>>望 む 事 は た っ た ひ と つ
まず、奴等の放つ壮大な爆音に聴覚が故障。激しい耳鳴りに音というすべての音は世界から消え失せた。
次の瞬間、頭をカチ割られそうな激しい耳鳴りとお互いの姿を隔てる砂嵐にみまわれ我を忘れる。
砂嵐の中に居るはずの自分の仲間の姿を探しながらキアランは自分と仲間達の窮地を要約理解し、冷や汗を垂らした。
先の見えない壁に阻まれ、奥歯を噛み締めた。この段階で、先ほどの爆音からわずか3秒経過。耳鳴りは続く。
その僅か3秒、自分の置かれた状況から目を逸らした隙に、砂嵐の中からの一撃がキアランの頬を掠めた。鮮血が飛び散る。
リザードマンのもつ研ぎ澄まされた剣の切れ味は計り知れない。今までどれだけの血を浴びてこの剣はあの醜い手に握られ続けてきたのか。
鋭い一撃を危うく避けながら剣が現れた砂へと剣を振るう。わずかに体勢を崩したが、敵の喘ぎ声と確かな手応えにキアランは安堵した。
と油断してから間髪いれず、キアランの目の前に先ほどとは桁違いの大きな刃をもつ剣が砂を掻い潜って現れた。
脇腹から酷い衝撃が走る、熱さが身体中を駆け巡る。焦点が合わぬまま俄かに洩れた呻き声と共にキアランは勢い良く砂嵐から弾き飛ばされた。
一瞬の出来事に目の前が真っ白になる。自分の身に起こった事は脳が事を理解するスピードを遥かに上回っていた。
浮いた体は云う事など聞かず、キアランの身体は丈夫なレンガで構えられた門へ遠慮為しにぶつかった。
その瞬間、肋骨に酷い違和感を覚えた。おそらく大きな音をたてて粉々に砕け散ってしまったのかもしれない。
が、とうに狂った聴覚はその事を告げなかった。残っているのは耳鳴りと、痛みと、今にも喉から溢れそうな血液の流れだけだ。
音が無い世界で、キアランの五感は鈍っていた。先ほど切られた横腹からとめどなく血が吹き出る。滝の様に、地面を紅に染めた。
モノクロの世界の中でやけにリアルに映える赫に目を奪われながら、キアランは変な錯覚に追われた。
見えない物が多すぎて黒の中の赫い世界はやけにキアランの心を怯えさせる。(こんな世界、って有ったのか)
未知の感覚にキアランは酷く吃驚した。何故だか分からない、だか自分がこの血と一緒に地面へ溶けて行くような錯覚に見まわれた。
溶けていかない様に気を張るのはかなりの重労働だ。どんなに抵抗してもどんどんと流されて行く。まるで嵐で豹変した川のように暴君だ。
手放そう。この意識を手放してしまわなければ。―――絶えられない。
目線だけを周囲に泳がす。背中には頑丈なレンガ門と、地面には瓦礫の山。
先ほどまで自分が居た砂嵐は尚もその空間で舞い続けている。ちらちらと光る金属の光沢は恐らく自分の仲間の物だろう。
剣と剣、金属のぶつかり合う音は一切無く訪れた静寂の中で今だ機能しない耳の奥で震えるような小さい小さい、声が聞こえる。
―――――――――とーさん、父さん、お父さん!
幼い自分の高い声が、実の父の大きな背中に呼びかけている。
嗚呼、これは父が死ぬ直前に最後に交した最後の会話だ。この時の自分は、まだ父が死ぬ事実など微塵も知らない。
自分の呼びかけに振り向いて微笑をくれたのは、紛れもない父だ。今は亡き、二度と見る事の無い屈託な笑みで応答をしてくれた。
―――――父さんは、どうしてキャラバンになったの?教えて、教えて!
