男が死んだその日、世界中に雨が降った。



雨は温かく世界を染め上げる。白く重なった温度を分かち合い、大地に溶けこむ。 私はそれをそっと手ですくい、舌で舐め上げた。この温度を忘れたくなかった。だから、私はそれを自分の中に溶けさせる。 白く灰になった男の体が、雨の雫に溶けて世界の一部になる。 墓は無い。彼の遺骨は紛になり、雫に濡れて液となり、大地に溶けて土になった。

「なんか、聞こえる…?」

ぽつんぽつん、と雫が垂れる音がした。雨のざわめきの中で、それは際立った音のように聞こえて私は首を傾げた。 それは確かに小さな音であったが、私の耳に真っ直ぐに溶け出した。 何度かその音が私の耳を通過してから、私ははっと気がついた。それは、紛れも無く歌であった。 その歌はどこか懐かしい、まるで故郷の母の子守唄のように私の耳に馴染んだ。 柔らかく温かい温度に包まれながら私はそっと目を閉じて死んでいった彼を想い、彼が想った人を想い、

「綺麗な、なんてきれいな歌声かしら…」

そっと、目を閉じて零れた雫をその歌に乗せて、ゆっくりと歌を奏でた。
その男は恋をしていたらしい。その恋の始まりは、ほんの小さな音が奏でた思い出への弔いの歌。

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