――リドリーがいる。



ジャックがいる。









(私の名前を呼ぶ。その声は最後に聞いた彼の温かい声色とは180度違う、泣き出しそうな叫びに聞こえた。 姿を見たいのに、私はそれをすることができない。体の自由はもう、すべて金竜に捧げてしまった。 霞むジャックが私を見ている。叫んでいる、何を?それすら、私にはわからないのだ。)




七色に光り輝く光沢、それが彼女リドリーであった。 最後に見た彼女はあんなにも悲しく、眩しい光など放っていなかったのだが、 今の彼女は人のそれではない。消えてしまった人の姿の変わりに、美しく光り輝いていた。 だがジャックにはそれがひどく悲しい物に見えた。助けてくれと泣き叫ぶ少女の姿にしか見えなかった。


剣を握る腕が震える。滴り落ちる血はすべて自分の物であったが、痛みなど消えてしまったかのように感じない。 その代わりに感じるのは違う痛みであった。人間である彼女が見たい。




(なあリドリーそんなに光らなくいいんだ、君はそれがないほうが美しかった。 俺はそれを見つめる。体中が悲鳴を上げているのに、それ以上に悲しくて愛しくて破裂しそうな自分の心臓の鼓動を たしかにその瞬間聞いたんだ。次に見たのは醜い黒い塊。その先からほとばしる死の閃光を 剣で二つに切り裂いていた。彼女を抱き締めた次の瞬間、真っ赤な血が俺達に雨のように降り注いだ。)


腕の中でリドリーが震える。光が消えた彼女はひどく冷たかったが、それでも温かかった。 ああリドリー、なないで。俺達は生きるんだ、俺達は沢山の人の屍の上を、何がなんでも踏みつけて進まなければいけないんだ。 ジャックの瞳から涙が零れた。血で汚れた頬を伝い、リドリーの喉元に落ちる。 この細い体がしがみつく自分の体中はひどく荒れていた。沢山の人がんだ、そしてまたんだ。 この血が流れていた人のが、今消えて行く。見えない光となって、天へ天へと高く高く上って――そして消えた。



「ああ、父上、父上…!」



泣き叫ぶこの声はガンツのものだ。この声がこんなにも悲しげに震えているのを、ジャックもリドリーもはじめて聞いた。 いつも気丈に振る舞い自分達を励まし、いつだって笑顔でいたあの顔も、今自分の瞳から零れているそれと同じ物で汚れていた。














すべて見てきた。
すべてこの目で。














ひどく懐かしい夢を見た。
震えている自分の手が一瞬、血で真っ赤に汚れているように見えた。しかしそれは幻で実際この手はいつも以上に ただ白かっただけで何ら変化はない。 自分の頬を垂れているのは涙ではなく汗であった。だが次の瞬間 どうしようもないくらいの悲しみに襲われて、ジャックはぽたりと涙を零した。


(夢だ、夢だ、全部過去だ、んだすべてんだ。俺は生きてる、今きてる――)




「ジャック、どうした?泣いているのか」



自分を呼ぶ彼女の声は昔よりも大人のそれに近づいていた。 しかしそれもまた自分と同じように震えていて、彼女の瞳にも薄っすらと涙が浮かんでいる。 そこでジャックははじめて自分が泣いている事に気が付いた。そしてリドリーも、自分が泣いている事に気が付いて あわてて涙を震える両手で拭う。


「リドリー、傍にきてくれ、」


抱き締めた体はあの頃よりも温かかった。つめたくても温かかったあの体は 今七色に輝いていない。瞳は自分をちゃんと写しているし、その声もしっかりと空気を震動させる。 そして自分は?この震える手は彼女を抱き締めている。剣など握っていない。 んでいく人の姿、その上に立つジャック、リドリー。すべて、今を生きている。




「夢、夢を見たんだよジャック。ジャック、消えないで。お願い」


震える唇はひどく震えていた。青白いそれをジャックは乱暴に塞ぐと、まだ流れる涙もそのまま かき抱く様に彼女を包む。彼女もまた、ジャックと同じように彼の体を抱き締めた。




いきるしかないんだ、すべて過去だ。変わらない、終わらない、これからも続く、生きていくからこそ。









月がひどく綺麗な夜だった。
風がないのに、ひどく寒い。その日は、リドリーが七色に輝いた夜と同じ満月であった。














すべては過去となりました(080104)
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