
アイシスの侍女2人はシステム完成までの儀式にも立ち会った。
だが脱出の際アイシス、アーチャー、アサシンの3人と別れてしまう。
しかも重傷を負ったラインヒルデを負傷したヴァルトラウトが治療する事態になってしまう。
その間でアイシスを遠坂たちに気づかないよう探したというわけである。
その間、見ず知らずの他人であるこの青年が主人の看病をしてくれていたとは。
それにラインヒルデは感銘をうけたのだった。
「貴方に、感謝を」
たどたどしい日本語でそう言い、彼女はヴァルトラウトの後を追いかけていった。
/
「許さない……!」
遠坂は怒りをあらわにして歯を強くかむ。
口の中が切れてもなお。
「絶対に許さないんだから……!」
放った宝石魔術は障壁によって防がれてしまう。
何とか冷静をとどめようとするけど、目の前の彼女を見るたびに逆上してしまう。
「はあっ!」
一方、ランサーはそんな事お構いなしに敵に槍を振るう。
一切の容赦なしに。
「ぐぅ……っ!」
苦痛にゆがむ相手。
この数日間、遠坂とランサーは表立って聖杯の探索を続けていた。
と同時に自分たち以外に生き残った者の捜査も続けていた。
最低でもアインツベルンのホムンクルスたちを殺した相手がいるはずだから。
そして現れたのは殺したはずのマキリの老人と彼に従うサーヴァント。
だが、彼自身が呼び出したセイバーでもライダーが殺したバーサーカーでもなかった。
そう、相手は遠坂自身が呼び出したサーヴァント、キャスターだった。
水の精霊と天の戦乙女。
遠坂の予想ではランサーが圧倒的に勝つと思っていた。
ランサーには対魔力があり、あのセイバーやアーチャーよりも高いとくる。
いかにキャスターであろうと魔術師。ランサーにかなうはずがない。
だが、目の前のキャスターは自分が呼び出したキャスターとは何かが違った。
表には現れていないが、何かが。
そしてようやく結論に至った遠坂は、憤慨した。
秩序をつかさどる水の精霊は汚されていたのだ。
キャスターの魔術はもはや魔術とはいいがたく、一種の呪いのようなものと化していた。
それでもランサーは全くひるむ事なく戦っていた。
いくら同じマスターから呼び出されていてもランサーにとってはどうでもいい。
今目の前で敵になっていれば倒すまでだから。
「ふっ!」
ソウェルのルーンにより炎の属性を得た槍が容赦なくキャスターを襲う。
炎は強くすれば水にも風にも耐えうるものを持つ。
魔力がこもっていようと水は水。ランサーの敵ではなかった。
結局キャスターは退却を余儀なくされた。
/
9日目。未だアイシス目覚めず。
「ふっ、ふっ」
「何をやっているのですか?」
ヴァルトラウトがいぶかしげに青年に聞く。
青年は彼女の方に顔を向けた。
「薪割りだよ。こう見えても俺は剣を振るう武士階級なんでね。こうして何かを斬ってないとなまっちゃうから」
そう言うと斧を振り下ろし、薪を割る。
「そうですか。ご苦労様です」
「ありがとう」
割った後の薪をヴァルトラウトは火事場や風呂釜の近くへと運んでいく。
「なあ」
「何か?」
「聖杯って、そんな大切なものなのか?」
彼は禁句かもしれない事を聞いてみる。
だが、ケイローンに説明された後からずっと思い続けた疑問を無視はできなかった。
「愚問ですね。お嬢様の一族が数世紀をかけて成し遂げようとしていた事です。あなたのお偉方、エドとやらよりはるかに前から」
「……そんなに昔から!」
「はい。ですから口出しは無用です」
「でも……」
「……まだ何か?」
「何のために探求してたんだ?」
「……!」
何のために。
あくまで主に仕える身であるヴァルトラウトはそんな事全く考えた事はなかった。
なぜアインツベルンの悲願が悲願となったのか。
「……それも愚問ですね。魔術師であるなら目指す事は当然の事なのです。貴方には分かりませんよ」
「いや、だからそこがおかしいだろ。目指して手に入れたもの、それを使って何かをするのが目的じゃないのか?
