どうやら自分は白い白い世界の果てで夢を見ていたらしい。起き上がった瞬間のだるさとまどろみは、睡眠から目覚めた時のそれと似ていてどこか心地よい。冬の始まりにしては温かな光が体に降り注いで、ふわりと風にゆれる枯れ葉がカサりと音をたてては少年の細い体をまるで遊んでいるかのようにくすぐった。視界がぼやける、視点が定まった瞬間飛び込んだものは少女の綺麗な墓石だった。
重い体を持ち上げる、手と膝を地面に付きながら歩み寄ると墓石は太陽の光を跳ね返してキラリと瞬いた。まるでそう、笑っているかのように。爽やかな微笑みに口元がついつい緩む、柔らかい気持ちに包まれて少年はやんわりと微笑を浮かべた。
彼女が、笑ってる。
そんな感じがして酷く可笑しかった。同時にとても安心した。今頃向こうで寂しすぎて泣いちゃってるんじゃないかって不安だったところ。(嘘、本当は泣いてしまいたいのは自分なんだ)
風がやんわりと吹きぬける。巻き上げられた落ち葉が遥か遠い世界の空へと旅立って行く。歌うような音の震えを残して「ばいばい」って手を振ってるような錯覚。
ああ、彼女が笑っている。
(ジャック、お前には似合わないぞ。そんな真面目な顔は)
クスりと控えめに笑う彼女が白い世界で佇んでいた。走りぬけた道はふりかえっても見えないくらい遠くにある。無の世界で光る輝きはそう、リドリー。
最後に見た笑顔のまま、最後に見た輝きのまま、最後にみた安らかな顔で彼女は驚く俺の顔を見て噴出した。声は澄んでいて、震えはない。空気に溶けこむ前に直接脳に響くような声が歌う。揺るぎを見せない真っ直ぐな声がみょうに愛しくて俺は笑われていることも忘れて目の前の少女を見つめた。
白い光の中にリドリーがいる。俺を見て笑ってる。何一つ変わってない笑顔だった。
(いつまでもうじうじしてるな。それでもお前は、男なのか?)
そういって再び笑いだす、そんな感じがした。もちろん彼女はいつも控えめに笑う、あの小さな微笑が光の中でちらちらと輝いて見える。何か話しかけようと口を開いたが、声らしきものはこの世界に反映することなくただの空気の塊になって消えてしまった。いつのまにか、動かせたはずの体の自由もきかなくなっている。
(ほら、もう朝だ。起きるんだ、ジャック)
そして、こんな夢をいつまでも見ていてはいけないんだ。と彼女は静かにそうつげた。声色は落ち着いていてふわりと包まれる様に温かい。(まってくれ、リドリー!俺は、お前に話したいこと、沢山あるんだ)口には出せなかった、でも心の中でそう叫んだら、きっと届くような気がして何度も何度も語りかけてみた。白い光りが一層強まる、目を開いているのが辛くておもわず閉じてしまった。
同時に肩に触れる、人としての温かみ。ふわりと、抱き締められた気がした。
(ジャック、進むんだ)それと、忘れないでほしい―――――
(そうだ…、夢を見ていたんだ)
指に触れた墓石の冷たさにふいに我に帰った。なんだか、長い長い旅に出ていたような錯覚が体にある。辿りついた先がこの土地だったような気がした。
先ほど自分で添えた白い花束が風になびいて花弁をふらした。それはまるで雨のように雪のように初冬の地を彩って輝いた。ああなんて綺麗。
夢にまででてきてくれた、そしてこんな自分を笑って叱咤して。花のように笑ってみせた彼女は、こんなにも輝いてる。人としての温かみは消えてしまったけど、生きているかのような温かさがここにある。
ふと前を見てきがついた。添えたはずの花束は宙を舞い散り、変わりに置き去りにされた真っ赤なリボンが墓石の前で風にまたたいている。
そうこうしているうちにリボンは風に吹き飛ばされていこうと宙に舞いがったのであわてて跳びあがりしっかりと握り締めた。
花束を束ねていたリボンはまるで彼女がつけていたもののように明るく、楽しげに手の平の中で揺れている。
「リドリー?」
彼女がここにいる。
「こんなところにいた」
近くに居すぎて気が付かなかった。こんなに傍で、いつも見ていてくれた。
(気が付くのが遅いんだ、馬鹿。)
そういって彼女がまたオレを小ばかにする様に笑う仕草が脳裏に浮かんで、
背後から風がぶわりと吹き荒れた。音はない、ただ聞こえるのは枯れ葉が宙を舞うダンスの音と、骨に直接響いてくる誰かさんの泣き声。
ふりだした雨は悲しみの雨じゃない。ふりだした雨は、冬の雨にしては温かく柔らかくて、愛しかった。手の中にいる赤いリボンがやけに熱い。
(行こう、ジャック)
触れ合う手と手の暖かさを思い出して、太陽の明かりを吸収しきった温かい墓石をいつまでも抱き締めていた。
(ジャクリド人間編ED何年か後 // きっともう止まらないよ、進み続けるんだ。べたべたな話)