―――――ん?キアラン、それはね。父さんには一つ、大きな夢があるからだよ。
―――――なぁに?その夢って。
屈託のない笑みで、自分の頭をわしゃわしゃと撫でる父の大きな手。
農業育ちのごつごつとした不器用な手の感触はいつだって忘れない。忘れた事など、無かった。
―――――それはな、大きくなったキアラン達と、瘴気の無い世界を旅する事だよ
父は随分と大それた事を言った物だ。だが、キアランは父の笑顔にはとてつもないパワーが含まれている気がしてならなかった。
だから、父に怖い物などない。恐れてる物などない、本気でそう思っていた。
―――――父さんは、僕のヒーローだもの!ヒーローはどんなことでも勇気と愛で吹き飛ばすんだよ!
―――――はは、キアランは物語の読みすぎだなァ。
父の笑う顔を見ながら、キアランは天へと大きく手を振りかざした。
空は果てしなく続いている。そしてその空僕等の世界を繋ぐ世界一大きく美しい橋だ。その空を見あげながらキアランは流れる雲を見つめた。
―――――キアラン、勇気っていうのは本当は臆病者なんだ。
父が口を開く。その意外な言葉にキアランは首を傾げ、父の言葉へ耳を傾けた。
―――――完璧なんてないんだ。人間には必ず一つ欠点がある。
―――――その中で最も人が持つ事を望み、拒むのが"勇気"なんだ、キアラン
―――――勇気を持つ事は、とても難しい。怖い、恐ろしい。逃げたくなるんだ。
――――――父さんにも、怖いことはあるの?
ふいに零れた疑問に、ふわりと父は微笑んだ。笑みをのこしたまま父はキアランの成長した体を持ち上げた。
――――――――うわぁっ
―――――――――おお、キアランも大きくなったな。重いな、うん。とっても重いよ。
―――――――――俺はな、この重い重い命を、失ってしまうのがとてつもなく怖いよ
父は泣いていたのかもしれない。温かい腕の中でキアランは大きな胸にそっと顔を埋めていた。
今になってわかる事は、ただ一つ。
父はもしかしたらこれから自分に起こることをなんとなく予感していたのかもしれない。強くそれでも優しく抱きかかえられた父の腕は震えていた。
―――――――キアラン、だから俺はお前にひとつ、望みたいことがある
――――――――なにを?
「生きてっ!!」
音の無い世界から引きずり出されたキアランは叫ぶような声とともに、爆音を聞いた。
先ほどうけた傷は完治、とまでは行かないが、滝のように溢れていた血はすっかり止まり、あのリアルな感覚も消えうせていた。
昔の夢を見た。あの父の姿を想い、泣いていたのかもしれない。たしかに、あの頃の自分は幼かった。
父の言葉を信じ、生きようと思ったのだ。彼が自分に望んだことはそのたった一つだけだったからだ。
生きて、生きて、生きて、生きて。生きるという事を精一杯に行おうと思ったのだ。だから、勇気だって持ちたかった。
今の自分は勇気など持ち合わせていない。そして、生き様とすら思っていなかった。
昔の自分が今の自分を見て、どう思うだろうか。僕は、血を吐いて、痛みと恐怖に怯えながら死んで行くことを望んだわけじゃない。
壁にもたれかかった自分をかばう様に剣と魔法を敵に浴びせ続ける少女の背中は、小さいながらも大きく見えた。
――彼女は今、必死に生きようとしている。
「ごめん、リノア。生きるよ…!」
泣き叫ぶ様にして振るった剣はがむしゃらで、めちゃくちゃだったかもしれない。
でも、必死だった。 生きることに。
だって、それは簡単に見えて難しい事だったという事が、ようやくわかったからだ。
敵も、自分の命を守る為に僕等へ剣を向ける。そして僕等も、生きる為に敵へ剣を振るっているのだ。
「生きるよ…!!」
(生きることは難しいけど、がむしゃらになって見れば、それが生きることに繋がるって事をはじめて知った日だった)
>>イメージはデーモンズコート。元FFCC三周年フリー小説。生きる事に繋がること。