手に入れる事が目的って事はないんじゃないか」
「!」
魔術師としては模範的な答えを返したヴァルトラウトだったが、こんな返され方をされるとは思わなかった。
魔術師しかまわりにいない環境にあった彼女が始めて体験する、全く別の見方。
手に入れる事が目的、でも手に入れた後何をするのか。
こんな事全く予想外だ。
「私ごときに言われてもお答えいたしかねます。そして」
「そして?」
「お嬢様にそのような無礼な質問はおやめください。よろしくお願いいたします」
「む、分かった」
全く納得いってないが、こう言われてしまえばひっこむしかない。
と言っても当然諦める気はないのだが。
「今帰った」
「あ、お帰りアーチャー」
薪を斬り終わった頃、アーチャーが帰ってくる。
後片付けをすませたばかりの青年が出迎えた。
「どうだった?」
「うーん……。やはり聖杯は見つからなかった」
不満そうにうなるアーチャー。
実は2日前の時点でアーチャーたちは城へと帰る事ができた。
それをしなかったのはもはやあそこにいるのとここにいるのとでは、ここにいる方がメリットが高いからだ。
聖杯戦争の期日がなくなってきている以上、一刻も早く聖杯を見つけ、他の英雄を倒す必要があるのだ。
だがアーチャーは未だに回復しきっていなかった。
「もし主人が完璧に戻れば探求を後回しにして敵を殲滅するのだが……」
「なんで待つ必要が?」
「つながってしまっている以上、私の戦闘行為は主人に多大な負担をかけてしまう。したくてもできないのだ」
「ふーん……」
青年はチラッと台所の方向を向く。
そこではラインヒルデが食事を作っていた。
ラインヒルデとヴァルトラウトが来てから家はすっかりリフォームされてしまった。
台所を始めとしてアイシスの部屋などがすっかり西洋風に改造されてしまった。
城から運んできた洋服を始めとした荷物もしっかりと置かれている。
それが嬉しい事なのか余計な事なのかはまだ台所に立ってないので分からないが…。
「ラインヒルデたちから魔力ってやつをもらう事はできないのか?」
「あの2人から?」
アーチャーは首を横に振る。
「マスターは各サーヴァントに一人ずつ。つながりはない」
「そうなのか?」
疑問に思ったので青年はヴァルトラウトにも聞いてみた。
「できないのか?」
「……言われてみれば、魔力を送るぐらいならできるかもしれませんね」
目を丸くしてヴァルトラウトは答える。
アイシスの事ばかり頭にあったヴァルトラウトには、彼女をないがしろにして戦争を進める手段は思い浮かばなかった。
「そうなればアイシスフィール様がこの状態でもある程度は戦えるかと思われます」
「そう、か……!」
アーチャーは笑みを浮かべる。
聖杯は既に敵が手に入れている可能性だってあるわけだ。なら早めにしかけるのはいい事だ。
「ではその具体的な方法は……!?」
「体液の交換が一番効率的かと思われますが」
「「っ!!」」
男2人、ひるむ。
一瞬で理解してしまった二人は顔を真っ赤にする。
「あ、俺急用思い出したから後よろしく」
「あ! 逃げるのか!?」
「だって俺関係ないだろ」
至極真っ当な意見を言いつつ青年は手をひらひらさせて部屋を出て行った。
残ったのは黄金の射手と模範的な侍女。
「ではよろしくお願いいたします。アーチャー様」
「……分かった。よろしく」
10日目
「おはよう。今日は血色いいな」
朝、庭で素振りをする青年はアーチャーにそう声をかけた。
「ああ。召喚された時に近い魔力がある。これなら主人に負担をかけることなく戦えそうだぞ」
ぐ、と拳を握り締めるアーチャーには今まで青年が見た事がないぐらいの自信に満ちていた。
「いや、俺が言った事それじゃないし」
「は?」
「いや、分からないならいいって」
笑いながら再び青年は木刀を振るう。
首をかしげるアーチャー。
「…フケツです」
青年にはヴァルトラウトの一言が耳に刺さったわけで。
/
それはいきなりだった。
遠坂は今度こそキャスターを倒すためにランサーと共に戦いに出向いていた。
日に日にキャスターの変化は進んでいて、目も当てられない状態にまで堕ちつつあった。
それでも高いステータスとルーン魔術を武器にランサーは常時キャスターを追いつめていた。
だが、ついに10日目。キャスターが文字通り牙をむいた。
「
本来なら他の英雄を治療するための宝具、「癒すは万物の源(ドン・ベッテュル)」は全く逆の性質となった。
魂を癒すものは、魂を喰らうものとなった。
これによりランサーの体をキャスターの魔術が蝕んでいく。
それでもなおランサーには勝算があった。
そして、それは解き放たれる。
「
本来主神のオーディンが所有しているはずのそれを、ランサーは使用したのだ。
自分以上の存在を使用したことでランサーは放った右腕を損傷したが、このまま追い討ちでキャスターにとどめを刺すのは十分。
宝具と魔術で威力を殺いだにも関わらずキャスターは重傷を負った。
すぐに治療しなければリタイアするほどに。
その時、数多の光がふりそそぎ、キャスターは倒れた。
あまりに一瞬だったので遠坂には流星が襲ってきたようにも見えたほどだ。
そして、彼女は黄金の射手を目撃する事に。
最初に会ったときには逃げに転じていたせいで目立たなかったが、敵アーチャーはとてつもない強さを持つことは容易に想像ができた。
そして、今の自分たちでは決して勝てない事も。
幸いだったのはキャスターが回収されるのにアーチャーの気が少しでもそれた事。
それでランサーは遠坂をつれて脱出をするのだった。
さしものアーチャーでも逃げに徹した天の戦乙女を捕らえる事はできず、逃がしてしまう。
結局キャスターがこのまま戦線に出る事はなかった。
あの状況ではどう考えても助からないだろうし、遠坂もアインツベルンもキャスターは死んだものと考えた。
故に、その時躯の事に気づく事はなかった。
誰一人とも……。
/
14日目。未だアイシス目覚めず。
「何が原因なんだ?」
「私からはなんとも申し上げられません」
青年の言葉にヴァルトラウトはきっぱりと言い放った。
いささかいらだっているのは気のせいではないだろう。
何しろ、聖杯は今手元にはない上にマスターのアイシスが意識不明のままだからだ。
このままではいずれここをかぎつけられてアイシスが殺されてしまう。
そうなればケイローンであってもリタイアは確実だ。
「一体聖杯は誰が所有を……?」
いくら勝ち進んでも聖杯を持たなければ何の意味もない。
あの戦いのさなかで聖杯を持ち運ぼうとしていたアサシンは倒れた。それっきりだ。
「私があの場所を何度も探したが聖杯はなかったぞ」
「だよなぁ……」
アーチャー、青年、ヴァルトラウトは思いっきりため息をつく。
おそらく生き残っているのは遠坂のランサーだけ。しかしマキリが所有しているとも否定できないし、未だ誰も見つけていない事も否定できない。
そんな中、ついに青年の屋敷にやってくるものが現れた。
雲一つない月明かりの夜。剣をたずさえて白銀の鎧を身にまとった剣士。
セイバー。
セイバーは剣一つだけで。ケイローンは大剣、剣、レイピア、槍など弓以外にもあらゆる武器を用いてセイバーと戦闘を繰り広げる。
セイバーはあくまでサーヴァントの脱落だけを狙っているようでアイシスの方へと向かおうとせず、セイバーのマスターの姿も見えない。
だが、発見のみに全力を注いでいた遠坂とランサー組はとうとう青年の屋敷を発見する。
そして強襲を仕かけた。
当然セイバーにもランサーにも互いに協力してアーチャーを倒そうなどと言う考えはなく、三つ巴の戦いとなる。
その間に青年はヴァルトラウトたちにうながされ、屋敷を脱出する。
「悪いけどあがらせてもらうぞ!」
「へ?」
向かった先は柳洞寺。
ここに居候する青年の友人の部屋にいきなり入り込んだのだった。
「こんな夜中に一体……!」
「話はあと! この子を寝かせて欲しい!」
ろうそくの炎で部屋がゆれるように見える中、青年と同じ年の友人は書物を閉じる。
「……訳ありか?」
「ああそうだ」
ここまでほとんど全力で走ってきた青年はとてつもなく疲れていた。
いくら毎日の鍛練があっても疲れるものは疲れる。
青年はどっと床に腰を下ろした。
「……なあ、お前にとって彼女は何なんだ?」
「え?」
友人のいきなりの質問に青年は疑問を浮かべる。
「だってこんな夜中に自分の所じゃなくてこっちまでやってきてかくまってくれみたいな事言うんだからそうかんぐるのは当たり前だろ?」
「む、確かにそうだよな……」
このアイシスは自分にとってはどんな存在なんだろうか?
この十数日間、彼は彼女とずっと関わってきた。
前半は彼女の身の回りの世話をしたし、後半は侍女が来ても彼にとってはもはや他人ではなくなっていた。
彼女たちのためにあれこれと動いたし、考えた。
「……家族、かな?」
「家族?」
「ああ、俺って幼い時にもう家族がいなかっただろ。だから温かい家族って、あんな感じなのかなって思うんだ」
「ふーん…」
だから、自分だけがこうしてアイシスを連れて逃げた事を悔やんでいた。
でも、自分にはこれだけしかできそうになかった。
いくら剣の腕が良くても自分はまだ達人の域にはないのだから。
「所でその彼女、いつお前の家に?」
「んー、14日前かな」
この期間には色々とあった。
アーチャーやヴァルトラウト、ラインヒルデ。彼にとって一緒に暮らす家族ができた事はとても嬉しかった。
彼女たちに日本食を進めた時は嬉しかった。
逆に西洋食のレシピも学べたし、最先端の医療や学問も学ぶ事ができた。
たあいのない話やまったりとした時間もすごした。
彼の生きた中で最も充実していた時間だったかもしれない。
短いだろうこの時間をもっと味わいたいけど、それをアーチャーたちに押し付ける気は全くなかった。
「その様子だと充実してたみたいだな」
「あ、分かる?」
「ああ……」
友人はたそがれながらつぶやく。
「オレもさ、その間にオレの人生を変える人に出会ってさ」
「人生を変える? おまえにしては随分めずらしいな」
友人はある意味悟ったような生活を送っていたから、あえて変わる事はないかと思っていたのに。
「ああ、それだけその人は気高く美しい。仏やお偉いさんなんざ目じゃないぐらいにな」
「ふーん…。そうだったのか。よかったじゃないか」
ふすまから布団を取り出し、床に広げる。
そしてその上にアイシスを寝かすために彼女のそばによる青年。
「だからさ、オレ……」
だから、青年は気づかなかった。
「その人の願いをかなえてやりたいのさ」
友人が刀を持って振りあげていた事に。
「な……何を……!」
かろうじてかすり傷だけですんだが青年の精神的ダメージは大きかった。
「これ、今のお前なら見覚えあるだろ?」
そう言って友人は自分の手の甲を見せる。
そこにあったのは…。
アイシスの手にあったのと似ていた。
「おまえ……!」
「セイバーにお前のとこを教えたのはオレさ」
そう、それは13日前。
セイバーはマスターのゾウケンの肉体がなくなった事でマスターを失った。
その時、青年の友人がセイバーのマスターとなった。
そして13日間魔力の回復に努めたのだった。友人は魔術師ではないのだから。
「だから……だからアイシスを殺そうって言うのかよ……!」
「それが彼女のためになるならな」
青年はアイシスを背負い、そこいらにあった帯で自分の体に固定する。
そして刀をとった。
「ぐ……!」
今の友人は全てよりセイバーを選ぶだろう。それだけ今の友人は本気だ。
邪魔をするなら青年すら殺すほどに。
「……」
生半可な選択肢は存在しない。
なら自分が選ぶのは……。
「……そうか……おまえはセイバーを選ぶんだな……」
「ああ。お前はいい友人だったよ。友人だった」
友人。つまり所詮はそこ止まりだ。
なら…。
「……どうしてもアイシスを殺そうとするなら、おまえには再起不能になってもらうしかないな」
青年はかつての友人に対して刀を向ける。
俺はアイシスを守る。その固い決意と共に。
「……本気か?」
「おまえこそ本気だろう。ならその質問は馬鹿げてる」
「……ああ、そうだな」
もはや青年と友人の間に言葉は不要だった。
青年と友人の刀がぶつかる。
勝負は拮抗していた。
本来青年のほうが圧倒的に上だった実力は疲れと重さで互角にまで低下していた。
当然青年はそれを言い訳にするつもりは全くなかった。
「ぐ……。もっと鍛練を積んでれば……!」
数十回目になるつばぜりあい。
疲れが多いのは青年の方。このまま友人の剣にやられるのは彼だ。
だが、勝負は青年の思わぬ形で決まる。
「無事ですかマスター」
「セイバー!?」
セイバーが帰還したからだ。
なるほど、さっきはパッとしか見なかったからあやふやだったけど、今こうして見ると友人がセイバーに協力するのもうなづける。
「手出しはしないでくれよ。オレがかたをつける」
「……敵マスターと協力者ですか」
セイバーは己のマスターと青年を見比べる。
そして、
「いえ、ここは私がやりましょう。貴方に友人を斬らせるような事はさせたくはない」
「でも……!」
「お願いします」
セイバーは友人に対して頭を下げた。とても礼儀正しく、一人の騎士として。
それには青年も驚いた。そしてあ然とする。
「……分かった。そうしてくれ」
本当はセイバーのためにしたかった友人だが、ここは折れる。折れるしかなかった。
「その配慮に感謝を」
セイバーはまた頭を下げて、青年に剣を向ける。
「さて、アーチャーは単独行動が可能とは言え、マスターがいなくなれば弱体化は免れない。できれば貴方にはアーチャーのマスターを差し出し、
マスターの友人のままでいて欲しいのだが」
「ふざけるな。俺はアイシスを見捨てはしない」
と言っても、青年の頭に思い浮かぶのは死という最悪の事柄だけだった。
それだけ今のセイバーには隙がない。
逃げても特攻してもやられるだけだ。
(アーチャーたちが来るまで時間がかせげればいい……! 何かいい方法は……)
そして頭をこれでもかというぐらいフル回転させる。
「そうですか。なら私も……」
そして、息がつまる、いや、今にも視線だけで殺されかねない殺気を向けられる。
「貴方の意志を尊重し全力でかかろう」
セイバーと青年の距離とセイバーの踏みから考えておそらく間合いまで二歩。
初太刀さえかわせば何とか一撃は与えられるはず……!
セイバーは青年の読みどおり確かに二歩で踏み込んだ。
その速さは計算に入ってなかったが。
「ぐ……!」
初太刀をかろうじて浅くはないが深くもない傷に収め、青年は日本刀を振るう。
カウンターとして放たれた青年の一撃は、
「甘い」
セイバーの2撃目で刀ごと叩き折られてしまう。
そして無慈悲にセイバーの3撃目が振るわれた。
鮮血が吹き出し、青年は数メートルはなれて倒れる。
アイシスを固定していた帯も斬れ、アイシスは床に転がる。
「…惜しいな。もう少し時を経て戦いたかったものだ」
3撃目。それを青年は折れた刀を剣撃とは垂直にしてきたのだ。
ある程度威力がそがれ、殺すまでには至らなかった。
セイバーはその青年の腕を賞賛する。
「ぐ……!」
それでもなお青年は立ち上がろうとする。
もはや大量に出血させているにもかかわらず、震える脚で。折れた刀で。
「俺は……俺は……!」
セイバーは彼に信念を見た。
たとえ死んでも彼が折れる事はないだろう。
その命をかける相手がたった十数日の短い間の付き合いにもかかわらず。
「……名前を教えてほしい」
だから、セイバーはこう述べた。
青年はその名を刻めとばかりに言う。
「……百目木……一成」
「カズナリ、か……。おまえと会えた事を光栄に思う」
セイバーはその剣を振りあげる。
もはや青年に振るう刀もなく、力もない。あるのはこの体だけ。
それでもアーチャーたちがアイシスを救える時間が延びれば…!
「さらばだ」
振るわれるセイバーの剣。
青年の思いは、
「やめろぉーーっ!!」
その一言でかなった。
放たれる数多の矢。それをセイバーは受けつつ青年と間合いを取る。
そして青年の前に現れたのは、あの黄金の射手!
「アー……チャー……」
「すまなかったな…遅くなって…」
だがその黄金の射手もまた深く傷ついていた。
あのセイバーとランサーを同時に相手していたのだ。
セイバーは早々に離脱したが、ランサーに不意をつかれてこのざまだった。
ただそのランサーにも深手は負わせて追えないようにはしたが。
「……その死に体で主を守ろうとする心は賞賛しよう。だが……」
セイバーは剣に魔力を込める。
あの最初の時に放ったセイバーの、今回召喚された英雄の中でも最高の、宝具だ。
「この一撃の前には全てが無意味だ」
「マスターをできるだけ離してくれ!」
「分かった……!」
アーチャーの言葉を受ける前に、青年は傷ついた体を引っ張りアイシスをセイバーの攻撃が及ばない所まで運ぼうとする。
だが、
「あ……!」
力がでない。
ここまで肝心な時に力が。
ひざを崩して倒れる
「ぐ……!」
アーチャーは二人をかばうようにして立つ。
そして残り少ない魔力を己の矢に集める。
たとえ己が消える事になろうとも、この2人だけは必ずや守り抜いてみせる…!
絶対に殺させはしない!
「いくぞアーチャー!」
脇構えから剣をかつぐようにするセイバー。弓を振り絞るアーチャー。
それをただ見つめるだけしかできない友人と青年。
青年は己の不甲斐なさを心の底からうらみ、そして願った。
どんな奇跡だろうとかまわないから、アーチャーを救ってくれと。
この英雄を消さないでくれと。
(頼む……!)
そしてその果てなき思いは……、
「感謝致します、アーチャーにそれだけの思いを向けてくれる事は私もとてもうれしい」
その言葉をつぶやく少女によってかなえられた!
解き放たれる互いの宝具。
それは押し合い、せめぎ合い、互いの威力を殺していく。
そして……、
「な……っ!」
セイバーの驚愕だけを残す結果となる。
本来アーチャーの宝具ですらセイバーにかなう事はないだろう。
だが令呪のバックアップがあれば話は別。
故に、双方により相殺されたのだ。
「さて、どうするのでしょうかセイバー」
少女は余裕の笑みを浮かべてそうつぶやく。
セイバーはアーチャーと違って魔術師のマスターではない。バックアップは望めない。
だから宝具が互角でも、魔力の消費が互いにあっても、その価値が違った。
もはやセイバーに勝ち目はない。
なぜなら、セイバーの目の前にはアーチャーのマスター、アイシスがいるのだから。
「今日のところは彼に免じて退いてあげましょう」
アーチャーにうながして青年を担がせるアイシス。
そのセイバーに向けられた笑みは冷たいものだった。
「ですが、今度このような事をしたらマスターともども殺してさしあげます」
そしてアーチャーとアイシスは闇夜の会談を駆け下りる。
「おはよう……お嬢さん……」
青年はかろうじてこうつぶやいて意識を失った。
その髪をそっとアイシスはなでる。
「おはようございます、王子さま」
くすっと笑いながら彼女はそうつぶやいた。
/
16日目。アイシスとアーチャーは始まりの地にいた。
14日目の戦いで結局遠坂もセイバーも聖杯を持っていないことが分かったからだ。
ランサーがマキリを強襲した所、彼らもまた持っていなかったと聞く。
なら、聖杯があるのはここ以外にない。
「アーチャー、この戦いが終わったらどうするのですか?」
ふと疑問に思ったのでアイシスは聞いてみる。
アーチャーは少し考えてから言った。
「貴女さえよければこの地にとどまろうかと思っている」
「この極東の地に?」
「ああ」
今のアーチャーなら何度聞いてもその答えが返ってくるだろう。
アイシスは意識を失っていても、うろ覚えだが看病をされたような気はしていた。
それはとても温かいものだった……。
「……聖杯がダメになってもそうしてくれますか?」
「そうだな。私が消えていなければ勝っても負けてもそうするさ」
「そう……」
自分のサーヴァントはこう言っている。
じゃあ自分は?
アインツベルン、魔術師、悲願、聖杯、魔法……。
挫折、苦悩、迷走、屈服、失敗……。
もしここで失敗すればホムンクルスの自分たちは……。
「そうですね……」
この2日間、アーチャーの傷と魔力が回復するまでの間青年は奮発して料理をふるまった。
日本の遊びとやらもやったし、街も見た。
そして、悪くないとふと思った。
「なら私もそうしましょうかしら。カズナリとか面白いし、付き合ってあげてももいいのではと」
「負けたら、だろう?」
「……」
勝てば聖杯は完成する。
それを自分たちはアインツベルンの者として本国に持ち帰る必要があるのだ。
そうなれば自分たちは…?
「……アーチャー。質問ですけど、どのように聖杯探したのですか?」
「そうだな……」
アーチャーは辺りを見渡す。
そこはあたり一面がれきの山。これはセイバー達の宝具によるものだ。
そして側面にあるのは始まりの場所、すなわち大聖杯が見える。
「広いからな。とにかく視覚で見えなかったから魔術要素の痕跡を探した」
「それは聖杯が魔力をおびている事を前提として、ですよね」
「ああそうだ。今は4人の英霊があるはずだから十分に見つけ出せると思うんだが……」
アーチャーは首をかしげた。
十数日間を費やしても一向に見つからない。
本当に消え去ってしまったのかとも思いたくなってしまう。
「やはりここだったか」
「!?」
アーチャーは矢を絞る。
彼の目の前にいるのはセイバーとランサー。そして遠坂だ。
「さ、決着をつけましょうか」
「決着をつけましょうか、アーチャー」
セイバーは剣を、ランサーは槍を構える。
緊張感が走る。
これで聖杯戦争は終わり、誰か一人が聖杯を手に入れるのだ。
「アーチャー、帰りましょう」
この一言がなければ。
唖然とするサーヴァント3人。
皆言ったアイシスに視線を向けている。
「アーチャー、私は帰ると言いました。聞こえてますか?」
「あ、ああ。でもなぜ?」
我に返ったアーチャーがアイシスに訪ねる。
聖杯は見つけてないし生き残ったサーヴァントはこの場にいる。
ではなぜ帰る必要が?
「もう私たちに聖杯は必要ないのでしょう?」
だがアーチャーの疑念はその一言で消し飛んだ。
アーチャーは笑みを浮かべ、
「ああ、そうだな」
断言してアイシスに続く。
「あ、そうそうセイバー」
おみやげとばかりにアイシスはあるものをセイバーに手渡す。
それは金銀、瑪瑙、宝石を数多に使った極上の杯だった。
「それはさしあげます」
「あ……ああ……」
セイバーはその場にひざをつく。
その手から杯が転がり落ち、ランサーもそれを見て驚愕する。
「これって……!」
遠坂もまた目を見開いた。
今見ているものが信じられないと言うように。
「あ……あああ……あああああああっ!!」
セイバーは泣いた。
全ての悲しみを背負ったかのように泣いた。
ライダーと遠坂もショックを隠しきれなかった。
今まで自分たちがやってきた事は……。
この場の全員がその空の杯を見て分かってしまったのだから。
聖杯戦争は既に失敗に終わっていたと。
「最初の戦いで聖杯が壊れてしまったのね。英霊の魂を収められずにそのまま英霊は帰ってしまったって事か…」
ため息をついて遠坂は伸びをする。
「はあ、残念だわ。近道が見つかったと思ったのに」
「……随分とあっさりと認めるのですね」
「あら、だってまだ人生長いじゃない。わたしは何もこれだけが手段じゃないし」
あっさりと言い放って遠坂は髪をかきあげる。
ランサーは腕を組んで笑みを浮かべる。
「まあ、それでこそ私のマスターね」
「さ、今後の事は家で決めましょう。いつまでもこんな所にいられないわ」
「そうね」
アイシスとアーチャーが去り、遠坂とランサーが去る。
その場にはただ悲しみにくれるセイバーだけが残った。
セイバーは長くそれを悲しんだのだった。
/
「帰ってくるかな?」
「当然です。お嬢様が負けるはずがございません」
庭でござを広げて座っている青年。立ってただ待機するヴァルトラウトとラインヒルデ。
アイシスたちが出て行ってからずっとこの状態だ。
夜も深まり、あたりも肌寒い。
このまま帰るという事をアイシスたちは言っていないし、青年も聞かなかった。
だからこそこの一瞬を大切にしようと青年は思った。
夜は冷えるからとちゃんと今もお湯を火で温めている。
火を絶やさないようにしていた。
「……綺麗」
ラインヒルデは思わずつぶやく。
それは見事なまでの夜空だった。
星が数多もちりばめられ、遠くには月がぽっかりと夜を照らしている。
普段から見ている事でも、また雰囲気が別だった。
「さ、ティーセットもちゃんと用意してあるし、いつでも大丈夫だよな?」
「もちろんです。出迎えはかかせませんから」
待つ。ただ待つ。
退屈などしないし、眠気なども起きない。
3人は確信していたから。
あの白い少女と黄金の射手が帰ってくるのを。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「おかえり」
「おかえりなさい。アーチャーもお疲れさま」
「ただいま。あ、紅茶用意してくれてたんですね。気が利くんですね」
「ただいま。今日は夜空が綺麗だな」
「あとでどうなったか教えてくれよ。今は……」
「そうですね、今は……」
『この瞬間を楽しもうね』
/
ランサーは程なくして世界から去っていった。
遠坂は至るために日々研究を重ねていく。それが遠坂なのだから。
セイバーは世界にとどまる事にした。
これだけ大規模の術式を用いたのだから次も必ずあるとふみ、事実そうだと聞いたから。
そして数十年間を過ごすこととなる。
キャスターの魂は帰ったが、躯は世界にしばられたままとなった。
そうして数十年後の出番を待つ事となる。
アイシスは日本にとどまった。
アインツベルンには聖杯戦争はすぐに失敗になったという短い事実だけを送り。
ヴァルトラウトとラインヒルデもアイシスのために日本にとどまった。
アーチャーはアイシスがいる間だけとどまる事にした。
幸いにして戦うだけの魔力は必要ないから。
そうしてアイシスは亡くなるまでの数年間、青年やアーチャー、ヴァルトラウト、ラインヒルデたちとともに幸せにすごした。
Fin
この話は本編の捕捉、第一次聖杯戦争での話です。
と言っても関わってくるのはほんの一部ですし、一成の性格も本編とはかなり違っています。
今回書きたかったのはセイバーがどんな思いをしたか、そして一成とアーチャー、それにアイシスの日常をほんの少しと言ったところです。
これを最後まで生かすには本編終盤まで書かないといけないんですよね…。
さて、今回の英雄決めは結構すんなりいけました。
アーチャーは始めからケイローン。ランサーはもっと別な人にすべきでしたが、自分ではこれが限界です。嗚呼。セイバーは本編に関わってくるので
保留。ライダーは第二次の方で聞仲と悩んだチンギス・ハーンで。彼についてはもっと書きたかったのですが早々に退場となりました。キャスターは本編
より先に真名ばらしました。かなり補完しなくちゃいけなかったのが誤算でした。アサシンはいつもの通りハサン。バーサーカーもこれまた難儀しました。
と言うかセイバー、アーチャー、キャスターの案は簡単に出るのにバーサーカーとランサーがものすごく思いつきにくいんですよね。これ以上考える必要
がないのが救いですけど。
一成とアイシスたちの日常は士郎たちと違ってわりとまったりな感じになるんじゃないかなーと自分は思っています。
いつか番外編を書きたくなるような話でした。
それでは。
2006年10月31日
ランサーの真名を追加しました。ヴァルキュリーではあくまで固有名詞なので、名前を当てはめました。
2007年3月14日
アイシスフィールの口調をちょっとばかり変更しました。
2007年7月28日